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第一章

襲 撃

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 マリアは伸縮する望遠鏡を伸ばして、船影を探した。

 視力のいいマリアの目が、霞んだ水平線上に五隻の黒い影を認めた。なるほど、正体不明の船団は、確かにこちらを目指している。


「どこの船だと思う? ジョルジェ」

 マリアが聞くと、ジョルジェは戦斧を振り回し、肩慣らししながら吐き捨てる。

「知らねえっ」
「聞いた私がバカだった」

 マリアはため息をつく。すぐに、にやっと口の端を歪めた。

「まあ、いい。あいつら国別旗をあげてない」

 そう言い終わるか否かのうちに、相手のマストの先に黒い旗が上がる。不吉なジョリー・ロジャー。

(やっぱりな)

 敵国の船ではなく、ただの海賊だ。

 ならば敵の狙いは通商破壊ではない。この船の積荷。停船させ、斬り込んでくる可能性が高い。

「馬鹿なやつらだ。この船団の他の二隻の船長は、元高額賞金首の海賊だってのに」

 戦斧やカットラスを手にし、どちらが悪者だか分からないような、邪悪極まりない笑みを浮かべる部下たちを眺める。

 ジョルジェとウォルトは元白兵師団。ハサンは元海賊である。

「返り討ちにしてやれ」

 マリアの無慈悲な命令に、船上が沸いた。



※ ※ ※ ※



 大砲の音が鳴り響く。

 カティラか、ゲルクの船が鉛玉をお見舞いしてやったのだろう。

 海賊旗をあげたところで、それを恐れて早々に降伏するような殊勝な性格の者は、この商船団白波にはいない。

 元国営企業の船とは言え、軍船では無い。搭載砲は旧式のブロンズである。しかし海賊をやっていた商船乗りにとっては扱いなれたもので、次々に相手の船に命中させていく。

 こちらはあちらの積荷など興味ないのだ。遠慮なくやらせてもらう。

 完全に彼らの意表をついていた。

 ところが、海賊団の一隻が特殊な潮流を捕まえた。異様なスピードで近づき、マリアの船に体当たりしてきたのだ。

 吹っ飛びそうになる華奢な体をジョルジェが支える。

「船長室に入ってろ、来るぞ」

 ジョルジェはカットラスを抜いた。




※ ※ ※ ※



 パックリと割られた額に気づくまでもなく、海に落ちていく一番乗りの海賊。

 続々と乗り移ってくるが、ジョルジェとウォルトがそれを許さない。

「ていうか、こいつら何だよ。顔黒いぜ?」

 ハサンのような浅黒いというレベルではない。墨のように真っ黒だ。

「アカリア人か」

 そういえば、南部の荘園ではしばしば奴隷の反乱があると聞いた。

 有名な話では、逃亡したある奴隷集団が港に停泊している白人の軍艦を奪って海上に逃れ、武装海賊団となったそうな。

 力のある労働力を求めすぎて、武闘派の部族をまとめて奴隷市で買った、馬鹿な荘園主が居たらしい。

 その証拠に、ジョルジェやウォルトが苦戦するほど、このアカリア人たちは強い。何よりも、奴隷の集団なので数が多い。

 他国の植民地の話で無関係だと思っていたのに、まさか自分たちが被害を被るとは……。

 やがて、一人二人と乗り込まれる。

 軍船を奪ってから覚えたのか、それとも元々海沿いの民だったのか、風と潮流を読み、操船も上手い。そして、元奴隷にしては訓練された動きをしている。

(優秀なリーダーがいるようだ)

 マリアの船は索具をザクザクに切られ、艤装を破壊されてしまった。

 大砲を撃ちまくって、近づけるべきでは無かった。

 しかし『白波』商船団は、護衛船団を付ける話が出るくらいの船だ。大口径の砲はそれほど積んでない。メインは貿易品。あくまでも商船団である。

 マリアが舌打ちしてサーベルを抜いた時、トップ台の水夫が再び号笛を鳴らす。

「南南東からまた船団がっ。国別旗、商船旗あり。コロンディアです! 武装しています」

 もっとやっかいなのが来た。中部アリビアの植民地貿易を邪魔する、南部の商売敵だ。

 マリアは操舵長を探した。

 船上が混戦になったため、すぐには見つからない。

 コロンディア商船団はこちらに気づき、どんどん近づいてくる。肉眼でも分かるほど。

(あいつら、積荷など気にせず遠慮なく撃ってくるぞ)

 マリアが冷や汗を拭ったとき、指笛が吹き渡った。

 アカリア人たちが顔を上げ、一斉に船に戻り始めた。彼らも新手の武装商船団の、外からの攻撃を恐れたのだろう。

 マリアが状況を見渡そうとして段索を数段登った時、その細い腰に太い腕が回った。

 ぎょっとなったマリアの体を、万力の力が引き剥がす。振り返った目線の先に、黒い顔。

 声をあげようとした口を、大きな手が塞いだ。



※ ※ ※ ※ ※
 

 ジョルジェはアカリア人の居なくなった甲板を見渡し、ほっと息をついた。

 一人、とんでもなく強いやつがいた。

 自分とウォルト二人がかりで何とか追い払ったが、危なかった。

 しかし安堵してもいられない。次は敵の商船から逃れなければならない。

 カティラの船は、既に標的を海賊船から敵国の商船に変えている。去っていく海賊船には見向きもしない。

 少ない砲門が、絶え間なく硝煙と発射音を吐き出している。

「とりあえず、うちも応戦するぞ」

 帆を野蛮人どもにズタボロにされたため、逃げるに逃げられない。相手の戦力を割く攻撃の仕方も、手馴れた男たちだった。

 あんな、野蛮人丸出しの見た目のくせに。

「船長、指揮を──」

 ジョルジェが呼びかける。しかし、船尾にはいない。大人しく船長室にこもったか?

(……?)

 今まで交戦中に、マリアが一人だけ隠れていたことがあっただろうか。

 ジョルジェは、自分の声がやけに不安げに聞こえることを意識しながら、もう一度呼んだ。
 
「船長? ……大佐?」

 マリアは船上のどこにもいなかった。

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