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人は追い込まれた時本音が出る
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学舎が遠く離れている彼女らは余程のことがなければ擦れ違う事さえない。アメリアがあまりに感動するのでナサニエルはバツが悪そうに頭を掻いた。
「えっと、実はキミを探していたんだよ。見つけられて良かった」
「あら、そうでしたの。それでご用件は、急ぎなのでしょう?」
近頃は劇場へ向かう余裕がなかったアメリアは、彼と会うのは久しぶりな事を失念していた。
「え、いや。キミったらちっとも楽屋にこないからさ。心配していたんだ、重要な話もあるし」
「……あぁそう言えば、ごめんなさい。この時期の私はなにかと多忙ですのよ、先日も登城して王妃様にお会いしたり」
「城へ……そうか、それは大変だったね」
平民の彼は生涯立ち入ることがないであろう王城と聞いて怖気づく、まして王族と気易く会っているらしい彼女の話に身分の差を今更に思い知った。
「王様は大叔父に当たりますのよ、父の叔父で祖父の兄弟ということね」
「そ、そっか……凄いな、俺とは違うなぁ」
そんな血縁関係をさらりと聞かされた彼は、急にアメリアが遠い存在になり悲し気に微笑んだ。
「話を逸らしてごめんなさい、それでお話は」
「ああ!そうだった!実は舞台背景を外注するんだけど」
ナサニエルが資金のことを切り出したその時だった、庭園の向こう側から悲鳴が聞こえてきて中断されてしまう事態になる。
「そこの!危ない!逃げてくれ!逃げてくれー!」
「え?」
先ほどの土魔法の指導者が大声を張り上げてアメリア達に警告の言葉を叫んだ。
***
生徒の叫び声と教師の怒号が庭園に響く、逃げろと言われても咄嗟の事に動けない。グズグズしていた最中に事態は悪化していく。
「魔力暴走だ!逃げろ!校舎裏へ退避してくれ!」
「キャーッ!逃げてぇ!」
「あああ!大変だぁ!」
叫びながら逃げる教師と生徒たち、やっとアメリアも動きだしてナサニエルに声をかける。
「ナサニエル、こっちよ!学舎の陰へ」
「え、ああ」
話の腰を折られた彼は少々不機嫌な顔をして頷く、逃げる生徒に倣って彼らも走り出す。だが、一歩遅かった。
生徒の一人が勝手に改造した魔法陣が閃光を放つ、一瞬真白の世界に飲み込まれ直後に爆炎が起きた。
皆は耳を押さえて身を屈めた、アメリアも同様に体勢を変えようとしたが身体が不自然に反転した。
「え!?」
爆炎と共に粉塵が巻き上がり無数の石礫が彼らを襲う、更に拳大の石がドカドカと落ちて来た。まるで火山噴火のようだったと体験した生徒達が言う。
***
事故が起きた直後、巻き込まれたアメリアは白い天井を見つめて痛みに耐えていた。
身体の傷はともかくとして心に負った傷のほうが深刻だ。
魔法陣の事故の時、ナサニエルはなんとアメリアを盾にして難を逃れたのだ。
彼女はあの喧騒の中で聞いた言葉を思い出して、唇を噛む。
『俺の顔が汚れてしまう!俺の美しい顔が!』
庇うどころか彼女を盾にして逃げたのだ、あの日出会い芽吹いた眩しい恋はとんだ勘違いだったと気が付いて冷めていく。
「ふふ……迷うことなく私を突き飛ばして、とても友愛があるとは思えない所業。情など欠片も無かったのね」
彼に拾って貰った手鏡を包帯まみれの手で掴む。ピリリとした痛が走るがどうでも良かった。
鏡に映った顔は無惨に傷だらけだった、一番酷い左頬を手の平で撫でる。
己の治癒魔法で少しづつ癒えて行き、赤く腫れあがった箇所が綺麗に修復された。だが、その肌色は酷く青褪めていた。
「この調子なら全快も早いかしら、でも……」
負の感情が次々と湧き出てきて彼女を苦しめた、誰しも己の身が一番可愛いに決まっている。彼とてそのような気持ちが窮状において働いてしまった。それだけだ。
「わかっていても辛い、どうやっても彼を恨んでしまうわ!」
彼女は治りかけていた手に拳を握ってしまい包帯を赤く染めてしまう。爪は肉に食い込んで痛みを増幅させていた。
そうでもしないと彼女は平常心でいられないのだ。
王都病院に見舞いに訪れた家族と従姉に彼女はもう平気とカラ元気を見せた。確かに包帯は粗方取れていて、当時の悲惨な状態ではなかった。彼女の青白い顔は治癒に力を注ぎ過ぎただけが理由ではないのだと全員気が付く。
「目が覚めちゃったのね、アメリア」
「ええ、シュリーの言う通り。楽しくてフワフワした甘い夢は終わっちゃったみたい。私ってバカですわね」
恋に恋していた哀れな少女は大人の顔になっていた。
「お母様、お見合いの話を進めてくださいませ」
「アメリア……急がなくとも先方は待って下さるわ」
「いいえ、退院したらすぐにお会いしたいわ。現実は優しくないのだとわかったのです」
表情は悲痛だったが、どこか吹っ切れた様子の娘を見て父は黙って頭を撫でた。
「擽ったいわ、お父様。ふふ、撫でて頂くのは何年ぶりかしら?」
「今はゆっくり休むのだ、急いで大人になる必要はないのだぞ」
「はい」
入院から半月後、退院した彼女は全快していたが見合いをすることはなかった。
心情を察した両親が断わりの旨を先方に伝えたらしい。
色々と落ち込む彼女に従姉のシュリーが元気づけようととある所へ誘った。
「ここは?」
「うふふ、素敵でしょう。王都一の劇場ジェイド&ガーネットですわ、通称ジーガと呼ばれてますの」
「劇場ジーガ……なんて立派で素敵」
左右非対称の外壁の色をした大劇場は絢爛で目を奪う、塞ぎ込みがちだったアメリアの心を躍らせた。
「えっと、実はキミを探していたんだよ。見つけられて良かった」
「あら、そうでしたの。それでご用件は、急ぎなのでしょう?」
近頃は劇場へ向かう余裕がなかったアメリアは、彼と会うのは久しぶりな事を失念していた。
「え、いや。キミったらちっとも楽屋にこないからさ。心配していたんだ、重要な話もあるし」
「……あぁそう言えば、ごめんなさい。この時期の私はなにかと多忙ですのよ、先日も登城して王妃様にお会いしたり」
「城へ……そうか、それは大変だったね」
平民の彼は生涯立ち入ることがないであろう王城と聞いて怖気づく、まして王族と気易く会っているらしい彼女の話に身分の差を今更に思い知った。
「王様は大叔父に当たりますのよ、父の叔父で祖父の兄弟ということね」
「そ、そっか……凄いな、俺とは違うなぁ」
そんな血縁関係をさらりと聞かされた彼は、急にアメリアが遠い存在になり悲し気に微笑んだ。
「話を逸らしてごめんなさい、それでお話は」
「ああ!そうだった!実は舞台背景を外注するんだけど」
ナサニエルが資金のことを切り出したその時だった、庭園の向こう側から悲鳴が聞こえてきて中断されてしまう事態になる。
「そこの!危ない!逃げてくれ!逃げてくれー!」
「え?」
先ほどの土魔法の指導者が大声を張り上げてアメリア達に警告の言葉を叫んだ。
***
生徒の叫び声と教師の怒号が庭園に響く、逃げろと言われても咄嗟の事に動けない。グズグズしていた最中に事態は悪化していく。
「魔力暴走だ!逃げろ!校舎裏へ退避してくれ!」
「キャーッ!逃げてぇ!」
「あああ!大変だぁ!」
叫びながら逃げる教師と生徒たち、やっとアメリアも動きだしてナサニエルに声をかける。
「ナサニエル、こっちよ!学舎の陰へ」
「え、ああ」
話の腰を折られた彼は少々不機嫌な顔をして頷く、逃げる生徒に倣って彼らも走り出す。だが、一歩遅かった。
生徒の一人が勝手に改造した魔法陣が閃光を放つ、一瞬真白の世界に飲み込まれ直後に爆炎が起きた。
皆は耳を押さえて身を屈めた、アメリアも同様に体勢を変えようとしたが身体が不自然に反転した。
「え!?」
爆炎と共に粉塵が巻き上がり無数の石礫が彼らを襲う、更に拳大の石がドカドカと落ちて来た。まるで火山噴火のようだったと体験した生徒達が言う。
***
事故が起きた直後、巻き込まれたアメリアは白い天井を見つめて痛みに耐えていた。
身体の傷はともかくとして心に負った傷のほうが深刻だ。
魔法陣の事故の時、ナサニエルはなんとアメリアを盾にして難を逃れたのだ。
彼女はあの喧騒の中で聞いた言葉を思い出して、唇を噛む。
『俺の顔が汚れてしまう!俺の美しい顔が!』
庇うどころか彼女を盾にして逃げたのだ、あの日出会い芽吹いた眩しい恋はとんだ勘違いだったと気が付いて冷めていく。
「ふふ……迷うことなく私を突き飛ばして、とても友愛があるとは思えない所業。情など欠片も無かったのね」
彼に拾って貰った手鏡を包帯まみれの手で掴む。ピリリとした痛が走るがどうでも良かった。
鏡に映った顔は無惨に傷だらけだった、一番酷い左頬を手の平で撫でる。
己の治癒魔法で少しづつ癒えて行き、赤く腫れあがった箇所が綺麗に修復された。だが、その肌色は酷く青褪めていた。
「この調子なら全快も早いかしら、でも……」
負の感情が次々と湧き出てきて彼女を苦しめた、誰しも己の身が一番可愛いに決まっている。彼とてそのような気持ちが窮状において働いてしまった。それだけだ。
「わかっていても辛い、どうやっても彼を恨んでしまうわ!」
彼女は治りかけていた手に拳を握ってしまい包帯を赤く染めてしまう。爪は肉に食い込んで痛みを増幅させていた。
そうでもしないと彼女は平常心でいられないのだ。
王都病院に見舞いに訪れた家族と従姉に彼女はもう平気とカラ元気を見せた。確かに包帯は粗方取れていて、当時の悲惨な状態ではなかった。彼女の青白い顔は治癒に力を注ぎ過ぎただけが理由ではないのだと全員気が付く。
「目が覚めちゃったのね、アメリア」
「ええ、シュリーの言う通り。楽しくてフワフワした甘い夢は終わっちゃったみたい。私ってバカですわね」
恋に恋していた哀れな少女は大人の顔になっていた。
「お母様、お見合いの話を進めてくださいませ」
「アメリア……急がなくとも先方は待って下さるわ」
「いいえ、退院したらすぐにお会いしたいわ。現実は優しくないのだとわかったのです」
表情は悲痛だったが、どこか吹っ切れた様子の娘を見て父は黙って頭を撫でた。
「擽ったいわ、お父様。ふふ、撫でて頂くのは何年ぶりかしら?」
「今はゆっくり休むのだ、急いで大人になる必要はないのだぞ」
「はい」
入院から半月後、退院した彼女は全快していたが見合いをすることはなかった。
心情を察した両親が断わりの旨を先方に伝えたらしい。
色々と落ち込む彼女に従姉のシュリーが元気づけようととある所へ誘った。
「ここは?」
「うふふ、素敵でしょう。王都一の劇場ジェイド&ガーネットですわ、通称ジーガと呼ばれてますの」
「劇場ジーガ……なんて立派で素敵」
左右非対称の外壁の色をした大劇場は絢爛で目を奪う、塞ぎ込みがちだったアメリアの心を躍らせた。
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