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第三章
破壊された村
しおりを挟むアッサールを説得してなんとか追い返すと、私は再び勇者ご一行の後をつけた。
アッサールめ「絶対魔王城に戻るから」と約束してもなかなか離れないんだもの。
魔王の自覚無し、と思われてる気がする。人間側につくという気は、もう無くなったのにさ。
それとも、魔力を完全に封じ込んであるから、咄嗟に力が使えないってのが心配なのかしら。
あんな仏頂面で、過保護とは……。もしかして、前の魔王を守りきれなかった悔いでもあるのだろうか。真面目そうだし。
森は色濃く、深くなってきた。
踏み固められ、馬で並んで通れていた道も、今やかろうじて一頭で進めるくらいの獣道だ。
城塞都市から離れるということは、避難場所から離れるということ。
つまり人間にとっては、進めば進むほど危険になる。
ちょうど私のハイパー視力で、先を行く勇者たちの背中を見つけた頃、ハイパー嗅覚をくすぐるものがあった。
それは森の奥深くから漂ってくる。
焦げ臭い。
勇者一行もそれに気づいたのだろう。馬のスピードをあげた。
魔力を封じているため、転移できないのがもどかしい。私は、慌てて馬を走らせ、後を追った。
小枝がバチバチ顔に当たり、痛くてもう限界、と思い始めた頃、勇者たちがスピードを緩めた。私も彼らに倣う。
焦げた臭いがますます濃くなってきた。慎重に進んでいた私たちの視界が開ける。
木々が途切れた一角は、小さな村。こんな森の奥に……。
安全な城塞の中に住むには、入市税、都市税を支払い市民権を得なければならない。だから貧しい者や、何らかの理由で村八分的な者たちは、こんな危険なところに住んでいる。
人間にとっても不公平な世界だわ。阿鼻叫喚の村の中を見ながらそう思った。
村は、今まさに襲撃されていた。
初めは盗賊かと思ったが、とんでもなかった。混乱の現場をよく見ると、村を襲っているのは人型の魔物。魔族である。
あちこち焼け落ち、破壊されている現場よりさらにショックだったのは──その気持ち悪い光景だ。
魔族といえど、カマキリの腕を持った女や、蠍の尻尾を持った女、完全に人型だけど肌がゴキブリっぽく艶々黒光っていたり……。
キメラのような彼らのほとんどが、見るからに立派なオッパイを持ち合わせている。女ばかりだ。
女と言うか、雌……?
テオは聖女を連れ、ロランの背後に回る。ジークとメルヒが素早く後退り、森のなかに身を隠す。術を仕掛ける気だ。
正面から向かっていったのは、騎士ロランと獣人ファッビオ。
「あらぁ。新たなお客様ねぇ」
村の民家の屋根から声がした。見上げると、そこにいた女の姿を見て確信する。
目が痛くなるようなショッキングピンクの髪。浅黒い肌。このゴルゴンドロン・ジョー様よりさらにむっちむちな豊満バディ。
完全に人型で、しかも美しい。ブラジル人の祭りみたいな恰好をしている。
間違いない。この肉感的な魔物は、ローザ・ストラビンスキー。魔王のいる島で出てくるはずの、中ボスだった。
ところで、ぜんぜんラブくならない話の中、やはりこの小説がR18小説であることを実感させられたのは、この瞬間だ。
だって、この雌の魔物たち、村の男たちを犯しているんだもん!
そう、襲っているというのは、文字通り。上に跨り、逆レイプしているということ。男たちはズボンを足首まで降ろされ、恐怖の表情を浮かべている。
半分虫だったり海産物だったりする低級の魔物たちまで、その上で身をくねらせ、恍惚とした表情で腰を上下に振っていた。
「これが全員美女だったら、羨ましいけどね」
ジークが少し青ざめながらそう言った。彼はいつの間にか、私の隠れている叢の近くまで来ていた。
魔導士用法具を一つ置き、私を見つけてニヤッと笑う。
「なんだよ、姉さん。まだついてきてたの? いいかげん、怪しすぎて拷問しちゃうよ」
でも今は、かまっている暇がないようだ。法具をまた一つ置き、気配を消しながら先に進んでいく。
木の上を見ると、頭上ではメルヒオールが何か糸のようなものを口に咥え、その先を木の枝に巻き付けている。
これ、見たことある。賢者と魔導士の合同の魔法陣。けっこう大掛かりな罠だ。
彼らは、ローザを強敵だとすぐに見破った。だから、お互いを補い合う術に取りかかったのだ。
ジークは風。メルヒは水。属性のくくりはそれほど発動する魔法に関係ないが、力は自然界にあるそこから借りるという。
私はローザの方を見た。
襲われている村の男たちに見向きもせず、騎士ロランがノシノシ向かっていくところだった。巨大な幅の広いロングソードを抜き、肩に担ぎながら……。
彼のトレードマークだ。刃渡り三メートルは余裕である。ゲームや漫画に出てきそうよな、と突っ込みたくなるサイズだけど、ロランが大きいからそれを感じさせない。
もちろんその刃は、神殿の管理する聖なる鉱物でできている。
その時、ファッビオが助走をつけるために走った。ローザのいる屋根に飛び乗る。
突然背後を取られ、火を吹きつけられ、地の上に降り立つローザ。どちらも動きが速い。
「炎の人狼ね。……やだ、好みの男ばかりじゃない」
艶然と笑うローザ。
無言でロランが剣を構えた。ジリッジリッと近づく。
しつこいようだが、ロランは作者が読者サービスのために登場させたキャラ。吉田エリザベス八世自身、脳筋はタイプじゃないのが、物語から透けて見えてはいた。
でも、ガチムチ騎士が大好きな一定数のために、きちんと配慮したのだろう。そうやって剣を構えると、ゾクゾクするほどカッコいい。
「あぁぁっぁん、いいわ。その熱い目、濡れちゃうわ~」
ローザも同じように思ったらしい。自分のカイデーなパイオツを両手で揉みしだきながら、恍惚と目を閉じ唇を舐める。エロいな!
しかし、その瞬間を逃さず、ロランが走った。
「しゃがめっ」
ジークの声。思わず声に反応し座り込む私。間髪おかず、ブンッと空気を切る音が頭上でして、隠れていた場所の木がバッサリ斬られた。
私の近くだけじゃない、ロランを中心に円形状に周囲の木や民家が倒れる。
押し倒されていた男たちは無事だったが、跨ってロデオのように腰を動かしていた魔物たちの多くが千切れとんだ。
「──っ!!」
近くに飛んできた女の首。
私は口を押さえて悲鳴をこらえた。魔物を目の前で大量に殺されたその時、初めて気づいたの。
嫌悪感、恐怖、怒り、憎しみ、悲しみ──負の感情の全てが毛穴という毛穴から噴き出しそうだった。
そうか、私はやっぱり魔王なんだ。吐き気と涙を堪えながら、その凄惨な光景に身動き取れずにいた。
なによりも、ロランが恐ろしかった。これが、選ばれし者の力。
こんなに離れてるのに、斬撃が届くなんて。
しかしローザは刃の軌跡を一瞬で読んでいた。
「ばっかねぇ」
空中で、羽音。いつの間にか、彼女の背中には黒い羽──翅が生えていた。クロアゲハの羽だ。赤い唇をクイッとあげると、ロランを見下ろしながら言う。
「お食事の邪魔をするなんて、いけない子。……しゃぶりつくしてやるわ」
轟轟という風圧が襲う。ローザの羽ばたきで辺りの木の葉や砂が巻き上がり、襲い掛かる。
なんか、私よりずっと魔王っぽい。だけどふざけた口調の割に、その目からは怒りと憎しみがマグマのように溢れだしていた。
ロランはまったく意に介さず、剣を振り回しながら派手な攻撃をしかける。相手は初めの一撃を見ているので、どうしても間合いを多くとる。そう、これはいつもの手。ロランは陽動なのだ。
屋根に上ったファッビオが、ローザにとびかかりざま、火を吹き付ける。羽ばたきを止めにかかったのだ。
「裏切り者がっ」
吐き捨てながらファッビオに蹴りを入れるローザ。ファッビオがヒラリとそれを避けた。
ローザのバランスが一瞬崩れたところで、ロランが叫んだ。
「いいかっ!?」
メルヒとジークの応じる声。途端、キーンとその場が凍り付いた。
「──!?」
ローザの体が固まった。
結界が作動したのだ。ジークが呪文を唱えると、ローザを囲む結界の中に風が起きた。
突然発生したつむじ風は、ローザの周囲をめぐり、徐々に速度を増し、渦巻いていく。
「くっ」
大きく結界にぶち当たり、破ろうともがくローザ。
「ちっ、テオ! アレクシア!」
ジークが叫ぶ。それに呼応して、魔力の補助が結界を支えるのを感じた。アレクシアだ。
ファッビオが祈るアレクシアの傍にたどり着くと、テオフィルは彼に護衛を任せ、ロランに加勢するためアレクシアから離れた。
細身の剣を抜く。勇者テオフィルは、 聖なる力にも、そして武力にも優れているのだ。
もはや竜巻のような風圧に、バサッと鱗粉が撒き散らされ、もがき苦しむローザ。テオとロランの剣士二人は、迎え撃つ準備をする。
「すごい力だ、相当上級の魔族だな」
「だが、魔王じゃない」
その時、空気が弛んだ。
二人の剣士は、ジークの結界が破られたことを知って腰を落とし、身構える。
破られたが、もう一つの罠が、まさに蜘蛛の糸のようにローザをとらえていた。
木の上に潜んだメルヒが、糸を手繰り寄せるように手を動かす。水の糸とテオは呼んでいた。
「ぐぁあああああ」
ローザがもがき苦しむ。水の糸が凍って翅にくっついたのだ。クロアゲハの羽は粉々に砕け、血が飛び散った。深紅が土の上にぼたぼたと落ちてくる。
ローザはそのまま、地に引きずり寄せられていく。二つの刃があるところへ。
私は胸を抉られた。とっさに、ジークの施した術具を動かし、メルヒに放り投げていた。
結界を復活させようと、目をつぶって呪文を唱えていたジークが、眉を顰めた。
術具がぶつかったメルヒは、突然のことに対応できず、バランスを崩す。
急に身動きできるようになったローザが、その隙を逃さず絡んでいた糸を引きちぎる。そして思い切り引っ張った。
どうにか体勢をたて直そうとしたメルヒが、木の上から落下した!
私はとっさにメルヒの下に滑り込み、クッションになる。
って、今は魔力を封じているただの女だ。大の男の体重を受けて、ぐえっと潰されそうになった。
完全に自由になったローザ。糸を手繰った先のメルヒオールに気づき、般若の形相でよたよた近づいてくる。
「よくも……よくも」
手負いの獣状態のローザの周囲に、真紅のオーラが滲み出てきた。それは彼女が今まで我々を舐めきり、まったく本気を出していなかったことを物語る魔力。
肌が粟立ち、全身が硬直した。これは、 まずいやつだ。三矢──中ボスは、かくも強いのか。
ローザの金色の目が、カッと開かれた。
複雑な術式を要する賢者のメルヒでは、防御魔法は間に合わない!
私はとっさに魔力を解放しようとした。
しかし私の目は、ローザと私たちの間に突然割り込んだ、テオフィルの背中に釘付けになった。
彼が両手を前に差し出すのと、ローザが力を放つのは、ほぼ同時だった。
爆音が森の中に渦巻き、天高く響き渡る。ものすごい波動に体を押しつぶされそうになりながら、それでも何とか顔をあげた。
ローザの攻撃を、テオの前に現れた大きな円盤状の光の板がはじき返していた。
勇者の力を目の当たりにし、私は胸を震わせる。テオの力は──神力はこれほどまでに……。
おおよそ人の体では耐えられないほどの力を、テオは絞り出すように放出し続ける。しかし、ローザの攻撃力はさらにあがり、テオの光の板は大きくたわんだ。
テオが押されはじめ、さらに己の中から力を振り絞る。私は不安になった。
「テオ、それ以上は死んじゃう!」
私は叫んでいた。その時、ローザの攻撃が止まった。
フラフラと後ずさるローザ。少し色の濃い血が土の上にしたたり落ち、ローザがこれ以上の余力を残していないことを知った。テオの、粘り勝ちだ。
ローザは憎々しげに我々を睨みつけ、こてこての捨て台詞を吐く。
「あんたたち、覚えておいで!」
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