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本編
化学室
しおりを挟むわたくしは、人だかりのできている化学実験室に向かって走っていました。全身びちょびちょです。
自ら作った水の塊を頭から被ってしまったわたくしに、ベルトラン様が慌ててタオルを渡してくれましたが、それで拭く余裕もないくらい急いでいました。
だって、化学実験室にはアレクがいるのです。もし怪我でもしていたら──。
わたくしはパニックを起こしそうになりつつ、どうにか自分を宥めました。
大丈夫ですわ。
だってアレクは頭もいいし、強いし。平民だけど、無敵なんですのよ?
化学室の扉を開けると、黒い煙がもくもくと出てきます。
一瞬の躊躇もなく中に飛び込むと、煙の中に生徒たちらしき人影が倒れているのが、微かに見えました。
無事な生徒や先生方が、彼らを引きずって廊下に出そうとしていました。
「アレク!」
激しく咳き込みながら、それでもアレクを探しました。
だめだわ、視界が悪すぎて……。目に煙が染みて涙が止まりません。
わたくし、両手を打ち合わせ、体の核から魔力を呼びだしました。
本当は、わたくしのような学生が、ちゃんとした術の用意もなくやるのは、禁止されているんですの。
ベルトラン様はやっていましたが、とんでもない魔力を消費するのですわ。
だけどそんなこと言ってられませんものね。
詠唱を終えると、ふわっとつむじ風が巻き起こるのを見届け、ほっとしました。
黒い煙は散らされて、じょじょに化学実験室の中が見えてきました。
ほとんどの生徒が助け出されています。座り込んでいた生徒たちも煙が晴れたので、もう大丈夫そうですわね。
でも、肝心のアレクだけがいません。
「まさか、大ケガを?」
医務室に向かおうと振り返ると、どんっと顔面からぶつかってしまいました。背後に立っていた方に。
「お嬢様、なんでそんな恰好なんですか?」
呆れたような顔のアレクでした。黒くすすけた頬に、わたくし、思わず手を伸ばしてしまいました。
良かったですわ。せっかく孤児院で母と助けた命です。彼を護るのはわたくしの使命なのです。
「これ着てください」
アレクが珍しく動揺して、わたくしにジャケットを渡しました。わたくしが怪訝そうなのに気づき、アレクは咳払いして目を逸らしました。
「びしょびしょだから、ブラウスが張りついて……」
見下ろすと、びったりと張り付いた生地の下に、黒の下着が透けてしまっていました。
十七になった誕生日に、中等部時代のお友達である伯爵令嬢からいただきましたの。
貴族の令嬢の間で、大人の黒は大流行なのです。でもあくまでも、見えないオシャレ。はしたないですわ!
わたくしは、あたふたとジャケットを受け取りました。
「あら、気が利くじゃないの」
きまりが悪くてツンッと横を向きながら、アレクの匂いがするブカブカのジャケットを羽織りました。
煙臭い鼻の奥に、爽やかなコロンの匂いが入ってきました。うわぁ、いい匂い、アレクのくせに、コロンを付けているとか……なんだかこう、気が遠くなるような──あれ? おかしいですわ。
目の前が歪んできましたわ。
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