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本編

一人ぼっちの卒業パーティ

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 思いきりお洒落をしました。

 柔らかくて薄い、クラッシックなエンパイアスタイルのシフォンドレスは、オートクチュールです。

 戦時下でなければ陛下も招待されるはずだった卒パなので、デビュタントを兼ねて色はホワイト。

 これだけだと、ハレンチ学園じゃないの? と年配の淑女には顔を顰められ、さらには、お洒落は我慢! と言いながら肺炎で華々しく散っていく令嬢たちまで出てくる下着のような薄さなのです。肩から暖かいミヤシカ産パイズリー柄の、毛織ショールを羽織りました。

 わたくしって、スタイルがとてもいいでしょう? 鏡に映ったわたくしは控えめに言っても、真冬の夜のエンジェル、海辺のマーメイド、下界に降臨した女神。

 我ながら、ポエムを作れそうなくらい美しいですわ!

 そもそも貴族というのは、暴飲暴食さえしなければ、とても整った体型をしているのです。

 デブーノ子爵令息がレアなのですわ。

 寮に呼んだカリスマ理容師に、自慢の青い銀髪をハーフアップにしてもらい、残りはクリンクリンに巻いて背中に垂らしてもらっています。

 後頭部は瞳と同じ色のアメジストを縫い込んだ、レースのヘッドドレスで仕上げました。

 ちなみにアクセサリーは、中等科時代にアレクから貰った紫水晶のチョーカーを選びました。

 「まるで、犬の首輪みたいね」とわたくしが言ったら、黒い瞳をなぜか泳がせていた、子供のおもちゃのような安っぽいアクセサリーです。

 だけど、わたくしが身に付けるとすごく高級な品に見えるから、不思議ですわね。

 あのもっさり眼鏡のアレクが、どんな顔でお店に入ってアクセサリーを選んだのかしら。

 想像したら、わたくし胸が熱くなって、これを一生の宝物にすると決めたのです。

 ポロッと涙が頬を伝いました。

 途端、背後からカリスマ理容師にスパーンとスリッパで頭を叩かれました。

「メイクが崩れるぅうっっ!」

 ……あれ……わたくし侯爵令嬢ですわよね?

 でも、鬼気迫る顔で身支度を整えてくれる彼女に悪いので、がんばって涙腺を引き締めました。



 皆が連れ立って講堂に向かう中、わたくしは一人です。別に恥ずかしくはありませんのよ?

 わたくしのように、パートナーを作らずにパーティーに赴く方たちも、もちろんいますから。

 まず、落第確実な方。さすがに相手をお誘いするのは、格好がつかないのでしょう。

 卒業できないのに卒パってなに? みたいな。

 これ、意外にも貴族や裕福な中流階級に多いんですの。平民は学費がかかっているので、必死で勉強しますからね。

 そして、好きな相手から断られた方。

 誰でもいい、というわけでもないのでしょう。そういう場合は、会場でお互いフリーの相手を見つけ合うのです。

 あ、でもパートナーがいても、ダンスに誘うのはオッケーなんですのよ?

 途中で乗り換えるのは、けしてマナー違反ではないので、けっこうギスギスしております。

 ベルトラン様とユベールさんも、パートナーを連れておりません。わたくしがお断りしましたから。

 ……ちょっと罪悪感ですわ。

 ベルトラン様はもちろんのこと、今のように前髪を上げて眼鏡を外したユベールさんも、どう見ても引く手あまたですのに。

 目が合うと、ベルトラン様には手を振られ、ユベールさんからはウィンクされてしまいました。

 もう……何考えているのかしら。

 わたくしは赤くなって、プイッと顔を逸らしました。

 でも、思うのです。

 愛されてそれに応える方が、どれほど自分的には楽だったのかしらと。

 まあ……仕方ありませんわね、わたくし侯爵家の嫡子ですし?

 妥協なんて、できるはずもございません。

 ……って、なにかとこのプライドが邪魔して、口を開けば素直な言葉など一つも出てきませんでしたが、せめて心の中は──自分の気持ちには正直でいたいのですわ。


 アレクはまだ会場に来ていません。もうすぐダンスが始まってしまいますわ。

 アレクにとってはバカバカしいかもしれませんが、この舞踏会、落第しそうな方含め、全員出席が義務付けられているのですわよ?

 キョロキョロしたけれど、それっぽい方は見当たりません。

 卒論の提出が、間に合わないのかしら。

 ちょっとドキドキしてきました。

 え、落第???

 まあ、アリスさんと一緒に来るところは見たくないですけれど……。

 そう言えばアレクって、どんなふうに踊るのかまったく想像もできないわ。

 一応、男性パートと女性パート、それぞれ練習の時間があるはずなのですが、アレク、絶対そういうの出てないでしょう?

 少し心配ですわね。

 無理矢理連れ出して、教えればよかったわ。パートナーじゃなくたって、アレクの面倒は最後までみなければならないのに、わたくしったら。

 もちろん「研究の邪魔するな」って言われたら、どうしようもないのですけれど……。

 深い息をついて、壁際の椅子に座り込みました。

 胸元切り替えのエンパイアドレスは、すっきりして楽です。

 ただ、生地に響くしっかりしたコルセットを今日は付けていないので、自分で背筋をシャンと伸ばさなければなりません。

 あら、もちろんわたくしの背中は、鉄板でも入っているんじゃないかってほどいつも真っすぐなので、問題はございませんわよ?

 貴族令嬢はみなさん、思い思いのイブニングドレスを楽しんでらっしゃいます。

 毎年かならず、ばかでかいクリノリンで膨らませたスカートで場所を取る方がいるようですが、今年も数人、殿方に手が届かず踊れなくて困っているようです。

 ハム袖ならぬパフスリーブも、世紀末みたいな肩幅になってますわ、デカすぎですわ!

 みなさん、張り切っているのは分かるのですが……。


 開催の鐘が鳴り、一瞬静まり返ったと思ったら、管弦楽団の演奏が始まりました。

 四人一組のスクエアダンスカドリーユから、スタートです。
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