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第四章
ヴェロニカ死す( ´∀`)
しおりを挟む「俺の銃がなかなか戻らねぇぜダン!」
マチンカはびっしり刺繍された軍服をひけらかすようにしながら歩いてくると、窯を作っているダン・カンのところで立ち止まる。
「なんのことだ?」
「回転式の銃! リヴォルバーだよ、宝物なんだぞ。お前の嫁だから貸してやったってぇのに、あのちんくしゃ、持ち逃げしてねぇだろうな?」
ダンが立ち上がる。同時にぐぐっと股間も勃ち上がった。
「いや、今の会話で興奮する要素あった!?」
「ヴェロ……いってっ──ニーカが戻らないってことか?」
「そうだよ! 持ってっちゃったんだよ、俺のハニーを」
グリップに真珠やら貝殻やら張り付けて、素敵にデコっていたのに。
ダン・カンは眉を潜める。
「まもなく日が暮れるぞ、一人か?」
「いや、騎兵隊員と一緒だったよ。あちこち噛まれたような傷があったな。ありゃあ下士官じゃねぇな、雰囲気からすると士官じゃねぇかな。ま、護衛付きだから狼の餌食には──」
そんなやつが居たのか!? ダンは棒立ちになった。もちろんあそこも棒勃ちに──いや、そんなことより、何かが引っかかった。
次の瞬間、牢の中に銃を撃ってきた男の容貌が、鮮明に浮かび上がる。
居たか?
分からない。移送する白人が多すぎて──だが、あいつが居たのか?
ダンは石を放り出し、走り出した。
※ ※ ※ ※
口に布を詰め込まれた。
何かと思ったら自分のドロワーズだ。真っ赤になるヴェロニカ。背中は木の根に当たって痛かったが、のしかかってくる男への恐怖でそれどころではなかった。
「妹ちゃぁん、また会ったね。忘れちゃった?」
レナート・マカロヴィチ・ヴォイコフは、砦陥落とともに、独房から出された。先住民たちの手で……。
自分が、プロスターチン軍に置いて行かれたことを知った。
だがそれを不満には思っていない。なぜなら、隊長を自分の物にしていないから。
執念である。
あの気高いヴァシーリィを辱めたい。ぐちゃぐちゃに汚してやる。自分のモノを咥えさせ、白濁したものをぶっかけてやる。ケツを掘ってやってもいい。想像しただけでワクワクする。
それまでは祖国には帰れない。
ところが、この広大な地で上官を探すのは難しかった。第一、先住民たちの監視付き。
てっきり殺されると思ったが、中部に送ってくれるというから、仕切り直してまたヴァシーリィを探しに来てもいいと思った。
「ヴァシーリィ──大尉、ああ、隊長、俺の……俺だけのヴァシーリィ」
ヴェロニカは、ふごふごいいながら彼の体の下から逃れようとする。
スカートをまくり上げられ、御開帳していることに耐えられなかった。ペッと口に詰められた自らのドロワーズを吐き出す。
「わたくしはヴェロニカよ! ヴァシーリィじゃないわ」
体型など似ても似つかない、ちんくしゃである。
「知っているよ、妹ちゃん。でも大尉が見つからないから、仕方なくお前を犯すんだ。似ても似つかないが」
自分で言うのはいいが、他人から言われると腹が立つ。
「だが大丈夫だ。お前だってチンクシャだが可愛い。オッパイも大きい」
わし、とブラウスの上から掴まれ、とっさに身をよじった。犬のように這って逃げようとしたのだ。
しかし、その腰を掴まえられてしまう。
「スカートがまくれあがって、生の尻が丸見えだぜ」
彼の舌が割れ目を伝って、その奥に差し込まれた。
「やだっ」
ぞくぞくと嫌悪感が沸き起こる。ダンに拷問された時とは違う。
そうだ、本国のアレクセイにやられそうになった時のような──あの時は意味が分からず「何の真似?」と大真面目に聞いてしまった。
まだ子供だったのだ。だから難を逃れた。でも、弄られるのはやたらと気持ち悪かった。
どうして、ダンの時はそんなに嫌じゃ無かったの? 屈辱はあったけど、こちらも興奮してしまって──
少尉は彼女の尻を余すことなく丹念に舐めあげる。悲鳴をあげるヴェロニカ。
わざと辱めているのだわ。私に興味なんて無いくせに。逃げるのよ、逃げるの。
赤毛を掴まれ、無理矢理顔を向けられて口を吸われた。お尻を舐めた口は、自分のとは言え嫌だった。
もがき、思い切り男を押したが、力はまるで敵わない。
相手は北の大陸の男にしては細身の方である。貴族の家に生まれたのだからそれも分かるが、それでも、体格からして小柄な自分とはまったく違うのだ。抵抗は無意味であった。
「ははっ、弱っ。大尉とは違うなぁ。簡単に犯せる」
くっくっくっと笑うレナート。ヴェロニカはべそべそ泣きながら、宙に手を伸ばした。誰か……。
その時、レナートはふっと顔を上げた。
眼前に槍の切っ先。
とっさに避け、下から手を突き上げ払った。ヴェロニカを人質に取ろうと腕を伸ばすが、パッと血しぶきが跳んで痛みが走った。
腹部に衝撃が走り、レナートはもんどりうってサトウカエデの太い幹にぶつかる。
大振りなギザギザの葉が何枚も落ちてきた。
「ほう、避けたか。なかなかやる」
ダン・カンはヴェロニカの前に立ちふさがって、右手で槍を構え、左手に黒曜石の短剣を持ち、腰を落とした。
レナートは立ち上がると、頭を振った。それからにやっと笑ってリヴォルバーをゆっくり向けた。
「それは……マチンカの吹き矢」
ダンがぼそっと呟く。
「知ってるさ。アリビアの銃だろ? 何発も出るんだぜ。──その女を寄こしな」
ダンの股間が勃起する。顔は無表情だが、戦いに興奮していた。
ヴェロニカが背後から叫ぶ。
「下がって、最新の銃には敵わないわ」
「スカートが持ち上がっているぞ」
感情の起伏がない声で言われ、ヴェロニカは慌てて衣服をただした。
ダンの背中から、妙なオーラが出ている。押し殺した声からは何も伺えない。そして表情を見ても、たぶん分からないだろうけれど、その雰囲気でなんとなく分かってしまった。
(怒っているわ)
「ニーカよ、この男を夫に迎えようとしているのか?」
はぁ? ダンに唐突に聞かれ、ヴェロニカが緑の目を怒りに燃え上がらせる。
「冗談じゃなくてよっ」
「体を許したのだろう?」
「手籠めにされそうになっていたの、分からないの? それにわたくしはまだ処女です!」
本当はとっくに処女ではないのだが、本人は分かっていない。
「無理矢理、妻にされそうになったのか?」
「妻だと?」
レナートが笑う。
「そんなチンクシャを?」
「まあっ、なんて失礼な!」
確かにヴァシーリィに比べたら寸足らずでちまちましているが、一部からはキーホルダーにしたいくらい可愛いと評判だったのだ。
ダンは考えこんだ。そう言えばマチンカも言っていたな。
「安心しろ、ニーカ。チンクシャは褒め言葉だ」
「そうなの!?」
「おそらく、こう、チンチンがくしゃっと──」
公用語はマチンカの方が上であった。
レナートは、じりじりと隙を窺っている。
「その女はな、大尉の大事な妹だ。当てつけに、死ぬまで犯して、川に捨てて行こうと思ったのさ。お前らも荷物が減って助かるだろう?」
その肩に、黒曜石の短剣が突き刺さっていた。男が引き金を引くより前に、その手首が蹴り上げられる。
予兆無く、一瞬で間合いを詰めたダン。そのまま宙に跳んだ銃を恐るべき跳躍力で掴み、男に向けた。
それは、レナートがブーツから短剣を抜き、投げるのとほぼ同時だった。
ヴェロニカは悲鳴もあげなかった。何も考えず、とっさに飛び出す。
銃の音が響き、レナートがふらふらと後ずさる。彼が体を見下ろすと、穴が開いていた。
口を開こうとして、咳き込む。鮮血がパッと散り、少し驚いたようにこちらを見ていた。
それから──負け惜しみだろうか──にやりと笑い、そのまま背後の川に、倒れるように落ちて行った。
急流に呑まれたレナートなど、ダン・カンは気にしているどころではなかった。
ダンは、あおむけに倒れたヴェロニカを見て咆哮をあげる。
胸元に深々と刺さったナイフを見て、絶望し膝をつく。
「ニーカ、ニーカ!」
呼びかけても返事はない。
「なんで俺をかばった? どうして」
鉄面皮は崩れ去っていた。蒼白な顔で血どめをしようとする。そうだ、自分の服を破って、その布で押さえて止血を──。
「俺は、なんで裸なんだ。なぜ何も持っていないのだ」
「ダン──」
「ニーカ! どうしてかばった!? 貴様、俺の妻になることを拒否したのに、なぜ俺を助けた」
「そうね……何でかしら」
ヴェロニカは、考えた。ごまかしようのない、どうにもならない真実。
「貴方が死ぬかもしれないと思ったとき、体が勝手に動いたわ」
ダンの頬に手をやる。
「わたしったら……たぶん、もしかしたら──」
あの無表情がこんなに崩れて。
(わたくしは、何に囚われていたのかしら)
ヴェロニカは、彼の頬を何度も撫でる。
「あなたと、もっと……居た……かった」
ヴェロニカの体からふっと力が抜けた。
「いやだっ、嘘だっ、ニーカ!」
半狂乱になってヴェロニカを抱きしめたダン。その体がぐぐっと起き上がる。
ダンがうわぁああっと悲鳴をあげた。
唖然として、ヴェロニカの胸元から生えたナイフを見つめる。
彼女はそれを引っこ抜いた。
ブラウスを広げると、肉厚の毛皮の帽子が出てきた。
「ダン、貴方に差しあげようと思っていたのだけれど、穴が開いてしまったわ」
ダンは絶句している。
ヴェロニカは、正直振られてもしょうがないと思っていた。
自分の気持ちも曖昧でよく分からないし、だいたい自分は白人だし、やっぱり釣り合わないと思う。どちらが、というわけではなく。
生活も文化も何もかも違うし、お互い殺し合った民族だし……。
それでも、彼と一緒に居たいのは事実なのだ。だから、自分の気持ちは伝えたかった。
「もらってくれる?」
ダン・カンは帽子を抱きしめた。
「違うわよ、わたしを」
ダンは目を見開いて赤毛の女を見つめる。いったい、何を言っているのだ。
「だめ?」
彼は無言である。しかしヴェロニカがその股間に目をやると、隆々と立ち上がっている。
これはイエスととっていいのか?
そうい言えば、私と居る時は基本的に勃ち上がっている。近くにいない時は、怖がりな犬の尻尾のように垂れているのに。
そういうものだと思っていたのだが、もしかして欲情しっぱなしなの??
耳のピアスを触るダン。儀式で穴を開けた時あげたエメラルドだ。
「貴様……つまり……これを返さなくていいと?」
「ええ」
ダンは困惑している。しばらくの沈黙の後、ポツリと言った。
「白人の、貴族とやらのような生活はできなくなるのだぞ?」
「わたくし、深窓のお嬢様のように見えるかしら?」
悩んでいるダンに、ヴェロニカがそう問いかける。見透かしたような目。
ダンは、ポーカーフェイスが崩れてしまっているのに気づいていない。顔で語らず股間で語る。それがコマネチ族のアイデンチンチンなのに。
だから自分の心は読まれていないはず。
なのに、その鮮やかな緑色の瞳を見ていると、文字通り心まで裸にされている気分になる。心までって、もう外側は裸だけど。
「でも……ティピーなどではなく、石の建物で寝たいだろう?」
気づくと、またそう聞いていた。やっぱりやーめた、と彼女に言われるのが怖くて。
「獣の革ではなく、ヒラヒラが付いた色鮮やかな服を着たいのだろう?」
ダンには、それらが提供できない。
開拓者の中でも、立派で大きな家に住んでいた金持ちの連中はそういう恰好をしていた。ヴェロニカに似合うだろうな、と思ってしまう。
襲撃して追い出した後入った屋敷の中には、先住民が逆立ちしても作れないような珍しいものがたくさんあった。
「柔らかな、ふわふわした寝床で寝たいのだろう?」
いつも無口なダンだったが、止まらなくなった。
「服を──服を着た男の妻になりたいのだろう?」
嫌々ながら、妻になろうとしているのか? だってこの女は白人で、本来なら淘汰されるべき侵略者。中部に逃がすなんて実は嘘で、妻にならねば殺されると思っているのか?
「蛮族を夫になど、持ちたくないのだろう?」
ヴェロニカは困ったような微笑を浮かべる。
「なんて顔しているの」
ダンは表情を変えた覚えはない。なぜなら感情を表に出さないことがコマネチ族のアインデンチンチンチン。チンが一個多かった。
「氷に閉ざされた国の人間は、心まで冷たい。そう思っていたのだ、俺は」
つるっと雫が頬を滑る。ダンは驚いてほっぺたを触った。さっきから泣いているのに、彼は気づかなかった。
ヴェロニカが生きていたことだけしか頭に無くて、気づかなかったのだ。
濡れている。これは、死に値する羞恥だ。男が泣くなどと、あってはならぬ。なぜなら、コマネチ族は股間で語るのがアイデンチ──
「お返事は?」
ダンはまごつく。
「妙なものだ。貴様を妻にしたいと思った。力づくでも。だが、ものすごく不当だとも思ったのだ」
ヴェロニカは首をかしげる。
「俺は、貴様だけは、心を手に入れてから妻にしたかった」
目を伏せるダン・カン。
「そんなことは無理だと……だから貴様を解放しようとしたんだぞ? ニーカ、貴様は渋々妻になったのに、俺は貴様を孕ませたくて仕方なかったんだ」
妙な女だと思った。拷問するはずなのに、鞭で叩いただけで本人が痛そうな顔をしたり、あそこを気持ちよくしてくれたり。まあ、屈辱を味わわせようとしたのだろうが。
あげく、逃げずに傷の手当てをしてくれた。いや、まあ逃げようとはしていたわけだが。
だがチンポロ族の集落を助けた時、心を完全に持っていかれてしまった。先住民の幼子を抱き、どこが違うのかと兵士たちに啖呵を切った女に、惚れてしまったのだ。
「言っとくが、もうだめだぞ。後で気が変わったり、逃げようとしたら、こ、今度は殺すからな」
ヴェロニカは笑った。要はこの人、強いのに、本当は臆病なのね。
長い冬は嫌だった。ここだってけして温暖なわけじゃない。けれど、針葉樹林に囲まれた氷の都は、感覚も凍てつきそうだった。
古い体制に固執し続ける貴族たちの一員であることに、慣れてしまいそうだった。本当は、嫌気がさしていたのに。
おそらく、星形疱瘡が流行した時に、自分は国を見限っていた。そして自ら体制を覆した、アリビアという革新的な国に憧れた。
アリビアが狙うウエスティアに、興味が尽きなかったのだ。
「中部や南部に行くのも考えたけれど、ここだって同じよ」
心を手に入れてから妻にしたかった、なんて。そんなこと言う男は本国には居ない。
女は、男に隷属する。
だから所領だって自分の物にはできなかった。領民たちには悪いが、おそらく領地経営は破綻するだろう。アレクセイには、冬の備えすらできてないかもしれない。飢え死にするものが出るかもしれない。
長兄に任せたらそうなる。でも、自分にはどうしようもできない。女だから嫁ぐしかないのだ。
継母はそう悪い人では無かったが、自分の息子が、再婚相手の娘たちに手を出そうとしていたことなど知らないだろう。
「私がおバカさんだったの。確執のある私たちがうまくやっていけるはずがないって、決めつけていた。でも、相手が白人だって、同じだわ」
川に目をやる。ラッソロノフ家を継ぐ長男や、マカロヴィチ少尉のような頭のおかしい男。あんなのが夫になるかもしれないのだ。
ダン・カンに嫁いで何が悪いのか?
「貴方と一緒に居るわ」
先住民の女は、おそらく白人社会より尊重されている。部族によるのかもしれないけれど……。
勇気はいるが、そう悪いことばかりではないかもしれない。
「もう離さないからなっ、貴様、今度逃げるとか言ったら、縛り付けて永遠に閉じ込めてやるからな!」
必死だな。ヴェロニカはポーカーフェイスが崩れまくっているダンを見て、クスクス笑った。
「貴様、何がおかし──」
「ダン」
ヴェロニカは息をついた。
「貴様ってもう二度と言わないの」
「ごご、ごめん、ヴェロ──痛って! ニーカ、ごめん」
焦りまくるダンに、毛皮の帽子を被せてにっこり笑うヴェロニカ。
「あとね、服は着て欲しいわ。せめて冬だけは」
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