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第一章:神の裁きは待たない
1-14.不詳なるもの
しおりを挟むあの日から、アルフェルトは全ての事が手につかなくなった。
産婆が手配した棺にすでに納められてからの母子対面となったピアは、その瞬間からずっと気が狂ったように泣き続け、今朝も声を掛けようと続き部屋である王太子妃の部屋を覗いた時には、まだぐずぐずと鼻を啜る音をさせていて挨拶をする気にすらなれなかった。
そんな風に泣き暮らす母としてのピアは哀れで、アルフェルトとしては、常に傍に寄り添い共に我が子の不運を嘆くべきだと思う。
それができたのなら、どれだけ救われたことだろう。
だが今のアルフェルトには、泣き続けるピアに向かって「あれは不義の子だったのではないか」と問い詰めないでいるのが精いっぱいなのだ。
ある時は確かに「ピアの血筋に彼の国の者がいたのかもしれない」という小さな希望に縋ることができた。
またある時は、ふとした拍子に自分以外に子のいない王と王妃に不信の目を向けてしまうこともある。そんな時はいっそ気が狂った方が楽なのではないかという狂おしい気持ちになった。
そうしてそんな気持ちから気を逸らそうとする時に限って、『そもそも自分の子ではなかったのではないか』そんな空恐ろしいことが頭に浮かんで離れなくなるのだ。
苦しい。誰の不義であっても、不義でなくとも。
不義ではなかったとしたら、あの日から今日までの自分の誠意のない冷たい態度についてピアに許しを請わなくてはならない。
──肌の色の違う、髪の色も瞳の色も、顔つきすら私達のどちらにも似ていない子供を産んだのは、ピアだというのに。
あの雪の降る中、手を取り、生涯を誓い合った。
当たり前の未来を信じていた日が、遠くなる。
あまりに理不尽で醜い責める気持ちがふつふつと沸き起こるから。
だから、アルフェルトは、それ以外にも迫っていた恐ろしい事実に、気が付かなかったのだ。
まったく。
***
「……すまない。もう一度、言ってくれないだろうか」
その日、執務室へ届いた報告は二度繰り返して貰っても、アルフェルトの頭の中でなかなか意味を成さなかった。
「ご夫婦お揃いになって乗られていた馬車が崖から落ちゾール侯爵ご夫妻がご急逝されたそうです。その報告を受けたショックで嫡男エスト殿は倒れられました。その際、頭の打ち所が悪かった様で現在意識不明だそうです」
ひと月前に嫡男エストとポラス子爵家の養女になったカロライン嬢が婚姻を結んだばかりで慶事に沸くゾール侯爵家に、そのような不幸が一気に押し寄せるとは。
「なんということだ。では、エスト殿は、眠ったままになったということか」
「そうなりますね。現在、カロライン様が動揺するゾール家におかれまして気丈に差配を揮われ葬儀の手配を進めているようですが、何分古い家ですし、親族の方も多いのでご苦労されているようです」
一人だけでもゾール侯爵家の者が残っていてよかったと思う反面、まだ籍を得てひと月の新妻には荷が重いのではないだろうかとアルフェルトは不憫に思った。
「ピアにも知らせるべきだろうな。婚姻の為の縁組であったとはいえ、ゾール侯爵夫妻はピアにとっての義父母だ。……いや、しかし、今のピアに知らせるのは気が重いな」
彼女の周りで続く不幸を思い、眉を顰めた。
「知らせない訳にはいかないでしょう。とりあえずお知らせした上で、葬儀への参列は殿下のみとお伝えするべきかと」
「そうしよう」
いや、彼女《ピア》の周りで起こっている訳ではない。
ピアがゾール家の一員となったのは、アルフェルトの我儘が発端だ。
王の決めた婚約を嫌がり、明るく快活な子爵令嬢であったピアを求めた。
プライドの高い元の婚約者は嫉妬に狂ってピアを虐め、ピア以外も虐め、学園で異様なほど悪意を撒き散らす猛毒と化し、ついには自分から死を選んだ。
そう思っていたのだが、実は元の婚約者であるリタ嬢は無実であり、他の令嬢が彼女の名前を使って悪事を働いていたのだと知った時には、すでにリタ嬢は死を選んだ後であった。
王太子の婚約者という誉ある立場から、冤罪を被せられて自死を選ぶしかなくなった哀れな令嬢。
それがリタ・ゾール侯爵令嬢の真実だ。だが、それが人の口に上ることは無い。
緘口令でも布かれたように、真実を知る者すべてが口を噤んでいる。
それが何故なのかはアルフェルトは知らなかった。今もこれからも疑問に思う事すらしないだろう。
だがそんなアルフェルトも、ゾール侯爵家に続く不幸の連続の、その端緒を開いたのは、下調べも碌にせず国王陛下が決めた婚約者を切り捨てた自分なのだということは知っている。
そして自分が始まりなのだと思いついたその瞬間、アルフェルトの背筋を激しい寒気が奔っていった。
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