上 下
19 / 49

都合の良い夢を見る少女2

しおりを挟む
内門から1メートル離れたところに公爵が不機嫌な顔で立っていた。
諸事で外出の用意をしていた所にベネットをみつけたのだ、このままでは馬車が出せないと立腹していた。
「お義父様!助けて兵が意地悪するのよ!」

縋るベネットの声に公爵は冷たい声で現実を打つけてやった。
「義父ではない。貴様とは養子縁組などしておらん、一時的に保護したまでだ」
「そ、そんな!?お母様と婚姻したのでしょう?だったら」

「しておらん、彼女の亡き夫チャダルが私の親友だった縁で居場所の提供をしただけだが?なにを勘違いすれば貴様が娘になれるのかね、教えて欲しいものだ平民ベネットよ」
平民と呼ばれたベネットは目を見開きワナワナと震え「バカなバカな」と呟いた。

「ところで私へ刃を向けるとは斬り伏せられても文句は言えんぞ?」
ベネットが握りしめた短剣を鋭い目で睨む公爵。

「ち、ちちち違います!門兵が分からず屋で意地悪するから躾けようと思って」
「なるほど平民風情が我が公爵家に物申すというのか、相変わらず豪胆なことよ」

公爵が手を振るとどこから湧いたのか数名の護衛達がベネットを取り囲む。

しかし猿轡を噛まされる直前までベネットは抵抗した。
「いや!いやよう!お義兄様!ロードリック様!ロディいるのでしょう?私を助けて!私の愛しい人!」

ロディロディと大声を上げて暴れるベネットは、少女とは思えない強力で兵達を殴り蹴って手こずらせた。
短剣は暴挙に及んだ証拠品として押収され、罪人とともに貴族街の衛兵に引き渡された。


公爵邸の地下牢でも問題はなかったのだが、一歩たりと邸内へ入れたくなかった公爵はそう処理したのだ。
「まったく厄介な、放逐してもなお噛むとは……野犬のようだ」


外出時にケチが付いたと公爵は居室に戻ることにした。
「きょうの日和は良くない、仕事に没頭しよう」

薄曇りの空を見上げてデンゼル公は深いため息を漏らした。

***


投獄されて1週間後、解放されたベネットは風呂も入れず益々薄汚くなっていた。
行く当てといえばかつてのチャダル家しかない、歩く気力もなく止む無く乗合馬車へ乗り込んだ。

乗り込んですぐに刺すような視線に気が付く、顔を上げてみればあからさまな嘲笑が目に入った。
向かい側の席には数人の町娘がコソコソ話している、同じ平民だというのに彼女達のほうが上等なドレスを纏っていた。

「臭い」「生ゴミみたいな臭い」「吐き気がする」などという言葉が聞こえてきた。
ベネットは自分がそんな存在に落ちているのだと今になってわかり、羞恥と怒りで真っ赤になった。
目的地に着く数分の間が生き地獄のようだとベネットは思った。

小銅貨2枚を支払い、降りて5分ほどで元チャダル家に着く。
精神を削られたベネットは初めて味わう屈辱でかつての我が家の前を通り過ぎてしまう。

「……いけない、歩きすぎたわ。戻らないと」
数メートルほど戻ったところで元我が家の異変に気が付いた。

「な、なによこれ!?」
裕福な商家に売られたと聞いていたのに、その有様に愕然として膝から力が抜け落ちた。
チャダル家だったそこは、ただの更地になっていた。

「私が生まれた日、植樹した楓は?美しかった池は?」
どこを見回しても長方形にならされた土地は名残が一片も見当たらなかった。


「そんなそんな!……思い出さえも消えていたなんて!」

悲し過ぎてどこをどう歩いたかわからないが、いつの間にか東門へ戻ってきていた。
王都のどこにも彼女の居場所はなかったからだ。

城壁の隅へ座り込みこれからどうしようかと虚ろな目で街を見ていた。
小娘なんてどこも雇って貰えない、想像せずとも絶望しかない。
「このまま野たれ死ぬのかしら」そんな言葉が簡単にでてくる。
すると誰かが駆けてくる足音が耳に響いた、死神の足音にしては軽いとベネットは思う。


「ベネット!良かった無事だったんだね!」
小走りにやってきたのはルダだった、焦りと安堵が綯交ぜになった顔をしている。

「な……んで?」
「キミを待ってたに決まってるだろ?危なかったよ、明日の午後で帰宅するところだったんだよ。どこに行ってたの、あちこち探したんだよ。心配したんだから」

自分を心配していたと涙目になって語る少年に驚いた、こっちはうまいこと使い捨ての道具だと見下していたというのにとベネットは思った。生まれて初めて良心が咎めた。

「あ、ありがとう……グス、私の家どこにもなかった……。公爵に捨てられて生家も無くなってた、死ぬしかないと諦めてたわ」

鼻水をすすりながら泣く少女に優しく手を差し伸べるルダ。
「お腹空いてない?ちゃんと食べないと悪い方向に考えちゃうよ、ベネットは心が疲れちゃってるんだよ」
そういうと下町の商店街のほうへ手を取りルダは歩き出した。

屋台の串焼きと果実水を奢って貰い、ベネットはゆっくり咀嚼した。
「!?美味しいわ、初めて食べた」
「ふふ、そうだろ下町は安くて美味しいものがいっぱいあるんだよ」

貴族だった頃には体験できない味に吃驚しながら何本も平らげた。
「ありがとう、あの……今度は私に奢らせて?」
「気にしないでよ、商売の手伝いで駄賃はたんまり貰ったばかりなんだ!」

陽に焼けた顔をにっこりと綻ばせる純朴な少年ルダ、その顔をベネットは初めてしっかり見た気がした。
「ベネと呼んでルダ、友達になってくれると嬉しいわ」

ほんのちょっぴり頬を染める彼女の顔を、ルダは見て自分も真っ赤になる。
「ボクらはとっくに友達なんだぜ?ベネ」

まぁそうだったのとベネットは嬉しそうに笑う、その笑顔にはいつもの腹黒さは潜めてない。
とても可愛く無垢なものだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染同士が両想いらしいので応援することにしたのに、なぜか彼の様子がおかしい

今川幸乃
恋愛
カーラ、ブライアン、キャシーの三人は皆中堅貴族の生まれで、年も近い幼馴染同士。 しかしある時カーラはたまたま、ブライアンがキャシーに告白し、二人が結ばれるのを見てしまった(と勘違いした)。 そのためカーラは自分は一歩引いて二人の仲を応援しようと決意する。 が、せっかくカーラが応援しているのになぜかブライアンの様子がおかしくて…… ※短め、軽め

浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。 リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。 しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。 もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。 そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。 それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。 少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。 そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。 ※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。  魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。  つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──? ※R15は保険です。 ※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした

今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。 二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。 しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。 元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。 そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。 が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。 このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。 ※ざまぁというよりは改心系です。 ※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。

夫から「余計なことをするな」と言われたので、後は自力で頑張ってください

今川幸乃
恋愛
アスカム公爵家の跡継ぎ、ベンの元に嫁入りしたアンナは、アスカム公爵から「息子を助けてやって欲しい」と頼まれていた。幼いころから政務についての教育を受けていたアンナはベンの手が回らないことや失敗をサポートするために様々な手助けを行っていた。 しかしベンは自分が何か失敗するたびにそれをアンナのせいだと思い込み、ついに「余計なことをするな」とアンナに宣言する。 ベンは周りの人がアンナばかりを称賛することにコンプレックスを抱えており、だんだん彼女を疎ましく思ってきていた。そしてアンナと違って何もしないクラリスという令嬢を愛するようになっていく。 しかしこれまでアンナがしていたことが全部ベンに回ってくると、次第にベンは首が回らなくなってくる。 最初は「これは何かの間違えだ」と思うベンだったが、次第にアンナのありがたみに気づき始めるのだった。 一方のアンナは空いた時間を楽しんでいたが、そこである出会いをする。

「君の作った料理は愛情がこもってない」と言われたのでもう何も作りません

今川幸乃
恋愛
貧乏貴族の娘、エレンは幼いころから自分で家事をして育ったため、料理が得意だった。 そのため婚約者のウィルにも手づから料理を作るのだが、彼は「おいしいけど心が籠ってない」と言い、挙句妹のシエラが作った料理を「おいしい」と好んで食べている。 それでも我慢してウィルの好みの料理を作ろうとするエレンだったがある日「料理どころか君からも愛情を感じない」と言われてしまい、もう彼の気を惹こうとするのをやめることを決意する。 ウィルはそれでもシエラがいるからと気にしなかったが、やがてシエラの料理作りをもエレンが手伝っていたからこそうまくいっていたということが分かってしまう。

処理中です...