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遊学篇

焦げ焦げクッキーと熱い瞳

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食堂で醜態を晒したメロルは、停学を言い渡され自宅謹慎を厳命された。
アイリスとしてはどうでも良かったのだが、平民が公爵家の姪を侮辱した行為は看過できないと学園側は処分したのだ。
ようは上へのゴマスリなのだが。


「メロル?だれだっけ?」当事者のアイリスはまったく関心がなかった。
「……良い性格してるわね、リィ」
スカーレットは講義の休憩の合間に昨日の事を掘り返したのだが、アイリスの切り替えの早さに驚く。

どうでもいい相手に裂く時間は無駄だと言って、アイリスは教本に視線を落とし経営学の予習に集中した。
さっぱりした彼女にスカーレットは好感を益々抱く。



「きょうの製菓栄養学の授業はお菓子の開発だったわよね!楽しみ!」
「ふふ、そうね。いつも成分表と睨めっこだったから飽きてたのよねぇ」
二人は製菓の材料を入れた籠を手に、新しい甘味の話で盛り上がりながら教室へ移動していた。

開発室という名の専用キッチンに着いた時、背後から声がかかった。
「アイリス嬢、お話があります」
「だれ?授業前なの手短にして」

アイリスは訝しい目で声の主へ振り向く、そこにいたのは食堂で水を被った男子生徒だった。
「……えーと、どなた?」
「失礼しました、ボクはトニーと申しますツフウル男爵家の長男です。昨日はボクの婚約者がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

あぁ、そういえばとアイリスは思い出す。
「メロンさんでしたっけ?ご苦労されますね。それで?」
「……メロルです、謝罪がしたかっただけです。今後近づかないよう目を光らせます、呼び止めてすみませんでした」
「はぁそうなの」

彼は淡々と謝罪を告げ終えると踵を返し廊下を歩いて行った。

「誠実そうに見せかけて冷淡ね、リィが謝罪を受け入れる返答も聞かなかったわ」スカーレットが苦い顔をする。
「そうね、事務的にこなしたという感じ」
しかしそこはアイリス、数秒後には彼の顔と名をすっかり忘却の彼方へ飛ばしてしまった。

「さーて!どんなお菓子を作ろうかしら?」
材料を作業台に並べて満面の笑みを浮かべた。


***

授業は2時間、参加した生徒は各々好き勝手に菓子を作る。
教授は暇そうに欠伸をして生徒たちを傍観していた。

「むう。思い通りにいかないものね」
黒焦げのクッキーを天板から剥がしながら愚痴るアイリス、料理などしたことがないのだから仕方ない。

「こっちは砂糖の入れすぎね、妙に黄金色で冷めてカチカチなのはそのせいだわ」
スカーレットのほうも失敗したようだ。

「味は悪くないけど歯が折れそう」
スカーレットのクッキーを試食して溜息を吐くふたり。アイリスのは有害廃棄物なのでゴミ箱行きだ。


他の作業台からは美味しそうな香りが漂ってくる。
彼女たちは慣れているのだろう、ふんわり焼き上げたケーキや焼きプリンを試食していた。
”冷めてないから微妙”なんて愚痴が聞こえてきたが、試食もままならないアイリスには贅沢な悩みに聞こえる。

「うう、羨ましい」
「練習よ!練習!鍛錬だと思えば辛くないでしょ?」
凹むアイリスを激励するスカーレット、彼女の目は諦めてない。

「レットあなた根性あるのね、私には才能がないわ……ゲフゥ」
「こら!シャキッとなさい!ほらバターを練って!」
ここにも鬼がいたとアイリスは嘆きつつも製菓に挑んだ、美味しいものが食べたい一心で。


授業終了間際になんとか普通のクッキーが仕上がる。
次の講義の時に各自レポートを提出するよう教授が伝え解散となった。


「ちょっとホロ苦いけどキャラメル味と思えば悪くないわ」
初めて作った茶色のクッキーを丁寧に袋へ詰めて撫でている、アイリスは嬉しくて仕方ない。
だが開発には程遠い腕前だ。

「そうね、次はもっと良いものを作りましょう。今度集まって練習しない?」
「いいわね!楽しそう!」
スカーレットの誘いに即飛びつくアイリスである。


いつものカフェで食べようと二人は上機嫌で向かう。
カフェラテをふたつ頼み、冷めて歯ごたえが良くなったクッキーを食む。

「ん~♪手作りだと感動も相まって美味しさ2倍増しね」
アイリスはご満悦でパクパク頬張る。

「そんなに食べたら夕飯が入らないよ?」
横から大きく綺麗な手が出てクッキーを攫う。

「あ!わたしのクッキー!」
「ただいま、アイリス。いまのは悪戯じゃないからね。叔母様に叱られたくないでしょ?」

邪魔をした人物を見上げればそれはセイン王子だった。久しぶりに見る顔はどこか雰囲気が違ってみえた。

「……セイン殿下、お仕事は終わったのですか?」
ちょっと不機嫌なアイリスの声に苦笑するセイン王子。

「ん~仕事といえばそうなのかな、公務の一部だし」
「お疲れ様ですわ殿下」

じゃれ合う二人を生温かく見守ったスカーレットは先に暇を伝え「また、明日」と帰宅していく。
「まったく、あれで付き合ってもないなんて、アイリスの鈍感には呆れること」
スカーレットは馬車の中で悪戯な笑みを浮かべる。


カフェの片隅で語り合う二人は、誰からみてもお似合いの恋人だ。
特に王子のアイリスを見つめる眼差しは友や家族に向けるような目ではない、その瞳は微かに潤み恋する熱を帯びている。
でもアイリスはいまだ気が付かない。過保護にかまう兄のような人として接していた。
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