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四章

2 趣味の部屋【拷問注意】

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 眩い新館の地下には、領主が特別に作らせた奇妙な大部屋がある。

 トラヴィスは気分が晴れないとき、いつもこの部屋に隠ってしまう。

 この部屋へはトラヴィスの他に、限られた人間しか入ることを許されない。

 希に、客人として招いた貴族や城の側近たちを案内するが、どうしたことか闘技会とは違いあまり喜んでいる者がいない。闘技会のように賭博でないとつまらないのか、と思い、どの奴隷が一番生き残るか賭けようと持ち掛けたが、やはりあまり楽しそうでは無かった。

 が、イライザだけは違った。

 彼女はトラヴィスに勝るとも劣らず、この部屋を愛していた。本心から、彼の趣味を褒め称えてくれていた。自分と同じく、高尚な感性を持っていたからだ。

 イライザだけが、彼の気持ちを分かってくれていたのだ。

「愛する妻よ、おまえの敵はとるぞ」

 その部屋の中央に立ち、トラヴィスは深く息を吸った。

 部屋に染み付いた甘い血の臭いが鼻孔をくすぐる。

 目の前におかれた檻のなかには、怯えた虜囚たちが押し込められていた。

 額に焼き印を押されているところをみると、どうやら奴隷らしい。異教徒や遊牧の民、そしてお馴染みのルーマン人。まだ子供もいる。

 彼らは落ちつかなげに、木の牢屋から部屋のなかを見廻していた。

 壁に掛かった刺だらけの棍棒や皮の鞭、ぐらぐらと煮え立つ大釜や針の植え付けられた椅子。それらが、不安の要因だった。
 
 隅の方におかれた石の台や、内側に無数の鉄針が飛び出した棺桶のようなものには、黒く変色した血がこびりついている。

 よく見れば、壁や床にも黒いシミの跡がある。

 領主の趣味の部屋ーー拷問室だった。

 トラヴィスは女の奴隷を1人、天井からぶら下がっている鉄の滑車の下にある柱に無理やり縛り付け、自ら脇のレバーに手をおいた。

「イライザはこれが大好きだった」

 レバーを回すと、女の体が大きく反り返った。絶叫が地下室に反響する。トラヴィスは恍惚となって目を閉じた。

「いいぞ、最高だ」

 もう一度レバーを回す。両手両足からかかる不自然な力に耐えきれず、ボキッという音がして悲鳴が止んだ。トラヴィスは舌打ちをすると、部下に命じて死体を片づけさせた。

「もろいな。もっと生きのいいのを引っぱり出せ!」

 赤銅色の肌の少年が選ばれた。すでに恐怖の色が彼の瞳を染めている。

 他の人間が殺されるところをわざと見せるのも、トラヴィスのやり方だった。

「今日はイライザの追悼会だ。いつもより派手な声を聞かせてくれ」

 トラヴィスはそう言うと、少年の腕を掴んだ。



* * * * * *


「なにぃ? 拷問室に行かれただと!?」

  チャーチが眉をつり上げた。頬傷の彼に睨まれると、鍛えられた兵士でも震え上がってしまう。

「白夜はまだ捕まってないんだぞ? あまり伯爵を動きまわらせるな!」
「お止めしたのですが、白夜は外に出たからと……」

 チャーチはため息をついた。確かに白夜は街に出現した。

 だが、あの警備の中、簡単に外に出られたということは、再び城内に戻ってくることも可能なのではないか。どうやったかは知らないが。

 城門は四ヶ所あるが、跳ね橋を上げてしまえば出られないはず。しかも城壁の堀の外側も警備隊を巡回させていた。

 目的を果たす前に逃げ出すこともあるだろうと、ノエルを含む第二騎士団の主要部隊は外に残していた。

 伯爵の向かう場所は常に騎士たちを待機させ、さらに密室状態の完全警備の部屋に閉じこめておきたかったのだ。

「しょうがないな。つきっきりでお守りしろ!」
「それが、あの部屋には我々も入ることができなくて――」

 チャーチは舌打ちした。そうだ、前からそうだったではないか。高貴な者にしか、わからない趣味だとかで――分かりたくもないが――あのお遊びをしているとき邪魔をすれば、こちらが殺されかねない。

「あのー」

 後ろから、遠慮がちな声がかけられた。

「何だ!」

 振り返ったチャーチは、イラついていたのでものすごい形相だったに違いない。声の主はびくっと肩をすくめた。

 水色の瞳の美少女は、確かイライザ付きの絵師だ。以前会ったことがある。だが、さらにそれ以前に市門でナンパしたことは覚えていなかった。

 チャーチは少しだけ声を和らげた。

「おまえの仕事はもうない、報酬を受け取ってさっさと帰れ」

 少女はおずおずと告げた。

「お願いがあります。私を領主様に会わせていただけませんか?」

    
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