猫憑きの巫女

音爽(ネソウ)

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祓い

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少しばかり浮ついていたヒマリの表情が緊張の面持ちに変化する。
香が充満して囲い周辺が白濁していった、ただの小部屋がたちまち儼乎げんこたる空間へと変貌していく。
「畏まつてまうさげます、かむの子が祷りを捧げたひ。祓清めたく言の葉を献上せり、彼の縁かのえにしより断ちたまふこれ浄化せしめん、かむの恩寵を賜りて穢れしものに宥恕ゆうじょを請ふ」

いつものヒマリのものではない声が小ぶりな口から漏れ出てきた。
それを祖母は祈祷しつつ感心しながら見守っていた、彼女が祝詞を幾度か繰り返していると錆び色の塊から紫煙が吹き出してきた。
やがてそれは女性にょしょうのような像を形成していく、怨念が強いほどくっきり顕現するのである。
「重いですね……うん、貴女が迷う世ではとうにないのですよ。どうか静まり眠ってください」

憑き物には語る口がない、その代わりに爛々と怪しく光る目があった。
それは人のものではないとヒマリは気づく、もっともこの神社へ祓いを来るのは獣祟りだけである。
「飼い主が恋しい?でもねアナタの主はとっくに儚くなってるのですよ」
物言わぬそれはユラユラと揺れて大きな猫型に変わって抵抗してくる、どす黒い怨嗟を集め鋭い禍が爪を向けて来た。

正座を崩しすっくと立ちあがった彼女はそれと対峙して備える。
黑いかぎ爪がヒュンヒュンと風を切り彼女を襲う、それを懐剣でもって応戦した。巫女服に幾度か掠めたが傷は負っていない。襲う爪を何度も斬り落としたが、次々と生え代わり攻撃が止まない。

「うーん切りがないし仕方ないですね、お仕置きいたします」
白檀の数珠を取り出して唱える、すると彼女は白銀の巨大な猫又の姿に変化した。
四肢を伸ばしたその姿は青白く輝いて神々しい、何度も目にしている祖母だったが畏れ多いと平伏す。
”ヒマリを煩わせるとは大したものだ、聞け愚かで哀れなモノよ。我はヒマリほど慈悲はない容赦はせぬ”

呪獣となった黒猫の形の果ては金の目を光らせて猫神の使いへ攻撃してきた。
遺物と思われる櫛に宿るうち、なんの為に執着していたのかすら忘れているようだった。
ただの面倒な怨霊と判断した猫神の下僕は前足を大きく振り斬り伏せた、倒れたそれに噛み付いてあっという間に飲み込んでしまった。

慰霊浄化などではないその行為により魂は完全に消滅した、天にいるであろう飼い主に邂逅することは永劫になくなった。
穢れを飲み込んだ猫又はゲフリとゲップすると小さく縮み出し、普通の猫サイズになった。
それから、壁際に控えていた祖母シマの膝へ飛び乗り丸くなる。
「お疲れ様でした猫神の御使い様、そしておやすみヒマリ。目を覚ましたら鯛でも焼きましょうかね」
力を使いすぎたらしい孫は猫の姿のまま惰眠を貪るのだった。白く小さい孫娘を、祖母は目を覚ますまで優しく撫で続ける。
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