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本編

濡れ衣ですわ!

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「あ、俺も見た。アレクの研究室から飛び出してきた」
「なんか、胸元に何か隠して、勝ち誇ったように笑いながら走っていったよね」

 次々とクラスメイトたちに言われ、沈黙してしまいます。

 すぐにどういう意味か分かり、わたくしは怒気を露わにして、彼らを睨みつけました。

「あなたたち、何が言いたいの?」

 わたくしの視線を避けるように、みなさん俯きます。

「このブーシャルドン侯爵家のわたくしが、アレクの論文を盗んだとでも?」

 アリスさんが彼らに代わり、眉を吊り上げて言い返してきました。

「だってノエル様、中等科でアレクの課題、破ったことあるのでしょう?」

 ええ、ありますわ。だってアレクがかまってくれないから!

 アリスさんが目を潤ませて、抗議してきました。

「それにアレクの卒研も、無理矢理やめさせようとしてたわ」

 侯爵家は後見人ですもの! アレクの健康が第一──

 ……。


 ……あら?


 わたくし、ちょっと立場が不味くないかしら? 前科ありだし。

 こくりと唾を飲み込みました。その時、

「お嬢様、昨日、俺の研究室に来たんですか?」

 と、アレクに静かに聞かれました。前髪の奥で、眼鏡が光っています。

「なんでそんなこと……。黙って入ったんですか?」

 だって、チュッチュしたくなって……それに鍵が開いてたんだもの!

 ……いえ、悪いとは思ってるわ。

 まさか女性を連れ込んでるとは、思わないじゃない? わたくしのこと大好きなアレクが。

 でもアレク、あなたまでわたくしが論文を盗んだと思っているの? わたくしが、卒研をやめさせようとしたから?

 ぐぐぐっと悲しみが込み上げてきましたが、残念でしたわね。

 わたくし、人前で泣くような無様な真似は、いたしませ……めったにいたしませんのよ。

 わたくし、腕組みをしてツンと顎を上げました。

「いいわ、皆さん。そんなに疑うなら、わたくし逃げも隠れもしませんわ!」

 毅然と言い放ちます。

「わたくしの寮のお部屋や、わたくしの手荷物、ロッカー、そしてわたくしの身体をすみずみまでお探しなさい」

 平民男子御一行様が、ざわつきはじめました。

「え……女子寮行っていいの?」
「ロッカーいい匂いしそう」
「身体検査とか……脱がせてからってこと?」

 わたくしは、自分のレッスンバッグの中身を机の上にバサッとぶちまけました。

「さ、ごらんなさいっ!」

 勉強道具と一緒に、使い捨ての木のフォークやら、食べ物の包装紙やらが飛び出しました。

「意外に雑──」
「令嬢なんだから、整理整頓しろよ」

 う、うるさいですわよ! 

「あれ? この包装紙って──」

 モブ平民の一人が、包装紙ゴミを摘まみ上げました。

「これ、この前アレクが食べてた限定イチゴジャムカレー焼きそばパンの包装紙じゃないの?」
「こっちの飲み物のパックも、アレクしか飲まないくっそ不味いアボカド玉子シェイクじゃね?」

 わたくし、しまった、とばかりにアレクを振り返りました。

 アレクの研究室から出るゴミ箱、漁ったのがバレてしまいますわっ。

「まさか、このフォークやスプーンも──」
「た、たしかにアレクのですけれど、間接キスとか邪な気持ちはありませんわ、エコですわ! 洗ったらまた使えるじゃない!」

 なんだか辺りがドン引いているのは、気のせいかしら。

 わたくしが、アレクコレクションのお宝箱を持っていることがバレましたの?

 確かに、前に借りた制服の上着はそのままパクッて、寝る時に匂いを嗅ぎながら眠りについていますけど、アレクにはちゃんと新しいブレザーを新調して返しましたわ!

 それに、よくご覧になって? アレクの論文なんて入ってないでしょう!? とにかくまず身の潔白を証明しますわっ!

「さあ、身体検査でもなんでもなさいったら!」

 わたくしが手を広げると、デレデレした顔で数人の男子生徒が近づいてきました。

 両手を広げ、わしわしニギニギしているのはなぜかしら?

「あ、はい、ノエル様。では僕はスカートのポケットを失礼します」
「俺は上着の内ポケットを──」
「それでは拙者はハイソックスの中をお調べいたそう!」

 ちょ、お待ちなさい。なんですの、そのいやらしい手つきと顔つき!?

 そういう邪な気持ちなら──。わたくしが焦って前言撤回しようとした、その時です。

 バンッと強く机の上を叩く音がしました。わたくしを含め、みんなビクッとなります。

「その必要はない!」

 アレクのキッパリした声。

「アレク、でもわたくしの潔白を証明しなくては──」
「俺には時間が無いんだ、いい加減、面倒ごとを引き起こさないでください」

 アレクはため息とともにそう言い残すと、身を翻して立ち去ってしまいました。

 アリスさんがわたくしを振り返って、クスッと笑ってから、彼の後を追っていきます。

 わたくしにはそれ以上、引き止める言葉はございませんでした。

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