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第八章

大魔王の告白

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 私は敢えて、転移先を雰囲気のいい海辺の街にした。神聖グーグラリア王国の国内ではないが、なかなか大きな都市だ。

「ここは……ドロン城では、ないようですが?」

 訝しげなアッサール。

「各国の貴族が集まる、人気の保養地なのよ」

 聖女の記憶を掘り起こす。勇者一行がひと時の休息を取った街だ。

 こじんまりとした神殿もあるし、遺跡の沈んだ温泉、シーフードの美味しいレストランもある。

 振り返ると、急峻な崖に張り付くように、白く塗られた民家が沢山建てられていた。

 地中海の島に旅行に来たみたい。よし、雰囲気たっぷりだ。

「でね、ここホテルなの」

 宿屋と言うには豪勢な、やはり白塗りの建物に導く。ナーロッパらしい、リゾートホテルだ。

「たまにはゆっくりしましょ?」

 え? とますます困惑するアッサール。

「疲れてるだろうし」
「……特には」
「ここの漁師風パスタ美味しいし」
「ご存知かと思いますが、魔物ゆえ食に興味がありません」
「温泉もあって──」
「浄化魔法で一瞬です」

 魔物つまらない!

「とにかくちょっと休憩していきましょう!」

 ラブホに連れ込むがごとく、アッサールを引っ張り込む。

 そう、これからこの堅物──いや、堅物を超えて僧侶だ──を誘惑しなきゃならないのよね!

 記憶というテオフィルへの呪縛が解けた時、誰か選んで恋をしろと神様たちに言われた時……真っ先に浮かんだのは──アッサールだった。

 なんで一番難しそうな男を選んでしまったのか。

 だけど、よく考えてみて。

 これだけイケメンで、いつも私を助けてくれていた存在を、好きにならないわけがない!

 私は転生前からモテていた。いつもチヤホヤされ、簡単に誰かと付き合うことができた。基本告ってくるのは、相手の方からだしね。

 いかにも自分に気のある相手って、楽でいい。

 だから、恋愛を軽く見ていた節がある。それで、相手も私を軽く扱うようになっていったんじゃないかしら。

 この僧侶のような絶食系アッサールは、たぶん簡単に落ちない。私を主人として大事に思ってくれてるのは分かるけど、それだけ。

 転生前のように簡単にはいかないだろう。

 さて……。

 そこからどう男女の恋にもっていけばいいのか。

 悩んだ挙句、転生前の弊害だろうか。浅はかな私は、結局体を使うしかない、という安直な結論に至っていた。

 やっぱり男の人に好きになってもらうには、性欲に訴えるのが一番なんじゃないかって。

 それくらい焦っていた。

 約束を破ったら、神様──グーグラも聖王も、私の仲間を消す可能性が高い。いや、飽きて別の危険なイベントを発生させるかも。

 そうなったらもうこの世界は、吉田エリザベスの願いなどまるきり考慮されないのだ。

 でも、何よりも、私がアッサールに振り向いて欲しくて仕方がなかった。

 敬愛する大魔王として敬われるのも嬉しいけど、一人の女として見て欲しくなってしまった。

 舞踏会でブス共に囲まれていたことを思い出す。

 やっぱりアッサールはかっこいいんだ。うかうかしていたら、人間にだって奪われてしまうかも!

 私はギンギンしながらレセプションカウンターにアッサールを連れていき、いかにも自動で喋りそうなホテルマンに「休憩三時間、スイートで」とお願いした。

 え? お金? 細かいことはいいのよ。

 私はギンギンしながら渡されたキーの部屋に転移する。え? キー要らない? 細かいことはいいの!

「天蓋付きのベッドか」

 私は部屋に佇み、キョロキョロしてから頭上に手を伸ばす。

「なぜ結界を?」
「ええ? うん、ほら千里眼球で覗かれないようにね!」

 天界の神々が覗くのは仕方ない。だって現実世界でも神様がいて、人間の生活を覗いていた──らしいんだから。知るか知らないかの違い。今更だわよ。

 さて……と。

 私は舌なめずりをしないように、この解脱男をどう攻略しようかと考える。

 いきなり押し倒して襲いかかる訳にはいかない。魔物同士でも無理矢理は厳禁だからね!

 まずは、気持ちを伝えよう。

 私は立ち尽くしているアッサールを振り返って、咳払いしてから言った。

「アッサール」

 彼は困惑顔のまま、返事をした。

「はい?」
「わ、わ、わたわた、わたし、わたし、──」

 転生前は全部相手から告られていたわけだから、よく考えたら自分からは初めてだ!

 こんなに緊張するもんなの!?

「あ、あな、あなあなるあなるあなたが」
「大丈夫ですか?」

 眉を顰めてこちらを見るアッサール。まずい、完全に不審がられているわ!

 今日はアッサールもドレスアップされ、ヘビオたちに前髪を全部後ろに撫であげられていた。キチッとスタイルだったのだ。けど今はそれが少し乱れて、額にかかっている。

 コウモリの羽はしっかり体内に仕舞いこまれているし、完全に上品な──育ちは良さそうだけど、ちょっと陰がある人間にしか見えない。

 なんか、色っぽいな。

 今まで生存に関わる問題を抱えていたから、改めてじっくり容姿を観察したことが無かった。

 ううう、意識するとよけい緊張するでっしゃろ! やっべ、かっこいい!

 ヘビ夫妻のデザインは、何だかんだでいつも相手にピッタリ合わせてある。

 アレクシアの見繕ったテオフィルの金ピカジュストコールが可哀想になるくらい、洗練された黒の詰襟。

 ファンタジーお馴染みの、モデルにした時代設定はいつやねん、と突っ込みたくなる仮装パーティーみたいな舞踏会だったけど、アッサールの服が一番素敵だった。

 近代のヨーロッパ辺りの軍服っぽい。そう言えば私、制服フェチだった! しかも学生の時はブレザーより学ラン派だった! 詰襟をこう、バリバリっと引き裂──

「大魔王さま?」

 私はハッと我に返った。鼻息荒くどもりながら相手を凝視する私は、いかに変質者めいていたことだろう。

 心無しかアッサール、引いている気がする。

 もうこれしかない、お色気うっふんボディタッチで、相手に意識させるしかない!

「わたし、部下を労いたいの。マッサージしてあげるわ! さ、脱いで脱いで」

 詰襟の上着に手をかけ引き剥がす。

 うおっ!?
 
 襟なしの白シャツの上からも分かる胸筋! 細マッチョやばす!

「さあ、さあ……シャツも脱いでごらん?」

 息も荒くボタンを外そうとすると、手首を掴まれた。

「私が大魔王様にマッサージなどさせるとでも?」

 静かな怒りを含んだ眼差し。

「なんと恐れ多い、マッサージ魔法など自分でかけます。お構いなく」

 魔法、なんでもありだな!

 でも、あれ?

 考えてみたら、彼は私のことそういう対象として見てないわけだから、やっぱり困るのかな。

 上司からの好意は部下は断りにくいと聞くし。そうよね、これじゃあ立場を利用したセクハラよね。

 一人盛りあがっていた気分がスンッとなり、仕方なく正直に告白する。

「うんと、ね? 私、貴方が好きみたいなの」
「光栄です。私もです大魔王様。貴女以外に仕えるなど考えられない」
「それでね、貴方に触りたいの」
「めっそうもない、大魔王様にマッサージなど恐れ多い。私のことなどお気になさらず、このアッサールめを存分にお使いくだ──」

 プツンと私の中で何かが切れた。

 ちっきしょ~っ! じゃあこき使ってやるわよ!

 私はアッサールのズボンのベルトを魔法で引きちぎった。アッサールが目を剥いて、落ちかけたズボンを押さえる。

「だ、大魔王様?」
「手を離しなさい」

 私は立場を利用して、アッサールを好きにすることにした。 
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