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離婚(?)編

貴族院のユベール

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「まだ子供、できないんだって?」

 俺は足を止めた。眼鏡の位置を直し、議事堂の階段を見上げる。

 来年度の、魔法結界システム運営費用の見積もりを、提出してきたところだ。

 魔法省下のエネルギー庁で渋られ、財務省地方予算局で渋られ、結局最後はあちこちから寄付を募ることになりそうだった。

 魔鉱石はそれくらい高額なのだ。

 そんな状況だったのもあり、イラついた気分で、話しかけてきた相手を確認する。

 どこかで……? 見覚えのある女顔の優男。

(ああ、学園で編入してきたやつか)

 手すりに肘をつき、見下ろしてくる彼の名を思い出そうとした。

「確か、ユージーンだっけ」
「ユベールだよ、様つけろ、様」

 俺は唇を吊り上げた。

「残念ながら俺、もう公爵相当の栄誉教授なんでね。君より身分は上なんだ」

 明らかに気分を害した相手を鼻で笑い、立ち去ろうとした時、声が追いかけてきた。

「でも、中身は平民だよね」

 俺は嘲りを含んだ言葉に立ち止まり、再び相手を睨みつける。

「何が言いたい?」

 ユベールは意地の悪い笑顔を崩さず、俺に言った。

「子供だよ、侯爵家の後継者。君とノエルの間にまだ出来ないだろう?」

 人の妻を呼び捨てにするな!

 イライラが絶頂を迎える。

 この議員バッジを付けた野郎は、学生時代から俺の妻を狙っていた不届き者だ。

「あんたには関係ないだろ?」

 俺が吐き捨てると、ユベールがすかさず言い返す。

「大ありだね。もう結婚して三年目。議会は、三年を経て子が出来ない夫婦の離婚と、違う相手との再婚を奨励してんだぜ?」
「その議案を推したの、あんただろ?」

 ユベールは大袈裟におどけた。

「まさか! 陛下の意向だよ」

 しかし、ちょっと考えてから付け足す。

「まあ、俺は独身だからさ、君たちが離婚したら、すぐにノエルに結婚を申しこむつもりだ」

 俺はギリッと奥歯を噛み締める。こいつ、まだ諦めていないのか、しつこいやつめ。

「奨励だ。命令じゃないだろう!」

 そう吐き捨ててから、逃げるようにその場を立ち去った。

 俺自身、気にしていたことだ。

 貴族との結婚資格を手に入れても、魔力の無い平民との間に子供はできるのか。

 もちろん、できる。

 むしろ理論と統計では、魔力の強い貴族同士の結婚より、貴賤結婚の方が妊娠する可能性は高まるはずなんだ。

 でも、俺の妻はブーシャルドン侯爵家の嫡子。魔力がアホみたいに強い。

 俺の種子は、彼女の子宮の中で燃やされてしまっているように思える。

 後継者なんて、いなくたって構わない。元々孤児の俺は、何一つ持たなかった。俺にとって、妻のノエルを手に入れただけで、十分だった。

 だが俺を引き取り、ノエルとの結婚資格を与えてくれたノエルの両親──ブーシャルドン侯爵夫妻はどうだろう?

 それに、誰よりも貴族であることに誇りを持っている妻は?

 ノエルの次の当主がいなければ、領地も爵位も国に返上しなければならない。

 長年受け継いできた、あの西の広大な領地を──。


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