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プロローグ

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「ロスト様っ……おれ、なんか今日変なんですっ……! いきなり、こんな所がとてつもなく痒くなって、いくら指で掻いても掻いても、奥のほうは届かなくてっ……!」
「ふむ……なるほど。もしかすると魔力が体内で暴走して、そのような症状が出ているのかもな」

ウェルスナーの言葉に応じる、しらじらしい態度で応じるおれ。

「わかった、ウェルスナー。俺でよければお前を助けてやる」
「あ、ありがとうございますっ……」

涙声のウェルスナー。


そう。彼こそは俺の護衛騎士、ウェルスナー・ラヴィッツ。

冒険者あがりの彼の身体はほどよく鍛え上げられ、しなやかだ。栗色の髪と若草色の明るい瞳に、涼し気な整った面立ち。周囲に「堅物」と揶揄されるほど遊びのなく、女っ気のない彼は今、俺の目の前で、今まで想像すらしたことのないような痴態をさらしていた。

さて、どうしてこんなことになったのか?


この状況を整理するのは、まずは俺のことから語らなければいけないだろう。



リッツハイム魔導王国、伯爵家の次男として生を受け、すくすく育ってきた俺ことロスト・フォンツ・エルシュバーグ。

10歳の頃――それは、前触れもなく訪れた。

学校、漫画、友達、借りていたレンタルショップのCD、宿題、新発売のゲームソフト、先生、父さん、道路、信号、トラック、赤、信号、体操着、友達、バス、車、猫、通学路、先生、本屋、道路、駅、横断歩道、学校、漫画、友達、数学、国語、体育、借りていたレンタルショップのCD、宿題、母さん、電車、先生、父さん、道路、信号、信号、人、トラック、赤、赤赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤――血。

それは、19年間分の記憶。異世界の日本という国で19年間を過ごしていたヤマダトオルという、前世の俺の記憶だった。

10歳の脳にいきなりそんな膨大な情報量をぶちこまれた俺は、その場で失神。それから一カ月間、前世の記憶と今の俺の記憶をどうにか整理し、今ここにいる俺、ロスト・フォンツ・エルシュバーグの自我をなんとか保つことができていた。

いや、あれはキツかった。何がキツいって、俺の前世、道を歩いていた時にトラックにつっこまれたんだけど、前世の俺、即死じゃなかったんだよ……。自分の臓物を見つつ、これから死ぬのか? いやだ死にたくない、なんでおれが、とか思ってる自分の記憶まで思い出しちゃってさぁ。しばらく肉が食えなかったもん。

で、だ。そんな感じでトラウマちっくに前世の記憶をなんでか思い出しちゃった俺は、しばらくして、奇妙なことができることに気がついた。


自分の視界に入る生き物。

その動物の、たとえば足とかを見つめながら自分の瞳に魔力をこめる。すると、その動物の足に「痒み」が発生するようなのだ。
つまり、「視界内に入った生き物の任意の部分に、痒みを発生させることができる」という能力だ。


ある日、庭にエアリーキャットという小さな魔物が迷い込んできた時に、俺は自分の能力に気がついた。


エアリーキャットというのは、前世でいう猫そっくりの生き物なのだが、大人になっても手のひらサイズほどの大きさにしかならない。ほとんど害のない魔物だが、庭に穴を掘られるので、ガーデニングがご趣味の貴族のご婦人や、庭師からはあまり好かれていない。

その日、エアリーキャットが庭に入り込んできたのに気がついた俺は、「かわいいけど、庭を掘られると庭師の爺さんが怒るだろうなぁ。じっとしててくれればいいんだけどな」と思いながら、部屋の窓越しにエアリーキャットを見つめていた。


すると、エアリーキャットが耐えきれないというようにごろごろとのたうちまわり、地面に身体をこすりつけるようにして転がり始めたのだ!


びっくりした俺は、エアリーキャットが何かの病気かと思い、庭に慌てて出たのだが、その途端、エアリーキャットは症状がおさまったように転がるのを止めた。

だが、症状の余韻に引きずられているのか、ぐったりと地面にエアリーキャットは身を横たわらせていたので、俺は慌ててエアリーキャットを介抱してやった。

今となっては懐かしい思い出、この能力のきっかけである。それから俺は、どうも自分が魔力を込めて見つめていた生き物が、耐えきれないほどの痒みに襲われるのだということに気がついた。ちなみに、俺が初めてエアリーキャットに能力を行使し、自分の能力に気がつくまでかかった期間は2カ月。その間、俺の能力の犠牲になった動物はおそらく二桁にのぼっている。

……うん、自分でも鈍いと思うよ……。

2カ月間俺は何をやってたんだ。気絶でもしてたのか?



いや、言い訳をさせてもらうと、この能力、自分に対しては発動しても効果ないんだよ!

自分相手に発動できればどんな能力なのかすぐにわかったんだけどなぁ。


まぁ、そんなこんなでようやく自分の能力に気がついた俺。

それで思ったことは、まぁ、「俺って、蚊かなにかかな?」だよね。
それ以外ねーわ。

痒みって。痒みって、何?

もっとさぁ、転生とか生まれ変わりっていったら、チート能力が付与されてるもんじゃないの!?
カッコいい必殺技とか、無限にほとばしる魔力とかじゃないの!?
痒みってなんなの?


 そんな感じで若干持て余し気味だったこの痒み発生能力だったが、15歳になる頃、ようやくこの能力に使い道を見いだせた。

俺が住んでいるリッツハイム魔導王国は、国の周りを城壁でかこっており、城壁には東西南北に門がある。その東門から西門には鬱蒼とした森で囲まれているのだが、その森にはモンスターが発生するのである。

「災いの森」と呼ばれるこの森は、モンスターのレベルも高いだけでなく、発生する数も多い。定期的に討伐をしないど、森からモンスターがあふれ、他の門に続く街道に行ってしまうほどだ。なので、貴族でもモンスターとの戦いは避けて通ることができない。ノブレスオブリージュ、貴族こそが最前線で戦うべき、というのがこの国の伝統とのことだ。というわけで、伯爵家の次男坊である俺も、もちろんモンスター討伐に狩り出されることになった。

まぁ、俺、次男といってもいわゆる妾腹の子だしね。

聞いたところによると、母さんはただの平民だったそうで、この屋敷に侍女として勤めている時に、父のお手付きになったらしい。「聞いたところによると」っていうのは、母さんは俺を産んですぐに屋敷から出て行ったからだ。
まぁ、賢明な判断だろう。そのまま伯爵家にいたら、愛憎渦巻く跡目争いに巻き込まれていたことは必須だ。そんなこんなで顔も見たことない母親だが、どこかで元気に暮らしてくれているならそれでいいかなと思っている。


さて、話がちょっとずれたが、モンスター討伐だ。

モンスター討伐。
つまり、モンスターは生き物だ。


その相手に対して、この痒み発生能力は非常に役に立った。

なにせ、魔力をこめて見つめるだけで、モンスターが痒みに悶絶して動きを止めてくれる。あとは、痒みに悶えて息も絶え絶えになったモンスターの首をチョンパするだけである。モンスターの首を落とすだけの、簡単なお仕事です!

まぁ、だからって誰かに自慢できる能力でもないんだけどね!

言ったところで、「はぁ? 痒みってお前……はぁ?」と言われるのがオチだろう。


そんな感じで、俺は誰にも自分の能力を明かさず、ソロで黙々と森でモンスターの首を切断するというお仕事をしていたのだが。



――19歳のある日、転機が訪れた。


……訪れて、しまった。


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