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セントリブ国 最悪なシナリオ *良くない表現あり

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その塔は北向きで日の光が当たらない場所だった。
蟄居させたと言えば聞こえは良かったが、実際は幽閉というのが相応しい。その症例は怖ろしく見る者を憚かると言う。

「――ィ様、聞こえますかガルディ様、お目覚めでしょうか」
「……あぁ、聞こえているさ、私の――ル……」
ずりずりと這うようにして面会人に対峙したガルディは黒い装束に身を包み、眼窩だけを晒した奇妙な覆面を晒す。ギョロリとしたその目だけが欲深そうに見開いていた。

「良かったですわ、私の貴方。ほうらご覧あそばせ、この子は順調でございますよ。五か月目です」
「うむ……この手にしてやれないのが残念だ」
面会に訪れた貴婦人はふっくらとした腹を見せつけてゆったりとそこにいた。まるで至宝のように腹を撫でつけて「私の子」と言って微笑んでいた。

「もう来年の春には生まれるのだな、そのように聞いておる」
「ええ、その通りですわ。名はなんとつけようか悩ましいことです」
覆面をしたガルディは「愛しい子だ」と言って手を伸ばしてきた、すると貴婦人はスイッと身を翻して「ご勘弁くださいませ」と言う。

「何故だマルベル!私の子だぞ、私の寵愛を捧げようと言うのに」
「ええ、わかっておりますとも、でもね。罹患先が特定できませんと……ごめんあそばせ」
「ぐぬぅううう!私の子なのに!」
ガルディは悔しさでいっぱいだった、王太子の任命を受けてしばらく後に、岩のようになった背中を仕切りに気にしてありとあらゆる医者にかかった。

そして等々、罹患した病名を聞いた時には時期が悪すぎた。
”巌”クラブスと言われるもので、手の施しようがないとの診断結果だった。今は只、罹患した箇所を覆い尽くして痛み止めを注入するしか道はない。所謂、緩和ケアしかできないのだ。
マルベルは先ほど身を交わしたが、触れて感染するものではないが心情的に致し方が無いのかもしれない。

「うぅ……なんという悲劇か。母上までも罹患して……いまは口さえ聞けない状態だ」
悲痛な面持ちでいるであろう王太子は覆面を涙で濡らしている、グズグズと泣き喚くしかできない彼はやがて王太子の名を返上しなければならない。
「お労しいですわ、ですが大丈夫です。王配を迎えるように力添えが貰えます」
「な、なんだと!?王配とはどういう意味だ……ゲホゲホッ」

ゆっくりと下がったマルベルは言う。
「クフフッ王配、つまり私が女王になり新たに夫を取るということです。ですから貴方は何も憂うことなく召されてくださいな」
「な、なんだと!?私はまだやれる、まだ諦めてはおらん!絶対にだ!」
勢いあまって黒い装束がずれた、黒いフードがまくれ上がり罹患した皮膚が露わになる。顔面を覆っていた覆面の下は黒く変色した皮膚でボコボコで、どこまでがオデコかすらわからない。引きつった皮膚は鼻を曲げており、目のふちは良くわからない出来物でひしゃげていた。

「ひぃいい!恐ろしいこと、なんてものを見せますの!胎教に悪いじゃない!」
「んな……なんてことを言うのだマルベル!私の顔が恐ろしいとでも言うのか!」
「当たり前です!そんな化物のような顔を」
「……なああ!?なんていうことをゲホゲホッ」



それっきりマルベルは姿を見せなくなった、あまりの事にガルディは打ちひしがれてしまった。
「通りで下女が鏡を見せぬわけだ……く、ふふふ……なんて事だ。これではまるであの女の二の舞じゃないか……あれ、あの女はなんて名前だったか……はぁ、考えるのも面倒だ」
疼痛が酷くなったガルディはモルヒネの量が格段に増えて、意識の混濁を起こすようになっていた。もはや、延命の措置をとることしかできなくなった。

***

「そう、あの人は儚くなったのね」
ガルディを看取ることもなく女王となったマルベルは穏やか日々を送っていた。王配を王族から選ぶとしたら誰が良いか、存命の先王が指名した者になる。
「そちが女王になるのは異例中の異例、実子の子種が芽吹いたからに過ぎぬ」
「ええ、存じておりますわ。私からは何もありません」

「うむ、余は従兄のアドニスが良いと考える、異論は認めぬ良いか?」
「はい、わかりました」
こうしてお飾りの女王は王配をとることになった、王配殿下となったアドニスは二歳年下の婿としてやってきた。

「どうかよろしく、マルベル。今は体調のことだけを考えて」
「ええ、もちろんですわ」
見目の良いアドニスに惚れこんだマルベルは上機嫌で婿に迎えた。盛大な挙式は出産してからという事になっておりすべてが順調だ。



新年が明けていよいよ9カ月目となったある日。
「ふう、近頃は腰にくるわ……仕方のないことだけど」
妊婦のマルベルは足腰の痛みを和らげるために尽力した、お産を少しでも軽くするためだった。鈍痛は以前からあったがこうも頻繁だとつらいものだ。
「いよいよでございますね。もう時期でございますれば」
「ええ、わかっているわ……痛たた」

乳母も決定して順調そのものだった、後は無事に生まれることだけを考えた。

そして十月十日が過ぎて二日目の朝。とうとうマルベルが出産に入った。
「ハァハァ……辛い……でも御子のためだもの……」
滲む脂汗に痛みと喜びの想いが綯交ぜになる、この痛みの先に在るのは幸せなのだと確信して。
だが、肝心の産声が聞こえない、いつまで経ってもやってこない。

「ねえ?どうしたの何故……」
「ひぃぃ!誰か!誰か来て頂戴!ひいいぃぃ!」
最悪なことに彼女は死産だった、御子は人の形をしておらず形容しがたいものだった。



「奥様、残念な事で……実に言い難いことですが病巣がみつかりました、気をしっかり持っていただきたい」
マルベルの腹にいたのは悪性の腫瘍だったのだ。




*巌……癌です
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