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ベルント・アルゴリオ

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入学して以来、腫れ物のように扱われることに苛立ちを隠せない生徒が一人裏庭を闊歩していた。彼は少し伸びた黒い前髪を掻き上げて嘆息した、人気のない場所を探すのが日課になっている。
人相は悪いが整った容姿を持つ彼はとにかく目立ち、取り入ろうとする輩に混ざった女子たちから絡まれる。そんな周囲の反応に彼はほとほと嫌気がさしていたのだ。

眼光鋭い彼の切れ長の目は生まれつきばかりではない、育った環境にこそ問題があるのだから。

彼の父アルゴリオ卿は確かに治癒術に長けているが、かなりの野心家で腹黒である。女神を信仰対象にしておきながら碌に祈祷すらしていない。そんな卿がある日突然『女神の啓示を受けた』と嘯き、得体のしれない小娘を連れて来た。そして、養女にするとまで言って”姫巫女”などと大層な身分を与えたのだ。

「胡散臭いんだよ、なにもかもな……」
教会内の腐敗を知っていながら黙認せざるを得ない彼は歯ぎしりして悔しがる。すべては母の為だった。長く病床に伏している彼の母は定期的に父親の治癒を受けなければ生きられない。ただの延命措置に過ぎないが身体を蝕む病はどうしようもなかった。父の機嫌を損ねればどうなるかわからない。



良さそうな木陰をみつけた彼はそこに腰を落として伸びをした、初夏でありながら午後の陽射しはかなりきつい。陽の光を睨むように顔を上げた時だ、見知った一団が視線に飛び込む。
校舎二階から延びる渡り廊下を移動していた、その先にあるのは高位貴族用のカフェがある。元々は王族の為のもので利用できるものは限られる場所だ。

「愚妹のドナジーナ率いる取り巻き共か……まだ第二王子を諦めてないのか」
彼女が王子に執着するのは単なる横恋慕である、金髪碧眼という絵に描いたようなリカルデル王子の容姿が彼女のお眼鏡にかなったらしい。
「つくづく、くだらない女だ」
どんなに言い寄ろうが王子が相手するとは思えないとベルントは鼻で笑う、実際にその通りなのだが姫巫女は諦めないのだ。

自分には無関係だと欠伸をして微睡む、だがカフェの方から怒鳴り声がして邪魔をされる。近い場所とはいえど外に漏れるほどの騒ぎに彼は興味を惹かれたのだ。
恐らくだが王子が放った威嚇の波動のようなものがベルントを刺激したのだろう。

そして、前述のような愉快劇に発展するのだ。


***

一方で、城内の省庁棟では違う一騒動が起きていた。

「王命だろうと承服できかねると申し上げました、何度言わせるのですか」
財務大臣であるステラロザーデ侯爵がとても不快な声を出して王に諌言しているところだ。件の教会絡みの事である。
「そこをなんとか頼むと言っている!余の大恩人のアルゴリオ猊下が新たに教会を建立するというのだ、だから」
「だからなんです?陛下が個人的に恩義があるのは知っておりますよ。ですが、陛下が治癒術を受けた際に十分過ぎる恩賞を与えております。献金名目の金子も月々で支給しております。これ以上は国庫から出せません」

「そんな!慈善活動の一環なのだぞ!貧しい地区に教会を立ててそこに養護院を併設するのだ!」
「陛下、お言葉ですが国には厚生省がございます、福祉関連は万全に整っておりますよ」
「だ、だが!救済が」
なおも言い募る王に大臣は制して言う。

「高齢者や失業、疾病による困窮者には相応の援助を行っておりますよ。災害対策もです。いまさら教会に委ねる意味がないのです」
「な、……国が十分に補助しておると?」
「さようでございます、定例会議でもそのように報告しておりますよね?そもそもアルゴリオ聖教会は歴史も浅い新興宗教です、国の認定した慈善団体ですらないのですからね」
「う、そんな……」
そこまで言われた王はさすがに口を閉ざすしかなくなった。



「まったく困った御方だ、援助したいのなら王の私財でと進言したらそれはしたくないらしい」
「はあ?本当にそのような身勝手なことを?王は早々に退任されるべきですな」
宰相ストリック公爵家に招かれてチェスを指すテスタローザ卿は今日の出来事を愚痴っていた。酒も進んで口が滑ったようだ。
「おっと……余計なことを口走りました」
「いいや、王はあの男の言いなりだ。見過ごせないことです」

趣味仲間の彼らは良きライバルにして親友と呼べる仲だった。政治に口を挟む宗教家はとても厄介な存在なのだと宰相は言う。
「上辺だけの正義を宣うだけで民はコロリと騙される、聖職者は清廉な者ばかりではない」
「ふむぅ……が来ましたかな?」
「さよう、いまの王は綺麗ごとばかりの思想に狂わされている。紙幣に集る紙魚は駆除しませんとな」
宰相ストリックは仕える主を変えるべきだと決めたようだ。己の腹は痛めたくないという吝嗇家りんしょくかの愚王を軽蔑したのだ。



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