上 下
50 / 98
蛟の隠れ家編

島めぐり

しおりを挟む


 小さな町や村がある小島には、少ないながら定期的に巡回船が出ている。

 だが、エメラルドグリーンの海の向こうには、人がまだ移住していない大小の無人島が無数にあり、そこに行くには、開拓者たちの船に便乗させてもらうしか無い。

 開拓者たちの働きで資源が見つかり、鉱山労働者が移住すれば定期便の航路が敷かれることになる。


 アンドレア・カーティスが船長を務めるイズーミル号は、これまでに貴重な資源が眠る島を五つ見つけ出した。

 小規模ながらも、帝国にとってはかかせない国産の硝石床や良質の鉄鉱石、銀をふんだんに含んだ鉛の鉱山となり、多額の謝礼金と利権の一部を賜ったのだ。

 よって利益を産み出すこの船は、どの開拓者のものよりもいい設備が積んである。

 乗組員は全員自分たちのことを好んで冒険家、または探検家と呼び、荒っぽさももちろん腕っ節も、海賊に匹敵すると自負している。

 だがその、外洋の大シケにも動揺しない屈強な男たちが、本土から乗せた客人に対しては、むしろ怯えたように近づこうとしない。

 船乗りは、不吉なものを嫌う。

――その男は、歩く死神のようだった。


「あそこには硫黄が眠っていると睨んでる」

 アンドレアは船首の甲板で風を受けている、長身の客人にあえて話しかけてみた。

 細身に象牙の肌。おそらく東人だろう。黒髪に、深いアメジスト色の瞳。服装はいたって普通の旅人の装いだ。

 しかし、その猫背に背負った一風変わった二振りの剣は、飾りではない。そうとう使い込んである。血を吸った禍々しい気配でわかるのだ。他の乗組員が話しかけないのも、頷ける。

「灯台元暗しってやつだ。無人島群でも、本土に近い岩だらけの島は、皆あまり興味がないらしい。俺たちも今まで、この辺りのゴツゴツした島々には食指が動かなかった。だが、そういうところに意外なお宝があったりするもんだ。これだけ本土から近ければ輸送費もかからないし、ボロ儲けできるぞ」
「……」
「もちろん何も出てこないかもしれない。もし何も無けりゃただの岩山だ。――ところであんた、何であんな島に用があるんだ?」

 猫背の男は変わらず無言だ。必要なこと以外、口を開かない。相槌すら打とうとしない。

 アンドレアは男の背後に立たないようにして、さらに近づくと男の顔を覗き込んだ。

 滅多に見ることのないような整った顔立ちだが、無表情と陰気な雰囲気でそれを隠していた。

「愛想は無ぇが、なかなかの……いや、かなりの色男じゃねーか。この辺では珍しい顔立ちだな。東の国の血が入っているんだよな?」

 またもや無言。口が利けないわけではないようだが……。ずっと遠くの海を眺めて物思いにふけっているところをみると、船が好きなのだろうか、とも思う。

 アンドレアは諦めたように肩を竦めると、その場を立ち去った。



 面を外しての隠密活動は初めてだ。ロウコは、もう十数ヵ所目かにもなる無人島めぐりを満喫していた。里を出てすぐに、南の諸島群に目星をつけ、捜索に入った。

 蛟の活動は広範囲だ。しかし、本土で暗躍する蛟の一部がいるとしたら、この近辺の無人島群に潜んでいる確立が高い。たとえ定期便がなくても、小振りな船を操船できれば本土に上陸できそうな距離。

 もちろん今回も無駄足になるかもしれないが、この開放感はけして不快ではないからかまわない。

 かつて経験したことのない、自由でゆったりした旅。

 もともと真面目な剣士では無かった。

 里の掟など破るのが快感ぐらいの、そんな不届きな神剣遣いだった。

 遠征時は各国の蒸留酒と不細工な女を試し、仲間たちと規律破りを楽しんだ。レン老師以来の天才と言われ、うぬぼれていきがっていた頃だ。

 それが今は、ランギョクの命を握られ、里の存続のためにはすべてを投げ打って対応しなければならない、里長の犬に成り下がっている。

 一族を監視し、里長の不利になるような物は全て取り除く。それが今の自分のやるべきことだった。

 帆船に乗って、鮮やかな緑色の海をぼんやり眺めていられるのは、中々心地いい。これほど穏やかな気持ちになったのは、まだ自分が犬畜生に落ちる前のことだ。

 もちろん、ずっとこんな任務なら飽きてしまうだろう。戦うために生まれてきた土蜘蛛の血が、平穏を遠ざける。自分の腕を試したい。そういう欲求は常に心の奥底にある。もし今から向かう島に蛟のアジトがあるなら、それはそれで気持ちは高揚する。

 蛟の戦士たちはやはり土蜘蛛と同じく、男しかいない。家族は持つが、女子供や引退した老人たちと、住む場所は異なっているという噂だ。

 戦士たちの棲む場所を当てれば、そこには強い人間しかいないということ。

 監視という退屈な仕事から解放されたのだから、あの娘に感謝したいくらいだ。さしずめ今の穏やかな気分は英気を養っている、とでも言ったところか。

(蛟のケンか……)

 自分を初めて抑え込んだ男だ。殺りがいがある。

 強い相手と戦うことは、土蜘蛛にとって至上の喜び。少しずつ力を失い、やがて剣士を辞めるしかなくなり、寿命が来て塵になるのを待つ。そんな死に方だけは嫌だ。戦いの中で命を落とすことこそ、天寿を全うしたと言える。

 だがいっそ――。ロウコは金の筋が見事に入った髪の少女を思い浮かべた。

 あの娘の処刑命令が出てくれれば……。

 それが一番の高揚感をもたらすことが、ロウコには分かっていた。

 番人になってからは、同族を殺すことも慣れた。神剣遣いが相手なら、他のどの敵と戦うよりずっと刺激があるし、今やランギョクの命を救う糧だと思えば、女だろうが赤ん坊だろうが無慈悲に殺せる。

(あの厄の子を殺すのは、俺であってほしいな)

 ロウコは口元に邪悪な笑みを浮かべた。

 一度は自分の凶刃から逃れた子供が、次はどれほど抵抗してくれるか楽しみだ。命と命を削りあう、本気の戦いになるだろう。それを考えると、性的興奮に似た昂ぶりを感じた。背筋がぞくぞくした。

(もちろん最後まで立っているのは俺だろうけどな)

 その爽快さを想像して、くっくっくと喉の奥から笑い声が漏れる。

 瞬間、船長のアンドレアと目が合った。憐れむような目で見ている。イカレてると思われたらしい。ロウコは慌てて咳払いし、視線を無人島に戻した。

 土蜘蛛特有の気配は感じない。それでも、今度は当たりそうな予感がした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

赤獅子王子と囚われ姫の戯れ【アルファポリス版】

みきかなた
恋愛
獅子のたてがみのような真っ赤な髪をした王子セインは、隣国に攻め入りその国の美しい姫を見初める。 武骨な王子と囚われの姫の一夜の物語です。

【完結済み】オレ達と番の女は、巣篭もりで愛欲に溺れる。<R-18>

BBやっこ
恋愛
濃厚なやつが書きたい。番との出会いから、強く求め合う男女。その後、くる相棒も巻き込んでのらぶえっちを書けるのか? 『番(つがい)と言われましたが、冒険者として精進してます。』のスピンオフ的位置ー 『捕虜少女の行く先は、番(つがい)の腕の中?』 <別サイトリンク> 全年齢向けでも書いてます。他にも気ままに派生してます。

【完結済み】運命の相手とベッドの上で体を重ねる<R-18>

BBやっこ
恋愛
『番(つがい)と言われましたが、冒険者として精進してます。』自作小説のR18版を展開します。恋愛感情が追いつかない主人公セリと、自分のものにしたいハーフ竜人ロード。肉体関係から始まって心が近くのはいつになるのか?ストーリーの時間系列で、思いつき投稿。 単独で読めるかな?と書き始めましたが、 『番(つがい)と言われましたが、…』[ファンタジー]とかぶる時間軸がありますので本編と合わせて楽しんでいただける部分もあります。キャラが少々違うのでそこのところも順次<※補足情報>載せます。

ゆたさん(♂)とシエル(♀)のお話

ゆみ〜
恋愛
突如性転換してしまった元男女の二人の生活の物語

雪うさぎ

恋愛
*エロいの苦手な方はダッシュで回れ右 どうやら私は異世界転生をやらかしてしまったようです。2度目の人生を異世界で、と言えばやっぱりあれですよね?転生チート! え?転生チートは無い? え?!無いの!? ☆チート☆加護☆聖獣☆獣耳☆

BL短編集②

田舎
BL
タイトル通り。Xくんで呟いたショートストーリーを加筆&修正して短編にしたやつの置き場。 こちらは♡描写ありか倫理観のない作品となります。

寝込みを襲われて、快楽堕ち♡

すももゆず
BL
R18短編です。 とある夜に目を覚ましたら、寝込みを襲われていた。 2022.10.2 追記 完結の予定でしたが、続きができたので公開しました。たくさん読んでいただいてありがとうございます。 更新頻度は遅めですが、もう少し続けられそうなので連載中のままにさせていただきます。 ※pixiv、ムーンライトノベルズ(1話のみ)でも公開中。

【R18】不埒な聖女は清廉な王太子に抱かれたい

瀬月 ゆな
恋愛
「……参ったな」 二人だけの巡礼の旅がはじまった日の夜、何かの手違いか宿が一部屋しか取れておらずに困った様子を見せる王太子レオナルドの姿を、聖女フランチェスカは笑みを堪えながら眺めていた。 神殿から彼女が命じられたのは「一晩だけ、王太子と部屋を共に過ごすこと」だけだけれど、ずっと胸に秘めていた願いを成就させる絶好の機会だと思ったのだ。 疲れをいやす薬湯だと偽って違法の薬を飲ませ、少年の姿へ変わって行くレオナルドの両手首をベッドに縛りつける。 そして目覚めたレオナルドの前でガウンを脱ぎ捨て、一晩だけの寵が欲しいとお願いするのだけれど――。 ☆ムーンライトノベルズ様にて月見酒の集い様主催による「ひとつ屋根の下企画」参加作品となります。 ヒーローが謎の都合の良い薬で肉体年齢だけ五歳ほど若返りますが、実年齢は二十歳のままです。

処理中です...