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戦火の先に(覚醒)篇
荒れた日
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「お願いやめて……ジェイラ、貴女誰かに操られているの?」
ギリギリと押し合う二人であるが、上を取ったジェイラの方が有利である。少しでも気を抜けばどうなるかわからない。誘拐犯はティリル女帝がどのような状態であろうと、生きてさえいればどうでも良いようだ。
力のないティリルが諦めようとしたその時、歌うような声が車内に響いた。
「醒めない夢の中を彷徨うキミよ、あぁどうしてその牙を友に向けるのか……焦がれはやがて憎悪に変わったか」
歌うような言葉が止むと天井からバサリと黒い布切れが落ちてきて人型に変化した。
「はい、おいたはそこまで」その人物がパチンと手を叩くとジィエラが力を失いバタリと床に転げ落ちた。
そして彼女を避けてティリルと対面に座った人物が「遅くなりましたァ」と場にそぐわない呑気な声で言う。
「彼女が暴走しないよう魔力を奪いました、ご心配なく寝ているだけです」
「あなた……蝙蝠の」
「はい、モルティガでございます。お久しぶり……というほどは経っていませんよねクフゥ、さすがの私も走る馬車に乗り込むのは骨でございましたよ。お怪我は?」
黒装束の紳士ぜんとした彼は一応彼女へ気遣いの言葉をかける、ティリルは呆れて心臓に悪い方ねと頭を振る。
「主がひどく貴女を心配されておいでです、2度も拐されたのですから当然ですねェ」
「一度目は貴方だったじゃない?」
「クフゥ……おっしゃいますねェ、これでも最善を尽くした行為でした」
「ええ、わかっております。いつもありがとう」
獣王国が用意した厳つい馬車はその後なにごともなく王都へ到着し、報せを聞いたレオニードたちが王城で出迎え彼女らの無事を喜んだ。
「ああ肝が冷えたぜ……無事で良かった」
「いつも心配かけてごめんなさい、今回ばかりは私の失態ですわ」
女帝として迂闊すぎた行動を猛省したティリルは全員に頭を下げて詫びてまわる、そして気を失ったジェイラを医者に診せたいと侍従を呼び寄せた。
「私の大切な友人なのです、どうか……」精神操作されていることを説明して王都一の医者を願う。
「畏まりました、至急手配いたしましょう」
***
王城の医務室に運ばれたジェイラは外傷が見当たらないが目を覚ますと目を見開いて意味不明なことを喚いた、呪術に特化した医者が呼ばれたが解くには時間がかかるとのことだ。
非道を働いた犯人はほぼ確定しているのに成す術がないことに歯噛みする、自責するティリルであったが政務のこともあり中々見舞いに行けない事を気に病んでいた。
「ティル、気持ちはわかるけど睡眠削って会いに来るのは感心しねぇよ?」
滞在が延びたバリラたちは交代で看護に参加していたが、女帝が度々訪れるのは外聞が悪いと注意する。
「ええ、ごめんなさい。でも眠れないのよ……精神を穢された者は心から疲弊して儚くなると聞くし」
あの日に戻れるのならばと涙を零し「2度と我儘は言わない」と友に誓うのだった。
ジェイラが寝込んでから10日目のことだった。
朝から小雨が降り出し、床からじんわりと冷気が登って人々を震えさせた。やがてそれは大粒となって帝国全土を濡らしていく。
季節はずれの台風だと誰かが言った、分厚い暗雲が陽を遮り激しい風雨が王城を叩く。城内は夜中のような暗さで集うものを不安にさせていた。
「シーツが干せないってメイド達が愚痴ってたよ」
「うーん、それならフラが風魔法でお手伝いしてこようかなぁ」暇を持て余していたフラウットが軽い足音を立てて居室から出て行った。残されたバリラは役に立てることはないかと考えていたが、いつの間にか転寝して鼾をかく。
昼頃になってジェイラが再び喚き暴れだしたと聞いた彼らは医務室へ集う。
「ジェイラ……あぁ、自傷しちゃったのか」目の下を隈で黒く染めたジェイラが目を向いて天井を睨んでいた。
両腕には痛々しく包帯が巻かれていて、薄っすら血が滲んでいるのがわかった。彼女の爪先には赤黒いものが付着していた。
「ふーふーぐぅぅぅぅ……わたしはーできるの……ここにいるのぉぉ」
呪いに苦悶するジェイラの顔は痩せこけ皺が寄り眼球が飛び出している、まるで老婆のような有様だった。レオニードは大好物のタコ焼きを頬張って「美味しいねご主人様」と微笑む彼女の顔を思い出して泣きそうになった。
「ジェイラ、元気になったらタコパしような……たくさん焼くから!だからガンバレ!」
彼女の血濡れた手を握ってレオニードは拝むようにそう言った。
「ごしゅ……じんさま……あぅ、私は……」
「ジェイラ!?正気になったのか?バリラ、医者を呼んできて!」
「わ、わかった!」
バタバタと廊下を急ぐ音をが遠くなる、レオニードは己の手を掴み返し爪を立ててくるジェイラをじっと見つめる。どんなに食い込んでも離そうとはしなかった。
「レオ……まもって……か、のじょを……あぁ、それしか言えない、許してうぅぅ」
「わかった!絶対護るから!みんなを護るからな!ジェイラもだ!当たり前だぞ仲間で友人だろ!」
「あ、ありがと……れ、お」
彼女が感謝のことばを言いきった直後、轟音が城を襲う。
そして、医務室の窓が大破して部屋が爆ぜた。それは外部からではなく室内で起こった惨事であった。
ギリギリと押し合う二人であるが、上を取ったジェイラの方が有利である。少しでも気を抜けばどうなるかわからない。誘拐犯はティリル女帝がどのような状態であろうと、生きてさえいればどうでも良いようだ。
力のないティリルが諦めようとしたその時、歌うような声が車内に響いた。
「醒めない夢の中を彷徨うキミよ、あぁどうしてその牙を友に向けるのか……焦がれはやがて憎悪に変わったか」
歌うような言葉が止むと天井からバサリと黒い布切れが落ちてきて人型に変化した。
「はい、おいたはそこまで」その人物がパチンと手を叩くとジィエラが力を失いバタリと床に転げ落ちた。
そして彼女を避けてティリルと対面に座った人物が「遅くなりましたァ」と場にそぐわない呑気な声で言う。
「彼女が暴走しないよう魔力を奪いました、ご心配なく寝ているだけです」
「あなた……蝙蝠の」
「はい、モルティガでございます。お久しぶり……というほどは経っていませんよねクフゥ、さすがの私も走る馬車に乗り込むのは骨でございましたよ。お怪我は?」
黒装束の紳士ぜんとした彼は一応彼女へ気遣いの言葉をかける、ティリルは呆れて心臓に悪い方ねと頭を振る。
「主がひどく貴女を心配されておいでです、2度も拐されたのですから当然ですねェ」
「一度目は貴方だったじゃない?」
「クフゥ……おっしゃいますねェ、これでも最善を尽くした行為でした」
「ええ、わかっております。いつもありがとう」
獣王国が用意した厳つい馬車はその後なにごともなく王都へ到着し、報せを聞いたレオニードたちが王城で出迎え彼女らの無事を喜んだ。
「ああ肝が冷えたぜ……無事で良かった」
「いつも心配かけてごめんなさい、今回ばかりは私の失態ですわ」
女帝として迂闊すぎた行動を猛省したティリルは全員に頭を下げて詫びてまわる、そして気を失ったジェイラを医者に診せたいと侍従を呼び寄せた。
「私の大切な友人なのです、どうか……」精神操作されていることを説明して王都一の医者を願う。
「畏まりました、至急手配いたしましょう」
***
王城の医務室に運ばれたジェイラは外傷が見当たらないが目を覚ますと目を見開いて意味不明なことを喚いた、呪術に特化した医者が呼ばれたが解くには時間がかかるとのことだ。
非道を働いた犯人はほぼ確定しているのに成す術がないことに歯噛みする、自責するティリルであったが政務のこともあり中々見舞いに行けない事を気に病んでいた。
「ティル、気持ちはわかるけど睡眠削って会いに来るのは感心しねぇよ?」
滞在が延びたバリラたちは交代で看護に参加していたが、女帝が度々訪れるのは外聞が悪いと注意する。
「ええ、ごめんなさい。でも眠れないのよ……精神を穢された者は心から疲弊して儚くなると聞くし」
あの日に戻れるのならばと涙を零し「2度と我儘は言わない」と友に誓うのだった。
ジェイラが寝込んでから10日目のことだった。
朝から小雨が降り出し、床からじんわりと冷気が登って人々を震えさせた。やがてそれは大粒となって帝国全土を濡らしていく。
季節はずれの台風だと誰かが言った、分厚い暗雲が陽を遮り激しい風雨が王城を叩く。城内は夜中のような暗さで集うものを不安にさせていた。
「シーツが干せないってメイド達が愚痴ってたよ」
「うーん、それならフラが風魔法でお手伝いしてこようかなぁ」暇を持て余していたフラウットが軽い足音を立てて居室から出て行った。残されたバリラは役に立てることはないかと考えていたが、いつの間にか転寝して鼾をかく。
昼頃になってジェイラが再び喚き暴れだしたと聞いた彼らは医務室へ集う。
「ジェイラ……あぁ、自傷しちゃったのか」目の下を隈で黒く染めたジェイラが目を向いて天井を睨んでいた。
両腕には痛々しく包帯が巻かれていて、薄っすら血が滲んでいるのがわかった。彼女の爪先には赤黒いものが付着していた。
「ふーふーぐぅぅぅぅ……わたしはーできるの……ここにいるのぉぉ」
呪いに苦悶するジェイラの顔は痩せこけ皺が寄り眼球が飛び出している、まるで老婆のような有様だった。レオニードは大好物のタコ焼きを頬張って「美味しいねご主人様」と微笑む彼女の顔を思い出して泣きそうになった。
「ジェイラ、元気になったらタコパしような……たくさん焼くから!だからガンバレ!」
彼女の血濡れた手を握ってレオニードは拝むようにそう言った。
「ごしゅ……じんさま……あぅ、私は……」
「ジェイラ!?正気になったのか?バリラ、医者を呼んできて!」
「わ、わかった!」
バタバタと廊下を急ぐ音をが遠くなる、レオニードは己の手を掴み返し爪を立ててくるジェイラをじっと見つめる。どんなに食い込んでも離そうとはしなかった。
「レオ……まもって……か、のじょを……あぁ、それしか言えない、許してうぅぅ」
「わかった!絶対護るから!みんなを護るからな!ジェイラもだ!当たり前だぞ仲間で友人だろ!」
「あ、ありがと……れ、お」
彼女が感謝のことばを言いきった直後、轟音が城を襲う。
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