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「表が騒がしいようだったが?」
青白い顔を僅かに窓辺へ向けるロードリックは執事に声をかけた。
「とある平民が、いいえ、チャダル夫人の連れ子が戻って暴れたそうです」
「……誰だそれ?」
「ベネット嬢ですよ、お忘れですか?」
誰だっけとロードリックは濁った目でボンヤリ空を見つめたが、すぐに興味が失せて考えるのを止めた。
今の彼の頭にはアイリスと面会する算段でいっぱいだった、何度手紙を出しても一向に返事が届かない日々。
彼は気を取り直して書きかけの手紙にペンを走らせる、綴られる文字はどこか歪で読み難いものだった。
まるで彼の歪んだ愛情そのものである、届けた所で受取人は恐怖するだけだろう。
【愛しているよアイリス、いますぐ駆け寄ってキミを抱きしめ顔中にキスを落としたい。お願いだ早く早く、この恋慕の炎で身が焼け焦げる前に会っておくれ、でないと俺の心が壊れてしまうよ。女神のように美しく、天使のように優しいキミのことだ理解してくれるよね?キミも素直になるべきだ、俺のことを愛しているのだろう?はじめて会ったあの幼い日から俺を恋い慕うキミの瞳を忘れるものか。さぁ婚約などとばしていますぐ結婚しよう。】
愛と言う毒を含んだ言葉が並ぶ紙面は、まるで呪符のようである。
「手紙を送れ、それから返事はきてないか?」
「畏まりました、夜会のお知らせが一通ございます」
ロードリックはアイリスからの手紙ではないと知ると開きもせず、次の手紙を書きだす。
「きみに俺の真意が届くまで何枚でも何通だって送るからね。クフフフ……俺から逃げないで、素直に愛し合おうよアイリス、キミは俺のものだよ」
執事は手紙を預かり退室した、日に日に狂った物言いが増えて行く令息に不信感が湧き上がる。
「早めに転職したほうが良さそうだ」歪な宛名の文字を見て執事はぼそり本音を漏らした。
***
「聞いているのか、ロディ」
威圧的な父の声にのろのろと顔を向けるロードリック、その目は濁りきっており覇気がない。
「……食事中にする話ではないです、不愉快だ」
不遜な物言いで返すロードリックである。
「不愉快なのはお前の存在だ。ロディの手紙が日に何通も届いて迷惑だと侯爵から抗議がきておる」
「は、宛てたのは恋人のアイリスへです。侯爵は関係ありませんよ」
それを聞いたデンゼルはがくりと肩を落とす、いつからこんな自己中心的になったのだろうと。
勤勉で社交界でも評判のよい我が息子は自慢だったはずなのにと額に手をやり嘆いた。
「手紙を書くのを控えろ、それからお前達はもう婚約していないのだ、未婚女性に付きまとうような真似は看過できぬ。止めぬなら法的処置か廃嫡を覚悟しろ」
父デンゼルはそう言い放つと食事半ばで退席していった。
しかし、愚息には苦言は届かない。
「俺達の愛を引き裂くつもりか、邪魔だてするのなら身内だろうと許さないぞ」
沸々と湧き上がる怒りにロードリックは冷静さを欠いていく、父親もアイリスの両親も自分の障害になるばかりだと拳を握る。爪が食い込み血が滴った。
「可哀そうなアイリス、俺に会うのを邪魔されているのだね。大丈夫さ近いうち俺から会いに行くから」
アイリスを描いた絵姿をそっと撫でる。
指は頬、唇、首筋を愛おしそうに何度も巡る。
「アイリス、アイリス……愛しい人待っていて」
それから彼は便箋を広げ、ペンを手にすると本日17通目の手紙を書きだした。
ただし、それはアイリスではなく、その兄ウィルフレッド宛てであった。
青白い顔を僅かに窓辺へ向けるロードリックは執事に声をかけた。
「とある平民が、いいえ、チャダル夫人の連れ子が戻って暴れたそうです」
「……誰だそれ?」
「ベネット嬢ですよ、お忘れですか?」
誰だっけとロードリックは濁った目でボンヤリ空を見つめたが、すぐに興味が失せて考えるのを止めた。
今の彼の頭にはアイリスと面会する算段でいっぱいだった、何度手紙を出しても一向に返事が届かない日々。
彼は気を取り直して書きかけの手紙にペンを走らせる、綴られる文字はどこか歪で読み難いものだった。
まるで彼の歪んだ愛情そのものである、届けた所で受取人は恐怖するだけだろう。
【愛しているよアイリス、いますぐ駆け寄ってキミを抱きしめ顔中にキスを落としたい。お願いだ早く早く、この恋慕の炎で身が焼け焦げる前に会っておくれ、でないと俺の心が壊れてしまうよ。女神のように美しく、天使のように優しいキミのことだ理解してくれるよね?キミも素直になるべきだ、俺のことを愛しているのだろう?はじめて会ったあの幼い日から俺を恋い慕うキミの瞳を忘れるものか。さぁ婚約などとばしていますぐ結婚しよう。】
愛と言う毒を含んだ言葉が並ぶ紙面は、まるで呪符のようである。
「手紙を送れ、それから返事はきてないか?」
「畏まりました、夜会のお知らせが一通ございます」
ロードリックはアイリスからの手紙ではないと知ると開きもせず、次の手紙を書きだす。
「きみに俺の真意が届くまで何枚でも何通だって送るからね。クフフフ……俺から逃げないで、素直に愛し合おうよアイリス、キミは俺のものだよ」
執事は手紙を預かり退室した、日に日に狂った物言いが増えて行く令息に不信感が湧き上がる。
「早めに転職したほうが良さそうだ」歪な宛名の文字を見て執事はぼそり本音を漏らした。
***
「聞いているのか、ロディ」
威圧的な父の声にのろのろと顔を向けるロードリック、その目は濁りきっており覇気がない。
「……食事中にする話ではないです、不愉快だ」
不遜な物言いで返すロードリックである。
「不愉快なのはお前の存在だ。ロディの手紙が日に何通も届いて迷惑だと侯爵から抗議がきておる」
「は、宛てたのは恋人のアイリスへです。侯爵は関係ありませんよ」
それを聞いたデンゼルはがくりと肩を落とす、いつからこんな自己中心的になったのだろうと。
勤勉で社交界でも評判のよい我が息子は自慢だったはずなのにと額に手をやり嘆いた。
「手紙を書くのを控えろ、それからお前達はもう婚約していないのだ、未婚女性に付きまとうような真似は看過できぬ。止めぬなら法的処置か廃嫡を覚悟しろ」
父デンゼルはそう言い放つと食事半ばで退席していった。
しかし、愚息には苦言は届かない。
「俺達の愛を引き裂くつもりか、邪魔だてするのなら身内だろうと許さないぞ」
沸々と湧き上がる怒りにロードリックは冷静さを欠いていく、父親もアイリスの両親も自分の障害になるばかりだと拳を握る。爪が食い込み血が滴った。
「可哀そうなアイリス、俺に会うのを邪魔されているのだね。大丈夫さ近いうち俺から会いに行くから」
アイリスを描いた絵姿をそっと撫でる。
指は頬、唇、首筋を愛おしそうに何度も巡る。
「アイリス、アイリス……愛しい人待っていて」
それから彼は便箋を広げ、ペンを手にすると本日17通目の手紙を書きだした。
ただし、それはアイリスではなく、その兄ウィルフレッド宛てであった。
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