上 下
93 / 98
別れと始まり編

リンファオの決断

しおりを挟む


「おまえの里、壊滅させといたから」


 アーヴァイン・ヘルツについでのように言われ、リンファオはその冗談に、笑うべきか怒るべきか迷った。

 何その、おまえの弁当食っといたから、みたいな軽い言い方。

 しかし彼の顔があまりに平然としているので、リンファオは思考停止し、しばらく固まってしまった。

 やがて、おずおずと聞きなおす。

「え?」

 なんだろう、この男。私がウケると思って言っているのだろうか。

「おまえの里、壊滅させといたから」

 同じことをもう一度告げられ、眉を潜める。冗談はその割れた顎だけにしろ、そう返そうとして遮られる。

「冗談で言ってるわけじゃねーぞ」

 リンファオはしばし絶句した。

「か、壊滅?」
「うむ」
「土蜘蛛が、皆殺しにされたってこと?」
「……ああ、そんな感じ?」

 冗談としか思えない。そんなこと絶対に無理だから。

 アーヴァインは、世間話のように語って聞かせた。

 土蜘蛛の巫女目当ての異能者たち全集団に声をかけ、さらにはアリビア軍と装備まで貸し与えた、と言うではないか。

「うちの情報部は有能でな。お前がニコロスの手先になっておイタをし始めた頃、サイ国にすぐ渡ってもらった。古文書や伝承を金に糸目を付けずに閲覧させ、異能者の裏事情を調べさせたのさ」

 具体的な話を聞き、混乱した頭に、もしかして本当なのだろうか、という考えがよぎる。

「なんで……」
「だって、お前みたいな奴らがウジャウジャ居たら、困るだろ?」

 と、やはり軽い調子で応えられた。リンファオは、間抜けな半笑いでもう一度聞いた。

「え? あの……本当のことなの?」

 乾いた声。嘘と言って欲しいのか、本当であってほしいのか。

 アーヴァインは呑気にタバコをふかしている。

「ああ、壊滅させたのが? だから、本当だって。おまえが帝都の土蜘蛛を殺したから踏み切れた」
「できるわけ……ないじゃん」
「信じるか信じないかは、お嬢ちゃん次第です」
「……」

 ──里がもう無い。

 にわかには信じられない。でも、冗談めかして言った彼の目は笑っていない。これは……。じわじわと驚愕が襲ってくる。本当に? 景色が揺れた。気が遠くなった。

「巫女や、稚児たちまで?」

 蒼白な顔で言った途端、今度は吐き気がこみ上げてきた。

 小さな、可愛い稚児たち。貴重な貴重な土蜘蛛の剣士と巫女の卵。柔らかい、小さい、愛すべきものたち。

 メイルンと子供は?

「いんや、女は報酬なんでね。始末させる気はなかった。好きにしろ、と言ったが……あと子供たちは、軍の研究機関に引き渡してもらう約束だったんだ。……ところがだ」

 アーヴァインはタバコを握りつぶすと、まだ少女のような顔立ちの土蜘蛛の剣士に近づき、その顔を覗き込んだ。

「女子供はもちろん赤子も全員、石になったってさ」

 リンファオが目を見開いた。

「俺にはそんなこと信じられんかったが……。しかし、現場には水軍の信頼できる部下も派遣している。俺はね、幽霊とか怪談話とかには興味ない。でも部下は信用する。だから──本当だと思う。辺りがどんどん石化しだして、即座に兵を谷の外に撤退させたらしいぜ。山崩れまで起こって、命からがら逃げ出したって……で、そんなこと可能なのか?」

 リンファオは固く目をつぶった。こっちだって信じられない。すっかりただの伝承だと……。

(巫女の滅びの歌だ)

 巫女たちにのみ伝えられてきた、絶対に歌ってはいけない歌がある。文字により継承され、集団で歌えば周囲に居るものにまで、影響を与える。……おとぎ話程度に、思っていた。

 皆、石になったのか。

「なるほど……お前の顔を見る限り、可能らしい。なんかもう、すごいな、東の大陸の少数民族ってやつらは。服だけ残して塵になるとかさ。妖怪っつーか、神様っつーか。俺がサイの王なら追放なんてせずに、飼い殺しにするんだが」
「無理だよ。繋ぎ止めておくには、国庫が破綻するほどの年俸を約束しなきゃ」
「金だけじゃないだろ。争乱を求めて身売りするマニア集団め」

 アーヴァイン・ヘルツは軽い調子で言いつつも、少女の涙を指で拭ってやった。

 いつの間にか、リンファオの目からポロポロ、涙がこぼれ出していた。リンファオは慌ててその手を振り払い、背中を向ける。

「稚児たちを引き取って、どうする気だったの? まさか、その飼い殺しってやつ? 洗脳して、私みたいに殺しに使うつもりだった?」

 きつい口調で言ったが、アーヴァインは肩をすくめて何でもなさそうに言い返す。

「心外だな。洗脳を解いてやろうってんだ。鉄の神だか何だか知らんが、宗教なんて洗脳だろ? あと子育ても、一種の洗脳だ」
「子供を育てたこともないくせに」

 リンファオは怒った。あ、でも……。

(それは私も同じだ)

 アーヴァインは、後ろから手を伸ばすと、また涙を拭ってくれた。いつになく優しい。

「仕方ないだろ、子育てするつもりだったのに、あいつに殺されちゃったんだからな」

 アーヴァインの言葉に、ちょっと苦痛が宿った。珍しい。

「大人の剣士は根絶やしにさせた。情は無くても、融通が効かない奴らだ。プロ意識が高すぎて、皇帝を倒した俺たちには与しないだろうからな」

 自分達が使えないならば、あのまま生存されていては困る。

 他のどんな勢力にも、彼らの力を利用されたくない。

 滅びるまでいかなくても、異能者どもと同士討ちし、その数を減らしてくれればありがたい。

「そういや、一人赤子を連れて石化から逃れようとした女がいたらしい。リョスクとか言う巫女だ。お前知り合いか?」

 リンファオは首を振った。

「分からない。他の村とは、あまり交流が無いし、各自、絶対に訪れてはならない村もある」
「何で?」
「血が近すぎる者の、交配を防ぐため」

 アーヴァインは肩をすくめた。近親相姦。犬猫と一緒だな。さすがにそれは口にしなかった。

「その女めがけて、蛟が殺到した。近くに居た土蜘蛛の剣士が、奪われるのを恐れて殺したらしい」

 リンファオは目を瞑った。もう聞きたくない。

「石化したり、塵になったり。剣士はほぼ絶滅したわけだろ? お前たち家族にもう危険は無いと思うが、人数を把握していた訳ではない。不安なら、西の新大陸にツテがある。おまえもそこに移住して家族で暮らせよ」

 リンファオは背中を向けたまま、目をぱちくりさせた。

「え?」
「え? って。俺だって約束くらい守るさ」

 どんだけ鬼だと思ってるんだ、とアーヴァイン・ヘルツがにんまり笑う。

「解放してやると言ってるんだ。ヘンリー・アターソンの後継者であるオタクどもは、まだ国内にうじゃうじゃいるし、おまえの旦那の発明は今後一人歩きしていくだろう。おまえの旦那はもうここには不要だ。っていうか、頭が役たたずだしな」

 いちいち言い方が悪い。

「私は役立たずじゃないよ」

 リンファオは振り返ると、咄嗟に言っていた。

「もしよかったら、護衛として雇わない? あんた嫌なやつだし、いろいろ恨まれてるでしょ? 守ってやるよ。まあ、殺しはごめんだけど」

 驚愕して目を見開くアーヴァイン・ヘルツ。リンファオは少し笑ってみせた。

「私は、彼らと一緒には行けないんだ。手がさ……その……血だらけだから」

 彼らの記憶から、自分は消えている。でも、それでいい。妻であり母である自分が暗殺者だったなどと、彼らは知らないですむのだ。

 思い出されない寂しさなど、自分が我慢すればいいだけ。

 また、ポロッと涙がこぼれた。

 アーヴァインは、短く刈り上げた頭をガリガリとかく。

 あれほどのことをさせておきながら、女の……子供の? 涙には弱いらしい。

「まー、俺のところで働けば、色々忘れられるほどこき使ってやるよ。家族は何処に住まいをやろうか? 里は無いんだからもう安全だと思うが──本土に置いて近くで守らせるか?」
「西の大陸に。ぢ、近ぐにいにゃいほうぎゃいっいぐっ」
「そだな。会いたくなっちゃうものな。じゃあ……そこまで送っていく護衛として、お前を使わすよ。最後の別れをしてこい」

 アーヴァインはそう言って、泣きじゃくる少女の頭を撫でた。

(土蜘蛛が泣かないって、誰が言った?)

 彼は片手でハンカチを探しながら、ため息をついた。ずっと泣かなかったやつが泣くのを見るのは辛い。

 こんな子供に同族殺しをさせるなんて、他に方法は無かったのだろうか。

(俺たちはどうしようもないな)
 
 アーヴァイン・ヘルツは宙を仰いだ。反省はしても、後悔はしない主義なのだが……。

 実は、一人、土蜘蛛の赤子を保護した。リョスクとか言う巫女が抱えていたらしい。

 軍の研究機関で育てて諜報員にでもしようかと思ったが、この少女がついてきてくれるなら、一緒に自分の養子にしてもいいかな。

 珍しく情が湧いてしまう、おじさんであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

【完】前世で子供が産めなくて悲惨な末路を送ったので、今世では婚約破棄しようとしたら何故か身ごもりました

112
恋愛
前世でマリアは、一人ひっそりと悲惨な最期を迎えた。 なので今度は生き延びるために、婚約破棄を突きつけた。しかし相手のカイルに猛反対され、無理やり床を共にすることに。 前世で子供が出来なかったから、今度も出来ないだろうと思っていたら何故か懐妊し─

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

溺愛されて育った夫が幼馴染と不倫してるのが分かり愛情がなくなる。さらに相手は妊娠したらしい。

window
恋愛
大恋愛の末に結婚したフレディ王太子殿下とジェシカ公爵令嬢だったがフレディ殿下が幼馴染のマリア伯爵令嬢と不倫をしました。結婚1年目で子供はまだいない。 夫婦の愛をつないできた絆には亀裂が生じるがお互いの両親の説得もあり離婚を思いとどまったジェシカ。しかし元の仲の良い夫婦に戻ることはできないと確信している。 そんな時相手のマリア令嬢が妊娠したことが分かり頭を悩ませていた。

夫が愛人を妊娠させました

杉本凪咲
恋愛
夫から愛人を作りたいと告げられた私。 当然の如く拒否をするも、彼は既に愛人を妊娠させてしまったようで……

処理中です...