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研究特区編

ロウコの想い

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「あの少年は、まだ若いように思えますがね」

 蒼白な顔で去っていったシショウを見送ると、ロウコは里長に呟いた。

 若くてもシショウの実力ならば、逃げた巫女を捕まえるくらい造作ないだろう。

 そして、おそらくその場で殺すはずだ。

 なぜなら逃亡した里の者は、青虎の島に送られる。

 神獣に殺生与奪の権を与える。つまり、生きながら喰われということ。

 生き残ったとしても、どうせ差し向けられた番人たちからは、逃れられない。

 最終試験とちがって、たった一人を番人たちがこぞって殺しに行くのだから。

 シショウのように温情のある者なら、か弱き巫女をそんな恐怖に陥れたくないはず。

 自分の手で、一息に逝かせてやるだろう。

 ロウコは手の中で息絶えた巫女の、柔らかい身体を思い出した。

 喉元を裂かれ、白い衣を朱に染めながら、うつろな目がロウコを見上げたその時、彼の中で何かが壊れたのだ。

「……それに、なぜ逃亡者の名を知らせたんです? あの者は名を聞くことによって、よけいその同胞の死を意識し、生涯苦しむことになる」

 特に感情が篭った声ではなかったが、その目の光に微かな咎めの色が浮かんだ。

「俺の時は、名など聞かされなかった」

 里長は、彼の恨みがましい呟きに、少しだけ沈黙する。

「……まさか、おまえとランギョクが番っていたとは思わなかったのだよ」

 里長はロウコの顔色を見ながら、祠の奥にある祭壇の真正面まで歩いた。

 そして床下を持ち上げる。

 古い木製の棺に入ったランギョクは、青白い顔で目を瞑り、朽ち果てることなくその美しい姿を保っていた。

 死者に手向けられた花も、枯れずに生き生きと彼女の顔を彩っている。

「逃亡者は番人が手をくださずとも、必ず神による裁きを受ける。だから追跡者である番人たちは、相手の名を知らされることは無い。そして、その顔も可能な限り見てはいけない。それが昔からの掟だ。同じ里の者に同情を覚えぬようにな」

 逃げたのが巫女だから、できたことだ。

 もし捕縛相手が腕の立つ神剣遣いなら、顔を見ないように捕獲することは難しいだろう。

 ロウコは、棺の巫女を見下ろした。その握りしめた拳は震えている。

「背後から麻袋を頭から被せ、その後は簡単だった。本来巫女は、硬気功の鍛錬などしませんから」

 たおやかな身体で暴れる巫女。

 その身の放つ気配と、甘い香りで気づくべきだった。

 相手は自分が何度も番ったことのあるランギョクで、その腕に抱かれた首も据わらない赤子は、自分の子供なのだと……。

「あの若者には、うぬのような目にあって欲しくはない。先ほどの反応からしたら、リョスクとは面識は無いようじゃ」
「本当に、ランギョクは蘇るのでしょうね?」

 ロウコは、声が震えそうになるのを必死に抑えた。

 弱みを見せたくない。これ以上、里長に自分の弱い部分を見られるわけにはいかない。

 里長は、面から僅かに覗く口元に笑みを浮かべて、そんな彼を見つめている。

「わしにだって罪の意識はある。おまえが里のため――すなわちこのわしのために、生涯尽くすと誓うならば、しかるべき日にランギョクを蘇らせよう」

 ロウコとランギョクの子は男児だった。

 今は見習い剣士として、巫女たちの世話を受けながら、剣術の基礎を学んでいる。

 もう少ししたら、剣士となるための本格的な修行に入るのだろう。子供は親がいなくても勝手に成長していく。

 たしかに、赤子にとって産みの母親は必要ではないかもしれない。

 だけど、自分にとってランギョクは必要だった。

 番人となった自分の、心の均衡を保つための、正気を失わないための、唯一の存在だった。

 彼女に贖罪するためなら、里長の下僕に成り下がることくらい、なんでもない。

 結局望みはただのひとつだけ。

 もう一度――逢いたい。
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