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土蜘蛛の里編
奇怪な面の集団、帰還する
しおりを挟む古代──アリビア帝国すらまだ存在しない頃から、東の大陸ではいくつもの小国が、境界線を争っていた。
争いの中、王や要人を狙う刺客の集団が生まれ、戦とは別の場所で暗躍することとなる。
その中でも特にサイ国の『土蜘蛛』という山岳民族が、突出した戦績をみせていた。
それは千年も前から存在するこの一族の、その特異能力にあった。
土蜘蛛は気を操る。気功術と恐るべき身体能力、そして特殊な剣技を持った彼らは、東の大陸ではこう呼ばれていた。
「妖の一族」と……。
土蜘蛛の尽力の賜物で、近年、サイ国がついにこの東の大陸を統一した。
ところがその功労者である土蜘蛛は、戦乱の世の残した不要の遺物という烙印を押されることになる。
それどころかサイの王は、王や権力者を暗殺してきた彼らを忌むべき存在とし、大陸から追放したのである。
泰平の世に暗殺者集団などいらない。
さらに、少数民族である土蜘蛛の信じる神は、サイの唯一信教「風の神」と異なり「鉄の神」である。
そう、異教徒なのだ。
しかも一人の主に忠誠を尽くす習性のない彼らを、統一国家の王は蔑み恐れた。
そして彼らが未来永劫、東の地に足を踏み入れることを禁じたのである。
産鉄・鋳鉄が一族繁栄の根本にある土蜘蛛は、改宗など出来なかった。しかし追放の原因の一つでもある、千年続く暗殺稼業を終えることとなる。
こうして彼らは海を越え、やがて領土拡大中のアリビア帝国の一部に辿り着くこととなった。
当時の皇帝は少数民族の異教徒である彼らを受け入れ、領土内の島の一つに住むことを許した。
見返りは、その驚異的ですらある武の能力。
土地を与えられた『土蜘蛛』は安住の地と引き換えに、専属の剣客を十人、無償でミハイロヴィッチの一族や、帝国内の要人のために差し出さなければならなくなった。
※ ※ ※ ※ ※
夕暮れを知らせる鐘の音が鳴り響く。
ここは、本土のあるミケーレ諸島群北東部にあるモス島。
本土南部に比べると少し寒い程度の気候だが、中心部は標高が高く、山の上にはうっすらと白いものが見える。
荷馬車に売れ残りを積み上げる行商人、店じまいを始める露天商の店主たちが、足早に家路を急ぐ村人たちの中に、奇怪な騎馬の集団を見つけた。
「見ろ、交代の時期らしい」
そう言った通行人の家族連れが、怯えたように肩を寄せ合う。
その集団は港の方から来た。
よそ見もせずに黙々と馬を走らせていく。
黒の装束を着込み、やはり黒の頭巾を目深に被った彼らの姿は、まるで影そのもののようだった。
男たちの顔面に気づいた子供が、母親に抱きついて泣き出した。
これもまた真っ黒の、奇怪な昆虫のような面。東の大陸の地中に生息する、毒虫の顔を模している。
この辺りには馴染みの無い生き物の面は、小さな子供からしたら、化け物にしか見えない。
「気味が悪い。あれは何だ?」
「黒ずくめってだけで怖いのに」
モス島で商売を始めたばかりの商人たちが、顔を見合わせて囁く。
「神剣遣いさ。神剣遣いが帰ってきたんだ」
村の老人の一人が忌々しげに言うと、新参者たちに教えてやった。
「あいつらは傭兵みたいなもんだ。里から召集がかかった時だけ、ああやって赴任先から戻ってくる」
港から来た船乗り風の男が、老人の言葉を補足した。
「俺は定期便で本土まで運んだことがあるが、ほとんど何も話さない。愛想の悪い奴らさ」
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