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第2部 闘技場騒乱

第五話

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 こ、こんな状況でなければ、頭を抱えて泣き出したい気分だ。

 というかシキ……お前、同僚のことはガン無視で、上司からのお誘いは絶対参加しないって、それは社会人としてどうなの……?

 まあ、シキの場合は代えが利かない能力だから、そんな横暴なふるまいも許されていたのだろうけれど。それにしたってだよ。

「別に、どちらも特に理由はない。気が向いただけだ」

「気が向いた、ですか……」

「ふーん?」

 そっけなく答えてみたものの、大臣もローズも納得はいっていないようだ。

 おれたちの間に、なんとも形容しがたい気まずい空気が流れる。
 その時、少し離れた場所でつんざくような男の悲鳴が上がった。あまりに苦痛に満ちた叫び声に、三人とも反射的にそちらを見やる。

「――な、なんだコイツ!? まさか神造兵器持ちか!?」

「こ、皇国軍にこんなヤツがいるなんて……ぎゃあああっ!?」

 白刃がきらめく度に、男たちが痛苦の声を上げてばたばたと倒れていく。その中心には、ヴィクターがいた。

「ふふっ、革命軍なんて言っても、しょせんは負け犬の集まりですね」

 ヴィクターは腰に佩いていた刀を右手に持ち、かろやかな動作で革命軍の兵士たちを切りつける。
 傷を負わされた者は、みんな口から泡を吹き、白目を剝いて地面にもんどりうって倒れた。中には、ぴくぴくと震えながら失禁をしている者さえいる。

 まさに、死屍累々といった有り様だ。
 そんな様子を見て、そばにいた大臣が目を輝かせた。

「おお、あれが“妖刀・村雨丸”ですか! 先日、シキ将軍が新たに手に入れたという神造兵器……!」

「へぇ~、あれが噂の?」

「そうだ、ヴィクターが適正者となった」

 おれは大臣に頷いてみせた。
 良かった~! 大臣とローズの興味は、おれからヴィクターの持つ神造兵器へと移ってくれたようだ。
 これ幸いとばかりに、おれは唇を開いてヴィクターの持つ神造兵器の説明を始めた。

「ヴィクターの持つ神造兵器、“妖刀・村雨丸”は、使用者が念じることで、刀身に微弱な高エネルギー波をまとうことができる。この高エネルギー波によって、どんな分厚い鉄でも両断できる」

「ほう……」

「高エネルギー波をまとった刀で傷を負わされると、皮膚と肉が一気に焼けこげるぞ。深手なら、体液と血液が沸騰してとんでもない激痛が走る。刀身が神経に触れようものなら、発狂するほどの激痛となる」

「それはそれは、ずいぶんと頼もしい!」

 おれの説明を聞いて、大臣は満足気に笑って頷いた。

 ……この説明を聞いて「頼もしい」という発言が出るあたり、この大臣はやっぱりヤバい人間だと思う。
 だって、発狂するほどの激痛を負わせる刀だよ?

 おれがもしも大臣の立場だったら「そんな危険物は一刻も早く永久封印しろ」って言ってるところだよ。なんというか、さすが『ひよレジ』のラスボスだ。

 そんなおれの今の説明が聞こえたわけでもないだろうが――ヴィクターが作りだした惨状を見て、革命軍の兵士たちの間に動揺が走り始めた。
 どうやら、刀の詳細は分からずとも『あの刀に少しでも触れるとヤバい』ということが、だんだんと分かってきたようだ。

「――くそ、皇国軍にこんなヤツがいるなんて聞いてないぞ!?」

「落ち着け、あいつは相手にするな! ブラッドリー大臣さえ殺せば我々の勝利だ!」

「だ、だが、あの男だけではなく、雷撃のライオネルまで……ぐあぁッ!?」

 ずどん、と大きな地鳴りのような音が響く。
 次の瞬間には、革命軍の兵士たちが四、五人まとめてなぎ倒されていた。四天王ライオネルの持つ“ミョルニル”による攻撃だ。

「身の程を弁えぬ反乱軍ども……その命をもって自らの愚かさを思い知るがいい!」

 ライオネルが振るうバトルアックスは、目に見えるほどの強い雷撃を帯びている。
 何人かの革命軍の兵士たちがライオネルに応戦しようとしたが、まとった雷撃に身体をつらぬかれ、一合も切りあわぬうちにがくりと地面に崩れ落ちた。

「ぐああッ!?」

「こ、こんなはずでは……どうしてライオネルがここに……」

「くそっ、神造兵器持ちが二人もいるなんて聞いてないぞ!?」

 雷撃の衝撃で地面はえぐれ、数十キロほどはある巨大なバトルアックスによって吹き飛ばされ、革命軍はみるみるうちに瓦解した。

「おおっ、さっすがライオネルちゃん!」

「あっという間に決着がつきましたねぇ」

 とうとう、革命軍は敗走を始めた。
 なんとか生き残った革命軍の兵士たちは、ほうほうの体で必死にコロッセオから離脱をする。

 だが、ライオネルとヴィクター、それにゼノンの活躍によって、ほとんどの者が戦闘不能となる傷を負わされていた。そのため、この場から離脱をすることができた者はわずかだったようだ。
 多くの者が、周囲にいた衛兵たちに捕まり、連行されていった。

「ふん、ずいぶんとあっけなかったな」

 黙ってままなのもおかしいかと思い、おれも二人に合わせてそんなことを言った。

 しかし――気になるのは、革命軍の兵士たちの言葉だ。

 彼らの言葉から察するに、どうやら革命軍は、何者かから『大臣と皇帝陛下がお忍びでコロッセオを訪れる』という情報提供を受けて襲撃に来たらしい。目的は、やはり大臣の暗殺だったらしい。

 だが、どうやらそこに大きな番狂わせが生じたようだ。

 恐らく、まず一つ目は『雷撃のライオネル』が急遽、皇都へ帰還したことだろう。
 それに加えてヴィクターという新たな神造兵器持ちの参戦。この二つの要因によって、革命軍の計画は残念ながら失敗に終わってしまった。

 ……ライオネルの帰還は、運が悪かったとしか言いようがないな。
 おれや大臣でさえ、彼が皇都に戻ってきたことは今日まで知らなかったのだし。

 それはともかくとして、リリア嬢はどうしてヴィクターの神造兵器のことを革命軍に伝えていなかったんだ?
 今日の大臣と皇帝陛下のお忍びの情報をリークしたのなら、それも合わせて伝えておけば良かったのに。
 ヴィクターの神造兵器の情報を知らなかったにせよ、神造兵器を抜きにしても双子はかなりの手練れだ。あの二人が今日ここに来ることを革命軍に伝えていなかったのは、いったいどうして……

 ……あ。
 もしかして、双子――というか、おれが今日ここに来ると思っていなかったから?

 さっきローズも大臣も言ってたもんな。『いつもは大臣がどんなに誘っても、シキは、こういう集まりには絶対に参加しない』って。
 シキが来なければ、護衛のヴィクターが来るはずもない。

 リリア嬢も、いつものようにおれが欠席すると思っていたのだろう。
 しかし、おれは来た。おれが来たから、護衛であるヴィクターも来てしまった。

 そのため、革命軍は村雨丸の凶悪さを、その身をもって理解することになってしまったというわけだ。

 ……あれっ? 
 じゃあ、革命軍の襲撃が失敗に終わったのって……おれのせい?

 い、いや、でもヴィクターが来てなくともライオネルがいたから!
 だからどっちみち、革命軍の襲撃は失敗に終わっていたはず……!

「シキ様、ただいま戻りました」

「シキ様ー、ちゃんとお留守番してたかよ?」

「あ、ああ……怪我はないか? それなら何よりだ」

 双子は服に真っ赤な返り血をつけたまま、笑顔でおれの元へと戻ってきた。
 なんだか二人とも、やけに嬉しそうな顔だ。嬉しそうというか、なんかこう、一仕事終えた飼い犬が「ご主人様、褒めて褒めて~!」と尻尾を振っているような雰囲気である。

 まあ、二人とも頑張ってくれたのは事実だし、おかげで革命軍の襲撃もなんなく鎮圧することができた。皇城に戻ったら、臨時ボーナスでも支給してあげようかな。

 そんなことを考えていたら、二人の後に続いてこちらにやってきた男がいた。
 四天王ライオネルだ。

 彼は双子と違い、その服には返り血一つついていない。先ほどまで振るっていたバトルアックスは再び背中に背負っている。
 ライオネルは無言のまま、こちらをじろりと睨みつけてきた。

 何か言いたげな様子だが……なかなか唇を開こうとしない。
 しかたがないので、おれから先に声をかけることにした。

 よーし、ここはなるべく本物のシキっぽい口調で……!

「ライオネルも、皇都に戻って早々にご苦労だったな」

 どうよ!? 
 ライオネルは同僚かつ、おれよりも年上だ。そんな彼に「お疲れさま」ではなく、あえて上から目線の「ご苦労さま」という言葉をかける……!

 これなら本物のシキっぽいムーブじゃないかな!? どう!?

 だが、おれがそう言った瞬間にライオネルはぎょっとした表情を浮かべた。そして、気味が悪いと言わんばかりの表情を浮かべる。

「……シキ将軍は、今日はどこかお身体の調子でも悪いのですかな?」

「どういう意味だそれは」

 今の超絶上から目線の台詞でもその反応なの!?
 どうなってるんだよ……本物のシキはいったいどれだけひどかったんだよ……

 やっぱり何も言わずに無視した方が良かったの?
 でも、ライオネルとはこれからも皇城で顔を合わせるのだし、ずっと無視し続けるわけにもいかない。なにせこいつ、原作よりも早く皇都に戻ってきちゃったんだもん……

 おれは気を取り直し、咳ばらいをしてから再びライオネルへと話しかけた。

「最近は革命軍どもの動きが活発化し、皇国の平穏が脅かされている。そんな時に、四天王同士でいがみ合っているわけにもいかないだろう?」

「……まさか貴殿の口から、そのような言葉を聞く日がくるとは……」

 ライオネルだけではなく、大臣やローズも目を真ん丸に見開いて、おれをまじまじと見つめた。対して、ヴィクターとゼノンは驚いた様子はない。彼らはいつも通りの表情で、平静を保ったままライオネルの出方に注意を払っている。
 しばらくしてから、ライオネルは肩をすくめておれから顔を背けた。

「……いいでしょう。その言葉を信じるわけではないですが……反乱軍どもの動きが活発になっているのは本当のようですな。しばし、休戦といきましょう」

「ああ」

 よかった、どうやら納得してくれたようだ。
 それにしても、同僚と会話を交わすだけで、こんな苦労をさせられるはめになるとは……

「これはこれは喜ばしい! シキ将軍とライオネル将軍が和解したと聞けば、皇帝陛下もさぞやお喜びになるでしょう」

 見れば、どうやらさっきの言葉で大臣も“シキ”の変化に納得してくれたらしい。わざとらしい仕草ではあるものの、手をぱちぱちと叩いてうんうんと頷いていた。
 どうにかこの場をやり過ごせたことに、おれは心の中でほっと安堵の息を吐いた。

 よし、じゃあ今日はもうさっさと皇城へと帰ろう。
 これ以上ボロが出ない内に――

「……最近のシキちゃんは変わっちゃったね」

 おれは反射的に、声をした方に顔を向けた。
 そこにいたのは四天王ローズだ。彼女は唇を尖らせて、冷めた表情でおれを見つめ返した。

「なにを言いたいんだ、ローズ?」

「……前のシキちゃんだったら、そんな他人の都合なんておかまいなしだったのにさ。シキちゃんは、独善的で独りよがりで、プライドがすごく高くて、人との慣れ合いなんか大っ嫌いだったじゃん。それが、いったいどうしちゃったの?」

「…………」

「昔のシキちゃんは、手の届かない高嶺の花って感じで……あたし、そんなシキちゃんが好きだったのになぁ」

 ローズは冷ややかな瞳を向けて、ぽつりと呟いた。

「なんか、つまらない男になっちゃったね」
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