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慈愛の回収はえげつない
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いきなり腕を掴まれたアメリアは抵抗する様子を敢えて見せなかった、このような輩を相手する時は極めて冷静に対応するよう指導を受けている。貴族令嬢の嗜みの一つだ。
「取り合えず隣に腰かけなさい、威圧されているようで不快です」
「あ、ああ。そうか御免……」
対話を許されたことに安堵したらしいナサニエルは素直に掴んでいた手を離して真横に座った。冷静さを欠いていたらしい彼を見事に落ち着かせた彼女は小さく息を吐いた。
「ここでの言動は気を付けることです、王子殿下も利用される区域ですからね。監視魔道具と姿を隠している警備員が常駐してますのよ、迂闊な事はしませんように」
「ッ!?そ、そうだったのか……いえ、そうでしたか、すみません」
牽制という釘を打たれた彼はピタリと張り付くように座っていた腰をズリズリと移動させて縮こまった。ナサニエルの豹変ぶりにアメリアは密かに嘲る。
このまま柱と茂みの陰に潜んでいる警備に突き出しても良い所だが、彼女はそれでは興もなく、中途半端な対応では再度愚行に走るだろうと我慢した。
「それでお話とは、手短になさい」
「う、はい。えっと……色々と誤解とすれ違いが生じたことを訂正したいと思う、思います」
言いなれない敬語を使う彼は滝のように汗を流しながら話し出した。
「俺達は……、ボク達は心が通じ合っているはずなのに、拗れてしまった事をとても後悔している、ます。それは貴女も同じはず、だからちゃんとボクの思いを聞いて欲しくてここに来た……です」
たどたどしい言葉を紡ぐ彼はとても役者とは思えない下手さだ、アメリアに警告された効力が発揮したのか素を晒している。
「貴方って役柄を奪われると途端にヘタレなのね、で?結局何がおっしゃりたいのかサッパリよ」
令嬢らしい言葉を捨てて会話する彼女は容赦がない。
「俺はボクは!キミの好意を無下にしてしまったことを猛省している!でも新人で売りだし中の身では自由な恋愛は許されなくて……でもやはりこの気持ちに嘘を吐きたくないと思ったんだ、そしてキミも素直に応えるべきと考える!もうちょっと押してくれていたら俺だって」
敬語が崩れてしまった彼は思いの丈を伝えるのに必死らしい。
しかしながら、そんな台詞は遅すぎたし的外れなものだ。
「ふ、通じ合っている?好意?はぁ……ガッカリだわ、貴方って遠回しにしか言葉を発せないのね。まるで私が悪いみたいな言い回しを連ねて一体何をしたいの?こちらにばかり核心を吐かせる算段ならお断りよ」
相手の思惑を看破してみせた彼女は面倒そうに扇を取り出して扇ぎ始めた。
目障りだから去ねという仕草なのだが、平民の青年には通じない。
「わ、わかった!ちゃんと伝えるよ、俺はアメリアが必要だ、好きなんだ!キミが目の前から消えたら俺は心が壊れてしまう、だからどうかこの切ない思いに応えてくれないか」
彼は大袈裟な身振り手振りを披露して愛の言葉を吐露した。
「……バカね貴方、その台詞は湖上の貴婦人に出てくるものだわ。結ばれてはいけない悲恋に耐えられず青年が対岸から歌う言葉……ふふ、私が知らないと侮っていたのね」
「え……なんでコレはうちの劇団ではまだ披露してないはず」
自分の言葉では愛を語れない彼は悪手を使ったことに気が付かない。
「言ったでしょう、本物の演劇を観て来たとね。マイルズ・レインドースはそれは見事に演じていたわ」
「あ……スプレーモ劇団の……え、まさか!うちが来週公演する演目と被っているのか!?」
期間は多少ズレてはいたが同時期に同じ演目を準備してしまったブルムゲット歌劇団は窮地に立った。規模も内容も雲泥の差がある両劇団は比較されたら勝ち目はない。
「はてさて、口八丁で私に資金を出させる計画だったようだけど、それ以前の問題が発生したわね」
「あ、あああ。なんてこと……どう足掻いてもうちは終わりじゃないか!せっかく恥を忍んで口説いたのに!」
「恥?私へ愛を囁いたのが恥と?」
「あ、いや、違くて……俺は本当にアメリアの事が好きで愛しくて、可愛いと」
やっと飾らない己の言葉で気持ちを吐いた彼だったが、そんな台詞は今のアメリアは欲していなかった。
「残念ね、その台詞がもっと早く、いいえ最初から聞けていたら私達の関係は違っていたのに……、貴方は演じ過ぎてしまっていたの。私は知っていたのよ、舞台でもそこを下りた私生活の場でも、貴方が本当の姿を見せなかったことをね、あぁ、でも一度だけ素顔を見せたわね、魔力暴走の事故の時に」
「あ、アメリア……そんな!そんな事を言わないで!俺の事好きでしょ!?」
ベンチから立ち上がった彼は今にも飛び掛からんとする勢いだったが、監視と警備のことを思いだしたのか悔しそうに目を伏せた。そして、その場に跪いてアメリアに向き直った。
「お願いアメリア、俺を助けて!後生だから!キミの援助がないと劇団の存続が危ぶまれるんだ」
たった今、愛を請うたその口で台無しな事を告げたナサニエルはただ哀れでしかない。
「私はもう貴方に与えるものは何もない、代わり与えていたものを回収させていただくわ」
「え?回収?なにを」
ナサニエルは月ごとに受け取っていた運転資金のことかと青くなったが、彼女は求めたの金などではない。
「貴方に捧げていた美肌効果と滋養を返してね」
彼女が手の平を彼に掲げるとナサニエルの顔と身体に変化が現れた。陶磁器のような美しい肌はくすみ、毛穴が開いた。そして、悩みだったソバカスがその顔に戻ってしまう。更には吹き出物がオデコと顎に現れた。
そして、鍛錬せずとも整っていた体躯は痩せ細り枯れ木のようになってしまう。
本来の姿に戻されたナサニエルは悲鳴を上げて卒倒したのである。
「取り合えず隣に腰かけなさい、威圧されているようで不快です」
「あ、ああ。そうか御免……」
対話を許されたことに安堵したらしいナサニエルは素直に掴んでいた手を離して真横に座った。冷静さを欠いていたらしい彼を見事に落ち着かせた彼女は小さく息を吐いた。
「ここでの言動は気を付けることです、王子殿下も利用される区域ですからね。監視魔道具と姿を隠している警備員が常駐してますのよ、迂闊な事はしませんように」
「ッ!?そ、そうだったのか……いえ、そうでしたか、すみません」
牽制という釘を打たれた彼はピタリと張り付くように座っていた腰をズリズリと移動させて縮こまった。ナサニエルの豹変ぶりにアメリアは密かに嘲る。
このまま柱と茂みの陰に潜んでいる警備に突き出しても良い所だが、彼女はそれでは興もなく、中途半端な対応では再度愚行に走るだろうと我慢した。
「それでお話とは、手短になさい」
「う、はい。えっと……色々と誤解とすれ違いが生じたことを訂正したいと思う、思います」
言いなれない敬語を使う彼は滝のように汗を流しながら話し出した。
「俺達は……、ボク達は心が通じ合っているはずなのに、拗れてしまった事をとても後悔している、ます。それは貴女も同じはず、だからちゃんとボクの思いを聞いて欲しくてここに来た……です」
たどたどしい言葉を紡ぐ彼はとても役者とは思えない下手さだ、アメリアに警告された効力が発揮したのか素を晒している。
「貴方って役柄を奪われると途端にヘタレなのね、で?結局何がおっしゃりたいのかサッパリよ」
令嬢らしい言葉を捨てて会話する彼女は容赦がない。
「俺はボクは!キミの好意を無下にしてしまったことを猛省している!でも新人で売りだし中の身では自由な恋愛は許されなくて……でもやはりこの気持ちに嘘を吐きたくないと思ったんだ、そしてキミも素直に応えるべきと考える!もうちょっと押してくれていたら俺だって」
敬語が崩れてしまった彼は思いの丈を伝えるのに必死らしい。
しかしながら、そんな台詞は遅すぎたし的外れなものだ。
「ふ、通じ合っている?好意?はぁ……ガッカリだわ、貴方って遠回しにしか言葉を発せないのね。まるで私が悪いみたいな言い回しを連ねて一体何をしたいの?こちらにばかり核心を吐かせる算段ならお断りよ」
相手の思惑を看破してみせた彼女は面倒そうに扇を取り出して扇ぎ始めた。
目障りだから去ねという仕草なのだが、平民の青年には通じない。
「わ、わかった!ちゃんと伝えるよ、俺はアメリアが必要だ、好きなんだ!キミが目の前から消えたら俺は心が壊れてしまう、だからどうかこの切ない思いに応えてくれないか」
彼は大袈裟な身振り手振りを披露して愛の言葉を吐露した。
「……バカね貴方、その台詞は湖上の貴婦人に出てくるものだわ。結ばれてはいけない悲恋に耐えられず青年が対岸から歌う言葉……ふふ、私が知らないと侮っていたのね」
「え……なんでコレはうちの劇団ではまだ披露してないはず」
自分の言葉では愛を語れない彼は悪手を使ったことに気が付かない。
「言ったでしょう、本物の演劇を観て来たとね。マイルズ・レインドースはそれは見事に演じていたわ」
「あ……スプレーモ劇団の……え、まさか!うちが来週公演する演目と被っているのか!?」
期間は多少ズレてはいたが同時期に同じ演目を準備してしまったブルムゲット歌劇団は窮地に立った。規模も内容も雲泥の差がある両劇団は比較されたら勝ち目はない。
「はてさて、口八丁で私に資金を出させる計画だったようだけど、それ以前の問題が発生したわね」
「あ、あああ。なんてこと……どう足掻いてもうちは終わりじゃないか!せっかく恥を忍んで口説いたのに!」
「恥?私へ愛を囁いたのが恥と?」
「あ、いや、違くて……俺は本当にアメリアの事が好きで愛しくて、可愛いと」
やっと飾らない己の言葉で気持ちを吐いた彼だったが、そんな台詞は今のアメリアは欲していなかった。
「残念ね、その台詞がもっと早く、いいえ最初から聞けていたら私達の関係は違っていたのに……、貴方は演じ過ぎてしまっていたの。私は知っていたのよ、舞台でもそこを下りた私生活の場でも、貴方が本当の姿を見せなかったことをね、あぁ、でも一度だけ素顔を見せたわね、魔力暴走の事故の時に」
「あ、アメリア……そんな!そんな事を言わないで!俺の事好きでしょ!?」
ベンチから立ち上がった彼は今にも飛び掛からんとする勢いだったが、監視と警備のことを思いだしたのか悔しそうに目を伏せた。そして、その場に跪いてアメリアに向き直った。
「お願いアメリア、俺を助けて!後生だから!キミの援助がないと劇団の存続が危ぶまれるんだ」
たった今、愛を請うたその口で台無しな事を告げたナサニエルはただ哀れでしかない。
「私はもう貴方に与えるものは何もない、代わり与えていたものを回収させていただくわ」
「え?回収?なにを」
ナサニエルは月ごとに受け取っていた運転資金のことかと青くなったが、彼女は求めたの金などではない。
「貴方に捧げていた美肌効果と滋養を返してね」
彼女が手の平を彼に掲げるとナサニエルの顔と身体に変化が現れた。陶磁器のような美しい肌はくすみ、毛穴が開いた。そして、悩みだったソバカスがその顔に戻ってしまう。更には吹き出物がオデコと顎に現れた。
そして、鍛錬せずとも整っていた体躯は痩せ細り枯れ木のようになってしまう。
本来の姿に戻されたナサニエルは悲鳴を上げて卒倒したのである。
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