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第8話
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窓に下げられた生成り色のカーテンから差し込む朝日は、清廉な空気で部屋を満たしている。どこか遠くの方で、きれいな声の鳥が唄っているのが聞こえた。
朝が訪れた。けれど、まだ目を覚ます気には到底なれない。
……頭がぼんやりとしている。身体が、なぜか特に下半身が、やけにだるい。腰の辺りはかすかな痛みが疼いている。
今は何時くらいだろう?
まだ早い時間だったら、二度寝したいところだな……。布団があたたかいし、何よりまだ眠たいし。にしても、なんでこんなに疲れてるんだろう? 昨日は確か『GOG』のミッションで、カスタマイズしたテンプレ機体の『舞乙女』で攻略やってた最中だったっけ。どこまでミッション進めたっけな……。砂漠のフィールドにいって、獣王国の『ホワイト・リリィ』から帝国のマニュアル部隊のスティンガー達を助けたんだったか。
……あれ? 『GOG』にそんなミッションってあったっけ?
「おっ。目が覚めたか、ヤマト」
――その声で、おれはベッドから跳ね起きた。
しかし、ベッドから降りることはできなかった。おれは服を、いや、服どころか下着すら何一つ身につけていなかったのだ。完全な全裸である。そのためひとまず、毛布で下半身を覆った状態で、上半身だけをベッドから起こす状態にとどめる。
そんなおれに、傍らにきた男――帝国の戦闘騎士部隊のマニュアル乗りのヴァン・イホークが、服を手渡してきた。だが、その洋服はおれが昨日まで身につけていたものではなかった。オフホワイトのシャツにカーキ色のズボン、そして黒いベスト。
「着替えがないみてェだったから、適当に買ってきた。ま、サイズが多少合わんのは大目に見てくれ」
「いや、すまない。ありがとう……」
心臓がばくばくする。震えそうになる手を叱咤しつつ、ヴァンから服を受け取る。
ようやく思い出した、昨日のこと。
実際に操縦できるようになった『舞乙女』。砂漠での戦い。そしてスティンガーと一緒に、帝国に向かって帝城に言って皇帝陛下にお目通りをして。それで、戦闘騎士部隊の総隊長さんたちと夜のお店に行って……。それで、おれは……異世界の酒による強壮効果で、なんか身体がものすごい熱くなって。で、おれはヴァンに……。
洋服を持ったまま、いまだに混乱から抜け出せないおれ。というか、顔が上げられない。気まずさと後悔と申し訳無さで、とてもじゃないがヴァンと目を合わせられない。こういう時、どうすればいいの? 土下座?
「身体は大丈夫か?」
「あ、ああ……おかげさまで今はすっかり、大丈夫だ」
「なら良かった。中には副作用で頭痛や身体の痺れが残ることもあるからな」
ああ、二日酔いみたいなものか?
しかし、頭痛はともかく、身体の痺れが副作用で残るとかやばい気がするんだが。本当にあのお酒、風俗営業法とかに反してないのだろうか? もしかして、風俗営業法自体、この世界になかったりする?
「だが、ヤマトもこれで分かっただろう?」
「?」
「……お前が何の目的でこの国に来たのかは分からん。だが、お前が悪い人間じゃあないことは俺は知ってる。だから、今の内に忠告しておく……早くこの帝国を出たほうがいい。ヤマトなら、傭兵でも職には困らんだろう」
!!??!?!
ベッドの傍らに座ったヴァンが、なんかいきなりとんでもないことを言い出した。
き、昨日のおれの二日酔い、まさかそこまで言われるレベルだったの? いや、その、確かにヴァンにお手伝いをかけさせたのは申し訳なかったと思ってるんだけど……。
「……昨日、ヴァンに手間をかけさせたのは悪かったと思って……」
「馬鹿、そんなことはいいんだよ。そっちじゃなくてだな、昨日の総隊長サマが企てたような事がこれからも降り掛かってくるってことだ」
「ヴァン……」
「今回の件は俺が報告しておいたが……だけど、同じような事はきっとこれからもある。ヤマトはあれだけの腕前のオートマタ乗りなんだから、国元じゃ何不自由ない暮らしが出来るだろう。何があったかは知らんが、自分の国に戻ることはできねェのか?」
「……国、か」
なんと。まさか、そっちの心配をしてくれていたのか。
つくづく思ったけど、ヴァンってマジでいい人過ぎない? 昨日のおれの下の世話を丁寧に手伝ってくれただけではなく、まさかそんなことまで心配してくれるとは……。
昨夜の件の申し訳無さで、顔が合わせられなかったが、ヴァンのその言葉でようやくおれは顔を上げて、彼と目を合わせることができた。
「……昨夜の件はおれの不注意だ。もう、あんなことにはならない」
「ヤマト……」
いや、っていうか本当に昨日のことはおれの不注意だよ。それ以上でもそれ以下でもないしね。
昨日の総隊長さんの企てっていうのがよく分からないけど、もしかして、総隊長さんは「接待で夜のお店に行って、経費で可愛い女の子と遊んじゃおう!」って企んでたってことかな?
だからおれをわざわざあのお店に連れて行ったと……。なるほどな。昨日、総隊長さんが強引とも言える性急さで、あのお店におれ達を連れて行ったのはそれが下心にあったからなのか。
で、今回の「経費で夜のお店に総隊長さんが行きましたよ!」っていうのをヴァンがさらに上司の人に報告してはおいたけど、これからも接待なんかで夜のお店や、飲み屋におれが連れて行かれることは多々あるだろう。
つまりヴァンの言いたいことは「そんなに酒が弱くて大丈夫なのか? こっちの帝国の酒は強壮効果も強いから、もう国に帰ったほうがいいんじゃない?」ってことだな、うむ。
……まさかお酒が弱い程度で国に帰れと勧められるとは思わなかったな。いや、違うか。つまり、おれは勘違いをしていたのかもしれない。
――つまり、あのお店のお酒だけがあんなに強い強壮効果を持っていたわけではなく。
あのお酒自体が、帝国の市場に普通に出回っているものなのだろう。
つまり、帝国の人々の嗜むお酒は、どれも同程度の強壮効果を持っているのだ。そして、おれがこの帝国で暮らしていく以上、どういう職業についたとしても、接待なんかで呑みニュケーションはかかせないもの。しかし、飲み会の度にあんな風になるようでは、これからこの先とても帝国ではやっていけないだろう。そうヴァンは言っているのだ。
うーん。確かに、そうだとするとおれがこの帝国でやっていくのは中々にキツい……!
ヴァンが国に戻ることはできないのか、って言いたくなる気持ちも分かるレベルだ。というか、昨日おれに散々付き合ってくれたヴァンだからこそ言いたくなるんだろう。
いや、本当にヴァンにはお手数をおかけしました……。
「大丈夫だ、今度はうまくやるさ。どんなものかは分かったし、飲むフリをすることだって出来る。それに……」
「それに?」
「……ここを出たところで、もう俺に帰る場所なんてないからな」
「…………そうか」
そうなんだよねー。だっておれ、今、ザ☆無一文だからね!
この帝国を出ても、どこにも行けないんですよ! そもそも元の世界の帰り方が分からないし!
っていうか、昨日、この国の皇帝陛下に面会したばっかりなのに、二日酔い一回で出ていくとかちょっと感じ悪すぎじゃない?
「すみません、やっぱここの国の水が合わないんで、ちょっと移住のハナシはなしで……」っていうこと? 感じ悪いというか、もはや人としてどうかと思われるレベルだよね……。皇帝陛下がおれみたいな不審人物に直々にお目通りしてくれたっていうのに、さすがに申し訳無さすぎるよ……。
「――わかった」
すると、おれの正面に座ったヴァンが、なぜかおれの片手を両手でとった。そして、右手を包み込むように優しく握られる。
「なら、お前が俺を守る。お前は俺と、俺の部下の命の恩人だ」
「ヴァン……?」
「お前がいなければ俺たちは生きてこの国に帰ることはなかっただろう。戦闘騎士の扱いでは俺には到底お前には及ばんが……だが、それ以外の部分で、俺がお前の助けになれることはあると思う」
紺色の瞳に、まっすぐに、射抜かれるように見つめられる。
心臓がドキドキとせわしない。GOGでのミッション攻略とか、昨日の『舞乙女』の戦闘の時よりも、もっとずっと心臓がドキドキしている。
今はもう、昨日のお酒の強壮効果は切れているはずだというのに、ヴァンにそんなに熱い視線を注がれると、なんだか下腹部がぞくぞくと熱を持つようだ。思わず、ヴァンに握られているのとは反対の手で、下半身にかけた毛布をさらに手繰り寄せる。
「俺はお前の謙虚さ、清らかさが好きだ。お前のその魂を俺が守りたい」
窓から差し込むほのかな朝日に照らされ、白銅色の髪がきらきらと銀色の光を放っている。
そんなヴァンは、握りしめたおれの片手にそっと持ち上げ、手の甲にやわらかく唇を落とした。
「お前の前で改めて、誓わせてほしい。騎士の誇りにかけて、俺がヤマトを守ると誓う」
「…………ぁ、ありがとう、ヴァン」
おれはなんとか声を絞り出して、ヴァンになんとか礼だけを告げる。
というか、もう、それしか出来なかった。本当は、ヴァンたちを助けたことはこの国に来れたことで相殺だとか、むしろおれの方が散々迷惑をかけまくってるよとか、色々言いたいことがあったのだけれど……ヴァンの真摯な瞳に見つめられると、胸がつまってしまって、もはや言葉にならなかった。
う、うわぁ、なんだコレ。
そういやおれ、昨日、ベッドに行く前とか、あとシてる最中の時とかもずっと、ヴァンとキスとかしちゃったんだよな……! あれ、実はおれのファーストキスだったんだけど。
……ヴァンとのキスの感触を思い出すと、心臓の高鳴りがさらに五月蝿くなる。
告げられた言葉の内容に、恥ずかしさと照れ臭さ、そして嬉しさが心の底から込み上げてくる。
うわ。うわー、マジか自分。
もしかして、これが噂に聞く吊り橋効果ってやつなのか? で、でも、ヴァンって男のおれから見ても筋肉質で背が高くて頼りがいのある完璧イケメンだし、それなのに、昨夜だって「気にするな、俺も楽しんでる」って笑って冗談にしてくれるほど優しいしさ。
だから、ほら……。
……こんなの、好きになっちゃうのは、どうしようもないというか……。
「ヤマト、顔が赤いな。なんだ、照れてるのか?」
すると、ヴァンが揶揄するように笑って、おれの頬に手を伸ばしてきた。
昨日と同じく、ヴァンの体温は人よりも少し低いのか、火照った頬に冷たい掌が心地良い。
「昨夜も思ったが、意外とうぶなところがあるよな、お前」
な、なにその余裕の笑みー!
くそ、これだからイケメンは……!
でもそんなからかうような笑顔で笑ってる所も格好いい……!
「……そっちは違うみたいだが、おれは初めてだったからな」
「ああ。男に抱かれたのは初めてだったのか?」
ヴァンの言葉に少しすねながら返す。
にしても、この世界ってやっぱりゲームと同じように、同性愛にも寛容なんだな。そういえば、お姉さまってって呼び合う百合百合な精霊国の戦闘女騎士二人とか出てきたよなー。
「抱かれた、というか……その、人とああいうことをするのは初めてだった」
「ん? 男相手が初めてだったってことか?」
「いや、男も女もない」
おれの告白すると、ヴァンが目を見開いてびっくりした顔になる。そして、まじまじとおれを見てきた。
「え……ヤマト。お前、童貞か?」
「まぁ、そういうことだな」
えーい、童貞の何がそんなに不思議かね、このイケメン隊長さんめ!
「いや、その……なんだ? 本当に?」
「こんなことで嘘をついてどうする」
「まぁそりゃそうなんだが……いや、にしても驚きだ。だって戦闘騎士乗りでオートマタ乗りともなりゃ、黙ってても男でも女でも寄ってくるだろう?」
マ、マジで!?
いいことを聞いた。よし、さっそく今から街に行って「やあそこの綺麗なお姉さん! 実はおれ、こう見えても戦闘騎士部隊のオートマタ乗りなんです! ちょっとお茶でもしていきませんか?」ってナンパしてこようかな!
…………うん。どう見ても自称・オートマタ乗りを名乗るただの不審者だな。
「おれは……まぁ、なんだ。暇さえあればオートマタばっかり乗り回してたからな」
「ふぅん?」
すみません、かっこよく言ってみたけど、要はただのインドア派のゲームオタクだったってことです。
いや、嘘じゃないはずだよ? 暇さえあればゲームばっかりやって、ゲームの中でオートマタをずっと乗り回してたし。
い、言い訳させてもらうとですね。一緒に暮らしてたおじさんがすっごいゲームおたくで、おれもその方の影響で小学生の頃に『GOG1』をプレイし初めて……だから、その、おれにとってはGOGがおじさんとのコミュニケーションツールだったから、おじさんとの会話の糸口としてGOGをプレイすることが必要だったわけで!
え? なら、この年齢になってまでGOGを最新作までやりこんでる理由? いや、それはもはやおれの趣味だけど。
「へぇ……にしても初物だったのか。なら今度はもっと優しくしてやらなきゃな」
「からかうのはやめてくれ、ヴァン」
悪戯げな笑みでおれの頬を撫でてくるヴァンの手を、やんわりと離させる。
ヴァンはそんな気はないかもしれないが、そんな風に触られてると、こっちはドキドキしっぱなしなんだから、心臓に悪いことはやめてほしい。
「今回はヴァンに手助けしてもらって、助かったとは思っている。けれど、おれは……愛情のない行為は好きじゃないんだ。からかうのが目的なら、あまりそういう冗談は控えてくれ」
「……やっぱりお前は純だなァ。そこがなんつーか、そそるんだけどよ」
ヴァンはおれが引き剥がした手で、再びおれの顔に触れてきた。顎のラインをなぞるように指先でついと触られると、ほんの少しくすぐったい。
「でも、からかってなんかないぜ? 初めは、お前が恩人だから手助けしてやるとかと思ってただけなんだが……」
「……だが?」
「お前があんまり可愛いから、惚れた」
「なっ……!」
な、なんてことをまたさらりと仰りやがる、このイケメン!!!
「お、また赤くなったな」
「やっぱりからかってるんじゃないか……」
「いやいや、本気だぜ。惚れてもいない相手に誓いなんか立てねぇしな」
本気とも揶揄ともつかない、ヴァンの言葉。
彼の目の前でなかったら、思わず頭を抱えたくなるところだ。
……はぁ。
まったく、人の気も知らないで、耳障りのいいことばっかり言って。
勘違いしそうになるからやめてほしいよな、もう。
朝が訪れた。けれど、まだ目を覚ます気には到底なれない。
……頭がぼんやりとしている。身体が、なぜか特に下半身が、やけにだるい。腰の辺りはかすかな痛みが疼いている。
今は何時くらいだろう?
まだ早い時間だったら、二度寝したいところだな……。布団があたたかいし、何よりまだ眠たいし。にしても、なんでこんなに疲れてるんだろう? 昨日は確か『GOG』のミッションで、カスタマイズしたテンプレ機体の『舞乙女』で攻略やってた最中だったっけ。どこまでミッション進めたっけな……。砂漠のフィールドにいって、獣王国の『ホワイト・リリィ』から帝国のマニュアル部隊のスティンガー達を助けたんだったか。
……あれ? 『GOG』にそんなミッションってあったっけ?
「おっ。目が覚めたか、ヤマト」
――その声で、おれはベッドから跳ね起きた。
しかし、ベッドから降りることはできなかった。おれは服を、いや、服どころか下着すら何一つ身につけていなかったのだ。完全な全裸である。そのためひとまず、毛布で下半身を覆った状態で、上半身だけをベッドから起こす状態にとどめる。
そんなおれに、傍らにきた男――帝国の戦闘騎士部隊のマニュアル乗りのヴァン・イホークが、服を手渡してきた。だが、その洋服はおれが昨日まで身につけていたものではなかった。オフホワイトのシャツにカーキ色のズボン、そして黒いベスト。
「着替えがないみてェだったから、適当に買ってきた。ま、サイズが多少合わんのは大目に見てくれ」
「いや、すまない。ありがとう……」
心臓がばくばくする。震えそうになる手を叱咤しつつ、ヴァンから服を受け取る。
ようやく思い出した、昨日のこと。
実際に操縦できるようになった『舞乙女』。砂漠での戦い。そしてスティンガーと一緒に、帝国に向かって帝城に言って皇帝陛下にお目通りをして。それで、戦闘騎士部隊の総隊長さんたちと夜のお店に行って……。それで、おれは……異世界の酒による強壮効果で、なんか身体がものすごい熱くなって。で、おれはヴァンに……。
洋服を持ったまま、いまだに混乱から抜け出せないおれ。というか、顔が上げられない。気まずさと後悔と申し訳無さで、とてもじゃないがヴァンと目を合わせられない。こういう時、どうすればいいの? 土下座?
「身体は大丈夫か?」
「あ、ああ……おかげさまで今はすっかり、大丈夫だ」
「なら良かった。中には副作用で頭痛や身体の痺れが残ることもあるからな」
ああ、二日酔いみたいなものか?
しかし、頭痛はともかく、身体の痺れが副作用で残るとかやばい気がするんだが。本当にあのお酒、風俗営業法とかに反してないのだろうか? もしかして、風俗営業法自体、この世界になかったりする?
「だが、ヤマトもこれで分かっただろう?」
「?」
「……お前が何の目的でこの国に来たのかは分からん。だが、お前が悪い人間じゃあないことは俺は知ってる。だから、今の内に忠告しておく……早くこの帝国を出たほうがいい。ヤマトなら、傭兵でも職には困らんだろう」
!!??!?!
ベッドの傍らに座ったヴァンが、なんかいきなりとんでもないことを言い出した。
き、昨日のおれの二日酔い、まさかそこまで言われるレベルだったの? いや、その、確かにヴァンにお手伝いをかけさせたのは申し訳なかったと思ってるんだけど……。
「……昨日、ヴァンに手間をかけさせたのは悪かったと思って……」
「馬鹿、そんなことはいいんだよ。そっちじゃなくてだな、昨日の総隊長サマが企てたような事がこれからも降り掛かってくるってことだ」
「ヴァン……」
「今回の件は俺が報告しておいたが……だけど、同じような事はきっとこれからもある。ヤマトはあれだけの腕前のオートマタ乗りなんだから、国元じゃ何不自由ない暮らしが出来るだろう。何があったかは知らんが、自分の国に戻ることはできねェのか?」
「……国、か」
なんと。まさか、そっちの心配をしてくれていたのか。
つくづく思ったけど、ヴァンってマジでいい人過ぎない? 昨日のおれの下の世話を丁寧に手伝ってくれただけではなく、まさかそんなことまで心配してくれるとは……。
昨夜の件の申し訳無さで、顔が合わせられなかったが、ヴァンのその言葉でようやくおれは顔を上げて、彼と目を合わせることができた。
「……昨夜の件はおれの不注意だ。もう、あんなことにはならない」
「ヤマト……」
いや、っていうか本当に昨日のことはおれの不注意だよ。それ以上でもそれ以下でもないしね。
昨日の総隊長さんの企てっていうのがよく分からないけど、もしかして、総隊長さんは「接待で夜のお店に行って、経費で可愛い女の子と遊んじゃおう!」って企んでたってことかな?
だからおれをわざわざあのお店に連れて行ったと……。なるほどな。昨日、総隊長さんが強引とも言える性急さで、あのお店におれ達を連れて行ったのはそれが下心にあったからなのか。
で、今回の「経費で夜のお店に総隊長さんが行きましたよ!」っていうのをヴァンがさらに上司の人に報告してはおいたけど、これからも接待なんかで夜のお店や、飲み屋におれが連れて行かれることは多々あるだろう。
つまりヴァンの言いたいことは「そんなに酒が弱くて大丈夫なのか? こっちの帝国の酒は強壮効果も強いから、もう国に帰ったほうがいいんじゃない?」ってことだな、うむ。
……まさかお酒が弱い程度で国に帰れと勧められるとは思わなかったな。いや、違うか。つまり、おれは勘違いをしていたのかもしれない。
――つまり、あのお店のお酒だけがあんなに強い強壮効果を持っていたわけではなく。
あのお酒自体が、帝国の市場に普通に出回っているものなのだろう。
つまり、帝国の人々の嗜むお酒は、どれも同程度の強壮効果を持っているのだ。そして、おれがこの帝国で暮らしていく以上、どういう職業についたとしても、接待なんかで呑みニュケーションはかかせないもの。しかし、飲み会の度にあんな風になるようでは、これからこの先とても帝国ではやっていけないだろう。そうヴァンは言っているのだ。
うーん。確かに、そうだとするとおれがこの帝国でやっていくのは中々にキツい……!
ヴァンが国に戻ることはできないのか、って言いたくなる気持ちも分かるレベルだ。というか、昨日おれに散々付き合ってくれたヴァンだからこそ言いたくなるんだろう。
いや、本当にヴァンにはお手数をおかけしました……。
「大丈夫だ、今度はうまくやるさ。どんなものかは分かったし、飲むフリをすることだって出来る。それに……」
「それに?」
「……ここを出たところで、もう俺に帰る場所なんてないからな」
「…………そうか」
そうなんだよねー。だっておれ、今、ザ☆無一文だからね!
この帝国を出ても、どこにも行けないんですよ! そもそも元の世界の帰り方が分からないし!
っていうか、昨日、この国の皇帝陛下に面会したばっかりなのに、二日酔い一回で出ていくとかちょっと感じ悪すぎじゃない?
「すみません、やっぱここの国の水が合わないんで、ちょっと移住のハナシはなしで……」っていうこと? 感じ悪いというか、もはや人としてどうかと思われるレベルだよね……。皇帝陛下がおれみたいな不審人物に直々にお目通りしてくれたっていうのに、さすがに申し訳無さすぎるよ……。
「――わかった」
すると、おれの正面に座ったヴァンが、なぜかおれの片手を両手でとった。そして、右手を包み込むように優しく握られる。
「なら、お前が俺を守る。お前は俺と、俺の部下の命の恩人だ」
「ヴァン……?」
「お前がいなければ俺たちは生きてこの国に帰ることはなかっただろう。戦闘騎士の扱いでは俺には到底お前には及ばんが……だが、それ以外の部分で、俺がお前の助けになれることはあると思う」
紺色の瞳に、まっすぐに、射抜かれるように見つめられる。
心臓がドキドキとせわしない。GOGでのミッション攻略とか、昨日の『舞乙女』の戦闘の時よりも、もっとずっと心臓がドキドキしている。
今はもう、昨日のお酒の強壮効果は切れているはずだというのに、ヴァンにそんなに熱い視線を注がれると、なんだか下腹部がぞくぞくと熱を持つようだ。思わず、ヴァンに握られているのとは反対の手で、下半身にかけた毛布をさらに手繰り寄せる。
「俺はお前の謙虚さ、清らかさが好きだ。お前のその魂を俺が守りたい」
窓から差し込むほのかな朝日に照らされ、白銅色の髪がきらきらと銀色の光を放っている。
そんなヴァンは、握りしめたおれの片手にそっと持ち上げ、手の甲にやわらかく唇を落とした。
「お前の前で改めて、誓わせてほしい。騎士の誇りにかけて、俺がヤマトを守ると誓う」
「…………ぁ、ありがとう、ヴァン」
おれはなんとか声を絞り出して、ヴァンになんとか礼だけを告げる。
というか、もう、それしか出来なかった。本当は、ヴァンたちを助けたことはこの国に来れたことで相殺だとか、むしろおれの方が散々迷惑をかけまくってるよとか、色々言いたいことがあったのだけれど……ヴァンの真摯な瞳に見つめられると、胸がつまってしまって、もはや言葉にならなかった。
う、うわぁ、なんだコレ。
そういやおれ、昨日、ベッドに行く前とか、あとシてる最中の時とかもずっと、ヴァンとキスとかしちゃったんだよな……! あれ、実はおれのファーストキスだったんだけど。
……ヴァンとのキスの感触を思い出すと、心臓の高鳴りがさらに五月蝿くなる。
告げられた言葉の内容に、恥ずかしさと照れ臭さ、そして嬉しさが心の底から込み上げてくる。
うわ。うわー、マジか自分。
もしかして、これが噂に聞く吊り橋効果ってやつなのか? で、でも、ヴァンって男のおれから見ても筋肉質で背が高くて頼りがいのある完璧イケメンだし、それなのに、昨夜だって「気にするな、俺も楽しんでる」って笑って冗談にしてくれるほど優しいしさ。
だから、ほら……。
……こんなの、好きになっちゃうのは、どうしようもないというか……。
「ヤマト、顔が赤いな。なんだ、照れてるのか?」
すると、ヴァンが揶揄するように笑って、おれの頬に手を伸ばしてきた。
昨日と同じく、ヴァンの体温は人よりも少し低いのか、火照った頬に冷たい掌が心地良い。
「昨夜も思ったが、意外とうぶなところがあるよな、お前」
な、なにその余裕の笑みー!
くそ、これだからイケメンは……!
でもそんなからかうような笑顔で笑ってる所も格好いい……!
「……そっちは違うみたいだが、おれは初めてだったからな」
「ああ。男に抱かれたのは初めてだったのか?」
ヴァンの言葉に少しすねながら返す。
にしても、この世界ってやっぱりゲームと同じように、同性愛にも寛容なんだな。そういえば、お姉さまってって呼び合う百合百合な精霊国の戦闘女騎士二人とか出てきたよなー。
「抱かれた、というか……その、人とああいうことをするのは初めてだった」
「ん? 男相手が初めてだったってことか?」
「いや、男も女もない」
おれの告白すると、ヴァンが目を見開いてびっくりした顔になる。そして、まじまじとおれを見てきた。
「え……ヤマト。お前、童貞か?」
「まぁ、そういうことだな」
えーい、童貞の何がそんなに不思議かね、このイケメン隊長さんめ!
「いや、その……なんだ? 本当に?」
「こんなことで嘘をついてどうする」
「まぁそりゃそうなんだが……いや、にしても驚きだ。だって戦闘騎士乗りでオートマタ乗りともなりゃ、黙ってても男でも女でも寄ってくるだろう?」
マ、マジで!?
いいことを聞いた。よし、さっそく今から街に行って「やあそこの綺麗なお姉さん! 実はおれ、こう見えても戦闘騎士部隊のオートマタ乗りなんです! ちょっとお茶でもしていきませんか?」ってナンパしてこようかな!
…………うん。どう見ても自称・オートマタ乗りを名乗るただの不審者だな。
「おれは……まぁ、なんだ。暇さえあればオートマタばっかり乗り回してたからな」
「ふぅん?」
すみません、かっこよく言ってみたけど、要はただのインドア派のゲームオタクだったってことです。
いや、嘘じゃないはずだよ? 暇さえあればゲームばっかりやって、ゲームの中でオートマタをずっと乗り回してたし。
い、言い訳させてもらうとですね。一緒に暮らしてたおじさんがすっごいゲームおたくで、おれもその方の影響で小学生の頃に『GOG1』をプレイし初めて……だから、その、おれにとってはGOGがおじさんとのコミュニケーションツールだったから、おじさんとの会話の糸口としてGOGをプレイすることが必要だったわけで!
え? なら、この年齢になってまでGOGを最新作までやりこんでる理由? いや、それはもはやおれの趣味だけど。
「へぇ……にしても初物だったのか。なら今度はもっと優しくしてやらなきゃな」
「からかうのはやめてくれ、ヴァン」
悪戯げな笑みでおれの頬を撫でてくるヴァンの手を、やんわりと離させる。
ヴァンはそんな気はないかもしれないが、そんな風に触られてると、こっちはドキドキしっぱなしなんだから、心臓に悪いことはやめてほしい。
「今回はヴァンに手助けしてもらって、助かったとは思っている。けれど、おれは……愛情のない行為は好きじゃないんだ。からかうのが目的なら、あまりそういう冗談は控えてくれ」
「……やっぱりお前は純だなァ。そこがなんつーか、そそるんだけどよ」
ヴァンはおれが引き剥がした手で、再びおれの顔に触れてきた。顎のラインをなぞるように指先でついと触られると、ほんの少しくすぐったい。
「でも、からかってなんかないぜ? 初めは、お前が恩人だから手助けしてやるとかと思ってただけなんだが……」
「……だが?」
「お前があんまり可愛いから、惚れた」
「なっ……!」
な、なんてことをまたさらりと仰りやがる、このイケメン!!!
「お、また赤くなったな」
「やっぱりからかってるんじゃないか……」
「いやいや、本気だぜ。惚れてもいない相手に誓いなんか立てねぇしな」
本気とも揶揄ともつかない、ヴァンの言葉。
彼の目の前でなかったら、思わず頭を抱えたくなるところだ。
……はぁ。
まったく、人の気も知らないで、耳障りのいいことばっかり言って。
勘違いしそうになるからやめてほしいよな、もう。
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