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土蜘蛛の里編

青虎

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 青虎は東の大陸にのみ生息する珍獣だ。

 一族が国を追われた時、堅固な檻に入れ何匹か連れてきたというが、見たのは初めてだった。

 この島で飼われていたのか。

 リンファオは魅せられたようにその獣を見つめた。

 銀色がかった青と黒の毛並みは美しく、古代から東の国々の王家では、鳳凰などと一緒に神獣として崇められていた。

 神獣──確かに頭数の少ない、希少動物かも知れない。

 でも、こうしてその獰猛な牙を目前にすると、ただの飢えた肉食獣にしか見えなかった。

(虎が青くなっただけではないのか)

 鳳凰のように炎を吐いたりはしないし、一角獣のように空を飛ぶわけでもない。

 だが、本当なら檻に入れられていても、この獣は逃げようと思えば逃げられたのだろう。

 神獣扱いされる理由を、リンファオは目の当たりにした。

 その特異な体質を……。

 目の前で、青虎はみるみる巨大化した。

 血の匂いに興奮したのだろうか。

 そこへ背後から番人たちが追いつく。

「せ、青虎が、こんなに大きく……」

 男たちは喘ぐように呟き、そのまま凍りついた。

 伸縮する獣であるのは聞いたことがある。

 だが番人である男たちの驚きようを見ると、いつもはここまで大きくならないものなのだろうか。

 リンファオは剣を抜いた。

 一番嫌な死に様は、獣に生きたまま喰われることだ。

「かかってこい」

 リンファオは呟いた。

 男たちがぎょっとして子供を見つめた。

 リンファオの目が据わっている。

「私はここから出て行く。それを邪魔するなら誰だろうと許さない」

 それは獣に向けられたものか、番人たちに向けられたものかは分からなかった。

 天に向かって言った言葉なのかもしれなかった。

 とにかく、リンファオの気迫に、その場の全員が呑まれたのである。

「み、見ろ」

 男の一人が言う。

 青虎の身体がみるみる縮んでいった。

 唸り声が止む。そしてあっさり道を開けたではないか。

「バカな、剣士たちの修行中に青虎が退いたことなど無いのに」

 青虎から逃げ切れずに食い殺された、優秀な若者たち。

 獣は自分より弱いものに容赦しなかった。

「ありがとう」

 そう言うとリンファオは剣をしまい、男たちが止める間もなく走り出した。


 その後も、小さな子供の匂いをかぎつけた青虎たちが二、三匹集まってきたが、リンファオの気迫に怯んだように、ただ唸り声をあげるだけだった。

 警戒しながら追ってくる背後の男たちにとって、人間に襲いかからない青虎の姿を見たのは、これが初めてだった。

 その時、一際大きく見事な縞模様の青虎が、子供の前に立ちふさがった。

ぬしか?」

 リンファオは、相手がどこうとしないのを見て立ち止まった。

 今までの獣とちょっと違う。

 じりじりと向かい合う二人。

 追手はそれを遠巻きに眺めている。

「あいつが起きてきたか。もう俺たちの出番はない」

 番人たちはそう言うと、木の上に跳躍し、青虎の王が自分たちに牙を向けないように警戒した。

 これに遭遇した神剣遣いの候補は、逃げきらない限り確実に死んだ。

 自分たちですら危ないのだ。

 リンファオは、大きな青虎がよけい大きくなっていくのを見ながら、仕方なく剣を抜いた。

 獣の銀皿のような目を見つめ、納得する。

「そう……。獣たちの長として、私を通すわけにはいかないのね」

 人間に怯むわけにはいかない、ということか。

──ならば自分も全力で相手をしよう。

 先に動いたのは青虎だった。

 目にも留まらない速さで背後に回りこみ、腰を落として身構えるリンファオの頭上から飛び掛ってきた。

 転がって剣を繰り出す。

 血しぶきが飛んだ。

 切っ先が青虎の前足をかすったが、獣の牙もリンファオの肩をかすった。

 破れた衣服からの血臭に興奮したのか、青虎は恐ろしい咆哮をあげながら再び襲い掛かってきた。

 思い切り体当たりされて、地に転がるリンファオ。

 土にまみれたその小さな身体に跨るかのように、青虎はすくっと立つ。

 ……こわい。

 人食い虎に睨まれ、喉が凍りつき、悲鳴も上げられなかった。

(嫌だ、痛いのは嫌だっ)

 この忌々しい剣の間違った鞘鳴りのせいで、こんな理不尽な目にあって。

 ……死ななければならないの? 一番嫌な死に方で?

 ──獣が口を開けた。

 生きながら食われる!

 それを見た途端、リンファオの中の恐怖がはじけた。


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