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第二章
魔物と人間
しおりを挟む会いたくて仕方なかったけど、取り敢えず我慢。
アッサールが止めるまでもなく、どうやって会いにいけばいいのか分からないし、いきなり大魔王が現れたらあちらもびびるだろう。
まずは、絶対必要で、無難な魔法を大急ぎで覚えることにした。たとえば、転移魔法とか。
これは単純な魔法の操作でできるみたいだけど、魔力がすごく強くないと使えないそうだ。
大きな魔力量ありきと言えば、浮遊術もそう。翼の無い魔物が浮いたり飛んだりするのは、大変な魔力を要するらしい。
あと魔力を隠す術も教えてもらった。こちらは逆に、魔力が強いほど難しいんだって。抑え込むのが大変とかで。
それに、完璧に魔力を封じてしまうと、咄嗟に魔法を発動できないから危険だとか。アッサールは渋い顔をしていたけど、それが一番必要な能力だわ。勇者一行は魔力を探知できるからね。
絶対に修得してやる!
アッサールは結局私の命令には逆らえないのか、渋々だけど、丁寧に教えてくれた。
さすがというか、やはり魔王はすごい。いや、大魔王だからかしら?
……わずか三日でできるようになった。
ていうか、余裕すぎた。もしかして小説の文字数の都合上なのかな? 恋愛物で修行シーンは基本カットなのかしら? 時間の流れがゆっくりになる部屋に入ったり、やたら重い防具とか付けなくていいの?
まあ、師匠が良かったからなのかもしれないけれどさ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「本当に行くんですか?」
アッサールが真顔で聞いてきた。
「ええ。魔力を消せるようになったもの。光の神殿の近くまで行ってみるわ」
私は焦っていた。早くしないと、彼らの中に私の居場所がなくなりそうで怖かった。千里眼球で見たあの聖女は……一体なんなの?
「行って、どうするんです?」
探るような、アッサールの金の瞳。
「分からないわ」
会いたい。一目でもいいから姿を見たい。いえ、ちゃんと話をしたい。今まで一緒に戦ってきた仲間だもの。こんな女王様みたいな私でも、気づいてくれるかもしれない。あ、魔王だった。
「様子を見るだけだから、ひとりで行く」
なんとなく、ここの側近たちがついてくるような気がして、咄嗟にそう言っていた。
はっきり言って勇者パーティーに会ったら、私はどうなるか分からない。魔王だけど、記憶は聖女だし、テオフィルを愛している。
「ついて来ないでね」
私は皆に向けてそう言った。罪悪感は、大魔王のものだろうか。でも、私には関係ないもん。
ワニオが困って口をバクバクさせた。
「ついていくも何も、私は転移するほどの魔力はありません。トンボールもフクロルーもです」
フクロルーって誰!? あ、フクロウとカンガルーが合体したみたいなやつね! あとトンボール、最初から転移失敗したみたいな顔してるけど、やっぱできないんだ。
トンボールがちらっとアッサールを見た。
「アッサールさんは転移はできるけど、大魔王様のように完璧に魔力は消せないっすよね」
アッサールはピクッと片眉を動かした。
「できないんじゃない。やらないんだ。少しでも魔力を出せる状態にしておかないと、敵の攻撃に反応するのが遅れる」
こいつ絶対プライド高いな。
「そんな危険なことにならないわよ」
私は焦ってそう言った。戦いに行くわけじゃないんだからさ。
「こっそり見てくるだけ、だからついてこないで!」
しばらく無言でいたアッサールだけれど、ややあって低い声で私に聞いてきた。
「命令しているのですか?」
タジタジになる私。
そりゃまあ、ついてくるな、と命令できる立場じゃないんだけどさ。いや、立場は魔王だけど、どちらかと言うと聖女──敵だからね。
「命令……まあ、そう思ってもらって構わないわ」
答えたその時、ヘビ子が後ろからフード付きの外套で、私をすっぽり包んできた。
「お顔は誰にも見せてはいけませんニョロ、魔王様。特に目は、一発で気づかれますニョロ」
私は首を傾げた。
「魔力の強い者は、目が金色なんです」
そう教えてくれたアッサールの瞳も金色だ。ワニオも……あれはワニだからか?
「ですから、フードを深くかぶって、見られないようにしてください」
トンボールがおにぎりをくれた。ここに来てから不思議とお腹は空かないのだけれど、餞別と思ってありがたく受け取る。
「具はカメムシです」
いらねーわ!
アッサールは少し不満げに私を見ているだけだった。まるで、疑っているように目を細めている。
ギクッ……私が勇者側に行っちゃうかも、って気づいてる?
※ ※ ※ ※ ※
ヘビ美の言うとおり、顔を見せないように気を付けながら、人の住むところにやってきた。
魔王城は大きな島の一つにある。海を渡るのだけど、ファンタジー万歳。転移魔法で一瞬だった。
島の方向を見た。霞んでいて島自体は見えない。結界で人間の目をごまかしているようだ。
もちろん、他にも魔物の棲家はあるので、勇者たちはどこに大魔王がいるのか分からず、まず棲家を探すことで苦戦していたっけ。
念のため、島の方向にさよならをした。
魔物とはいえど、いい人ばかりだったな。まあ、私が魔王だからだろうけどさ。
海岸沿いは、貧民が住む寒村だ。やはり魔物の島が近い影響で、魔獣も出没しやすい。安全な場所ほど地価が高くて住めないのかしら。
漁師が荷車を引いていくのを見かけた。ボロをまとった村人たちは見るからに貧乏だが、完全に人間でほっとした。
もっと奥に目をやると、遥か彼方に城壁が見えた。おそらく都市がある。ふん、中世感たっぷりじゃない。
私はその中に一瞬で転移していた。
──ファンタジーやっぱりすごいな。
石畳の通り、石造りの建物、身綺麗な人達がゆるやかな坂道を上り下りしている。
神殿のある聖都に比べれば僻地のようだが、ご都合主義なのか大変美しい街並みだ。
中世の魅力たっぷりの街! なんてキャッチフレーズがついたヨーロッパの世界遺産に行ったことがあるけど、それと似た雰囲気──観光向けに整えられた感があった。
服装は、農民や漁師と違って、都市の市民は華やかで近代的。いつの時代設定だろう、謎の恰好をしている。
この適当な世界観は、Web小説のファンタジーならでは。
正直、建物の上から糞尿が落ちてきたらどうしようと怯えていたが、きっと水洗トイレだってあるに違いない。いや、そもそも排泄しなさそう。
まあとにかく、壁内は人間にとって安全な場所のようだ。
ほっとした瞬間、上から何か落ちてきて、目の前の石畳でグシャッと潰れた。
「ぎゃぁあああああ!」
びっくりした、びっくりしたわよ!
落ちてきたのはぬいぐるみだ。デフォルメされたキャラクターもの……。
私はそこで凍り付いた。血が飛び散っている。
──よく見たら、耳の生えた半分獣の魔物だった。ワニオやトンボールの大きさと比較したら、まだ子供なのだろうか。
上から声が降ってくる。
「ネズミ一匹捕れないような奴隷は要らないよ! タダ飯食わせるために買ったわけじゃない!」
私は慌ててその子に駆け寄る。周囲の通行人がぎょっとしたようにこちらを見た。
「よしなさい、血で汚れるよ。あとで清掃奴隷が片付けるだろう。ったく、上から奴隷を投げるなんてマナーがなってない」
生ゴミかよ……。
どれほど虐待されたのか、子供(?)は傷だらけで瀕死だった。魔獣ではないようだけど、魔力は弱い。蝋燭に火をつけるくらいの、そんな能力しかないだろう。
つまり、異形なだけの無力な魔物。
私は子供を抱えて路地裏に入り、傷を治す。それから考えた。できるかな。うん、できそう。
イメージし、魔力を少しずつ注ぎ込み、完全な猫型にしてやる。
知能はあるのに、言葉が話せず、獣型でもない。そんな魔物よりは、猫として生きていく方が生き残れる気がしたのだ。
ギシギシと、およそ猫らしからぬ声で鳴くと、猫魔獣──いや三毛猫は、お尻を振りながら優雅に去って行った。
私は、魔物に対する迫害を知らなかった。
市内をうろつくと、どうにもやりきれない現実が見えてきた。
人間に捕まった魔物は奴隷にされる。見世物にされたり、劣悪な鉱山行きになったりと、ひどい差別を受けていた。
荷車を引く虎柄の魔獣を見つめた。魔獣ならまだいい。知能がないから、牛や馬のように、屈辱は感じないだろう。
でも──。
市場に行くと、肉や魚、野菜が売っている隣の店舗に、耳の生えた奴隷たちがいた。彼らは人型だけど、首に複雑な模様のある首輪をしている。目を細めて集中して視ると、魔法がかかっている。魔力を封じられ、売られているのか。
人間側の視点で小説を読んでいたから、私はさらっと流してしまっていたのだ。
なぜ大魔王が、魔物を率いて人間を滅ぼしにかかるのか。
魔物からしたら人間はかくも残酷なのだ。
「わたし、どうしたらいいんだろ……」
なんで魔王になってしまったのか。どっちつかずの己の身がもどかしかった。
人も、素質や修行によって、魔法が使えるようになる。人間はそれを聖なる神の力──神力と呼んでいた。
対して低級な魔物は、魔力の弱い、知能さえない魔獣がほとんど。
だから、人と魔物の力は拮抗しているのだ。
いや、ここのところ人間の数が増えて、魔物の棲家が圧迫されてきたと聞いた。さらに横暴が無視できなくなってきたから、魔物たちは古の魔王の復活を切望していたようだ。
そして、大魔王ゴルゴンドロン・ジョーが生まれた。
そう、この私だ。
ぎゅっと体を抱きしめる。
私は聖女だもの。勇者テオフィルとともに大魔王を滅ぼし、人間界から魔物を一掃しなければならない。
だって、そうしなければ人間が滅びてしまう。
せっかく思いの通じ合ったテオフィルとだって、ラブラブできなくなる。
──って、大魔王私じゃん!?
私はまた、共に旅をしてきた勇者一行を思い出した。
私だけなのだろうか。記憶が鮮明に残っているのは。……おそらくそうだろう。彼らは小説の中の主人公。転生者ではない。
あの最初の物語を、なかったことにされているのだから。
テオ。テオに会いたい。
テオフィルのふわりとした笑顔が脳裏に浮かぶ。初任務の時、うまく回復魔法が使えなかった私を、傷だらけの体で慰めてくれたっけ。
傷の一つ一つに口づけしてくれたらそれでいいって、私を笑わせて、リラックスさせてくれた。
明るい緑の瞳で見据えられた時、いつもの穏やかな雰囲気が消えて……。
あ、そうそうここってR18小説だからね。
回復目的関係無く、隙あらばにゃんにゃんシーンが盛り込まれる。
聖女アレクシアは逆ハー小説だけあって、とにかくモテた。
テオを好きになる前は、アレクシアも逆ハーパーティーの中でフラフラしていたっけ。
テオが焼きもちをやくところがまた可愛くてね。
思い出に浸りながら歩いて行くと、わんぱくそうな男の子たちが、白い野良犬をいじめているのに出会った。
よく見ると、強い魔力のある魔物の特徴である、金色の目をしている。つまり犬ではないってことね。それに魔獣でもない。そこには、知能の光があった。
「ぼくたち! 弱い者いじめをして恥ずかしくないの? メッよっ」
聖女の口調で子供たちを叱る。拳を振り上げたせいで、外套がめくれて私の黒革ボンデージが丸見えに。
子供たちの視線が、明らかに私のオッパイの辺りに釘付けになった。
「なんだよ、痴女! おまえ夜の蝶とかいうやつだな!」
確かに銀座うろついていたら間違えられそうだけどさ! 出勤前ですか、とか同伴ですか、とか言われそうだけどさ!
「ガキどもっ! 生意気言ってると金玉つぶすよっ」
私は護身用にと蛇男が用意してくれた鞭を太ももの付け根から取り出し、バシッと地面をたたいた。
私の履いているピンヒールがとても痛そうだと思ったのだろう。悪ガキたちは逃げて行った。
うん、やけにしっくりくる。なんか、聖女の時より演じやすい。私ってやっぱりこっち系だったのかしら。
「人里になんておりてくるんじゃないわよ。奴隷にされちゃうわよ」
スリットの入った所から鞭を戻し、強気な口調で野良犬──いや、魔物を追い払う。
「さっさと棲家にお帰りなさ──」
「なんて優しい」
しゅるっと犬の姿が溶けた。目の前に現れたのは、勇者パーティーのファッビオだった。あの頃よりまだ若い少年の姿だったけど。
「僕は魔力の弱い魔物なのです。だから魔物の里でもいじめられて、人間界に追いやられてしまった。だけど人間にも貴女のように優しい人がいるんだな……あれ? あなた人間じゃ……ないの?」
ドキッとなり、慌てて魔力を完璧に封じ込んだ。鼻が利くやつめ。
ファッビオは元々有名な魔物の一種、人狼の一族だ。魔力が弱いはずがないんだけど……仲間内でも一族の面汚しとか言われて色々あったのだろうか。
いや、知らんけど。その辺割愛されていたから。
聖女により聖なる力を体内に宿すことになり、大人一人を軽々乗せられるくらい巨大化したんだっけ。
──なにこの適当な設定。
それにしてもファッビオ、元々はこんなに小さかったんだ。
聖女アレクシアだった時、よくファッビオにもたれて眠り込んだのを思い出す。綺麗に洗われた毛がふかふかで、いいベッドになってくれた。
懐かしさがこみ上げる。温かい思い出と言うか、生温かい思い出だ。
そうね、ファッビオ。貴方は、人間の方に付くのよね。こんな所で都合よく会うなんて、やっぱりこの世界は小説の中なんだわ。
それに、新しい物語が紡がれている。
「ぼく、修行していつか人間の役に──あなたの助けになりたい。修行して、強くなって、あなたを番にします。名前を教えていただけますか?」
番って──。
元は逆ハーレム小説だもの、彼にも何度か襲われそうになったけど。それは今の私じゃないしな。
「えーと、アレクシアよ。聖女アレクシア」
違う。
その名前はもう私のじゃない。配役は変わってしまった。今の私は魔王。魔物たちの王ゴルゴンドロン・ジョー。
それでもやっぱりテオフィルに会いたい。私は立ち上がっていた。
「アレクシアさん、どちらに?」
尻尾を振りながらファッビオがついてくる。
「神聖ナントカってところにある神殿よ。あなた、尻尾が隠せるようにならないと、人里に来てはだめよ」
ファッビオの尻尾が垂れる。
「分かりました、では一人前に、人間に化けられるようになったら、あなたをもらいにいきますね」
何言ってんの。思わずクスッと笑ってしまった。バカにされたと思ったのか、ちょっと気分を害したように唸る少年時代のファッビオ。可愛い。
瞳が金色だから、ほんとうは魔力が強いんだと思うけど、もしかしてワニオみたいに、元々の目の色なのかしら。狼だし。
私はファッビオに手を振ってから立ち去る。モフモフ好きにはたまらないキャラのファッビオ。彼とはまた会えるはず。
それから私は意を決した。周囲を見渡して誰も見てないことを確認する。
目をつぶり息を吸う。大丈夫、ちょっと遠いけど、できる。光の神殿をイメージした私は、次の瞬間力を放った。
目を開くと、一気に神聖ナントカという国にある聖都に転移していた。
ご都合主義万歳。
まあ、さすがにこんなことできるの、大魔王と側近くらいだろう。
テオフィル待っていて。
たとえ配役が変わっても、私とあなたは繋がっているはずだから。
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