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船長呆れる
しおりを挟むフェルナンドが疲れ切って船長室に戻ると、新入りのガキ──ジョセフが蹲って泣いていた。うんざりしてしまった。
なぜかアリリオは、このガキを押し付けようとするのだ。子供は好きだが、かと言って船長の仕事は子守りじゃない。
こっちはあの態度のデカい捕虜の皇子様に、待遇が悪いと罵られてきたばかり。
あの我儘皇子め、飯を食わせてやったのに、キャビアとフカヒレはどこだ、これだから海賊は、これだから野蛮な白人は、バーカバーカ、とさんざん文句を言われ、ブチ切れる寸前で部屋に戻ってきたのである。
しかしながら、泣いている子供を無視できず、フェルナンドは彼の近くにしゃがみこんだ。
「……なんなの?」
「ひっく、うっく、アリリオさんに、じゃ、邪魔だから、船長室にいなさいって……言われたでがんす」
見れば、両手を包帯でぐるぐる巻きにされている。
「どうしたのそれ」
「針で刺して……」
フェルナンドはああ、と深い息をついた。
「もうさ、なんか分かっちゃったんだけど、おまえ貴族だろ? それも相当な家柄の」
「うぇぇえ!? そんなことないでげす!」
泡を食っている。船の上では役立たずほど迷惑な者はない。
「アリリオが言っていたけど、船の飯が食えなかったらしいじゃねーかよ」
「だって、パンとか言って出されましたけれど、固くてわたくし──オラ、歯がかけるかと思ったでゲス、あと食器の使いまわしとかうっ……うおろえぇえっ」
フェルナンドはイラッとなる。ソル帝国の皇子か!
「言っとくが、内海の航海はさ、遠洋航海にくらべて食べ物はすごーく良心的なんだぜ?」
びっくりして顔を上げるジョセフ。
フェルナンドはうっと怯んだ。アースアイが涙でキラキラしていて、これは男色家に売ればかなりの値が付くだろうな、と計算したくなった。
「南北の大陸に挟まれてるんだ。島影も多けりゃ寄港地も多い。帆を見つけりゃ、現地の人間がカヌーで野菜や果物を売りつけにくる。新鮮な食料が手に入るってことは、キャベツの酢漬けやライムジュースを飲まなくたって、壊血病にはならねーし、飲み水もダメになる前に補給できるわけ。肉だって噛めないような塩漬け肉じゃなかっただろ? それに波は基本穏やかで嵐にもそれほど遭わない、快適なはずだがな」
彼ら水夫がパンと呼んでいる代物は焼しめたビスケットだが、それだって虫が湧く前に補給できる。歯が欠けるほど固くもないし。
それに、海賊団と名乗ってはいるが、フェルナンドの船は海軍の組織を参考にしている。掟は軍の規律より厳しく、その多くは清潔を保つためのものだ。
船底に溜まる汚水はすぐに放出、噛み煙草すら禁止である。
乗組員には週一回の風呂を義務付け、港になかなか寄れない時すら、海の中に帆布を入れて鮫対策をしたプールを作り、海水でゴシゴシやらせる。
だから船特有の臭いはそう酷くないはず。
海軍と違うのは、賭け事や女遊びなどの娯楽をなるべく許容しているところだ。危険な海賊行為に対する報酬のようなものである。
だが港で娼婦を連れ込むときは、病気対策と避妊対策の薬を配ってやっている。これは船内の医師が調合できるから無償でだ。
さらに髭を生やしたり髪を伸ばしたりするやつには、シラミ対策で石鹸を購入させている。働きに応じた分け前──給料から支払わせ、買えないやつは丸坊主だ。
極めつけは、マッドサイエンティストと呼ばれている船医。ミシェルはフランキー王国の革命後に亡命してきた王党派の医師だ。
ちょっと頭がおかしいが、おそらく感染症対策の知識や外科手術の腕は、陸の医者よりよほど上だろう。石炭酸で傷口をしっかり消毒し、多くの乗組員の命を救っている。
上陸した島で新しい植物を発見しては、そこから新薬を開発する天才だ。受診した時に運悪く麻酔薬代わりのアヘンでラリっている時には、たまに手足をぶった切られたが……。
「陸の孤児がこぞって乗りたがる、いい海賊船さ」
自分の船の良さをアピールしたが、新入りは泣き止まない。
「た、たしかに、ぐすっ、弟くらいの年齢の子たちが、数人乗ってましたでがんすね」
鼻水をすするジョセフィーナ。
「あの子たちに、水夫に向いてないってバカにされたのですでやんす」
フェルナンドは首を傾げる。
「……なにしたの? 策具に足ひっかけて転んだ?」
「スカーフがうまく頭に巻けなくて、目まで隠しちゃって、マストにぶつかって気絶したでゲス」
髪の毛隠しなさいってあれほど言われたのに、とグスグス鼻をすする少年を見て、フェルナンドはもうなんていうか、こいつは全然ダメだと思った。
「水夫に向いてるとか向いてないとかじゃなくてさ、お前、生活能力がゼロなんだよ」
「なんですって! いや、なんゲスって!」
と、小僧が泣きぬれた顔を上げた。
……顔はすごく可愛い。もうケツ掘られ要員になる未来しか見えない。ああ、だから船長室で匿えってことか。
「なるべく、一人でいないように。顔にバッテンの傷がある水夫には近づくなよ。夜はアリリオが言うように、ここで寝ろ」
「でもハンモックに乗れなくて」
「あああくそ、俺の吊り寝台貸してやるから! 俺がハンモック使うよ」
この坊ちゃまの身元が分かったら、たんまり謝礼をもらうしかない。うん、これは保護だ。フェルナンドはそう思うことにした。
早く寄港地で下船させよう。
そう言えば、すっかり忘れていた。艦内に潜り込んでいる娼婦もだ。見つけ出さなければ。
ふと、もう一度あの娼婦に会ってみたくなった。ワインも手伝い、添い寝のおかげで久しぶりにぐっすり眠れた。娼婦が傍に居て眠れたことなど一度も無かったのに。
彼女とやった記憶がないのはもったいない気がした。
どいつが匿っているのか知らないが、没収だ。会って、顔を見て、抱きしめて、もう一度……。
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