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第1部 憑依しました

第十三話 SIDE:ハルト

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 皇国軍側に潜り込んでいるスパイから、革命軍に新たにもたらされた情報。

 それは、国外脱出しようとするウルガ族の生き残りたちを討伐すべく、皇国軍の二個小隊が皇城を出発したというものだった。
 この情報を聞いたリーダーは、ウルガ族の人たちの国外脱出を支援するため、オレと革命軍のメンバーを派遣した。

 無論、オレに断る理由はなかった。
 オレはウルガ族の人たちとは面識はなかったけれど……ウルガ族が皇国軍に攻め滅ぼされたのは、彼らが革命軍を支援してくれていたことが理由だ。
 だから、今度は革命軍であるオレが、生き残ったウルガ族の人たちを助ける番だ!

 ちなみに、本来の予定では、オレは革命軍の支援者からの依頼で山賊の討伐に向かうはずだったんだけれど……そっちは代わりの人が行ってくれることになった。

 そして現地に赴き、皇国軍との戦闘になったオレたちだったが――なんと、その場に予想していなかった人物があらわれたのだ。

 ――皇国四天王の一人、“神薬の担い手”のシキだ!

 オレはめちゃくちゃ驚いた。
 なにせ、こんな重要人物が来ているとは聞いていなかったからだ。(あとで仲間から聞いた情報によると、ウルガ族の生き残りたちへの追撃自体が急遽決まったことだったらしく、皇国軍の者たちですら、シキが一緒に行くことになったことは当日に知らされたらしい。)

 シキの持つキャンディケインという神造兵器は、人間の血を対価に、どんな病気も怪我もなおせる神薬を生み出せる。そのため、大臣に次ぐ発言力を持つ貴族として名を知られている。

 なお、これらの情報は革命軍に入団してからリーダーや仲間から教えてもらったことで、故郷にいた時にはオレは皇国四天王の存在は知っていても、彼らの具体的な能力や名前なんて、これっぽっちも知らなかった。

 オレは一か月前まで、皇国の田舎町で暮らしていた。親父に剣の修行をつけてもらいつつ、町の周辺に出る魔獣と戦いながら、妹と一緒におふくろの食堂を手伝っていた。

 そんなオレが革命軍に入団することになったのは、うちの町に立ち寄った貴族の女の子が、オレの作った菓子を気に入ってくれたからだ。彼女は「私の専属デザート係として働いてほしいの!」と言って、皇都にある屋敷で働かないかと、おれに打診してきたのだ。

 故郷を離れることに不安はあったものの、彼女の提示してくれた給金は破格だった。その金さえあれば、妹を学校に通わせることができる。
 こうして、オレは故郷を離れて皇都のお屋敷に住み込みで働くことに決めた。

 その後、紆余曲折を経て、革命軍に入団することになったわけだが……

 オレは革命軍に入団した後、リーダーや仲間に、皇帝陛下や大臣、そして皇国四天王たちはどういう人物なのかを尋ねてみた。
 その問いに対して、四天王シキについてのみんなの返答は一貫していた。

 いわく――平民を徹底的に下に見ている貴族主義者、だ。

『あいつは平民を家畜といってはばからない、血も涙もない男だよ!』

『貴族こそが人間で、その下に位置する平民は家畜と同様の存在だと思ってるのよ』

『大臣と同じく、シキとの交渉は不可能。もしもハルトが彼と出会っても対話をしようとは思わないで欲しい。きっと反吐が出るような言葉しか返ってこない』

 確かに、そんな風に聞かされていたのに――

「ふっ……おれの言葉なら陛下に届くはず、か。ずいぶんと買い被られたものだな」

 落ち着き払った様子で首を横に振るシキは……なんというか、ひどく普通の青年に見えた。

 今、オレは四天王シキと、差し向かいで対峙している。
 こんな状況になるとは、正直、オレはまったく予想していなかった。

 事の始まりは、ウルガ族を助けるため、皇国軍を迎撃したオレたち革命軍だったが、皇国軍の中に一人とてつもなく強い男がいたことだ。
 オッドアイの瞳を持つ長身の男だったが、革命軍の仲間が大勢そいつにやられてしまった。そこで、神造兵器持ちのオレがその男と一対一で戦うことにしたのだ。

 しかし、その男はオレの予想以上に強かった。
 男に勝つため、オレは聖剣バルムンクの出力を上げざるを得なかった。そのせいで、おれはバルムンクの力を制御しきれず、暴走状態に陥ってしまった。

 一度、暴走状態に入ってしまうと、オレは自分の身体のコントロールができなくなってしまう。敵味方関係なく、目に入ったもの全てに襲い掛かるようになってしまうのだ。
 理性を失い、ほとんど獣のようになったオレは衝動のままにオッドアイの男に襲い掛かった。

 だが――そんなオレを止めたのはシキだった。

 シキは自分の身体を張って、オッドアイの男を庇ったのだ。
 その行動は、オレの心にとてつもない衝撃を与えた。そして、思わずオレは、体当たりをしてきたシキの服を掴んで引き寄せていた。

 その結果――崩れた足場に気づかなかったオレは、シキの身体を引き寄せた状態で崖を転がり落ちるはめになった。
 幸い、暴走状態になっているオレは一時的に身体能力も強化されているため、急斜面を転がってもたいした怪我はしなかった(まあ、その対価として寿命が削られているらしいけれど)。
 しかし、生身であるシキは軽傷とはいかず、ところどころに怪我を負っていた。落ちた最中に頭でも打ったのか、下まで落ちた時には、オレの腕の中でぐったりと意識を失っていた。

 そういうわけで、オレはシキと二人きりになったのだが――
 なんというか、革命軍のみんなから聞いていた話と、今目の前にいるシキは、だいぶ印象が違う。

 そもそも、上で戦っていた時から違和感があったのだ。
 身を挺して仲間をかばったこともそうだけれど、彼の乗っていた馬が負傷した時は、すごく悲しそうな顔をしていた。馬を斬ったのはオレなので、ちょっと罪悪感が湧いてしまったほどだ。

 今だってそうだ。
 シキはどこか遠くを見つめるような眼差しで……寂しげな、それでいて諦めきったような表情で唇を開いた。

「おれの言葉では、陛下には届かない。いや……おれだけではないな。大臣以外の言葉は、陛下の耳にはもはや届かないだろう」

「な、なんだよそれ? だって、アンタは侯爵家のご当主様なんだろ?」

 出端をくじかれたような心地だったが、それでもなんとか気を取り直し言葉を続ける。

「アンタはこの皇国で唯一、神薬を作れる人間だ! そんなアンタの忠言なら、皇帝陛下だってちゃんと聞くはずだろ!? アンタが皇帝陛下に、大臣のことを忠言してくれれば……!」

「お前から見て、陛下はどういう人物だ?」

 唐突なシキからの質問に、オレは固まった。
 皇帝陛下が、どんな人物かだって? そんなの……

「そんなの……平民のオレが知るわけないだろ? 皇帝陛下なんて、雲の上の人だ。会ったこともないし」

「ふむ。まあ、そうだな」

 投げやりに答えたオレの返答に対して、シキは気を悪くした様子もなかった。

 なんというか、かなり意外だ。

 段々と、この目の前の青年が本物のシキなのかすら疑わしくなってきた。だって、この人が平民というだけで、他人を家畜呼ばわりするとは思えない。そもそも、現時点で平民のオレに対して普通に会話してくれてるし……

 もしかして、影武者とか?
 いや、でもオレが手に持っているキャンディケインは本物の神造兵器だ。
 これを持っていたということは、目の前の青年は本物のシキのはず、なんだけれど……

「では、質問を変えよう。お前は陛下についてどこまで知ってるんだ?」

「どこまでって、そんなの……オレが知ってるのは、五年前に先代の皇帝夫妻が暗殺されて、それから大臣が皇帝陛下を支えるようになったってことだ。そこから、皇国はだんだんとおかしくなっていった」

 今の皇国は、地方に住む平民の税は年々上がっているのに対し、皇都に住む貴族たちへの税金は下がっている。それどころか、一部の大臣派の貴族は税金が免除されてすらいる。
 そのくせ、地方の村々が魔獣や山賊に襲われても、皇国軍は派遣されない。挙げ句の果てに、家や畑を失った民が盗賊崩れになって、さらに他の町を襲うという悪循環すら発生している。

 でも、五年前まではこうじゃなかった。
 皇国がおかしくなったのは、大臣が皇帝陛下を補佐するようになってからだ。

 だからこそ、オレは革命軍に入団した。
 大臣を打倒し、皇国をあるべき姿に戻し、大切な人たちを守るために――

 オレの言葉に対して、シキは静かに頷いた。

「そうだな。五年前……先代の皇帝夫妻が暗殺された時、陛下は十二歳だった。今年で十七歳になる」

「…………」

 シキが何を言いたいのかよく分からなくて、オレは黙ったまま、続きを待った。

「一部の者しか知らないことだが、先代の皇帝夫妻が暗殺された時、陛下もその場にいた。十二歳だった彼の目の前で両親は無惨に殺され、自身も暗殺者の手によって殺されそうになった」

「め、目の前で、親を殺されたのか……?」

「そんな時、間一髪で陛下を救ったのが大臣だ。大臣は身を挺して陛下をかばった。暗殺者はその場から逃げおおせたものの、その後、大臣は暗殺者を雇った首謀者たちを突き止めて彼らを処刑した。つまり、陛下から見ると大臣は命を救ってくれただけでなく、両親の仇を討ってくれた大恩人というわけだ」

「……それは……」

 初めて知る事実に、オレは動揺が隠せなかった。
 そんな話、革命軍のみんなからは聞かされてない。でも、もしかするとみんなも、こんなに詳しい話は知らないのかもしれない。
 今、シキだって、一部の者しか知らないって言ってたもんな……

「大臣が陛下の信頼を勝ち取ったのは、想像に難くないだろう? 大臣は、突如として両親を失い、十二歳で皇位を継がざるを得なかった少年の前にあらわれた英雄だ」

 そこで、シキはふっと乾いた笑みを浮かべた。
 どこか自嘲めいた、諦観の入り混じった笑みだった。

「陛下は利発で、真面目な少年だった。今でもそうだ。だから、親の言うことに素直に従う」

「それは……皇帝陛下は、大臣を父親みたいに思ってるってことか?」

「ああ、そうだ。お前たちにとって、大臣は権力と欲望に肥え太った醜い豚に映っているのだろうがな。しかし、陛下にとっては自分を守ってくれる頼もしい父親だ」

 シキは地面に視線を落として、独りごちるように呟いた。

「神薬が作れるとはいえ、おれはただの臣下の一人だ。つまり、いつでも代わりのきく代替品に過ぎない。敬愛する父親の言葉にはかなわない」

「…………」

 ……まさか、こんな話を聞かされるとは思わなかった。

 どう答えたらいいのだろう。そもそもこの話は本当なのか?
 でも、シキがオレに嘘を吐いているようにも思えないし……

「今、アンタが語った話が本当だとするなら……皇帝陛下は、十二歳の時に目の前で自分の親を殺された挙げ句、まだ子どもなのに、いきなり皇位を継がないといけなくなったってことか」

「ああ、そうだ」

 オレが十二の時って、なにをしてたっけ。
 あんまりよく思い出せないけれど、親父に剣の稽古をつけてもらって、おふくろから料理のやり方を教えてもらって、時間ができたら友達と馬鹿なことばっかりしていて……

 そんな時に――ある日いきなり家族が全員死んだら、どんな気分なんだろう。
 それどころか、悲しむ暇さえなく「今日からお前が国を背負え」って言われるのって。

 想像するだけでも、いきなり深い穴の底に突き落とされたような、世界で自分だけがたった一人ぼっちになったような、最悪な気分だ。

 そこに、自分に手を差し伸べてくれる大人があらわれたら――しかもそいつは命がけで自分を助けてくれた上に、両親の仇まで討ってくれた――そりゃ、どうしたってそいつを頼りにするよな。

 国を背負う責任なんて、十二歳の子どもじゃなくたって重すぎる。
 そこに、責任を肩代わりしてくれる頼もしい大人があらわれたら、そいつに依存しない方が無理だ。

 革命軍のみんなからは「皇都にいる大臣以外の貴族たちは、今やすっかり大臣に取り込まれて、誰も皇帝陛下を諌めようとしない」なんて聞かされていたけれど……正直、オレが皇帝陛下の立場だったら、大臣について忠告する人がいたって、耳をかさないとさえ思える。
 むしろ「彼はそんな人じゃない!」とか言って、忠言をする者を遠ざけるかもしれない。

 ……皇帝陛下の気持ちは、すごくよく分かる。
 けれど――

「アンタの……シキの言うことは分かった。話してくれてありがとうな」

 オレが礼を告げると、シキはわずかに目を見開いて驚いた表情になった。そういう顔をすると、やっぱり、どこにでもいる普通の青年に見える。

 いや……そうじゃないな。
 シキだって、オレたちと同じ人間なんだよな。

 貴族とか四天王とか、そういう括りをする前に、彼はどこにでもいる普通の人間なのだ。だからこそ、彼はオレにこうして対等に話をしてくれたのだ。
 貴族とか、平民とか……そういうことにこだわっていたのは、むしろオレのほうだったのかもしれない。

「アンタの立場も皇帝陛下の悲しさも、よく分かったよ。けれどな、それが今の皇国を許容する理由にはならない!」

 シキの瞳をまっすぐに見つめ、オレは言葉を続けた。
 彼の話を聞いて、オレの心にあった革命への思いは鈍るどころか、ますます激しく燃え盛るようだった。

 だって、彼の話が本当なら、皇帝陛下自身が大臣への依存から抜け出すのは、一人じゃぜったいに無理だ。ならば、それこそ誰かが皇帝陛下を無理矢理にでも止めないといけない。
 そうしないと――

「今も皇国では、数多くの民が苦しんでいる。もう皇帝に誰の言葉も届かないっていうなら、なおさら誰かが止めてやらないといけない。そうじゃないと……きっと、亡くなった皇帝の両親だって悲しんでるはずだ」

 オレの言葉に、シキはしばらくの間は何も言おうとしなかった。
 だが、しばらくしてから、彼はふっと笑みをこぼした。

 今までに浮かべていた諦め混じりの悲しい笑みじゃない。
 やわらかくて、蕾が花開くような、そんな笑い方だった。

「……そうか。そうだな、お前はそう言うよな」

 そう言って、シキはじっとオレを見つめて言葉を続けた。

「お前ほどの強さが陛下にあれば、少しは何か変わっていたかもしれないな……」

 やわらかい笑みとは対象的に、過去を悔いるような口調だった。

 ……もしかすると、シキもシキなりに、皇帝を諌めようとしたことがあったのかもしれない。
 でも、きっとその言葉は皇帝に届かなかったのだろう。

 そうして、シキと見つめ合うことしばらく……なんというか、なぜか胸がドキドキしてきた。おまけに頬も熱くなってくる。どうしていいのか分からないが、かといって、彼から目をそらすこともできない。

 たぶん、シキのみせた微笑のせいだ。それに、彼がこんな風にオレを認めるような言葉を言ってくれるとは思わなかった。だからきっと、そのせいだ。

 というか……革命軍に入ってからいろんな女の子と知り合ったけれど、正直、色気だけなら今のシキの方がだんぜん上のような……って、オ、オレは何を言ってるんだ!?
 ああもう、ますます顔が熱くなってきた!
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