君の運命はおれじゃない

秋山龍央

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第3話

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「――今日、キリと何を話していたんだ?」

「え?」

仕入れ先との昼食会が終わって、帰りの馬車の中。
アシュリーが出し抜けにそんなことを訪ねてきた。

「キリと話? おれがか?」

「ああ。今朝、事務室でキリの方からお前に声をかけていたじゃないか」

アシュリーがターコイズブルーの瞳をすがめておれを睨む。
拗ねたような顔は可愛いが、いかせんせん、言っている意味がさっぱりだ。

おれが個人的にキリと会話なんかしたこと、あったっけ?

そもそもおれはオッドブル商会に席を置く専属薬剤師だ。
時折、アシュリーの秘書のような真似事もしているが、それでも事務で働くキリと会話をする機会なんかいっさいない。

しばし考えて、ふと、一つだけ思い当たることがあった。

「ああ、もしかしてあれか? 昨日、差し入れで事務のみんなにお菓子を持って行ったんだよ。それに対して、わざわざ『美味しかった』と言いにきてくれたんだ。本当にいい子だよな」

「っ……」

おれとしては、キリとの個人的な関わりはないと主張したつもりだったのだが、アシュリーはいささか違う方に捉えたらしい。
唇をとがらせ、ますます拗ねたような顔になる。

「……私には、キリがそんな風に声をかけてくれることはないぞ」

「そりゃ、商会長のお前にキリがそんなに気軽に声をかけられるわけがないだろ」

「…………」

おれの返答に、アシュリーは黙りこくった。

先ほど、自分よりも一回りも年の離れた職人達と対等に渡り合ってきた男と同一人物とは思えない、いささか子供っぽい表情だった。

だが、そんなアシュリーに呆れるより、おれはそんな彼の表情を可愛いと思ってしまう。
少なくとも、キリの前でアシュリーがこんな子供じみた態度をとることはないだろう。

この男のこんな顔を見れるのは、おれだけなのだ。
そう思えば、いささかの寂しさと嫉妬心が優越感で慰められた。

「キリが商会に入った次の日、一緒に夕飯を食べに行ったんだろう? どうだったんだ?」

「そうだな……緊張しているのか、あまり会話は弾まなかった。でも、感謝の言葉をいくども告げられたよ。オメガの自分なんかを雇ってくれた私に感謝していると……」

「へぇ、よかったじゃないか。初めての会話にしちゃなかなか悪くない」

おれがそう言うと、アシュリーはほっとしたように肩の力を抜いた。

「そう思うか?」

「ああ。そうだ、キリを甘いものでも食べに誘ってみちゃどうだ?」

「甘いもの?」

「昨日話した時の様子じゃ、そういうのが好きみたいだったぜ」

「そうか、甘いものか。ふむ……」

アシュリーはそう言うと、ぶつぶつと呟きながら考え込んだ後、しばらくしてから顔を上げた。
考えがまとまったのだろう。

「そうだな、そうしてみようか。……その、すまなかったなユージ。お前に限って私を裏切るような真似をするはずがあるまいに、おかしな邪推をしてしまった」

「いいさ、それぐらい。面白いもんが見れたしな」

声をあげて笑ってみせる。
だが、ふるまいとは裏腹に、アシュリーの信頼が嬉しくて痛かった。

おれがアシュリーを裏切るわけがないなんて――裏切るという意味では、おれは初めて出会った時から彼を裏切っている。
彼はおれに対して無二の友情を覚えてくれているが、おれは、かれを友人以上に愛していた。

けれど、そんな思いを言えるわけがない。

だって、言ったところで玉砕は決定事項だ。
おれは片田舎から上京してきたしがない薬剤師。対して、アシュリーはこの王国一の大商会・オッドブル商会の商会長だ。

そして、おれはベータ、アシュリーはアルファ。
ベータとアルファの男同士じゃ、法律上結婚は可能だが子供はできない。

……どうあがいても、おれではアシュリーの『運命』にはなれないのだ。

「…………」

アシュリーから目をそらし、馬車の窓の向こうに視線を向ける。

……まぁ、いつかはこういう日が来るだろうと予想はしていたのだ。
アルファであるアシュリーの前に、いつか『運命の番』があらわれるんじゃないかってことは。

それを知ってなお、今日までアシュリーの隣にいることを選んだのはおれなのだから、これはある意味、自業自得といえよう。

……はぁ。それでも、やっぱり落ち込むなぁ……

アシュリーは別にきれいな身体というわけじゃない。

親父さんの勧めでベータの女性とお見合いをしてお付き合いをしたこともあれば、町にいるきれいな女をひっかけたり、遊び人な男を口説いて遊んだこともある。

おれはそういう場面を隣で見てきたし、なんなら二人で娼館に行って悪い遊びをしたことさえある。

その時は、おれもここまで強い嫉妬心と悲しみは覚えなかった。
今まで、アシュリーの心を震わせるような人間はあらわれなかったからだ。

どんな男や女と遊んでも、アシュリーは時間が経てばすぐに飽きて、彼らに別れを告げた。そしておれに「やっぱりお前と一緒にいるのが一番楽しいな」と笑ってくれたのだ。

だからこそおれも、今日までアシュリーのよき親友、よき理解者としてふるまってきたのだ。

なのに――まさか、アシュリーの『運命』がこんな予期せぬタイミングであらわれるなんて。
運命の車輪をまわす神様は、とてつもなく残酷だ。

「あー……その、ユージ?」
「うん?」

思いにふけりながら馬車の外を眺めていると、アシュリーが気まずそうな顔でおずおずと声をかけてきた。

「えっと……そうだ! 今度、観劇にでも行かないか? ミズーリの小説の『そして誰もいない』が舞台になるらしくてな」

どうやら、おれがずっと黙りこくっているものだから、先ほどのことで気を悪くしたものと思ったらしい。

そういうわけではなかったのだが、アシュリーが気をつかってくれるのが嬉しくて、おれはその誤解を訂正せずにそのまま話にのった。

「へぇ、そうなのか。懐かしいな。『そして誰もいない』って、初めてお前と会った時に貸した本だ」

「そう! そうなんだよ! だから私もユージと観たいと思っていたんだ。じゃあチケットをとっておくから、二人で月末に一緒に行こう。たまにはお前と二人で気兼ねなく過ごしたい」

「分かった、楽しみにしてるよ」

おれが頷くと、アシュリーはホッとしたように頬をほころばせた。
その安心したような微笑に、傷ついていた心が慰めらる。

……そうだよ。おれはアシュリーの『運命』にはなれなかったけれど……でも、それでもアシュリーの『親友』という立場だって唯一無二のものじゃないか。

失恋の痛みを耐えるのはつらいものだ。
けれど、きっとこの気持ちは時間が癒してくれるだろう。

そうすればきっと……アシュリーとキリのことだって、心から祝福できるに違いないさ。
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