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番外編
【番外編】エブリン・オーレリアと元クラスメイト達
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■
「サリ! あ、えっと……サリ・アーベル=シーラン伯爵夫人、ご無沙汰しております」
ゴスッと横から友人に肘打ちされて、エブリンは慌てて呼び掛けを訂正した。
もうサリは単なる同級生ではない。
一代爵の令嬢同士でもない。
伯爵夫人なのだ。
居心地悪そうにする元クラスメイト達に、サリは笑顔を向けた。
「今日は来てくれてありがとう。どうぞゆっくりしていって下さいね」
「サリと同じクラスだった生徒たちだね。仲良くしてくれてありがとう」
すぐ横に立つ夫となったシーラン伯爵からも声を掛けられ、その迫力を前にしたせいか、さすがのエブリンも表情が硬い。
いいや、もしかしたらまだサリに関する嘘の噂を信じているのかもしれないなと心の奥で苦く思う。
「いえ、その……本日は、おめでとうございますっ」
その証拠に、エブリンだけでなく招待した元クラスメイト達は全員出席してくれたものの、皆表情が硬く、一斉に淑女の礼を取ったものの、どこかぎこちないままだ。
とてもお祝いにきてくれたようには思えなかった。
立食形式のパーティは華やかで、これだけ参加者がいるならば学園の友人たちが挨拶を終えて早々に帰って行っても目立たないかもしれないと、サリはこっそり胸を撫で下ろした。
その奥にある傷みには気付かない方がいいのだと自分を奮い立てる。
ここで騒ぎを起こす訳にはいかない。彼女らがヘンな噂を流しにきたならともかく、就職が決まったばかりの一代爵や貧乏貴族家の令嬢たちがそれをフイにするような真似はしないだろう。その点においてサリは彼女たちを信頼していた。
なのに。
「サリ! わ、私達に、言いたいことはないの?!」
突然の甲高い声の少女による批難に、周囲の視線が集まる。
「エブリン?!」「ちょ、やめなよ」
「元婚約者の方は流言蜚語が原因で罰を受け平民に落とされたって聞いたわ。どういうことなの、ちゃんと教えて」
エブリンと一緒にきたクラスメイト達が必死に止めようと囁きかけるが、どうやらエブリンに退くつもりはないようで、サリはため息を吐いた。
「……今日は私達の婚姻を祝いに来て下さったのだと思ったのだけれど。違うのかしら。もし違うお話なら、後日約束を取り付け直して頂けると嬉しいわ、オーレリア騎士爵家のご令嬢」
サリの瞳の色が、変わりかけていた。
サリは別に、どこまでもお人好しな訳ではない。
そんな商売人がいる筈もない。
守るべき存在ができたなら、きちんと覚悟を決めて戦える女性だ。
これまではどこかでクラスメイト達を味方だと思ってきたが、一生に一度の婚姻式で因縁をつけてくるような味方などいない。要らない。
「サリ?」
仲の良い元級友が来てくれたのだと思っていたフリッツは、少女たちの言葉に戸惑っていた。
けれど、何があっても妻の味方をし守るのだと決めたフリッツは、細い肩を強く抱き寄せ、顔を覗き込んだ。
「どうしたんだい、何か問題でも?」
「なんでここまで言ってもサリは私達を怒らないの?! これで切り捨てるつもりだから? もう二度と会わないから、どうでも良くなっちゃったの?!」
「エブリン?」
わんわんと大きな声でエブリンが泣き出した理由が判らずに、サリは救いを求めて元クラスメイト達へ視線を向けた。
しかし、そこにあったのは、エブリンに負けないほど大粒の涙を流している元クラスメイト達だけだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい、サリ。私達、あんな嘘に惑わされて。サリがそんな事するような娘じゃないって知ってたのに。うわーん」
「……もしかして、彼女等もあの“害虫女”に騙された口なのか」
心底嫌そうに名前を口にすることすらしようとせず、到底淑女を指すとは思えない言葉で元婚約者を示したフリッツに、元クラスメイト達は自分達の信じた噂が根も葉もないものであったと、改めて確信を持った。
そうして、更に声をあげて泣き出す。
その様子にサリがまたしてもため息を吐くのを見たフリッツは、「どんな嘘の噂を流されたのか」と問い質すと、サリが口籠る。
そこで、フリッツは控えていた侍女ニーナに視線を送る。
ニーナは小さく頷くと、比較的冷静に涙をこらえていたひとりの令嬢へと近寄り、詳しい事情を聞き出すことに成功した。
ニーナを介してその噂について手短に説明を受けたフリッツは、その灰色の瞳を冷たいそれに変えて、愛妻の元級友たちへと向ける。
「では君達は、僕が婚約者を持ちながら、未成年の高等部の生徒に手を出すような色ボケ男だと信じたのだな。わかっていると思うが、サリはそんな事をしていない。できる女性ではない。そして僕もそんなものを受け入れるような輩ではない」
「ひっ」
フリッツは、大学で教鞭を取る教授だ。
教授としてのプライドもある。
そしてなによりこの国では未成年者に対して成人男性がそういった行為を行なうことを赦していない。
別に法律で決まっている訳ではないし、婚約を結ぶことは当たり前のようにあるが、それと遊んで捨てるような行為はまったく別だ。常識人としての在り方の問題である。
しかし、フリッツとしては高等部の生徒からハニートラップを仕掛けてそれに引っ掛かったなどと噂を流されて、黙っている訳にはいかないのだ。
ぎりぎりと歯を食いしばり、その腕に愛妻を守るように囲い込んだフリッツを前に、元クラスメイト達は顔の色を失くしていく。
そこへ、またしても割って入る声がした。
「わかった。それについてもこちらで対処しよう。多分あの害虫が出処だろう」
「殿下。まだ帰ってなかったんですか。盗み聞きなど、高貴な御身がするものではないでしょう」
「おい、少しは言葉を選べ。いいんだよ。今日の私はお遣い役だからな」
気安く話すフリッツと、紫紺のマントを羽織る美しい青年。
その人が誰なのかなど、紹介されずとも分からない妙齢の令嬢はいない。
「王太子殿下よ」
ざわざわと、若い令嬢たちが色めき立つ。
それに対してアンドリューはフリッツ以上に冷たい視線を浴びせかけた。
まだ王太子妃との間に姫しかいないアンドリューは最近、側妃を娶るよう働きかけられることがある。
しかし愛妻家を自認しているアンドリューとしては不快なものでしかない。だから、彼女たちの盛り上がりが、ただ王族との邂逅にはしゃいでいるだけであろうが対応する声が一層冷たいものとなった。
「ふん。謝罪したいといいながら、相手の祝いの日に変な噂を広めようと画策するとは。ほとほと呆れるな。これで学生ではなく既に卒業した成人だとは。学園の教育レベルはどれだけ下がったのだ。おい、こんな奴等を王宮で採用していないだろうな」
「「「「「?!!!」」」」」
その言葉に、ぽーっと頬を染めていた令嬢たちの顔色が一斉に抜け落ちた。
「殿下。お手柔らかにお願いします。彼女らはまだ成人したばかりの原石です」
サリが困った様子で取り成しを口にする。
彼女らはすでにサリにとって助けて上げたい守るべき存在からは外れていたが、それでも見捨てて笑っていられる訳でもない。それ位の情はサリの中に残っている。
「ふん。石ころはどんなに磨いても石ころだぞ。とはいえ、本日の主役の言葉だ。喜んで受け入れよう」
そんなサリの胸の内も分かっているのだろう。
アンドリューは殊更仕方が無いな、という表情を作って大仰に頷いてみせた。
「ありがとうございます」
サリが頭を下げれば、慌ててその後ろで元クラスメイト達も頭を下げた。
そうして、促されるままに会場を後にしていく。
その後姿を、サリは少し寂しそうに見つめた。
「良かったのか?」
アンドリューが、そんなサリに問い掛けると、感傷に気づかれてしまったと恥ずかしそうにしつつも、しっかりとした声で反省を述べた。
「ハイ。彼女たちに信用し切って貰えなかったのは、わたしにも責任があるのでしょう。拗れる前に、もっと言葉を尽くして説明するべきでした」
その言葉に、アンドリューは目を見張った。
ヴォーン商会の長女であり、あの偏屈男フリッツの不当な批難に真っ向から立ち向える筋の通った女性であるとは知っていたが、それでもまだ学園を卒業したばかりの少女であるといった認識がどこかにあった。
けれどもきちんと自らを省みて、友人たちとの拗れた関係について考証できる冷静さを持っているならば、気難しい側近をすぐ傍で支える伯爵夫人として申し分のない人材であるだろう。
うんうんと頷き感心していたアンドリューの前で、その側近であるフリッツは上司であるアンドリューに感謝を捧げるよりもなによりも、新妻との会話を優先していた。
「そうか。僕たちは、沢山会話をしよう。誤解をされないように」
「えぇ。私、フリッツのその瞳に、私が映っているのが好きなんです」
「僕も、君の瞳に僕が映っているのを見るのは最高の気分だ」
見つめ合う新婚夫婦の視界にはすでに上司である王太子アンドリューの事など入っていないようだ。
「うへぇ、やっぱり退散することにしよう。害虫駆除は任せてくれ。いま湧いて出た羽虫共も含めてな、って。おい、少しはこっちを見ろ!」
助け船を差し出して悪者役を買って出てやったにも拘らず、そんな自分を置いて甘い雰囲気を撒き散らす新婚の側近夫婦に、アンドリューはぷんぷんと怒る。
そんな王太子を護衛についてきた近衛が宥めた。
「そろそろお遣いとして抜け出してきた王宮に戻らねばなりませんし。お暇しましょう」
すでに予定よりかなりずれ込んでいる。
多分、帰ったら遊び過ぎだと父からお小言が待っていると思うと、アンドリューとしてはできれば少しでも長く居座りたいところだ。
「ふう。まぁいいか。もしサリ夫人を都合良く使おうと和解を申し込んできたのだとしても、フリッツがなんとかするだろう」
王太子が視線を向けた若い夫婦は、まだいちゃいちゃと会話を続けている。
「今度、一緒にカフェへ苺のクリームケーキを食べに行ってくれませんか」
「僕は、君が作ってくれた苺のパウンドケーキがまた食べたいな」
「まぁ嬉しい。それは幾らでも作りますけど、でも、私はフリッツがあのカフェの苺のクリームケーキを食べる処が見たいんです。とってもおいしそうに食べてくれるから」
「そうか、目の前で食べたら惚れ直してくれるかい?」
「えぇ、何度でも。私はあなたを好きになるわ。毎日でも。何回でも!」
バカップルとしかいいようのない愚にもつかない新婚夫婦の会話に当てられて、王太子は護衛と目を合わせ肩を竦めあうと、王宮へと帰っていった。
「サリ! あ、えっと……サリ・アーベル=シーラン伯爵夫人、ご無沙汰しております」
ゴスッと横から友人に肘打ちされて、エブリンは慌てて呼び掛けを訂正した。
もうサリは単なる同級生ではない。
一代爵の令嬢同士でもない。
伯爵夫人なのだ。
居心地悪そうにする元クラスメイト達に、サリは笑顔を向けた。
「今日は来てくれてありがとう。どうぞゆっくりしていって下さいね」
「サリと同じクラスだった生徒たちだね。仲良くしてくれてありがとう」
すぐ横に立つ夫となったシーラン伯爵からも声を掛けられ、その迫力を前にしたせいか、さすがのエブリンも表情が硬い。
いいや、もしかしたらまだサリに関する嘘の噂を信じているのかもしれないなと心の奥で苦く思う。
「いえ、その……本日は、おめでとうございますっ」
その証拠に、エブリンだけでなく招待した元クラスメイト達は全員出席してくれたものの、皆表情が硬く、一斉に淑女の礼を取ったものの、どこかぎこちないままだ。
とてもお祝いにきてくれたようには思えなかった。
立食形式のパーティは華やかで、これだけ参加者がいるならば学園の友人たちが挨拶を終えて早々に帰って行っても目立たないかもしれないと、サリはこっそり胸を撫で下ろした。
その奥にある傷みには気付かない方がいいのだと自分を奮い立てる。
ここで騒ぎを起こす訳にはいかない。彼女らがヘンな噂を流しにきたならともかく、就職が決まったばかりの一代爵や貧乏貴族家の令嬢たちがそれをフイにするような真似はしないだろう。その点においてサリは彼女たちを信頼していた。
なのに。
「サリ! わ、私達に、言いたいことはないの?!」
突然の甲高い声の少女による批難に、周囲の視線が集まる。
「エブリン?!」「ちょ、やめなよ」
「元婚約者の方は流言蜚語が原因で罰を受け平民に落とされたって聞いたわ。どういうことなの、ちゃんと教えて」
エブリンと一緒にきたクラスメイト達が必死に止めようと囁きかけるが、どうやらエブリンに退くつもりはないようで、サリはため息を吐いた。
「……今日は私達の婚姻を祝いに来て下さったのだと思ったのだけれど。違うのかしら。もし違うお話なら、後日約束を取り付け直して頂けると嬉しいわ、オーレリア騎士爵家のご令嬢」
サリの瞳の色が、変わりかけていた。
サリは別に、どこまでもお人好しな訳ではない。
そんな商売人がいる筈もない。
守るべき存在ができたなら、きちんと覚悟を決めて戦える女性だ。
これまではどこかでクラスメイト達を味方だと思ってきたが、一生に一度の婚姻式で因縁をつけてくるような味方などいない。要らない。
「サリ?」
仲の良い元級友が来てくれたのだと思っていたフリッツは、少女たちの言葉に戸惑っていた。
けれど、何があっても妻の味方をし守るのだと決めたフリッツは、細い肩を強く抱き寄せ、顔を覗き込んだ。
「どうしたんだい、何か問題でも?」
「なんでここまで言ってもサリは私達を怒らないの?! これで切り捨てるつもりだから? もう二度と会わないから、どうでも良くなっちゃったの?!」
「エブリン?」
わんわんと大きな声でエブリンが泣き出した理由が判らずに、サリは救いを求めて元クラスメイト達へ視線を向けた。
しかし、そこにあったのは、エブリンに負けないほど大粒の涙を流している元クラスメイト達だけだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい、サリ。私達、あんな嘘に惑わされて。サリがそんな事するような娘じゃないって知ってたのに。うわーん」
「……もしかして、彼女等もあの“害虫女”に騙された口なのか」
心底嫌そうに名前を口にすることすらしようとせず、到底淑女を指すとは思えない言葉で元婚約者を示したフリッツに、元クラスメイト達は自分達の信じた噂が根も葉もないものであったと、改めて確信を持った。
そうして、更に声をあげて泣き出す。
その様子にサリがまたしてもため息を吐くのを見たフリッツは、「どんな嘘の噂を流されたのか」と問い質すと、サリが口籠る。
そこで、フリッツは控えていた侍女ニーナに視線を送る。
ニーナは小さく頷くと、比較的冷静に涙をこらえていたひとりの令嬢へと近寄り、詳しい事情を聞き出すことに成功した。
ニーナを介してその噂について手短に説明を受けたフリッツは、その灰色の瞳を冷たいそれに変えて、愛妻の元級友たちへと向ける。
「では君達は、僕が婚約者を持ちながら、未成年の高等部の生徒に手を出すような色ボケ男だと信じたのだな。わかっていると思うが、サリはそんな事をしていない。できる女性ではない。そして僕もそんなものを受け入れるような輩ではない」
「ひっ」
フリッツは、大学で教鞭を取る教授だ。
教授としてのプライドもある。
そしてなによりこの国では未成年者に対して成人男性がそういった行為を行なうことを赦していない。
別に法律で決まっている訳ではないし、婚約を結ぶことは当たり前のようにあるが、それと遊んで捨てるような行為はまったく別だ。常識人としての在り方の問題である。
しかし、フリッツとしては高等部の生徒からハニートラップを仕掛けてそれに引っ掛かったなどと噂を流されて、黙っている訳にはいかないのだ。
ぎりぎりと歯を食いしばり、その腕に愛妻を守るように囲い込んだフリッツを前に、元クラスメイト達は顔の色を失くしていく。
そこへ、またしても割って入る声がした。
「わかった。それについてもこちらで対処しよう。多分あの害虫が出処だろう」
「殿下。まだ帰ってなかったんですか。盗み聞きなど、高貴な御身がするものではないでしょう」
「おい、少しは言葉を選べ。いいんだよ。今日の私はお遣い役だからな」
気安く話すフリッツと、紫紺のマントを羽織る美しい青年。
その人が誰なのかなど、紹介されずとも分からない妙齢の令嬢はいない。
「王太子殿下よ」
ざわざわと、若い令嬢たちが色めき立つ。
それに対してアンドリューはフリッツ以上に冷たい視線を浴びせかけた。
まだ王太子妃との間に姫しかいないアンドリューは最近、側妃を娶るよう働きかけられることがある。
しかし愛妻家を自認しているアンドリューとしては不快なものでしかない。だから、彼女たちの盛り上がりが、ただ王族との邂逅にはしゃいでいるだけであろうが対応する声が一層冷たいものとなった。
「ふん。謝罪したいといいながら、相手の祝いの日に変な噂を広めようと画策するとは。ほとほと呆れるな。これで学生ではなく既に卒業した成人だとは。学園の教育レベルはどれだけ下がったのだ。おい、こんな奴等を王宮で採用していないだろうな」
「「「「「?!!!」」」」」
その言葉に、ぽーっと頬を染めていた令嬢たちの顔色が一斉に抜け落ちた。
「殿下。お手柔らかにお願いします。彼女らはまだ成人したばかりの原石です」
サリが困った様子で取り成しを口にする。
彼女らはすでにサリにとって助けて上げたい守るべき存在からは外れていたが、それでも見捨てて笑っていられる訳でもない。それ位の情はサリの中に残っている。
「ふん。石ころはどんなに磨いても石ころだぞ。とはいえ、本日の主役の言葉だ。喜んで受け入れよう」
そんなサリの胸の内も分かっているのだろう。
アンドリューは殊更仕方が無いな、という表情を作って大仰に頷いてみせた。
「ありがとうございます」
サリが頭を下げれば、慌ててその後ろで元クラスメイト達も頭を下げた。
そうして、促されるままに会場を後にしていく。
その後姿を、サリは少し寂しそうに見つめた。
「良かったのか?」
アンドリューが、そんなサリに問い掛けると、感傷に気づかれてしまったと恥ずかしそうにしつつも、しっかりとした声で反省を述べた。
「ハイ。彼女たちに信用し切って貰えなかったのは、わたしにも責任があるのでしょう。拗れる前に、もっと言葉を尽くして説明するべきでした」
その言葉に、アンドリューは目を見張った。
ヴォーン商会の長女であり、あの偏屈男フリッツの不当な批難に真っ向から立ち向える筋の通った女性であるとは知っていたが、それでもまだ学園を卒業したばかりの少女であるといった認識がどこかにあった。
けれどもきちんと自らを省みて、友人たちとの拗れた関係について考証できる冷静さを持っているならば、気難しい側近をすぐ傍で支える伯爵夫人として申し分のない人材であるだろう。
うんうんと頷き感心していたアンドリューの前で、その側近であるフリッツは上司であるアンドリューに感謝を捧げるよりもなによりも、新妻との会話を優先していた。
「そうか。僕たちは、沢山会話をしよう。誤解をされないように」
「えぇ。私、フリッツのその瞳に、私が映っているのが好きなんです」
「僕も、君の瞳に僕が映っているのを見るのは最高の気分だ」
見つめ合う新婚夫婦の視界にはすでに上司である王太子アンドリューの事など入っていないようだ。
「うへぇ、やっぱり退散することにしよう。害虫駆除は任せてくれ。いま湧いて出た羽虫共も含めてな、って。おい、少しはこっちを見ろ!」
助け船を差し出して悪者役を買って出てやったにも拘らず、そんな自分を置いて甘い雰囲気を撒き散らす新婚の側近夫婦に、アンドリューはぷんぷんと怒る。
そんな王太子を護衛についてきた近衛が宥めた。
「そろそろお遣いとして抜け出してきた王宮に戻らねばなりませんし。お暇しましょう」
すでに予定よりかなりずれ込んでいる。
多分、帰ったら遊び過ぎだと父からお小言が待っていると思うと、アンドリューとしてはできれば少しでも長く居座りたいところだ。
「ふう。まぁいいか。もしサリ夫人を都合良く使おうと和解を申し込んできたのだとしても、フリッツがなんとかするだろう」
王太子が視線を向けた若い夫婦は、まだいちゃいちゃと会話を続けている。
「今度、一緒にカフェへ苺のクリームケーキを食べに行ってくれませんか」
「僕は、君が作ってくれた苺のパウンドケーキがまた食べたいな」
「まぁ嬉しい。それは幾らでも作りますけど、でも、私はフリッツがあのカフェの苺のクリームケーキを食べる処が見たいんです。とってもおいしそうに食べてくれるから」
「そうか、目の前で食べたら惚れ直してくれるかい?」
「えぇ、何度でも。私はあなたを好きになるわ。毎日でも。何回でも!」
バカップルとしかいいようのない愚にもつかない新婚夫婦の会話に当てられて、王太子は護衛と目を合わせ肩を竦めあうと、王宮へと帰っていった。
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