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第1章 無垢な君への道標
第1章38話 異能者と獣の魔人
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「どうして……さっきまでいなかったのに……」
突如現れたティヴァを前にしたテルは、完治したはずの右手に痛みが走る。怪我をしたわけじゃない。心がティヴァの前に立つことを拒絶しているのだ。
「隠れてたからに決まってるだろう、低能」
ティヴァは半透明の大蛇に胡坐をかいて座って、テルを見下ろしてる。
「てめえの死体を見つけるためにわざわざ川を下ってきたんだぞ」
そういうとティヴァはこれまでの苦労を思い出すかのように目を瞑って肩を竦めた。
「だけどいくら探しても見当たらないから逆に待ち伏せしてたんだぞ。もしかしたらのこのこ母胎樹を狙ってくるかもって期待してな」
そして、テルを睨む。その目は獰猛な獣のように鋭い。
「そしたら大当たりだぞ。間抜けが二人でひょこひょこやってきやがった。笑いを堪えるのに苦労したもんだぞっ!」
ティヴァがそういったところで、テルの全身が殴打され、大きく後方に飛ばされ倒れた。
よく見てみると大蛇の尾がガラスのように透明になっていた。大蛇にはヒレがついていたので、蛇というよりもっと水棲生物に近いのだろう。
ティヴァはこの魔獣を利用して身を隠していて、カインとテルを不意打ちしたのだ。
テルはとにかくティヴァの前から逃げ出したかった。自分の命が狙われているならなおさらだ。テルは小さな鏡を作って、ティヴァに背を向けないように背後を確認した。
すると、生まれたばかりの魔獣がいつの間にテルの後ろに横一列並んでいた。いや、違う。テルとティヴァの輪を作るように周囲を囲っている。
「……いつの間に」
「魔獣のリングだぞ。数で蹂躙しても良かったけど、母胎樹は馬鹿だからしくじるかもだし、アタシもオオミズチでてめえを嬲ったほうが楽しいからな」
ティヴァは呑気にお喋りにかまけているうちに、テルは改めて囲んでいる魔獣を見る。魔獣たちはどうしてか大人しく整列しており、テルを攻撃する気配がない。ティヴァがそう命令しているのかもしれない。しかしそこと突破するとなると、固まりになった魔獣を一度に十体以上倒す必要がある。現実的ではない。
テルの視界の隅で、オオミズチと呼ばれた大蛇が体をよじる。すると、なにもないのにあたりに水しぶきが上がる。
テルに迫る透明の尻尾をかろうじて目で捉え、必至に回避行動をとる。勢いよくテルの目の前を通過していった尻尾はそのまま器用に方向転換して、執拗にテルに迫った。
「くそっ、しつこい」
目を凝らせば見えないことはない。しかし避けてばかりでもきりがない。
テルは受け流して、尻尾ごと切り落としてしまおうと考えたが、
「見えないものをどう斬ればいいんだ……」
尻尾の追撃に頭が一杯になっていたテルは背中になにかが触れた感触した。ぞっと悪寒が走った。
テルは回避に専念しすぎて、背中からリングを作る魔獣にぶつかってしまったのだ。
「しまっ……!!」
振り返ると同時に背中に痛みが走った。魔獣の爪がテルの背中を抉った。命を奪うためではなくリングに戻すためのものだと直感的にわかった。悲鳴を上げたながら、テルがオオミズチの尻尾を見逃さなかったのは奇跡的だった。
咄嗟にテルは盾を作って防御体勢をとる。直後、全身に大きな衝撃。
オオミズチは周囲の魔獣ごと躊躇のなく吹き飛ばし、テルは重い衝撃を受けきれず浅い川を転がる。
巻き込まれた魔獣たちは体が摺り潰されていたり上半身を失ったりしており、あの攻撃をもろに食らってはいけないと再認識した。
見えないので反撃に転じることもなければ、不用意にオオミズチに近づくこともできない。逃げれば大量の魔獣の餌食。
そんな状態で本当に玉が転がるように紙一重で命を繋ぐテルをティヴァは大口を開けて笑った。
「ぎゃははは!おいおいおい、滑稽すぎるぞ。そんな生き恥晒すくらいならさっさと死んだほうがいいんじゃねえのか!?」
腹を抱えて笑うティヴァだったが、ふと疑問が湧いた。
なぜあの人間はこの状態で目が死んでいないのか。
そして気づいた。玩具のように転がり続けているように見えていた。事実そうだった。しかし、それはどれも魔獣の壁際で行われており、ほとんど新しい傷が生まれることなく、魔獣たちの肉壁が徐々に削れている。
ティヴァは自分でもわかるほど、頭に血が上っている。脳の血管が破裂しそうなほどの怒りが込み上げる。
「クソが、胸糞悪ぃことしやがって! オオミズチもぼさっとしてんじゃねえ!」
いつまでもテルが死なないどころか、こちらが利用されていたことに腹をたてたティヴァは立ち上がってオオミズチの頭をげしげしと踏みつける。
急かされたオオミズチの動きはますます大ぶりかつ乱暴になって、巻き込まれる魔獣はさらに増え続け、やがてオオミズチが尻尾を上から叩き落とした。
予備動作が大きく、難なく躱すテル。しかし沢山の魔獣が一直線にまるまる潰された。
テルはここぞとばかり、魔獣の血が滴る直線を走って森に飛び込んだ。
「クソクソクソクソクソッ!何やッてんだ!逃がしたらてめえを焼いて食っちまうぞ!」
オオミズチはこれまで動かさなかった頭をぐっと動かして森に寄る。すると木陰に隠れるテルの姿を見つけた。
隠密をする敵を見つけたなら、確実にとどめを刺すべくより強力な一撃を。オオミズチが見出した作戦は単純なものだった。
オオミズチはもう一度、尻尾をたたきつける準備をする。
森の中は自分の身を隠すのに有利であるのと同時に、オオミズチの姿もまた見つけにくくなっているのだ。
尾が振り下ろされ、木々が容易く粉々になっていく。身を隠す敵は木が破壊されたことにも反応できないままオオミズチの尾の下敷きになった。
勝った。そう確信したとき、カチりと異質な音がした。
「ギャア“ア”ア“ア”ア“ア”ア“ア”ァァッ!」
直後、尋常ではない痛みに襲われたオオミズチが絶叫した。二つの銀色の鋭利な歯が胴体を抉り、噛みついている。
本来はもっと小型の獣に使うはずの、典型的な罠であるトラバサミだ。それが全長数十メートルのオオミズチの動きを完全に封じたのだ。そのうえ、見つけた思われた獲物は偽物で、潰したとき血を出すことなくばらばらに砕けた。
「なにやってんだあああっ!!」
ティヴァが怒号を飛ばす。敵への威圧かオオミズチへの折檻か。おそらくそのどちらともだろう。
動きを封じられたオオミズチ。しかし体が千切れかけようと主人の命令に従う以外の選択肢はない。
オオミズチは大きく口を開くと、透明だった体に細い光がいくつも走り、喉元に光が集中していく。
極限まで蓄積された光は、オオミズチの口から放たれ、周辺の木々を消し飛ばした。
爆音と衝撃波が突風を生み出し、被害を逃れた木々が嘆くように葉を揺らした。オオミズチの熱線は大地を剥き出しにし抉りだし、地表が露わになる。二度と生命が宿ることがないような惨たらしさだ。
「そんな手も隠してたのかよ」
誰にも聞こえないような声でテルは唾を吐く。トラバサミで動きを封じたら、すぐに逃げるつもりだった。しかし、この辺りの木々の密度は高くなく、逃げている姿が見つかる可能性は低いとは言えず、もし見つかれば、今の熱線で森もろとも燃やされるだろう。ゆっくりと見つからないように逃げても同じ話だ。
もう、あの魔獣を倒すしか逃げる術はない。
頭にひびが入ったような痛みが走った。今日だけでどれだけ『オリジン』を使っただろうか、木霊する頭痛がこれっきりでもう乱発はできないと伝えている。
テルは細く小さく息をつくと、いままで使わないでいた“とっておき”を生成した。これなら多分勝てる。根拠のない慰めで緊張を宥めて、標的を睨んだ。
突如現れたティヴァを前にしたテルは、完治したはずの右手に痛みが走る。怪我をしたわけじゃない。心がティヴァの前に立つことを拒絶しているのだ。
「隠れてたからに決まってるだろう、低能」
ティヴァは半透明の大蛇に胡坐をかいて座って、テルを見下ろしてる。
「てめえの死体を見つけるためにわざわざ川を下ってきたんだぞ」
そういうとティヴァはこれまでの苦労を思い出すかのように目を瞑って肩を竦めた。
「だけどいくら探しても見当たらないから逆に待ち伏せしてたんだぞ。もしかしたらのこのこ母胎樹を狙ってくるかもって期待してな」
そして、テルを睨む。その目は獰猛な獣のように鋭い。
「そしたら大当たりだぞ。間抜けが二人でひょこひょこやってきやがった。笑いを堪えるのに苦労したもんだぞっ!」
ティヴァがそういったところで、テルの全身が殴打され、大きく後方に飛ばされ倒れた。
よく見てみると大蛇の尾がガラスのように透明になっていた。大蛇にはヒレがついていたので、蛇というよりもっと水棲生物に近いのだろう。
ティヴァはこの魔獣を利用して身を隠していて、カインとテルを不意打ちしたのだ。
テルはとにかくティヴァの前から逃げ出したかった。自分の命が狙われているならなおさらだ。テルは小さな鏡を作って、ティヴァに背を向けないように背後を確認した。
すると、生まれたばかりの魔獣がいつの間にテルの後ろに横一列並んでいた。いや、違う。テルとティヴァの輪を作るように周囲を囲っている。
「……いつの間に」
「魔獣のリングだぞ。数で蹂躙しても良かったけど、母胎樹は馬鹿だからしくじるかもだし、アタシもオオミズチでてめえを嬲ったほうが楽しいからな」
ティヴァは呑気にお喋りにかまけているうちに、テルは改めて囲んでいる魔獣を見る。魔獣たちはどうしてか大人しく整列しており、テルを攻撃する気配がない。ティヴァがそう命令しているのかもしれない。しかしそこと突破するとなると、固まりになった魔獣を一度に十体以上倒す必要がある。現実的ではない。
テルの視界の隅で、オオミズチと呼ばれた大蛇が体をよじる。すると、なにもないのにあたりに水しぶきが上がる。
テルに迫る透明の尻尾をかろうじて目で捉え、必至に回避行動をとる。勢いよくテルの目の前を通過していった尻尾はそのまま器用に方向転換して、執拗にテルに迫った。
「くそっ、しつこい」
目を凝らせば見えないことはない。しかし避けてばかりでもきりがない。
テルは受け流して、尻尾ごと切り落としてしまおうと考えたが、
「見えないものをどう斬ればいいんだ……」
尻尾の追撃に頭が一杯になっていたテルは背中になにかが触れた感触した。ぞっと悪寒が走った。
テルは回避に専念しすぎて、背中からリングを作る魔獣にぶつかってしまったのだ。
「しまっ……!!」
振り返ると同時に背中に痛みが走った。魔獣の爪がテルの背中を抉った。命を奪うためではなくリングに戻すためのものだと直感的にわかった。悲鳴を上げたながら、テルがオオミズチの尻尾を見逃さなかったのは奇跡的だった。
咄嗟にテルは盾を作って防御体勢をとる。直後、全身に大きな衝撃。
オオミズチは周囲の魔獣ごと躊躇のなく吹き飛ばし、テルは重い衝撃を受けきれず浅い川を転がる。
巻き込まれた魔獣たちは体が摺り潰されていたり上半身を失ったりしており、あの攻撃をもろに食らってはいけないと再認識した。
見えないので反撃に転じることもなければ、不用意にオオミズチに近づくこともできない。逃げれば大量の魔獣の餌食。
そんな状態で本当に玉が転がるように紙一重で命を繋ぐテルをティヴァは大口を開けて笑った。
「ぎゃははは!おいおいおい、滑稽すぎるぞ。そんな生き恥晒すくらいならさっさと死んだほうがいいんじゃねえのか!?」
腹を抱えて笑うティヴァだったが、ふと疑問が湧いた。
なぜあの人間はこの状態で目が死んでいないのか。
そして気づいた。玩具のように転がり続けているように見えていた。事実そうだった。しかし、それはどれも魔獣の壁際で行われており、ほとんど新しい傷が生まれることなく、魔獣たちの肉壁が徐々に削れている。
ティヴァは自分でもわかるほど、頭に血が上っている。脳の血管が破裂しそうなほどの怒りが込み上げる。
「クソが、胸糞悪ぃことしやがって! オオミズチもぼさっとしてんじゃねえ!」
いつまでもテルが死なないどころか、こちらが利用されていたことに腹をたてたティヴァは立ち上がってオオミズチの頭をげしげしと踏みつける。
急かされたオオミズチの動きはますます大ぶりかつ乱暴になって、巻き込まれる魔獣はさらに増え続け、やがてオオミズチが尻尾を上から叩き落とした。
予備動作が大きく、難なく躱すテル。しかし沢山の魔獣が一直線にまるまる潰された。
テルはここぞとばかり、魔獣の血が滴る直線を走って森に飛び込んだ。
「クソクソクソクソクソッ!何やッてんだ!逃がしたらてめえを焼いて食っちまうぞ!」
オオミズチはこれまで動かさなかった頭をぐっと動かして森に寄る。すると木陰に隠れるテルの姿を見つけた。
隠密をする敵を見つけたなら、確実にとどめを刺すべくより強力な一撃を。オオミズチが見出した作戦は単純なものだった。
オオミズチはもう一度、尻尾をたたきつける準備をする。
森の中は自分の身を隠すのに有利であるのと同時に、オオミズチの姿もまた見つけにくくなっているのだ。
尾が振り下ろされ、木々が容易く粉々になっていく。身を隠す敵は木が破壊されたことにも反応できないままオオミズチの尾の下敷きになった。
勝った。そう確信したとき、カチりと異質な音がした。
「ギャア“ア”ア“ア”ア“ア”ア“ア”ァァッ!」
直後、尋常ではない痛みに襲われたオオミズチが絶叫した。二つの銀色の鋭利な歯が胴体を抉り、噛みついている。
本来はもっと小型の獣に使うはずの、典型的な罠であるトラバサミだ。それが全長数十メートルのオオミズチの動きを完全に封じたのだ。そのうえ、見つけた思われた獲物は偽物で、潰したとき血を出すことなくばらばらに砕けた。
「なにやってんだあああっ!!」
ティヴァが怒号を飛ばす。敵への威圧かオオミズチへの折檻か。おそらくそのどちらともだろう。
動きを封じられたオオミズチ。しかし体が千切れかけようと主人の命令に従う以外の選択肢はない。
オオミズチは大きく口を開くと、透明だった体に細い光がいくつも走り、喉元に光が集中していく。
極限まで蓄積された光は、オオミズチの口から放たれ、周辺の木々を消し飛ばした。
爆音と衝撃波が突風を生み出し、被害を逃れた木々が嘆くように葉を揺らした。オオミズチの熱線は大地を剥き出しにし抉りだし、地表が露わになる。二度と生命が宿ることがないような惨たらしさだ。
「そんな手も隠してたのかよ」
誰にも聞こえないような声でテルは唾を吐く。トラバサミで動きを封じたら、すぐに逃げるつもりだった。しかし、この辺りの木々の密度は高くなく、逃げている姿が見つかる可能性は低いとは言えず、もし見つかれば、今の熱線で森もろとも燃やされるだろう。ゆっくりと見つからないように逃げても同じ話だ。
もう、あの魔獣を倒すしか逃げる術はない。
頭にひびが入ったような痛みが走った。今日だけでどれだけ『オリジン』を使っただろうか、木霊する頭痛がこれっきりでもう乱発はできないと伝えている。
テルは細く小さく息をつくと、いままで使わないでいた“とっておき”を生成した。これなら多分勝てる。根拠のない慰めで緊張を宥めて、標的を睨んだ。
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