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第二章
聖女じゃなかった件
しおりを挟むぬるっとしたものが、体に纏わりつく。
なんだろう。ぬるま湯のような中に、私は浮いている。体を丸めてプカプカ、プカプカ……。
羊水?
そうか、ここは胎内なんだ。え、こんな状態から始まるの?
聖女アレクシアとして歩んできた人生の記憶は、彼女が物心ついたころからである。
そりゃ、普通でしょ。胎児や乳児の時の話なんて、物語に不要だし、第一、私の元の人生だってそんなものだわ。
母の胎内から記憶がある人なんて、なかなかいないんじゃないの?
でも、外の音は聞こえてくる。なんだか騒がしい。
言い争いをしているような声がする。
うるさいなぁ。
意識がはっきりしてきた。
それに、窮屈。もうやだぁ。
思い切り伸びをする。指先が何かに引っかかった。
薄い膜が破れる。バシャ、という音とともに、外気が入ってくる。私は何か言おうとして、口からガパッと水を吐きだしていた。
ゲホゲホゲホ。
え、なんだ? 生まれたの?
「皆の者、卵が孵化したぞ! お生まれになった!」
歓声が、耳に流れ込む。え? 何? 目をこすり、ぼやけた視界をはっきりさせた。
トカゲ人間が、こちらを見ていた。
ふう……へんな夢、で済ませる。
トカゲが人間みたいに服を着て直立してるとか、まだ夢の中だよね。
「力は出ますか? 外気から上手く精力を取り入れられますか?」
……しゃべった。
私が無言でトカゲ人間を見ていると、でっかい口が再び開いた。
「空腹感があるようでしたら、生肉でもご用意いたしますが」
……やっぱりしゃべってる。
あとトカゲじゃない。どうせなら正しく現実を直視しよう。
ワニだ。
だって頭も口もでっかいし。
そして、私の頭が正気なら、蝶ネクタイのモーニングコートを着ている……ように見える。
私はワニ人間の背後に視線を移した。
ワニ人間だけじゃない。あきらかに虫っぽい複眼の、昔の映画に出てくる蠅男みたいなヤツまでいる。
嘴付きの目がまんまるなフクロウ──の顔をしながら、体はカンガルーだったり、ヤギやらトナカイみたいな立派な角はあるのに、それ以外は人間だったり。
可愛くデフォルメされた、メルヘンな感じでは無く、ドン引きするくらいリアルな謎生物が、いっぱい私を囲んでいる。
息を吸い込んだ。
「ぎゃぁあああああああああああああああ」
私は絶叫していた。
「落ち着いてください、魔王様」
背中にコウモリの羽をつけた青年がやってくる。顔立ちは人間と変わらない。てか、むしろイケメン。でも耳がちょこっと尖っている? あとやっぱ背中の羽が主張しすぎ。
──な、何? デビル?
腰を抜かして後ずさると、背後から羽交い絞めにされた。
振り返ると、鱗に覆われた顔。シュルルと口から細長いベロが出てくる。
「へへへ、へび」
蛇が私の体に巻き付いている。アナコンダくらいのやつ。ヘビが笑った。
「大魔王様、卵の薄い膜を通したシルエットからして、ある程度予想はしてましたニョロ──しかし、本当に女性だったとは。嬉しいニョロ! ご安心ください、私めの脱皮した皮で、素敵な魔王ファッションを提供いたしますニョロ。女物は得意なんですニョロ」
ニョロニョロうるせえええっ!
蛇はベロをチロチロ出しつつ、何事か唱える。すると、何かが体に張り付いた。
「さて、イメージぴったりですニョロ、魔王様。その方ども、鏡を用意するニョロ!」
大型の鏡が、私の目の前に立てられる。私は、ゆっくり立ち上がった。
そう、生まれたばかりなのに、立ち上がれるのだ。
鏡に映っていたのは、うるきゅん美少女アイドル風聖女アレクシアの私ではなかった。もちろん転生前の日本人でもないのだけど、どちらかと言うとそっち属性に近い。
くっきりした顔立ちの、色気むんむん、いかにもビッチなパイオツカイデー女。
しかも蛇男が提供した──脱皮したやつ?──真っ黒な蛇革のボンテージを身にまとっている。
どう見ても、SMの女王だ。
「魔王さま。いや、大魔王ゴルゴンドロン・ジョー様、よく復活してくださいました」
ざざっと謎生物たちに跪かれた。
顔まで完全に動物なのと、ほぼ人間のような姿の者、さまざまだけど、とりあえずあなた達なんなの!? 頭がおかしくなりそうだわ!
百日後にどうにかなりそうなワニ人間が、感激しながら告げる。
「お待ちしておりました。さあ、人間を殲滅しに行きましょう」
私はその場から逃げ出していた。
それからどうやら大魔王の棲家らしい城のある、岩山のてっぺんに上り神に叫んでいた。
「グーグラ神! おかしいじゃない! 聖女でやりなおすはずだったのに、なんで魔王になってるのよぉおおおおお!! 約束が違うわよぉおおおおおおおおおおおお!!」
こうして、私の二度目のいや、三度目の人生が始まった。
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