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東の森④

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 僕達は、北ルートの終着点である、氷の渓谷までついに辿り着いた。

 ここまでの道中、あの二頭の犠牲になったと思われる魔獣や恐竜の、血痕や骨、爪、牙などが多数確認できたが、身体部分は食べられてしまったからか殆ど残っていなかった。

 渓谷に近づくにつれ、木は疎らになり、道には雪が混じり出す。

 渓谷はもはやデカス山脈の一部といってもよく、植物には雪が積もり白くなっている。
 岩壁には氷の膜が張り、その岩壁の大穴からは水が激しく吹き出して、下流に向かって勢いよく落ちていく。

 所謂、滝だ。

 僕は、その細長い滝を見下ろした。
 虹が見え、滝壺の周囲は植物が生い茂り、虫や鳥が飛んでいる。
 ここはこんなに凍えて寒いのに、下はかなり暖かそうだ。

 ん?
 小さくてよく見えないが、あれはテツオさんじゃないか?
 いや、間違いない。
 テツオさんだ。

「テツオさーん!」

 大声で叫んでみたが、全然気付いてもらえない。
 遠過ぎる。

「やめろ、カンテ。
 ここはもうデカス山の麓。
 デカスの魔物を呼び兼ねんぞ」

「すいません」

 リヤドさんに叱られてしまった。

 ともあれテツオさん達も無事、目的地まで到着したようでなによりだ。

 あとは帰るだけ。

 ん?
 団長の後ろの岩、今なんか動いたような?
 気のせいか?
 いや、これは擬態だ!

「団長危ない!」

 岩壁に出来た氷の結晶ごと、岩が飛んできた!

 団長が瞬時に防御態勢を取ると、背中に巨大な盾が飛び出す。
 これは団長の盾技能スキル自動防御オートガードだ。
 よかった、間に合った。

 ゴン!という鈍い音が響き、弾けた氷がキラキラと光を反射させる。

 そんな、まさか!

 団長が、身体ごと吹き飛ばされている!

「リヤド、すまない!」

 団長はただ一言を残して渓谷の下、滝壺へと落ちていった。

「団長ー!」

 リヤドさんが叫ぶ。
 もっと早く【植物魔法】が使えていれば、枝を伸ばして、団長をキャッチできたのに!
 団長の自動防御オートガードは、次の発動までに一分はかかる。
 果たして、落下の衝撃に耐える事が出来るのだろうか?
 無事を祈るしか…………


「何だ、こいつは!」

 ヴァーディさんの驚く声がする。

 振り返り、その飛んできた岩石をよく見てみると、黒く光る複眼に八本の脚。
 とてつもなく巨大な蜘蛛だ。

 デカス山脈には、未知の魔獣がたくさんいるという。
 だが、こいつはその中でも多数の目撃情報がある魔獣の一匹だ。
 名前は確かゴルジュスパイダー。
 金等級ゴールド冒険者ですら倒す、霊峰デカスの番人だ。

 デカス山を登る者の殆どは、こいつにやられると聞いた事がある。
 果たして、僕達三人でこんな魔獣に勝てるのか?


 ——————



 俺とリリィ、メルロスは森を出てから、徒歩で南口ベースキャンプまでやってきた。
 根拠地に待機している団員達が、俺達に気付き、数人話しかけてくる。

 年下の団員は俺の事をテツオさんやテツオ様と呼び、年上の団員はテツオと呼び捨てる。
 名前の呼称は団規で決められ、領主や貴族であるだとか、入団の早い遅いだとかは関係無く、一律年齢序列だ。

 冒険者の集まりであるクランに、地位や身分は一切持ち込まない。

 正直、俺もその方が居心地がいいし、助かる。
 未だに領主とか貴族とかはよく分からないし、なかなか慣れるものでもない。

 団員達が、成果を聞いてきたり、労いの言葉をかけたりしてくるが、それは団員である俺に対してだけだ。

 非団員であるリリィとメルロスは、生憎キャンプには入れないので、入り口手前で待たせている。

 リリィは、一国の姫としての洗練された容姿と高貴な雰囲気を纏い、メルロスは、ハイエルフの高潔な精神性と人間離れした美貌を持つ。

 そんな一般人では滅多に会うことが無い存在が、あぜ道に何もせずただ立って待っている。

「テツオ、あのお二方は、おもてなししなくてもいいのだろうか?」

 男性団員の一人が、意を決してテツオに話を振る。
 男団員計七人がちらちら、そわそわ、ざわざわ、うろちょろ。
 美女二人が気になって、仕事が手に付かない状態じゃないか。
 困ったもんだ。

 ふと、二人の方を見やる。

 ふむ、確かに。

 どちらも澄ました顔をして、ただ立っているだけなのに、改めて客観的に見ると、ルックスもプロポーションも抜群だ。
 だが、あれらは俺の女であって、うぬらが気安く声を掛けていい存在では無いのだ。

 すると一陣の風が吹き、リリィの短いスカートがなびき、綺麗な太ももが丸見えになる。
 メルロスの薄いローブが身体に張り付いて大きな胸が強調され、際どいスリットから美脚が覗く。
 なんてイタズラッキーな風なんだ。
 これは、団員達には見せたくない。

 ムラムラする気持ちを抑え、厳しい顔を貫く。

「団の規律なので、あのまま待たせておきます」

「そ、そうか……」

 団員達はあからさまに落胆し、あっさりと俺に背中を向け、すごすごと持ち場へと戻っていった。

 なんなんだよ。
 なんか俺がケチみたいじゃないか。
 団のキャンプには、部外者立ち入り禁止と規律があるんだから、俺は絶対悪くない。
 まぁ、実はそこまで厳しくないみたいだが。
 商人とか普通に入れるしね。

「テ、テツオ殿ぉぉ!」

 おいおい、しつこいな。
 殿なんて付けても、俺の女に近付けさせはしないぞ!

「ああ、天の導きか!
 ここでテツオ殿に会えるとは!
 アンディを!
 アンディを助けてくださらぬか!」

 こいつは確か三馬鹿の……

「魔法使いか?」

「ああ、魔法使いでいい!
 アンディが死にそうなのだ!
 今、北のキャンプにいる!」

 自他共に認める魔法使いが俺の手を掴み、急かすように馬小屋へと向かう。
 痛い痛い。

「分かったから、落ち着いてくれ。
 こっちに来るんだ」

 キャンプ入り口に魔法使いを連れて行く。
 北口ベースキャンプがどこにあるのかは分からないので、【転移】は出来ない。
 魔法使いの肩に手を置くと、リリィとメルロスが俺に必要以上に抱きつく。
 キャンプにいる団員にはバレないように浮遊し、北のキャンプが視認出来る位置まで上昇する。

 四人か。
 結構魔力を食うな。
 だが、人助けだし仕方ない。

 北のキャンプへと【転移】した。


 ———————


 蜘蛛は途轍もなく強かった。

 森の影響を受けない【植物魔法】でも、蜘蛛を抑えきれないなんて。

 先輩二人がいなかったら、僕の命は無かったかも知れない。

 だけど、蜘蛛以上にこの二人は凄かった。

 アンディさんがやられ、団長が崖から墜落し、強敵を前にして、二人の纏う空気が明らかに変わった。
 鬼気迫る表情で息の合った連携攻撃を繋げ、蜘蛛の脚が次々と落ちていく。

 銀等級シルバーの枠に収まらない動きだ。

 リヤドさんが蜘蛛をひきつけ、ヴァーディさんが隙を狙う。
 蜘蛛がヴァーディさんに攻撃しようにも、前方に構えた大剣に当たれば、斬れるのは奴の方だ。
 苦し紛れの糸を吐いても、リヤドさんが盾や剣で巧みに防御する。

 遂に倒せないと判断した蜘蛛は、観念して逃げていった。

 追撃しなかったのは僕が怪我をしてるせいもあるが、二人も共に体力の限界だったからだろう。
 それくらいあの蜘蛛は強かった。

 ハイポーションをがぶ飲みしたお陰で、何とか歩けるまでには回復したが、足手まといである事に変わりはない。

「よし、急いで森を出るぞ!
 一旦、キャンプでパーティを組み直し、南ルートから団長の捜索だ」

 ヴァーディさんは何も言わず僕を抱え、リヤドさんと共に駆け出した。
 この人は、やっぱり優しい人だ。


 ——————


「し、信じられん」

「ああ、俺は夢を見てるのか?」

 満身創痍のリヤドとヴァーディには、まだ驚く力が残っていたようだ。
 それどころか、むしろ元気になったんじゃないか?と思えるくらい、顔に明るさを取り戻していた。

 リヤド、ヴァーディがカンテを伴って、北口キャンプに帰還したのは午後二時過ぎ。

 三人共に足がふらつき、今回の任務がいかに厳しかったかを表している。


 彼等の目の前には、信じられない光景が広がっていた。

 今到着した三人以外の全団員が、豪快なジョノニクスの肉鍋を取り囲んで、何事も無かった様に、賑やかに談笑しながら食事をしているではないか。
 そして今、北口キャンプの場に、今回遠征に出た二十人が集結したわけだ。
 ただ、テツオは急用があるとかで、ジョンテの街へ向かったらしく、姿は見えなかった。

 三人に気付いた治療班ヒーラーが、【回復魔法】を掛けに近付くと、それを押し退けてヴァーディが駆け寄る。

「なんだこりゃ、どうなってやがる?」

 肩から腰にかけてジョノニクスに食べられ、半身が無くなった筈のアンディが、五体満足に鍋を食べている。
 その横で、崖から落ちた筈のソニア団長が何故か既にここにいる。

「ヴァーディ、リヤド、カンテ、無事戻ってなりよりだ。
 ご苦労だった」

「いやいや、説明して下さいよ、団長。
 一体何が?」

 脱力したリヤドが、その場に膝をつき、団長に事の顛末を訪ねた。

「アンディはテツオのお陰で無事回復した。
 私は、森で活動する冒険者に助けられ、その後、森を出た」

 端的に説明する団長に、三人は言葉を詰まらせる。
 そんな簡単に言われても、すぐに受け入れられるものではない。
 奇跡とかそういった類いの事が起こっているのだから。

「ヴァーディ、迷惑をかけて済まなかった!
 俺はこの通りピンピンしている!
 これが、テツオの力なんだ!」

 アンディが胸をドンと叩いて、健在をアピールする。

「滝壺に落ちた私を助けてくれた冒険者は、テツオ達とも会っていたらしい。
 森を出る道案内までしてくれた。
 これも、人との縁というものかもしれないな」

 分かったら早く座れと、団長が三人に食事を促す。

 欠損した身体が元通りに治る程の【回復魔法】など聞いた事がない。
 しかし、テツオならばあるいは、と三人は無理矢理にでも納得した。
 そうでもしなければ、頭がおかしくなる。
 あの新人には、ずっと驚かされてばかりなのだ。

 ともかく今回も、無事に任務を達成する事が出来た。

 三人が輪に加わり、鍋を口に運ぶ。
 ジョノニクスの肉は、甘くて柔らかく、芳醇な香りがする贅沢な味わい。
 
「こいつ、こんなに美味かったのか!」

「僕、こんな美味しい肉食べたの初めてです」

 美味いメシを食べ、仲間と笑い、生を喜び合う。

 それが、【北の盾ノールブークリエ】というクランの在り方なのだ。

 そして、また一段とクランの絆が深まっていった。

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