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第二話

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 この世界では、男性・女性という性別の他に、アルファ・ベータ・オメガという第二の性別が存在している。

 それを両親から説明されたのは、おれが十歳の時だった。国で行われた性別判定検診により、おれの性別がオメガであると分かったからだ。

 両親の説明をふむふむと聞きながら、おれは心の中で「あ、やっぱりここって『聖なる百合園の秘密』の世界だ」なんてことを考えていた。

 『聖なる百合園の秘密』というのは、前世でおれが好きだったゲームの名前だ。
 というのも、おれには生まれた時から、前世の記憶があった。そのため、十歳になる頃には他の子たちよりも、いささか大人びたというか、冷めたところがある子どもだった。

 前世では、おれは二十四歳になったばかりの大山理央〈おおやまりおう〉という名前の男で、製薬会社に務める会社員だった。しかし、出張先で起きた交通事故に巻き込まれて死亡し、次に目が覚めた時には、この世界のリオ・オウバルという名前の赤ん坊になっていたのだった。

 そんなわけで、おれには赤ん坊の頃からはっきりとした自意識があった。そして、その時から「この世界は地球ではないようだけれど、それにしては魔法の呪文や用語、国の名前にすごく既視感があるような……?」と違和感を感じていた。

 その感覚が間違いではなかったと判明したのが、おれが十歳の時だ。

 両親から「リオ。残念だけれど、あなたの性別はオメガだったそうなの……」「心配するな。お父さんが、リオにちゃんと番を見つけてきてやるからな」という涙ながらに告げられた時だった。

 絶望に満ちた涙声で、憐れみをこめておれを見つめる両親に、おれは「ああ、そうなんだ。まぁしょうがないよ、自分で選べるものじゃあないし。それより今日の夕飯なに?」と答えた。
 二人はおれの反応が想定外だったようで、しばらくは「えっ?」と言ったきりで呆然としていた。が、おれが悲しみをこらえて気丈にふるまっているものと解釈したようで、その日の夕飯はおれの好物ばかりにしてくれた。ラザニア美味しかった。
 
 しかし、両親がそこまで悲嘆に暮れていたのは、けっして大げさな話ではない。
 この世界――おれが前世でプレイしていた『聖なる百合園の秘密』のゲームには、男女の性別のほかに、第二の性が存在していた。

 この第二の性というのが、特にオメガは、非常にやっかいなしろものなのだ。

 この世界の人間にはすべて、男女の性別のほかに、アルファ、ベータ、オメガという三種類の性別を持っているのだが、この三種の性別によって身体的能力や気質が大きく異なる。

 アルファは、男女ともに身体的能力が非常に高く、リーダーシップ的な気質やカリスマ性を兼ね備えている。また、容姿端麗な者がほとんどだ。
 また、アルファ女性は女性器の他に精巣を持っているので、両性具有でもある。彼女たちは性行為の際に、女芯を陰茎へと変化させることができ、それによって同性を妊娠させることができる。つまり、両性具有者である。
 だが、アルファは男女ともに数が少なく、社会全体の三割ほどしか存在しない。

 ベータは、男女ともに平均的。第二の性別の中ではもっとも人口が多く、身体的特徴や行動、気質も、おれの前世の人間とさほど変わらない。

 そして、最後のオメガ。オメガもベータと同様に、能力こそ平均的であるものの、身体の作りがベータとはかなり違う。数も少なく、全体で一割程度しか存在しない。
 オメガは男女ともに小柄なものが多く、女性はとくに胸や尻に肉付きのいい者が多い。いわゆるトランジスタグラマーというやつだ。

 また、オメガは男でも妊娠ができるのが特徴だ。後孔が総排泄腔と呼ばれており、体内で直腸と膣が枝分かれしており、陰茎もあれば子宮も持っている。アルファの女性とは別種の両性具有者である。

 そして――オメガが一番異なるのは、男女ともに<発情期>というものが存在することだ。

 オメガは十代後半から二十代前半になると<ヒート>と呼ばれる発情期が現れるようになる。
 この<ヒート>は三か月に一度の頻度で起こり、その期間中は、オメガの身体は性欲の増進、脱力感、性器や皮膚の感度の上昇という症状にみまわれ、外出すらままならなくなってしまう。

 <ヒート>は一週間ほど続き、この期間中はオメガは無自覚にフェロモンを撒き散らしてしまう。

 オメガ自身にはフェロモンを嗅ぎ取ることができないのだが、もしもアルファ性の人間がこのフェロモンを嗅いだ場合、アルファ性の人間も同じく発情状態になってしまうのだ。

 アルファ性の人間が誘発されて発情状態になってしまった場合、脱力感や感度の上昇こそないものの、急激な性欲の増進にみまわれる。また、性格についても狂暴性や攻撃性が増し、<ヒート>状態のオメガへの独占欲や支配欲が沸きあがるという。

 また、オメガの中にはとくに強いフェロモンを発する者もおり、この場合、アルファ性の人間どころかベータ性の人間すら強制的に発情状態にしてしまうらしい。こうなると、もはや歩く人間兵器である。なにせ社会の九割がアルファとベータなのだから、その九割の人間を強制的に発情状態にしてしまうのだ。やばすぎる。

 そういうわけで、おれがオメガだと分かった時の両親の反応は、さほど大げさなものだというわけではない。
 なにせ、三か月に一度の頻度で歩く人間兵器になるオメガは、就職もままならない社会の底辺だ。

 さて。そうなると、父の言っていた『心配するな。お父さんが、リオにちゃんと番を見つけてきてやるからな』という台詞がどういう意味かというと――それはオメガの生む子供の性別に関わってくる。

 アルファとオメガが結婚し、子供を産んだ場合、その子供は確定でアルファとなるのだ。

 アルファは生まれつき身体能力、知能指数が高いが、社会全体でみるとその数は三割程度しかいない。つまり、アルファとして生まれたというだけで、人生勝ち組に決まったようなものだ。そのため、この厄介なオメガを結婚相手として望むアルファは意外にも多いのだ。

 また、オメガにとっても嬉しいことに、アルファと結婚して<番>となると、<ヒート>の頻度が一年に一度程度におさまる。中には、完全に<ヒート>がなくなったオメガもいると聞く。
 アルファ側はほとんど確定でアルファ性の子どもを持てるし、オメガ側もやっかいな<ヒート>を抑えることができる。まさに一挙両得の婚姻関係だ。

 なお、アルファとベータが結婚した場合、その子供はベータとなる確率が高く、まれにアルファかオメガのどちらかが生まれる。ベータ同士、アルファ同士が結婚した時も同様だ。
 ベータとオメガが結婚した場合のみ、同じく子供はベータとなる確率が高いが、まれにアルファが生まれる。

 この子どもの性別の問題は、いまだに詳細な理由が判明していない。また、この世界の現在の医療レベルでは、出生前診断によって第二の性別を確認する方法は生み出されていない。

 また、オメガとオメガが結婚した場合、その子供の性別がどうなるのかは、こちらも症例が少なすぎるために詳細が分かっていない。まぁ、オメガ同士で結婚しても、結婚生活で苦労するのが目に見えているからな……
 過去にあった例では、オメガ同士の子供はすべてオメガだったそうだが、サンプルが少なすぎるために確定とはなっていないようだ。

――さて。そんなおれは、この世界にオメガとして転生してしまったわけである。

 そりゃあ本音を言えばアルファ、せめてベータが良かったなぁと思いはしたが、なってしまったものは仕方がない。
 とはいえ、おれはさほど自分の人生を悲観してはいなかった。

 先ほどもいった通り、おれは前世でプレイした『聖なる百合園の秘密』というエロゲーで、この世界のことを知っていた。

 ちなみに『聖なる百合園の秘密』というのは、アルファ性のふたなり女主人公が女子学院に入学して、いろんな女の子を手籠めにしたり手籠めにされたりする百合ゲーであった。
 前世では百合モノが好きで、色んな百合漫画をよんだり、百合ゲーをプレイしていたおれだが、まさかその中でもこんな厄介な設定のゲーム世界に転生するとは思いもよらなかった。どうせ転生するならおれも女の子に生まれ変わって、主人公ちゃんが百合ハーレムを繰り広げるところを観覧したかったものだ。遺憾である。

 ひどく残念ではあったが、おれはそのゲームの中に、〈オメガ用の発情抑制薬〉や〈アルファ用の発情抑制薬〉の存在が出てきていたのを知っていた。

 今はまだこの世界に、その薬は存在していないが、主人公たちが薬を作るための素材は、ゲームをプレイしてきたから知っている。

 オメガが初めて〈ヒート〉を迎えるのは、十代後半から二十代前半だ。何の予兆もなく起きることもあれば、感情の激しい昂りによって引き起こされたなんていう事例もあるらしい。

 おれが〈ヒート〉を迎える年齢になる前に、その薬を開発すればオメガであっても社会で生きることはさほど難しくはないはずだ。
 ただ、おれが薬を開発することで、ゲームの主人公の功績を奪ってしまうことになるのが気がかりだったが、調べてみたところ、この時代は主人公はまだ生まれていなかった。それならば、この世界にいない人間に遠慮する必要もないので、おれは遠慮なく〈発情抑制薬〉作成の道を歩むことに決めた。

 もちろん自分のためでもあるが、〈発情抑制薬〉があれば将来のゲーム主人公や周囲の人間も助かるだろうし、世の中のオメガやアルファたちだって、今抱えている厄介なトラブルから解放される。

 現に、おれも十歳になるまでに、第二の性別にまつわるトラブルを何度も目の当たりにしてきた。
 一番強烈だったのは、道を歩いていたオメガが突然〈ヒート〉になってしまい、近くにいたアルファがフェロモンに誘発されて発情状態になり、オメガに襲いかかったのを見た時だ。おれの精神年齢が本当の子どもだったら、あの光景は確実にトラウマになるレベルであった。でも、〈発情抑制薬〉を開発すればそんなトラブルだって防ぐことができるはずだ。

 そのため、幼い日のおれは、まずは両親に相談することにした。

 おれのこの世界の両親は、父がアルファの男性で、母親がベータの女性だ。彼らは国でいちばん大きな港町で倉庫業を営んでいた。おれが両親に勉強をしたいこと、そして、学校へ通いたい旨を相談すると、両親はすぐに家庭教師をつけてくれた。
 家庭教師のもとで社会常識や作法、基礎知識の勉強を続けた後、その家庭教師から〈魔術学院スカルベーク〉への推薦状をもらうことができた。

 〈魔術学院スカルベーク〉は、この国における最高位の学校だ。この学院に入学するためには、莫大な入学金や授業料を収める他に、在校している生徒か教師、または卒業生から入学推薦状を書いてもらわなければならないのだ。
 そうして、最初に志を抱いた時から時間はかかってしまったが、おれはなんとか〈魔術学院スカルベーク〉へと入学することができた。その後の進級試験も無事に合格することができ、今年、晴れて二年生となった。

 いまだに〈発情抑制薬〉の完成には至っていないが、試作品の作成はおおむね予定通りの成果をあげている。
 魔法薬学の教授もおれの試作品の出来を褒めてくれたし、このままいけば、卒業するまでには、完全な〈発情抑制薬〉を手にすることができるだろうと仰ってくれた。

 すべては順調だった。
 ただ、ある一つのことを除いては。
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