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ドキドキ初夜

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 結婚後、しばらく二人は王都に滞在することになった。

 関係者以外伏せられているとはいえ、痛ましい事件のあったテンネガルテ市の離宮は、新王太子夫妻が住むにはさすがに不吉である。

 そこで王家は、庭園を含めた土地と建物を民間に売却し、王室の財源を確保することにしたのだ。

 新しい王太子夫妻の宮殿の建設費は、ドゥクス家、イグニス家、ソルム家が結婚祝いとして出してくれることになったが、取り敢えず初夜が終わってからも、しばらくは王宮住まいである。


「初夜……」

 緊張のあまり、ガチガチになりながら、やけに透けたナイトドレスにもビビるジョセフィーナだ。

「間に合わせの狭いベッドで申し訳ございません。国王夫妻が初夜で使用したハート型ベッドはございますが、さすがに気持ち悪いですものね」

 と、侍女に謝られたが、吊り寝台に比べたら充分すぎる大きさだった。それどころか、公爵邸のジョセフィーナのベッドよりさらに広く、ベッドの上で一通りの生活ができそうなくらいだ。

 ジョセフィーナはその広いベッドの上にちょこんと座り、徐々に顔から血の気が引いていくのを感じていた。

 初夜というのは、ついに貫通するというわけで、もちろん彼女にとって初めてである。

 痛いのかな? とか、血がいっぱい出るのかな? という普通の生娘ならではの不安はもちろんのこと、女慣れしていそうなフェルナンドをがっかりさせるのでは、という緊張が加算され吐きそうだった。

 深呼吸。

 その時、

「殿下、まだご用意が──」
「うるせー、いいんだよ! そんなフリフリビラビラのダセェ寝巻きなんか着てられっか」

 廊下から侍女と言い争う声がした。来た、夫だ。

「あとお前ら、部屋の前に待機するな! 散れ!」
「しかし明朝、破瓜のお印のある敷布を窓から掲げなければ──」
「やだよ、前の王太子妃だってやってないだろ!」
「あの方とは婚前交渉があったのでしょう? ……はっ、まさか──」
「やってないって! ジョセフィーナがどれだけ高潔だと思ってんの?」

 一部使用人は事情を知っているのだろう。からかわれているのが分かった。

 しばし間があり、普通のガウン姿のフェルナンドが入ってきた。

 ジョセフィーナの顔は真っ赤だ。ガウンのはだけたところから、みごとな胸筋が……。

 フェルナンドはベッドの上に、白いナイトドレス姿のジョセフィーナを認めて、ピタッと固まった。

「……よお」

 軽い挨拶にジョセフィーナの緊張していた気持ちがほぐれ、微笑が零れる。変わらないですわね。

「わたくし、高潔ではありませんわ」

 もうフェルナンドとは、淫らなことをたくさんした。

 ただ、挿れていないだけ。

「ちょっと部屋暗くない?」

 柔らかいランプが四方に置かれ、ムーディな雰囲気にしてある。

「久しぶりだから、よく見たいのに」

 ギシッとベッドに座るフェルナンド。固まるジョセフィーナに向かって両手を広げた。

「おいで」

 胸に込み上げてくる何とも言えない熱い感情に突き動かされ、ジョセフィーナは彼の腕の中に飛び込んでいった。

 たくましい胸筋にしがみつきながら、ジョセフィーナは告白する。

「……わたくし、罪深いの」

 国民には伏せられたが、父が伯父に毒を盛られて亡くなり、伯父は伯母と無理心中、あげくセシリアは王太子に刃物を振るい、王太子は失明して気が触れたこと。

 ジョセフィーナは、その全てを知った今なお、幸せだと感じている。

「神託通り不幸がたくさんあったのに、それなのに……当のわたくしは……」

 フェルナンドが涙を拭ってくれた。唇で。

「わたくし……悲しいのに、嬉しいんです」

 チュッチュッと濡れた目元から頬へキスしながら、徐々に首筋へ、鎖骨へとフェルナンドの唇は移動していく。

「罪深いですわ」

 目を閉じて愛撫を受けながら、ジョセフィーナはため息まじりに呟いた。

「不幸を全て帳消しにしてしまいそうなほど、貴方にまた会えたことが嬉しくて、幸せすぎて……罪深い」

 フェルナンドが笑いを含んだ声で言った。

「俺のことだけ考えて」

 柔らかいナイトドレスの上から、無骨な手が乳房を掴んだ。

「悲しみなど忘れさせてやる」

 撫で回され、切ない吐息とともに乳首が起き上がるのが分かった。

「すぐ、尖る。コリコリしてる」

 つまんで揺すってくるものだから、ジョセフィーナの唇から甘い喘ぎ声が漏れた。

「くっそ」

 吐き捨てると、フェルナンドはジョセフィーナを乱暴に押し倒した。

「優しくできないぜ?」




 離れてから、色ボケした恋する乙女のように、寝ても醒めてもジョセフィーナのことばかり考えるようになってしまったフェルナンドだ。

 今まで彼の目の前に広がっていた血湧き肉躍る航海も、無味乾燥な世界に変わってしまった。

 アリリオから「大海賊ザッカーニアの秘宝を探しにいきやしょうぜ!」と誘われても、あっそう勝手にいけばと思った。

「青ヒゲ尻一発ゲームしやしょうぜ!」と、掟を破った水夫を樽に入れカットラスを渡されても、そんな楽しそうなイベントに何も感じなくなってしまった。

 ルナ神よ、ソル神よ、海神マレよ、なんでもいい。

 本当にいるなら、ジョセフィーナを俺にください。それができないなら、いっそ、ジョセフィーナという存在を知る前に戻してくれ!

 時が過ぎれば忘れると思っていたあの可愛い生き物は、一向にフェルナンドの心から消えてくれず、生き地獄のような日々だった。


 ソル皇帝が即位間もなく毒殺され、帝国が内戦状態に突入しても、一瞬イスハークの顔が浮かんだだけだった。

 帝国への私掠行為が禁止され、正式にミハスの海軍に戻っても、気がつくとイザベラ号の中でジョセフを探していた。

 ついにはミシェルから「徘徊老人か」と突っ込まれたくらい、艦内をウロウロしていた。

 そんな日々を送っていたある日、国王夫妻から王都に召喚されたのだ。

「今さら都合がいい話だが、王太子になってはくれないだろうか」

 夢ではないかと思った。
 
 憔悴した国王夫妻は、愛する王太子パトリシオの悲惨な姿に打ちひしがれ、捨てた子に負い目を感じつつ、それでも大役を押し付けてきたのだ。

 パトリシオは王室侍医の処置と献身的な治療で傷は良くなったが、暗闇に耐えきれず気が触れた。

 正確には、幼児退行してしまったようだ。

 へー、だから? ジョセフィーナを危険に晒したんだ当然の報いだろ。と、もしジョセフィーナがいなかったら断っていたかもしれない。

 俺なんて生まれてすぐ、殺されるところだったんだぜ?

 政務なんて宰相を置いて執らせればいい。グランデだって居るんだ。目が見えまいと気が触れていようと、パトリシオで国王は務まるだろうと……。

 しかしそんな男の子供を、ジョセフィーナに産ませるなんてできない。ジョセフィーナが気の触れた男に抱かれるなんて──。

 ──違う。

 関係ない。どんなご立派な男にだろうと、神様だろうと、ジョセフィーナはやれない。


 フェルナンドは二つ返事で受けていた。
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