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第一章
あわよくば……
しおりを挟む「よく考えてみろよ、あんた」
元部下である乗組員の一人、ジョルジェ・ランバルトは、執拗にマリアに訴えかける。
「相手は海の英雄だぜ? どう考えたってあんたになびくはずがない」
周囲の白い目を無視して、ジョルジェは必死に言い縋る。
「俺の方が絶対幸せにできる!」
船長であるマリアは、長距離用の伝書鳥が運んできた公文書を胸に抱きしめて、ずっとご機嫌だった。
表情が乏しいため分かりにくいが、おそらく浮かれている。
航海長が出港した時間と現在地の時間で座標を出し、数値をメモした用紙を渡すと、誰の目にも明らかにマリアの顔が緩んだ。
今いる所は、アリビア本土とウエスティア大陸を結ぶ、東西航路のちょうど中間地点である。
このまま行けば、もうすぐ護衛艦隊とぶつかるに違いない。
旧帝国貴族の貿易会社を丸々いただけたのは、その「海の英雄」の強力なコネのおかげだった。
ウエスティア中部植民地のタバコの葉と、サトウキビを本土に運ぶ仕事をもらい、安定した収入の展望が見えてきていた。
貿易商船団「白波」は、昔のオンボロキャラック船と違い、全長六十メートル級の大型船六隻から成っている。さらに各々が武装もしていた。
しかしこの航路は、ウエスティア南部に農園を広げつつある都市国家群と、しばしば交戦となる海域だった。
マリアの商船団も何度か武装した外国の船団とぶつかり、ひやりとしたものである。
そこへ、新政府の運輸省から知らせが届いた。
マリアの輸送船団を護衛させる、と。
その護衛船団の指揮を、マリアの少女時代からの想い人、アーヴァイン・ヘルツが執るというではないか。
ということは、工業品を運ぶ帰路も、彼に守られての航海になるかもしれない。
ずっと憧れていた人と──そりゃあ乗っている船は違うけれど──何ヶ月も航海なんて……ああ。
「目を覚ますんだ、船長」
ジョルジェは耳元で喚きちらしている。
「あんたとあの海軍提督の関係を思い出せよ! 相思相愛なんて絶対ありえないって‼」
卑怯、姑息は百も承知。しかし男たるもの、そう簡単に惚れた女を奪われていいものではない。
一方、マリアの顔色はみるみる曇る。
そうだ。マリアの想い人、アーヴァイン・ヘルツは自分を殺したいほど憎んでいた。
なぜならマリアが帝政アリビア皇帝の娘だから。彼の妻と子を殺した、トチ狂った権力者の血を引くたった一人の生き残り。
粛清対象の元皇女。
(でも……私を逃がしてくれたもの)
それとも、ただあっさり殺すのが惜しくて、いたぶるつもりなのだろうか。
ジョルジェは、悲しげなものに変わってしまった上司の表情を見てハッとなり、既に後悔しはじめている。
男たるもの、女を悲しませてはいけないのだ。
そう、彼女を悲しませたいわけではなかった。ただ、あわよくば、こちらを振り向いてほしいだけ。あわよくば、NTR──。
「見損ないましたよ、曹長」
「ほんとよぉ、サイテー」
仲間たちから非難の声を浴びせかけられ、ジョルジェはオロオロとマリアの顔を覗き込む。
「大佐、いや、船長、あのさ、寂しくなったらいつだって俺の胸に飛び込んでくれれば──」
「かーっ、やだねぇ、諦めの悪い男は」
元海賊のハサンが、軽蔑の眼差しを向ける。
「まー、あっしでよければいくらでもお慰めしますよ。前から後ろからげっっふぅうう」
ジョルジェの──元帝国軍白兵師団分隊長の──パンチが炸裂する。
涙目のマリアの肩に手を置いたアンリエッタが、片目を瞑りながら言った。
「大丈夫よぉ、海の英雄だかなんだか知らないけどぉ、四の五の言うなら二人で姦しちゃえばいいのよぉ。男なんてチョロイんだから。でも大佐はあたしの後ねん?」
共犯者めいた笑みとともに釘を刺される。
……部下に恵まれていないようだった。
マリアは、本当なら処刑されるべき身の上だ。
それがアーヴァインや彼の部下たちのおかげで、元皇女であるという身元を隠し、新しい生き方を許してもらえた。
あれから半年は経つ。
彼と抱き合ったことが──というか、一方的に犯されただけなのだが──夢だったかのように思える。
「会いたい」
マリアは、誰にも聞かれないように小さく呟いた。
その時、トップ台から警笛が響いた。
「南南東に敵影~っ」
船上に緊張が走った。
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