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停車した馬車から降りた一人の少女――名はウラリア・クロンシュタット。
白装飾と宝石が埋め込まれた大きな杖を手に持ち、黒一色のフェイスマスクと幾何学模様の描かれたマントを羽織ったその姿は人ならざる者にすら見えるだろう。
彼女は街から三十キロほど離れた森の近辺で瘴気による汚染が広まっていると報告を受け、一帯の浄化を行いにやって来たのである。
その後ろを付いて来ていた騎士団の馬車からは白銀の鎧を纏った男たちがゾロゾロと降り、先を歩き始める彼女の後に慌てて続く。
「ウラリア様、私たちが貴女をお守りするのですから離れないで下さい!」
「あなたたちに来てもらったのは野盗対策。浄化は一人でも大丈夫よ」
マスク越しのくぐもった声で答えたウラリアに、しかし騎士も黙ってはいない。
「この先に野盗がいるかも分かりませんよ?」
「こんなに瘴気の溢れた場所で?」
そんな会話をしている間に、薄黒い靄を纏う森が前方に見え始め、後ろを付いて来ていた騎士たちが不快そうに顔を顰める。
瘴気に毒された場所に入れば身震いとジメジメした不快感に苛まれるため、慣れていないとその不快感だけで嘔吐してしまう事もある。
「私が全て片付けておくから、あなたたちはその辺で待ってて」
「何を言うか、ウラリア様。あれが見えないんですか!」
彼が指差す先、森の中から赤い光がいくつも漏れ出ている。
それは瘴気に犯され怪物と化した動物たちの眼で、獲物がやって来た興奮でギラギラ輝いている。
「大丈夫。慣れてるから」
そう言いながらスタスタ歩いて行く彼女に、騎士たちは負けてなるものかとその後を追いかける。
「ここで良いかな」
独り言を呟いた彼女は片手を森に向ける。
騎士たちが護衛のため前に立つが、経験の浅い者が多いため森の中から自分たちを見つめる怪物に対する恐怖心から体が震えてしまう。
その頼りない姿を見て、ウラリアは前まで護衛として一緒にいてくれた者たちを思い出し寂しさに苛まれる。
「ア゛ア゛ア゛ァァァ……」
悲鳴とも息遣いとも取れない声と共に森の中から姿を現した四足歩行の生物。
元は熊であっただろうそれは全身から靄を放ち、ギラギラと赤く輝く眼で品定めをする。
「み、巫女様?」
狙いを付けられたと察した騎士が怯えた声で呼ぶが彼女は何も答えない。
「ウラリア様?」
隊長が震える声で尋ねながら振り返ろうとするが、また一体、また一体と出て来た魔物のせいで後ろを向けない。
そうこうしているうちに十体以上の魔物が出て来てしまい、数の多さと悍ましい空気で一人の若い騎士が気圧されて嘔吐した。
瞬間、魔物たちは一斉にこちらへ駆け出し、騎士たちは悲鳴を上げながら武器を構え――
「【セイクリッド・ピュリフィケーション】」
巫女の手から放たれた風。
それは向かって来ていた魔物を優しく撫で、更にその後ろにある森の中を吹き抜けた。
「ガウッ?!」
靄は消え去り、円らな瞳を取り戻した熊はその場で立ち止まり、困惑した様子で森の方へ戻って行く。
それに続いて狼や猿、鹿なども慌てたように逃げ出し、それを見た騎士たちは分かりやすく安堵する。
「流石は巫女様だ、一撃でどうにかしちまうなんてな」
そう言いながら振り返った騎士の目には、黙り込んだまま自分の手のひらを見つめるウラリアの姿があった。
「ど、どうかしましたか?」
護衛対象であり、国からも認めらた存在の彼女に怪我をさせたとなれば首を飛ばされかねない。
そんな不安に駆られた彼らが慌てて駆け寄るが、彼女は首を振って。
「大丈夫、怪我とかはしてないから。でも……」
ウラリアは再び自分の体を見下ろす。
しかし自分の体を見ている訳ではなく――体の中に溢れる力が強くなり続ける事に対する不安によるものだった。
白装飾と宝石が埋め込まれた大きな杖を手に持ち、黒一色のフェイスマスクと幾何学模様の描かれたマントを羽織ったその姿は人ならざる者にすら見えるだろう。
彼女は街から三十キロほど離れた森の近辺で瘴気による汚染が広まっていると報告を受け、一帯の浄化を行いにやって来たのである。
その後ろを付いて来ていた騎士団の馬車からは白銀の鎧を纏った男たちがゾロゾロと降り、先を歩き始める彼女の後に慌てて続く。
「ウラリア様、私たちが貴女をお守りするのですから離れないで下さい!」
「あなたたちに来てもらったのは野盗対策。浄化は一人でも大丈夫よ」
マスク越しのくぐもった声で答えたウラリアに、しかし騎士も黙ってはいない。
「この先に野盗がいるかも分かりませんよ?」
「こんなに瘴気の溢れた場所で?」
そんな会話をしている間に、薄黒い靄を纏う森が前方に見え始め、後ろを付いて来ていた騎士たちが不快そうに顔を顰める。
瘴気に毒された場所に入れば身震いとジメジメした不快感に苛まれるため、慣れていないとその不快感だけで嘔吐してしまう事もある。
「私が全て片付けておくから、あなたたちはその辺で待ってて」
「何を言うか、ウラリア様。あれが見えないんですか!」
彼が指差す先、森の中から赤い光がいくつも漏れ出ている。
それは瘴気に犯され怪物と化した動物たちの眼で、獲物がやって来た興奮でギラギラ輝いている。
「大丈夫。慣れてるから」
そう言いながらスタスタ歩いて行く彼女に、騎士たちは負けてなるものかとその後を追いかける。
「ここで良いかな」
独り言を呟いた彼女は片手を森に向ける。
騎士たちが護衛のため前に立つが、経験の浅い者が多いため森の中から自分たちを見つめる怪物に対する恐怖心から体が震えてしまう。
その頼りない姿を見て、ウラリアは前まで護衛として一緒にいてくれた者たちを思い出し寂しさに苛まれる。
「ア゛ア゛ア゛ァァァ……」
悲鳴とも息遣いとも取れない声と共に森の中から姿を現した四足歩行の生物。
元は熊であっただろうそれは全身から靄を放ち、ギラギラと赤く輝く眼で品定めをする。
「み、巫女様?」
狙いを付けられたと察した騎士が怯えた声で呼ぶが彼女は何も答えない。
「ウラリア様?」
隊長が震える声で尋ねながら振り返ろうとするが、また一体、また一体と出て来た魔物のせいで後ろを向けない。
そうこうしているうちに十体以上の魔物が出て来てしまい、数の多さと悍ましい空気で一人の若い騎士が気圧されて嘔吐した。
瞬間、魔物たちは一斉にこちらへ駆け出し、騎士たちは悲鳴を上げながら武器を構え――
「【セイクリッド・ピュリフィケーション】」
巫女の手から放たれた風。
それは向かって来ていた魔物を優しく撫で、更にその後ろにある森の中を吹き抜けた。
「ガウッ?!」
靄は消え去り、円らな瞳を取り戻した熊はその場で立ち止まり、困惑した様子で森の方へ戻って行く。
それに続いて狼や猿、鹿なども慌てたように逃げ出し、それを見た騎士たちは分かりやすく安堵する。
「流石は巫女様だ、一撃でどうにかしちまうなんてな」
そう言いながら振り返った騎士の目には、黙り込んだまま自分の手のひらを見つめるウラリアの姿があった。
「ど、どうかしましたか?」
護衛対象であり、国からも認めらた存在の彼女に怪我をさせたとなれば首を飛ばされかねない。
そんな不安に駆られた彼らが慌てて駆け寄るが、彼女は首を振って。
「大丈夫、怪我とかはしてないから。でも……」
ウラリアは再び自分の体を見下ろす。
しかし自分の体を見ている訳ではなく――体の中に溢れる力が強くなり続ける事に対する不安によるものだった。
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