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切ない恋心を唄う
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壁で微笑む彼を見つけたアメリアだったが、結局直接会うことは叶わなかった。
あの日、ポスターの前で頬を染める彼女を見兼ねた平民舎の女生徒が「今日は休んでいる」と教えてくれた。
「今頃は街の真ん中で歌って踊りまくっている頃ですよ」
「歌と踊りを?どういう事でしょうか」
そして今は従姉のシュリーと下町へ来ているところだ。
「あぁ、ここにいらっしゃるのね!」興奮気味のアメリアは花束を握り締めて震えていた。
「落ち着きなさいませ、せっかくの花が萎れてしまうわ」
なんと、彼の正体は平民街で人気のブルムゲット歌劇団の新人俳優だったのだ。
その名は”ナサニエル・ムゲット”実は劇団長の息子だという。
見目の良い彼は客寄せの為にポスターに起用されたらしい、花形とは言えないが人気が上昇しているようだ。
実際、目の前にある小さな劇場の看板には別の人物の姿が大きく描かれている。
「あの黒髪の女性が花形で看板女優らしいわ」
「そうなの、真珠が似合いそうな美女ね」
「あら、良く分かったわね。真珠姫という異名があるらしいわ」
「え、そうですの。はぁ、歌劇を観るのは初めてですの楽しみだわ」
客席に腰を下ろした彼女はチケット売り場で購入したリーフレットと配られていたフライヤーを目にしてウットリする。特に劇団宣伝のフライヤーをじっと見る、あのポスターと同じ微笑みがそこにあったからだ。
「良ければ私のも差し上げる、ほんとに好きなのね」
「あ、ありがとう……好きだなんて、そんな直球は止めてくださいな」
熟れたように真っ赤なアメリアは花束で顔を隠す。
そして、フッと客席が暗くなると楽団が音楽を奏でだした。
舞台の緞帳が上がると小さなその一角が別世界へと変貌して客達の心を誘う、ハリボテのはずの景色が美しい森の中のように錯覚する。
森の妖精役の少女たちが愛らしい歌声を披露して盛り上げる、そこへ妖精王と人間の聖女が現れた。
切ない恋心を唄い合う男女、彼らを引き裂くのは魔王という物語である。
物語の中盤になって魔王討伐に向かうという一団が現れた。それを率いる騎士団長があの青年だった。金髪を靡かせ剣舞を披露して、彼は騎士らを鼓舞する歌を唄う。凛としたその姿に黄色い声援があちこちから上がった。
「す、素敵……お声まで綺麗だなんて」
すっかり陶酔したらしいアメリアは「ほぅ」と息を吐いた。舞台の上の彼は多くの女性を魅了して、その視線を独り占めした。
***
「はぁ……素晴らしかったわ!付き合ってくれて、ありがとうシュリー」
「ええ、役に立てて良かったわ。でも、歌劇団としては中堅くらいかしら?」
初心者のアメリアとは違って目が肥えているらしい従姉の評価は厳しかった。貴族街にある大劇場で演じる劇団のほうがオススメだと言った。
「いいんですの、あの方がいるからこそ観る価値があるのですわ」
「はいはい、そうよね。それが目的ですものね」すっかり骨抜きされている従妹を見てシュリーは肩を竦める。
演目が終わり舞台挨拶の際に、ナサニエルへ花束を手渡した時の瞬間を思い出したアメリアは、またも頬を染て身をくねらせる。ほんの僅かに触れた指先がとても熱いと言った。舞台俳優として活躍する姿を見た感動で彼女の心は満たされていた。
「次回も来たいけれど習い事があるもの……辛いわ」
毎日足を運ぼうとしている彼女を見て「ほどほどにね」とシュリーは警告した。アメリアは若干不服そうに頬を膨らませた。
すると馬車乗り場へ向かう途中で彼女らの前に幾人かの者が立ち塞がり行く手を阻んで来たではない。
彼女らの護衛達が前後について緊張が走る。だが、シュリーが冷静に言う。
「大丈夫よ、彼らは劇団員だわ」
「え?」
少し緊張が解けると一番年嵩の人物が腰を曲げて挨拶してきた。
「突然失礼しました、ナサニエル副劇団長が是非に楽屋へ御招待したいと申しております。ご一考ください」
その誘い文句にアメリアが食いつかないわけがなかった。
護衛達は良い顔をしなかったが、三十分だけと約束してアメリア達は楽屋へ案内された。
そこは舞台のすぐ後ろにあった、中央の少し広そうな部屋らしい。ドアを開けると甘い香水の香りが歓迎してきた。
濃厚過ぎるそれに、シュリーは使い方を間違えていると鼻に皺を寄せる、だがアメリアの方は興奮していてどうでも良い様子だ。
「やあ、ご足労いただいて申し訳ない」
ポスターの中から飛び出したような姿で、アメリアが恋焦がれた彼が椅子から立ち上がる。その所作は貴族男子と遜色がない。
「また会えて嬉しいです、アメリア嬢」
「まぁ、私の名を御存じだったのね!」
恋する乙女はキラキラと眩しい笑顔を浮かべるのだった。
あの日、ポスターの前で頬を染める彼女を見兼ねた平民舎の女生徒が「今日は休んでいる」と教えてくれた。
「今頃は街の真ん中で歌って踊りまくっている頃ですよ」
「歌と踊りを?どういう事でしょうか」
そして今は従姉のシュリーと下町へ来ているところだ。
「あぁ、ここにいらっしゃるのね!」興奮気味のアメリアは花束を握り締めて震えていた。
「落ち着きなさいませ、せっかくの花が萎れてしまうわ」
なんと、彼の正体は平民街で人気のブルムゲット歌劇団の新人俳優だったのだ。
その名は”ナサニエル・ムゲット”実は劇団長の息子だという。
見目の良い彼は客寄せの為にポスターに起用されたらしい、花形とは言えないが人気が上昇しているようだ。
実際、目の前にある小さな劇場の看板には別の人物の姿が大きく描かれている。
「あの黒髪の女性が花形で看板女優らしいわ」
「そうなの、真珠が似合いそうな美女ね」
「あら、良く分かったわね。真珠姫という異名があるらしいわ」
「え、そうですの。はぁ、歌劇を観るのは初めてですの楽しみだわ」
客席に腰を下ろした彼女はチケット売り場で購入したリーフレットと配られていたフライヤーを目にしてウットリする。特に劇団宣伝のフライヤーをじっと見る、あのポスターと同じ微笑みがそこにあったからだ。
「良ければ私のも差し上げる、ほんとに好きなのね」
「あ、ありがとう……好きだなんて、そんな直球は止めてくださいな」
熟れたように真っ赤なアメリアは花束で顔を隠す。
そして、フッと客席が暗くなると楽団が音楽を奏でだした。
舞台の緞帳が上がると小さなその一角が別世界へと変貌して客達の心を誘う、ハリボテのはずの景色が美しい森の中のように錯覚する。
森の妖精役の少女たちが愛らしい歌声を披露して盛り上げる、そこへ妖精王と人間の聖女が現れた。
切ない恋心を唄い合う男女、彼らを引き裂くのは魔王という物語である。
物語の中盤になって魔王討伐に向かうという一団が現れた。それを率いる騎士団長があの青年だった。金髪を靡かせ剣舞を披露して、彼は騎士らを鼓舞する歌を唄う。凛としたその姿に黄色い声援があちこちから上がった。
「す、素敵……お声まで綺麗だなんて」
すっかり陶酔したらしいアメリアは「ほぅ」と息を吐いた。舞台の上の彼は多くの女性を魅了して、その視線を独り占めした。
***
「はぁ……素晴らしかったわ!付き合ってくれて、ありがとうシュリー」
「ええ、役に立てて良かったわ。でも、歌劇団としては中堅くらいかしら?」
初心者のアメリアとは違って目が肥えているらしい従姉の評価は厳しかった。貴族街にある大劇場で演じる劇団のほうがオススメだと言った。
「いいんですの、あの方がいるからこそ観る価値があるのですわ」
「はいはい、そうよね。それが目的ですものね」すっかり骨抜きされている従妹を見てシュリーは肩を竦める。
演目が終わり舞台挨拶の際に、ナサニエルへ花束を手渡した時の瞬間を思い出したアメリアは、またも頬を染て身をくねらせる。ほんの僅かに触れた指先がとても熱いと言った。舞台俳優として活躍する姿を見た感動で彼女の心は満たされていた。
「次回も来たいけれど習い事があるもの……辛いわ」
毎日足を運ぼうとしている彼女を見て「ほどほどにね」とシュリーは警告した。アメリアは若干不服そうに頬を膨らませた。
すると馬車乗り場へ向かう途中で彼女らの前に幾人かの者が立ち塞がり行く手を阻んで来たではない。
彼女らの護衛達が前後について緊張が走る。だが、シュリーが冷静に言う。
「大丈夫よ、彼らは劇団員だわ」
「え?」
少し緊張が解けると一番年嵩の人物が腰を曲げて挨拶してきた。
「突然失礼しました、ナサニエル副劇団長が是非に楽屋へ御招待したいと申しております。ご一考ください」
その誘い文句にアメリアが食いつかないわけがなかった。
護衛達は良い顔をしなかったが、三十分だけと約束してアメリア達は楽屋へ案内された。
そこは舞台のすぐ後ろにあった、中央の少し広そうな部屋らしい。ドアを開けると甘い香水の香りが歓迎してきた。
濃厚過ぎるそれに、シュリーは使い方を間違えていると鼻に皺を寄せる、だがアメリアの方は興奮していてどうでも良い様子だ。
「やあ、ご足労いただいて申し訳ない」
ポスターの中から飛び出したような姿で、アメリアが恋焦がれた彼が椅子から立ち上がる。その所作は貴族男子と遜色がない。
「また会えて嬉しいです、アメリア嬢」
「まぁ、私の名を御存じだったのね!」
恋する乙女はキラキラと眩しい笑顔を浮かべるのだった。
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