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イスハークとの別れ
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ミハス島を出港した船はレガリア海軍として友好旗を掲げ、イスハーク皇子をソル帝国本土に送ることになった。
ジョセフィーナも、けっきょく強引に乗り込んできた。レガリア本国に送り込んだ総督の部下を待つ間だから、と言って……。
フェルナンドは、少しほっとしていた。
自分が航海に出ている間に、彼女の身の振り方が決まるのは嫌だったのだ。
いずれ別れるにしても、とりあえずは手元にいてくれれば安心感がある。もちろん、航海はある程度の危険を孕むので、喜んでばかりもいられないのだが。
とうに即位祝い期間は終わり、なごやかなお祭りムードが帝国の領海からは消えている。いつ帝国海軍から拿捕されてもおかしくない、ピリピリした航海であった。
「大丈夫だって、海賊に囚われていたのを保護したってことにすればさ」
イスハーク皇子だけがゆったり構えていた。
さらに皇子は、帝国領土の港湾都市をいくつか巡らせた。
「重要な人たちに会ってくるから、ちょっと待ってて」
と皇子に言われて港に残された時は、生きた心地がしなかった。停戦旗を上げているとは言え、錨泊中の敵国の船からジロジロ見られているようで、緊張してしまう。
「辻馬車代わりに使うなよ」
フェルナンドボヤいた。だが、皇子の目的を考えれば、こちらを裏切ることにあまり利は無い。それにジョセフィーナと共に居られる期間が長引くこともあり、待たされるのもそう悪くないかな、というのが本音であった。
そしてついに、帝都近くの港に到着した。ここでイスハーク皇子とはお別れである。
※
感慨深くて、思わず涙を零すジョセフィーナだ。
「もう……会えませんわね」
無理についてきてよかった。お別れを言えてよかった。ジョセフィーナはそう思った。
「私のハーレムに来たらいいじゃないか」
イスハークがこの期に及んで口説いてきた。
「お断りでゲス」
「喋り方!」
銀髪をかきあげ、辛そうに首を振るイスハーク。
「拒否されたら、レガリアを攻め落として君を略奪するしかないじゃないか」
ブラックジョークに、ジョセフィーナは思わずプッと吹きだしていた。
「なぐさめてくれようとしているのね、ありがとう」
「いや本気だけど」
あっけらかんと言われて周りが緊張する。
「だって君、私のことは好きだろう?」
皇子に言われ、ジョセフィーナは苦笑した。
「好きですわ」
目を剥くフェルナンドの横で、嬉しそうに唇を尖らせちゅーしようとしてきた皇子だ。ジョセフィーナは彼を必死で防ぐと、慌てて付け足した。
「好きの意味が違います! 仲間としてでやんす!」
船乗り用の言葉になってしまうジョセフィーナに、ちぇっと皇子は呟く。
「なんだよ。その他大勢みたいで嫌だな」
「だって、異国の話は本当に面白くて、楽しかったのですわ」
ジョセフィーナは微笑んだ。
「最初は辛かったけど、船上での生活もです。楽しくて、皆が大好きで」
「ふむ。そう言えば……責任がなくて、私も楽しかったな。飯はいまいちだったけど」
イスハークは、穏やかな目でジョセフィーナを見つめた後、見送りに出てきたレガリアの船員らを見渡す。
「本当に楽しかったよ」
皇子に対しても容赦無かったアリリオが、まるで仲間の船員が下船するだけのように、手を上げて応えた。
イスハークは水平線に視線を移し、それから顔を引きしめる。
「これから血なまぐさい道をひた走る私にとっての、いい余暇になった」
「おいおい、宣戦布告かよ? マジでレガリア落としに来るの? 今の国境より西はルナ教徒が多いんだ、苦戦するぜ?」
フェルナンドが呆れたように言うと、イスハークは首を振る。
「違うよ、国内でやることがある」
ジョセフィーナはその言葉にハッとなった。
「王家に生まれた者の責務さ。楽しんでばかりはいられん……。でもまあ確かに、次に会うとき、我々は敵同士かもな」
何か思うところがあったのだろうか、ジョセフィーナの表情も変わった。
「対話はそうならないためにあるものです。たくさんお話しましょうね」
ジョセフィーナが握手を求める。イスハーク皇子はため息をついてその小さな手を握りしめた。
そうして彼は、ネヴァルを連れて船を降りていったのである。
帰りは敵の海軍どころか、外国籍のおそらく私掠船と思われる艦や、本物の海賊船にも容赦なく狙われた。
だがそれらは、ジョセフィーナの風の力でなんなく防ぐことができたのだ。
ガレー船でもないのに、弱風や凪状態で猛突進してくる船は、さぞ不気味だっただろう。
ジョセフィーナは始終ドヤ顔であった。
一方で、風や海流を読むことを得意としていたアリリオは「俺もう要らなくないっすか?」と落ち込んでいる。
フェルナンドは、敵船を風圧で押し出して遠ざけてしまう出鱈目な氏神の力を見て、額を押さえてつつジョセフィーナに言った。
「神がかり過ぎる。魔女と疑われたのもちょっと分かるな」
ジョセフィーナも、けっきょく強引に乗り込んできた。レガリア本国に送り込んだ総督の部下を待つ間だから、と言って……。
フェルナンドは、少しほっとしていた。
自分が航海に出ている間に、彼女の身の振り方が決まるのは嫌だったのだ。
いずれ別れるにしても、とりあえずは手元にいてくれれば安心感がある。もちろん、航海はある程度の危険を孕むので、喜んでばかりもいられないのだが。
とうに即位祝い期間は終わり、なごやかなお祭りムードが帝国の領海からは消えている。いつ帝国海軍から拿捕されてもおかしくない、ピリピリした航海であった。
「大丈夫だって、海賊に囚われていたのを保護したってことにすればさ」
イスハーク皇子だけがゆったり構えていた。
さらに皇子は、帝国領土の港湾都市をいくつか巡らせた。
「重要な人たちに会ってくるから、ちょっと待ってて」
と皇子に言われて港に残された時は、生きた心地がしなかった。停戦旗を上げているとは言え、錨泊中の敵国の船からジロジロ見られているようで、緊張してしまう。
「辻馬車代わりに使うなよ」
フェルナンドボヤいた。だが、皇子の目的を考えれば、こちらを裏切ることにあまり利は無い。それにジョセフィーナと共に居られる期間が長引くこともあり、待たされるのもそう悪くないかな、というのが本音であった。
そしてついに、帝都近くの港に到着した。ここでイスハーク皇子とはお別れである。
※
感慨深くて、思わず涙を零すジョセフィーナだ。
「もう……会えませんわね」
無理についてきてよかった。お別れを言えてよかった。ジョセフィーナはそう思った。
「私のハーレムに来たらいいじゃないか」
イスハークがこの期に及んで口説いてきた。
「お断りでゲス」
「喋り方!」
銀髪をかきあげ、辛そうに首を振るイスハーク。
「拒否されたら、レガリアを攻め落として君を略奪するしかないじゃないか」
ブラックジョークに、ジョセフィーナは思わずプッと吹きだしていた。
「なぐさめてくれようとしているのね、ありがとう」
「いや本気だけど」
あっけらかんと言われて周りが緊張する。
「だって君、私のことは好きだろう?」
皇子に言われ、ジョセフィーナは苦笑した。
「好きですわ」
目を剥くフェルナンドの横で、嬉しそうに唇を尖らせちゅーしようとしてきた皇子だ。ジョセフィーナは彼を必死で防ぐと、慌てて付け足した。
「好きの意味が違います! 仲間としてでやんす!」
船乗り用の言葉になってしまうジョセフィーナに、ちぇっと皇子は呟く。
「なんだよ。その他大勢みたいで嫌だな」
「だって、異国の話は本当に面白くて、楽しかったのですわ」
ジョセフィーナは微笑んだ。
「最初は辛かったけど、船上での生活もです。楽しくて、皆が大好きで」
「ふむ。そう言えば……責任がなくて、私も楽しかったな。飯はいまいちだったけど」
イスハークは、穏やかな目でジョセフィーナを見つめた後、見送りに出てきたレガリアの船員らを見渡す。
「本当に楽しかったよ」
皇子に対しても容赦無かったアリリオが、まるで仲間の船員が下船するだけのように、手を上げて応えた。
イスハークは水平線に視線を移し、それから顔を引きしめる。
「これから血なまぐさい道をひた走る私にとっての、いい余暇になった」
「おいおい、宣戦布告かよ? マジでレガリア落としに来るの? 今の国境より西はルナ教徒が多いんだ、苦戦するぜ?」
フェルナンドが呆れたように言うと、イスハークは首を振る。
「違うよ、国内でやることがある」
ジョセフィーナはその言葉にハッとなった。
「王家に生まれた者の責務さ。楽しんでばかりはいられん……。でもまあ確かに、次に会うとき、我々は敵同士かもな」
何か思うところがあったのだろうか、ジョセフィーナの表情も変わった。
「対話はそうならないためにあるものです。たくさんお話しましょうね」
ジョセフィーナが握手を求める。イスハーク皇子はため息をついてその小さな手を握りしめた。
そうして彼は、ネヴァルを連れて船を降りていったのである。
帰りは敵の海軍どころか、外国籍のおそらく私掠船と思われる艦や、本物の海賊船にも容赦なく狙われた。
だがそれらは、ジョセフィーナの風の力でなんなく防ぐことができたのだ。
ガレー船でもないのに、弱風や凪状態で猛突進してくる船は、さぞ不気味だっただろう。
ジョセフィーナは始終ドヤ顔であった。
一方で、風や海流を読むことを得意としていたアリリオは「俺もう要らなくないっすか?」と落ち込んでいる。
フェルナンドは、敵船を風圧で押し出して遠ざけてしまう出鱈目な氏神の力を見て、額を押さえてつつジョセフィーナに言った。
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