66 / 90
氏神の力
しおりを挟む
『風の氏神よ、ヴェントゥス家の星を預かる者の声を聞きたまえ、神界よりいでて我に力を貸したまえ』
ジョセフィーナは半眼を伏せ、海風に消されぬようよく響く声でそう命じていた。
大きな力を使う時は詠唱を省略せず、より声を大きくしなければならない。だからこそ危険を伴うこの力は、外で唱えてはいけないのだ。
とくにルナ教徒のいる前では。
どうしても心配で、船底から出てきたジョセフィーナが見たのは、炎を上げる船がまさにぶつかろうとしているところだった。
帆に風を当てるのだ。いやもう船体ごと風の力で運ぶ。大きな風の力を、早く! ヴェントゥスの氏神よ!
突風がジョセフィーナたちの乗った船を滑らせた。ガリガリと船底をこする音の後、とんでもない速さで船はその角度を変え、海流に逆らって走り出したではないか。
火船に乗っていたターバン姿の水夫たちも、あり得ない船の急旋回を唖然として見ていた。しかし、さすがに煙に巻かれて乗っていられなくなったのか、次々に海に飛び込む。
『風の氏神よ、我により大きな力を貸したまえ』
突風が、今度は古代語に導かれるように、ソル艦隊の方へと火船を押し出し始めた。自然の摂理に反してバックしてきた燃え盛る帆船を見て、彼らは猛烈に焦ったのだろう。露甲板でパニックに陥っているのが見えた。
なぜならその強い風は、彼らの乗っている船の帆には吹いてくれないのだ。船は動かない。逃げることができない。
バキバキメキメキと音がして、ソル帝国艦隊の中に火船が突っ込んだ。
それを見届けると、ジョセフィーナはへなへなと甲板に座り込む。
こんな大きな力は、特訓でも使ったことがなかった。
かつて一夜にして氾濫する川べりに土嚢を築いたとかいう、ソルム公爵家出身の王妃はすごいと思った。どれほどの体力と精神力を必要とするのか。
カルロス爺の特訓は厳しいと思ったが、ぜんぜん足りてなかったのだ。
なにが、王家を護るヴェントゥス家の公爵令嬢よ。なにが、王太子妃よ。
己の未熟さに歯噛みしたその時、ハタとなった。
恐怖に彩られた目で自分を見つめる乗組員たちに、やっと気づいたのだ。ジョセフィーナは、こちらを見ている彼らの顔を見渡した。
あらやだ、これはもう異端審問会決定ですわ……。そう思った。
披露のためかショックのためか、血の気がさーっと引き、身体が冷たくなった。そのまま意識が遠のき、ジョセフィーナは崩れるように格子蓋の上に倒れ込んでしまった。
ジョセフィーナは半眼を伏せ、海風に消されぬようよく響く声でそう命じていた。
大きな力を使う時は詠唱を省略せず、より声を大きくしなければならない。だからこそ危険を伴うこの力は、外で唱えてはいけないのだ。
とくにルナ教徒のいる前では。
どうしても心配で、船底から出てきたジョセフィーナが見たのは、炎を上げる船がまさにぶつかろうとしているところだった。
帆に風を当てるのだ。いやもう船体ごと風の力で運ぶ。大きな風の力を、早く! ヴェントゥスの氏神よ!
突風がジョセフィーナたちの乗った船を滑らせた。ガリガリと船底をこする音の後、とんでもない速さで船はその角度を変え、海流に逆らって走り出したではないか。
火船に乗っていたターバン姿の水夫たちも、あり得ない船の急旋回を唖然として見ていた。しかし、さすがに煙に巻かれて乗っていられなくなったのか、次々に海に飛び込む。
『風の氏神よ、我により大きな力を貸したまえ』
突風が、今度は古代語に導かれるように、ソル艦隊の方へと火船を押し出し始めた。自然の摂理に反してバックしてきた燃え盛る帆船を見て、彼らは猛烈に焦ったのだろう。露甲板でパニックに陥っているのが見えた。
なぜならその強い風は、彼らの乗っている船の帆には吹いてくれないのだ。船は動かない。逃げることができない。
バキバキメキメキと音がして、ソル帝国艦隊の中に火船が突っ込んだ。
それを見届けると、ジョセフィーナはへなへなと甲板に座り込む。
こんな大きな力は、特訓でも使ったことがなかった。
かつて一夜にして氾濫する川べりに土嚢を築いたとかいう、ソルム公爵家出身の王妃はすごいと思った。どれほどの体力と精神力を必要とするのか。
カルロス爺の特訓は厳しいと思ったが、ぜんぜん足りてなかったのだ。
なにが、王家を護るヴェントゥス家の公爵令嬢よ。なにが、王太子妃よ。
己の未熟さに歯噛みしたその時、ハタとなった。
恐怖に彩られた目で自分を見つめる乗組員たちに、やっと気づいたのだ。ジョセフィーナは、こちらを見ている彼らの顔を見渡した。
あらやだ、これはもう異端審問会決定ですわ……。そう思った。
披露のためかショックのためか、血の気がさーっと引き、身体が冷たくなった。そのまま意識が遠のき、ジョセフィーナは崩れるように格子蓋の上に倒れ込んでしまった。
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【R18】女海賊は〇されて提督の性〇隷にされました!?【R18】
世界のボボ誤字王
恋愛
海賊に妻を殺され復讐を誓う海軍提督アーヴァイン。
拿捕した海賊船『月光』の首領が女であることを知り、妙案を思いつく。
この女を使って憎き妻の仇をおびき出してやろう。
アーヴァインはそう決意するが――。
※ムーンでは「パイオツシリーズ」第一弾です。(タイトル伏字に修正します)
【完結】冷徹宰相と淫紋Hで死亡フラグを『神』回避!? ~鬱エロゲー溺愛ルート開発~
愛染乃唯
恋愛
ブラック企業OLだった私は、大ファンだった鬱エロゲーの世界に転生した。
目的は、推しの男性キャラを救うこと。
そのために神様から授かった力は、ただひとつ。
押すと目の前の人間に淫紋が浮かび上がる、「まぐわえボタン」だ。
禁欲的な冷徹宰相ヴィンセントに淫紋をつけ、ボタンの力で彼を死の運命から救うのだ!
そんなこんなで、異世界転生主人公がボタンを押しながら死亡フラグを回避していくのだけれど……というお話です。舞台となる宮廷の治安は最低、主人公の中身は二十代後半で外側は十九歳です。
本編完結しました!
番外編も思いついたら書きたいです。
恋愛小説大賞に参加中ですので、気に入ったら投票よろしくお願いします。
R18シーン☆
暴力シーン★
ボタンR18シーン★☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる