上 下
25 / 51
第五章

テオフィルの苦悩(作者の都合で三人称&一人称)

しおりを挟む
(どういうつもりだ?)

 アレクシアに引っ張られその場を離れたテオフィルだが、後ろ髪を引かれる思いだった。

 盗賊の一団から離れていく勇者パーティーは、危機から解放され気の緩んだ聖女以外、無言である。

 おそらく、この後味の悪さのせいだ。

 相手が間諜かもしれないと疑っていたのは確かだが、男として、婦女子を盗賊に引き渡し逃げることに抵抗を感じているのだ。

「良かったね、これでやっと私たちの後を付きまとわなくなるものね」

 アレクシアはクラダの上に乗ってから、よけい安心したのだろう。無邪気に笑った。

「厄介払いってやつかしら?」

 テオフィルは戸惑いながらも、彼女の柔らかい猫っ毛を撫でた。自分の使命は聖女を護ること。聖女は魔王を倒すために必要で──。

(必要で?)

 そんなことはむしろ二の次。聖女だから守ろうと思ったわけではない。彼女は修行時代、自分たちの心を癒してくれた。聖なる力などではなく、その優しさで……。

 違和感に、テオフィルは頭を振った。クラダの上で揺られながら、無邪気にまとわりついてくる腕の中のふわふわした聖女は、特に何かが変わったわけではないように思う。

 だけど、自分の中で齟齬が発生している。アレクシアってこんなだったっけ?

「確かに……厄介払いできてよかったです」

 メルヒオールがまだ少し青い顔でそう言った。

 昼間の陽光は、相当なダメージを彼に与えてしまったようだ。水の属性である魔力保持者は、得てして暑さや乾燥に弱いと聞く。だがメルヒに関してはその限りではない、と勝手に思っていた節がある。

 辛くても、黙っていただけなのだろう。テオフィルは、やっとアレクシア以外に気が回った。

「休めなかったね、大丈夫か?」
「どうせ始末するつもりだった」

 メルヒオールは、テオフィルのかけた言葉には反応せず、そう呟いた。その言葉は、自分自身に言い聞かせているようだった。

「彼女は我々にとってまずい存在だ。なぜかその予感がぬぐえない。だから始末しなければならなかったんです」

 ブツブツ言っていたかと思うと、とつぜんクラダを止めた。眼鏡を押し上げる。

「でも、それは奴らがやるべきことではない」




※ ※ ※ ※ ※




 その頃わたしは、魔力解放のタイミングを見計らっていた。

 まだ勇者一行は近くにいる。私が転移して逃げたら、盗賊どもはまたアレクシアを攫いに追いかけるかもしれない。

 この場でやっつけちゃうのが一番いいんだけどな。

 もう少し小出しに魔力を使えるように修行すべきだった。いきなり大魔王の大魔力を放出したら、勇者どころか、砂漠の国にいると思われるリュディガーとアッサールにも気づかれてしまいそう。

 リュディガーか……。

 私は、誰が最初にするか口論になっている盗賊を眺めながら、本当なら配下になるはずだった魔族に想いを馳せる。

 どんな魔族なんだろう。近くの都市にいるなら、膨大な魔力を感じるはずだけど……もしかして私のように完璧に抑え込んでいるんだろうか。

 すっと目をつぶり感覚を研ぎ澄ませる。魔力を解放すればもっと分かるんだろう。でも封じている今は感知能力も落ちているのか、西の方に微かに雑多な魔物の気配を感じるだけ。

 都市に魔物の気配など珍しくはない。家畜代わりにされている魔獣だってその辺に普通にいるし、奴隷にされている力の弱い魔物もいるだろう。

 さらに意識を集中すると、強そうな魔物の気配も確かにある。これは、アッサールだろうか。それとも他の……。

「分かりづらっ」

 私は呟くと、脇腹に手を当てた。血止めしなければ。本当なら簡単に治るんだろうけど、今は魔力を動かして治すのはダメだし……。

 メルヒめ。うつらうつらして本当に刺すなんて、どこか抜けてるんだから。

「決まったぜ」

 盗賊のリーダーが下品な笑みを浮かべ、私に近づいてきた。

「とうぜん、俺が一番でいいらしい。ここは水が無いからな。お前の体を洗えない。ルールとしては、唾液を付けない、精液をぶっかけない、これで十人で姦しても、最後ドロドロの女を抱かなくてすむという寸法だ」

 意外にそういうこと気にするんだ! 複数プレイとかで気になる部分だよね!

「まずは脱げよ。それから、四つん這いになってもらう」

 げへへへと笑いながら近づいてくる男たち。コテコテの悪だな!

 私は、息をついて勇者たちの気配を調べた。そろそろいいかな、逃げて。

 大人しく輪姦されるつもりはもちろんない。モブ輪姦なんて、それこそノックダウントラブル行きだ。

 一瞬の魔力解放なら、ごまかせるだろう。つまり遠くに転移するための一瞬だ。盗賊たちを転移させるより、ここに魔王がいるってバレるリスクは少ないはず。

 ドロン城にでも逃げて一服してから、もう一度勇者パーティーを探そう。

 ところが──感知した気配に目が点になる。思ったより近くに、勇者パーティーがいることに気づいたからだ。

 あれ? 近くっていうか、もう──。

「うわぁああああ」

 盗賊たちの数人が、突然四方から襲い掛かった網ネットのようなものにくるまれる。

 罠にかかった猛獣よろしく大暴れしているが、たぶん彼らには、一人を除き、何が起こったか分かってないだろう。魔力の網ネットなんだから。

「捕獲完了──おっと、ちょっと小さかったな。砂漠ですからね、地中の水分が少なかった。四人しか包み込めませんでした」

 中から出ようとする者と、外から助けようとする者たちで大騒ぎの中、メルヒオールの抑揚の無い声がした。

 彼は月を映して光る眼鏡を押し上げながら、夜の闇の中から進み出る。

「ジークバルトの魔法だとそちらにいる魔導士にばれるのでね。賢者の私が気づかれないように、遠くから術をしかけました。発動するまで魔力は発生しませんからね」

 おお、すごいメルヒ。私も気づかなかったわ。

 するとメルヒの反対側から現れたロランが、砂地に大きな剣を突き刺す。砂が持ち上がり、人の形になる。

「これ、疲れるんだが」

 土の属性の魔力が剣から地中に流れていく。ロランには魔力は僅かしかないが、討伐用の剣がそれを増幅するのだ。

 数体の砂人形が、モヒカンやスキンヘッドに襲いかかった。

 相手の力に気付き、いち早く逃げようとした盗賊を三名、ファッビオが燃やした。

 あちらも黙ってはいない。盗賊の中にいた痩せ細った男が何か唱えると、ロランの砂人形が切り裂かれた。風──鎌イタチだ。

「なんだ、砂は風で巻き上げていたのか。そちらも風属性ってことね」

 ジークがスッと手を上げ、空中に魔法陣を描く。それは虹色に光り、巨大化し、相手の術者に襲いかかった。

「こっちは本職だ。実力差考えて喧嘩売れ」

 ジークは魔法陣の模様に焼け跡を付け倒れ伏す男に、そう吐き捨てた。

「まあでも。俺ら、修行不足だな。誰かを人質に取られてなきゃ、こんだけ強いんだけど」

 ジークバルトが自己嫌悪の暗い表情で、テオフィルを振り返る。

 私は目を丸くした。

 ほっぺたを膨らませたアレクシアの隣にピタリとくっついているが、彼も引き返してきてくれたんだ。

「間諜のお姉さんが人質だったら、俺たちが逃げる必要ないわけ。だってあんたが傷つけられたって、何も困らないし」

 ジークがニヤッと笑う。

 むか~っ、まあそうだけどさ! だから私が替わったんだけどさ!

「にしたって、仲間を人質に取られて身動きできなくなるなんて、あんたたちまだまだひよっこだわ」

 私はふんっと鼻で笑ってやった。

 ジークはうるせい、と言いながらも、私の足のロープを切ってくれた。だからまあ、私に対する暴言は許してやることにする。聖女狙いかもしれない怪しい女に対する扱いとしては、妥当なのだろうしね。

「血の臭いが……」

 ファッビオがクンクンする。

「盗賊に、何かされた?」

 えーとね。チラッとメルヒオールを見る。彼は怪訝そうに私を見た後、ブラウスの血に気づきハッとなる。

 そう、あなたよあなた! うつらうつらしながらプスッと刺したのよ!

 メルヒは眼鏡を押し上げると、ごそごそ腰の革袋から何か取り出し、私に手渡した。

「……すみません、わざとじゃないんです。私としたことが、脅すだけだったはずなのに」
「これなに?」
「消毒用の湿布です」

 こういう便利グッズ他にないの? 熱中症に効くやつ。それにメルヒは頭痛持ちなんだから、鎮痛剤みたいな薬も無いの?

「あなたこそ、まだ顔青いわよ」
「そこまでやわじゃないですよ!」

 憤慨しているメルヒオールが可愛い。敵だと思っている女に気遣われるのは屈辱なのだろう。プライド高いなぁ。

 それでも──ものっすごい憎々し気な目で睨みつけてくるアレクシアは別として──なんとなく勇者パーティーの敵意が薄れた気がする。

 相変わらず、皆の態度は変わらないけれど、一緒について行くことに文句は言われなかった。




 翌日になって、ようやく一行の間にほっとした空気が流れた。

 メルヒオールは眼鏡を直し、それから残念そうな声で言った。

「砂漠で殺しそこねました」

 遠くを指差す。その先──蜃気楼の向こうに、城壁が見えた。日干し煉瓦の城壁。私のハイパー視力で、それはくっきりはっきり見えた。都市国家ルーラルだ。

「到着してしまったので、ひとまず魔王の調査をしてからですね。今回は信ぴょう性が高い。私の勘ですが、おそらくこちらの確認の連絡なんて待たずに、聖都を討伐軍が発っている頃でしょう」

 それから、眉間のシワを深くする。

「それだけじゃない。討伐軍の先遣隊──精鋭を、神殿の魔法陣を使用して、送り込むと予想します」

 私はハッと思い出す。何人もの神官を再起不能にするほど魔力を要する、転移の大魔法陣。発動すれば、一個小隊ほどの人数を一度に現地に派兵できる。

 魔力を魔法陣に貯めるのに丸一日かかり、関わった術者は魔力欠乏でしばらく動けなくなる。つまり、めったに使用されない大掛かりな魔法だ。

 そこまでして?

「それくらい、あそこには魔物の気配が蠢いている。魔王でなくても放ってはおけない」

 メルヒは探るように、テオフィルの様子を眺める。それから、隣を進むジークにそっと呟いた。

「思ったより、魔族級の気配も多いですね。テオが討伐軍の到着まで待てるのかどうか、それが心配です。穏やかに見えて、魔物を憎む心は誰よりも強い」

 メルヒの目線の先には、歯を食いしばり、衝動を堪えているテオフィルがいた。メルヒとジークには彼の気持ちが分かるのだろう。

 でも、憎しみに歪むテオフィルを見ると、魔物代表の私の心は暗く沈んだ。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

寒がりな氷結眼鏡魔導士は、七匹のウサギとほっこり令嬢の温もりに癒され、愛を知る

ウサギテイマーTK
恋愛
伯爵家のミーヤは、動物の飼育と編み物が好きな、ちょっとおっとりした女の子である。婚約者のブルーノは、地味なミーヤが気に入らず、ミーヤの義姉ロアナと恋に落ちたため、ミーヤに婚約破棄を言い渡す。その件も含め、実の父親から邸を追い出されたミーヤは、吹雪のため遭難したフィーザを助けることになる。眼鏡をかけた魔導士フィーザは氷結魔法の使い手で、魔導士団の副団長を務まる男だった。ミーヤはフィーザと徐々に心を通わすようになるが、ミーヤを追い出した実家では、不穏な出来事が起こるようになる。ミーヤの隠れた能力は、次第に花開いていく。 ☆9月1日にHotランキングに載せていただき感謝です!! ☆「なろう」様にも投稿していますが、こちらは加筆してあります。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

偶然同じ集合住宅の同じ階に住んでいるだけなのに、有名な美形魔法使いに付き纏いする熱烈なファンだと完全に勘違いされていた私のあやまり。

待鳥園子
恋愛
同じ集合住宅で同じ階に住んでいた美形魔法使い。たまに帰り道が一緒になるだけなんだけど、絶対あの人私を熱烈な迷惑ファンだと勘違いしてる! 誤解を解きたくても、嫌がられて避けられている気もするし……と思っていたら、彼の部屋に連れ込まれて良くわからない事態になった話。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...