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番外編
【番外編・2-3】中庭の四阿で
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「おっと。今日は天気もいい。中庭の四阿に、君たちのランチは用意してある。そこでゆっくり食べるといい。せっかく奥方が来てくれたのだ、午後の仕事には少しくらいなら遅れてきてもいいぞ」
にこやかに、アンドリューがその秘策を告げる。
「まぁ! 執務室まで案内して戴く途中、廊下の窓から見えました。とても美しい花がいっぱいでしたわ」
まるで花が咲いたような笑顔とはこのことか、とアンドリューはサリ夫人の弾けるような笑顔に目を細めた。
王城の中庭では、色とりどりの夏の花が咲いている。
それこそ午前中にフリッツが紙に書きだしていた花々たちはすべて揃って咲き誇っているところだ。
「それは素敵だ。是非そうさせて戴くことにしよう、サリ」
「えぇ、フリッツ。王太子殿下、ありがとうございます」
サリ夫人の素直な喜び具合が眩しい。
対して、まったくアンドリューには視線を向けずに、笑顔の妻の顔を見つめたまま告げられた礼に価値があるのかといろいろと側近に対して言いたい事はたっぷりあったが、アンドリューはなんとか笑顔を崩すことなく熱々新婚夫婦を見送った。
「わぁ、本当だわ。とても素敵ですね」
感極まった様子のサリに、フリッツは目を細めた。
キラキラとした笑顔で満開の花々を見ているサリは、まるで童心に返ったように愛らしかった。
『それが希少なものだとわかった人にだけ大きな驚きを与えればいいのだ』
何代か前の王が打ち出したという方針により、この花壇には希少性の高い花も花壇の中にはさりげなく植えられている。さりげなくとはいっても、庭師のプライドをかけた完璧な計算の上でそう見えるように植えられているのだ。だが素の花だけが目立つようには植えられていないし、むしろ他の花たちに紛れるように配置されている。
それらを、ひとつひとつ見つけては目を見張っては「うそっ、これってサンカヨウ? 雨は降ってくれないかしら」とか「まぁ。本当におさるさんのようなのですね……」などと呟いていく。
サンカヨウは晴れた日に見るそれは小さな白い愛らしい花でしかないが、雨に濡れると花弁がまるで玻璃ガラスでできているかのように透き通る幻の花だ。『おさるさんのようなのですね』と感心されていたのはドラクラ・シミアという蘭の一種だ。この仲間には沢山の種類があってどの種類であってもその花弁は猿の顔にみえる形をしている。ここに植えられているものは一見普通の蘭に見えるものの、花弁の中を覗き込むと中央に猿の顔が覗く。正に知らなければ気が付くことのない希少な花の最たるものだろう。
ひとつひとつの花を確かめては、表情がくるくる変える愛妻に、フリッツは楽しくて仕方がなかった。
王太子の側近になる前から王城内を出入りしてきたフリッツには日常になりきっていた中庭の花々。
そこにサリが立っているというだけで、胸の奥から沸き上がるような幸せを感じる。
33年生きてきて、これまで一度も知る事が無かった幸せを噛みしめる。
くるりと振り向いた。
「ありがとうございます。フリッツのお陰で、王城の中庭にある四阿で昼食がとれるなんて素敵な体験ができます」
ぎゅっ。
まるで、心臓を鷲掴みにされたのではないかと思うほどの、痛み。いやもしかしたら心筋梗塞を疑うべきではないかというほど強く、心臓が拍動したのだと理解するまで、たっぷり時間が掛かってしまったことに、フリッツは大きく動揺した。
──美しい満開の花々をバックに首を傾げているサリは、なんと愛らしいのか。
「フリッツ? どうかしましたか」
呼び掛けても返事をしようともせずに固まったままでいたフリッツに異常を感じ、慌てた様子でこちらへと戻ってくるサリの、着ている伯爵夫人らしい落ち着いた色味のドレスの裾が広がる。
やわらかな色合いの青みを帯びたグレーのドレスには白い小花の刺繍が施されていて、落ち着いて見えるのに愛らしくもあって、サリによく似合っていた。
結い上げたミルクティ色の髪に揺れる髪飾りも、よく似合っている。
愛しい妻。こんなに愛らしい彼女の事を、平凡でつまらないなどと思ったのは何故だったのだろう。
フリッツは、愛しい人の青い瞳いっぱいに自分が映り込んでいるのを、瞬きもできずに見つめていた。
「フリッツ?」
心配したのだと、目の前で見上げているその瞳が、フリッツへの愛を訴えてくる。
「サリ!」
「え、きゃっ」
驚くサリをそのまま抱き上げ、フリッツはクルクル回る。
そうして、「心配したのに」とぱしぱしと腕を叩く愛妻をそのまま腕に抱えて、上機嫌のフリッツは笑い声を上げて四阿まで歩いていった。
「おっと。今日は天気もいい。中庭の四阿に、君たちのランチは用意してある。そこでゆっくり食べるといい。せっかく奥方が来てくれたのだ、午後の仕事には少しくらいなら遅れてきてもいいぞ」
にこやかに、アンドリューがその秘策を告げる。
「まぁ! 執務室まで案内して戴く途中、廊下の窓から見えました。とても美しい花がいっぱいでしたわ」
まるで花が咲いたような笑顔とはこのことか、とアンドリューはサリ夫人の弾けるような笑顔に目を細めた。
王城の中庭では、色とりどりの夏の花が咲いている。
それこそ午前中にフリッツが紙に書きだしていた花々たちはすべて揃って咲き誇っているところだ。
「それは素敵だ。是非そうさせて戴くことにしよう、サリ」
「えぇ、フリッツ。王太子殿下、ありがとうございます」
サリ夫人の素直な喜び具合が眩しい。
対して、まったくアンドリューには視線を向けずに、笑顔の妻の顔を見つめたまま告げられた礼に価値があるのかといろいろと側近に対して言いたい事はたっぷりあったが、アンドリューはなんとか笑顔を崩すことなく熱々新婚夫婦を見送った。
「わぁ、本当だわ。とても素敵ですね」
感極まった様子のサリに、フリッツは目を細めた。
キラキラとした笑顔で満開の花々を見ているサリは、まるで童心に返ったように愛らしかった。
『それが希少なものだとわかった人にだけ大きな驚きを与えればいいのだ』
何代か前の王が打ち出したという方針により、この花壇には希少性の高い花も花壇の中にはさりげなく植えられている。さりげなくとはいっても、庭師のプライドをかけた完璧な計算の上でそう見えるように植えられているのだ。だが素の花だけが目立つようには植えられていないし、むしろ他の花たちに紛れるように配置されている。
それらを、ひとつひとつ見つけては目を見張っては「うそっ、これってサンカヨウ? 雨は降ってくれないかしら」とか「まぁ。本当におさるさんのようなのですね……」などと呟いていく。
サンカヨウは晴れた日に見るそれは小さな白い愛らしい花でしかないが、雨に濡れると花弁がまるで玻璃ガラスでできているかのように透き通る幻の花だ。『おさるさんのようなのですね』と感心されていたのはドラクラ・シミアという蘭の一種だ。この仲間には沢山の種類があってどの種類であってもその花弁は猿の顔にみえる形をしている。ここに植えられているものは一見普通の蘭に見えるものの、花弁の中を覗き込むと中央に猿の顔が覗く。正に知らなければ気が付くことのない希少な花の最たるものだろう。
ひとつひとつの花を確かめては、表情がくるくる変える愛妻に、フリッツは楽しくて仕方がなかった。
王太子の側近になる前から王城内を出入りしてきたフリッツには日常になりきっていた中庭の花々。
そこにサリが立っているというだけで、胸の奥から沸き上がるような幸せを感じる。
33年生きてきて、これまで一度も知る事が無かった幸せを噛みしめる。
くるりと振り向いた。
「ありがとうございます。フリッツのお陰で、王城の中庭にある四阿で昼食がとれるなんて素敵な体験ができます」
ぎゅっ。
まるで、心臓を鷲掴みにされたのではないかと思うほどの、痛み。いやもしかしたら心筋梗塞を疑うべきではないかというほど強く、心臓が拍動したのだと理解するまで、たっぷり時間が掛かってしまったことに、フリッツは大きく動揺した。
──美しい満開の花々をバックに首を傾げているサリは、なんと愛らしいのか。
「フリッツ? どうかしましたか」
呼び掛けても返事をしようともせずに固まったままでいたフリッツに異常を感じ、慌てた様子でこちらへと戻ってくるサリの、着ている伯爵夫人らしい落ち着いた色味のドレスの裾が広がる。
やわらかな色合いの青みを帯びたグレーのドレスには白い小花の刺繍が施されていて、落ち着いて見えるのに愛らしくもあって、サリによく似合っていた。
結い上げたミルクティ色の髪に揺れる髪飾りも、よく似合っている。
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「フリッツ?」
心配したのだと、目の前で見上げているその瞳が、フリッツへの愛を訴えてくる。
「サリ!」
「え、きゃっ」
驚くサリをそのまま抱き上げ、フリッツはクルクル回る。
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