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イスハークとの別れ

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 ミハス島を出港した船はレガリア海軍として友好旗を掲げ、イスハーク皇子をソル帝国本土に送ることになった。

 ジョセフィーナも、けっきょく強引に乗り込んできた。レガリア本国に送り込んだ総督の部下を待つ間だから、と言って……。

 フェルナンドは、少しほっとしていた。

 自分が航海に出ている間に、彼女の身の振り方が決まるのは嫌だったのだ。

 いずれ別れるにしても、とりあえずは手元にいてくれれば安心感がある。もちろん、航海はある程度の危険を孕むので、喜んでばかりもいられないのだが。

 とうに即位祝い期間は終わり、なごやかなお祭りムードが帝国の領海からは消えている。いつ帝国海軍から拿捕されてもおかしくない、ピリピリした航海であった。

「大丈夫だって、海賊に囚われていたのを保護したってことにすればさ」

 イスハーク皇子だけがゆったり構えていた。

 さらに皇子は、帝国領土の港湾都市をいくつか巡らせた。

「重要な人たちに会ってくるから、ちょっと待ってて」

 と皇子に言われて港に残された時は、生きた心地がしなかった。停戦旗を上げているとは言え、錨泊中の敵国の船からジロジロ見られているようで、緊張してしまう。

「辻馬車代わりに使うなよ」

 フェルナンドボヤいた。だが、皇子の目的を考えれば、こちらを裏切ることにあまり利は無い。それにジョセフィーナと共に居られる期間が長引くこともあり、待たされるのもそう悪くないかな、というのが本音であった。

 そしてついに、帝都近くの港に到着した。ここでイスハーク皇子とはお別れである。





 感慨深くて、思わず涙を零すジョセフィーナだ。

「もう……会えませんわね」

 無理についてきてよかった。お別れを言えてよかった。ジョセフィーナはそう思った。

「私のハーレムに来たらいいじゃないか」

 イスハークがこの期に及んで口説いてきた。

「お断りでゲス」
「喋り方!」

 銀髪をかきあげ、辛そうに首を振るイスハーク。

「拒否されたら、レガリアを攻め落として君を略奪するしかないじゃないか」

 ブラックジョークに、ジョセフィーナは思わずプッと吹きだしていた。

「なぐさめてくれようとしているのね、ありがとう」
「いや本気だけど」

 あっけらかんと言われて周りが緊張する。

「だって君、私のことは好きだろう?」

 皇子に言われ、ジョセフィーナは苦笑した。

「好きですわ」

 目を剥くフェルナンドの横で、嬉しそうに唇を尖らせちゅーしようとしてきた皇子だ。ジョセフィーナは彼を必死で防ぐと、慌てて付け足した。

「好きの意味が違います! 仲間としてでやんす!」

 船乗り用の言葉になってしまうジョセフィーナに、ちぇっと皇子は呟く。

「なんだよ。その他大勢みたいで嫌だな」
「だって、異国の話は本当に面白くて、楽しかったのですわ」

 ジョセフィーナは微笑んだ。

「最初は辛かったけど、船上での生活もです。楽しくて、皆が大好きで」
「ふむ。そう言えば……責任がなくて、私も楽しかったな。飯はいまいちだったけど」

 イスハークは、穏やかな目でジョセフィーナを見つめた後、見送りに出てきたレガリアの船員らを見渡す。

「本当に楽しかったよ」

 皇子に対しても容赦無かったアリリオが、まるで仲間の船員が下船するだけのように、手を上げて応えた。

 イスハークは水平線に視線を移し、それから顔を引きしめる。

「これから血なまぐさい道をひた走る私にとっての、いい余暇になった」
「おいおい、宣戦布告かよ? マジでレガリア落としに来るの? 今の国境より西はルナ教徒が多いんだ、苦戦するぜ?」

 フェルナンドが呆れたように言うと、イスハークは首を振る。

「違うよ、国内でやることがある」

 ジョセフィーナはその言葉にハッとなった。

「王家に生まれた者の責務さ。楽しんでばかりはいられん……。でもまあ確かに、次に会うとき、我々は敵同士かもな」

 何か思うところがあったのだろうか、ジョセフィーナの表情も変わった。

「対話はそうならないためにあるものです。たくさんお話しましょうね」

 ジョセフィーナが握手を求める。イスハーク皇子はため息をついてその小さな手を握りしめた。

 そうして彼は、ネヴァルを連れて船を降りていったのである。

 帰りは敵の海軍どころか、外国籍のおそらく私掠船と思われる艦や、本物の海賊船にも容赦なく狙われた。

 だがそれらは、ジョセフィーナの風の力でなんなく防ぐことができたのだ。

 ガレー船でもないのに、弱風や凪状態で猛突進してくる船は、さぞ不気味だっただろう。

 ジョセフィーナは始終ドヤ顔であった。

 一方で、風や海流を読むことを得意としていたアリリオは「俺もう要らなくないっすか?」と落ち込んでいる。

 フェルナンドは、敵船を風圧で押し出して遠ざけてしまう出鱈目な氏神の力を見て、額を押さえてつつジョセフィーナに言った。

「神がかり過ぎる。魔女と疑われたのもちょっと分かるな」

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