37 / 64
四章
2 趣味の部屋【拷問注意】
しおりを挟む
眩い新館の地下には、領主が特別に作らせた奇妙な大部屋がある。
トラヴィスは気分が晴れないとき、いつもこの部屋に隠ってしまう。
この部屋へはトラヴィスの他に、限られた人間しか入ることを許されない。
希に、客人として招いた貴族や城の側近たちを案内するが、どうしたことか闘技会とは違いあまり喜んでいる者がいない。闘技会のように賭博でないとつまらないのか、と思い、どの奴隷が一番生き残るか賭けようと持ち掛けたが、やはりあまり楽しそうでは無かった。
が、イライザだけは違った。
彼女はトラヴィスに勝るとも劣らず、この部屋を愛していた。本心から、彼の趣味を褒め称えてくれていた。自分と同じく、高尚な感性を持っていたからだ。
イライザだけが、彼の気持ちを分かってくれていたのだ。
「愛する妻よ、おまえの敵はとるぞ」
その部屋の中央に立ち、トラヴィスは深く息を吸った。
部屋に染み付いた甘い血の臭いが鼻孔をくすぐる。
目の前におかれた檻のなかには、怯えた虜囚たちが押し込められていた。
額に焼き印を押されているところをみると、どうやら奴隷らしい。異教徒や遊牧の民、そしてお馴染みのルーマン人。まだ子供もいる。
彼らは落ちつかなげに、木の牢屋から部屋のなかを見廻していた。
壁に掛かった刺だらけの棍棒や皮の鞭、ぐらぐらと煮え立つ大釜や針の植え付けられた椅子。それらが、不安の要因だった。
隅の方におかれた石の台や、内側に無数の鉄針が飛び出した棺桶のようなものには、黒く変色した血がこびりついている。
よく見れば、壁や床にも黒いシミの跡がある。
領主の趣味の部屋ーー拷問室だった。
トラヴィスは女の奴隷を1人、天井からぶら下がっている鉄の滑車の下にある柱に無理やり縛り付け、自ら脇のレバーに手をおいた。
「イライザはこれが大好きだった」
レバーを回すと、女の体が大きく反り返った。絶叫が地下室に反響する。トラヴィスは恍惚となって目を閉じた。
「いいぞ、最高だ」
もう一度レバーを回す。両手両足からかかる不自然な力に耐えきれず、ボキッという音がして悲鳴が止んだ。トラヴィスは舌打ちをすると、部下に命じて死体を片づけさせた。
「もろいな。もっと生きのいいのを引っぱり出せ!」
赤銅色の肌の少年が選ばれた。すでに恐怖の色が彼の瞳を染めている。
他の人間が殺されるところをわざと見せるのも、トラヴィスのやり方だった。
「今日はイライザの追悼会だ。いつもより派手な声を聞かせてくれ」
トラヴィスはそう言うと、少年の腕を掴んだ。
* * * * * *
「なにぃ? 拷問室に行かれただと!?」
チャーチが眉をつり上げた。頬傷の彼に睨まれると、鍛えられた兵士でも震え上がってしまう。
「白夜はまだ捕まってないんだぞ? あまり伯爵を動きまわらせるな!」
「お止めしたのですが、白夜は外に出たからと……」
チャーチはため息をついた。確かに白夜は街に出現した。
だが、あの警備の中、簡単に外に出られたということは、再び城内に戻ってくることも可能なのではないか。どうやったかは知らないが。
城門は四ヶ所あるが、跳ね橋を上げてしまえば出られないはず。しかも城壁の堀の外側も警備隊を巡回させていた。
目的を果たす前に逃げ出すこともあるだろうと、ノエルを含む第二騎士団の主要部隊は外に残していた。
伯爵の向かう場所は常に騎士たちを待機させ、さらに密室状態の完全警備の部屋に閉じこめておきたかったのだ。
「しょうがないな。つきっきりでお守りしろ!」
「それが、あの部屋には我々も入ることができなくて――」
チャーチは舌打ちした。そうだ、前からそうだったではないか。高貴な者にしか、わからない趣味だとかで――分かりたくもないが――あのお遊びをしているとき邪魔をすれば、こちらが殺されかねない。
「あのー」
後ろから、遠慮がちな声がかけられた。
「何だ!」
振り返ったチャーチは、イラついていたのでものすごい形相だったに違いない。声の主はびくっと肩をすくめた。
水色の瞳の美少女は、確かイライザ付きの絵師だ。以前会ったことがある。だが、さらにそれ以前に市門でナンパしたことは覚えていなかった。
チャーチは少しだけ声を和らげた。
「おまえの仕事はもうない、報酬を受け取ってさっさと帰れ」
少女はおずおずと告げた。
「お願いがあります。私を領主様に会わせていただけませんか?」
トラヴィスは気分が晴れないとき、いつもこの部屋に隠ってしまう。
この部屋へはトラヴィスの他に、限られた人間しか入ることを許されない。
希に、客人として招いた貴族や城の側近たちを案内するが、どうしたことか闘技会とは違いあまり喜んでいる者がいない。闘技会のように賭博でないとつまらないのか、と思い、どの奴隷が一番生き残るか賭けようと持ち掛けたが、やはりあまり楽しそうでは無かった。
が、イライザだけは違った。
彼女はトラヴィスに勝るとも劣らず、この部屋を愛していた。本心から、彼の趣味を褒め称えてくれていた。自分と同じく、高尚な感性を持っていたからだ。
イライザだけが、彼の気持ちを分かってくれていたのだ。
「愛する妻よ、おまえの敵はとるぞ」
その部屋の中央に立ち、トラヴィスは深く息を吸った。
部屋に染み付いた甘い血の臭いが鼻孔をくすぐる。
目の前におかれた檻のなかには、怯えた虜囚たちが押し込められていた。
額に焼き印を押されているところをみると、どうやら奴隷らしい。異教徒や遊牧の民、そしてお馴染みのルーマン人。まだ子供もいる。
彼らは落ちつかなげに、木の牢屋から部屋のなかを見廻していた。
壁に掛かった刺だらけの棍棒や皮の鞭、ぐらぐらと煮え立つ大釜や針の植え付けられた椅子。それらが、不安の要因だった。
隅の方におかれた石の台や、内側に無数の鉄針が飛び出した棺桶のようなものには、黒く変色した血がこびりついている。
よく見れば、壁や床にも黒いシミの跡がある。
領主の趣味の部屋ーー拷問室だった。
トラヴィスは女の奴隷を1人、天井からぶら下がっている鉄の滑車の下にある柱に無理やり縛り付け、自ら脇のレバーに手をおいた。
「イライザはこれが大好きだった」
レバーを回すと、女の体が大きく反り返った。絶叫が地下室に反響する。トラヴィスは恍惚となって目を閉じた。
「いいぞ、最高だ」
もう一度レバーを回す。両手両足からかかる不自然な力に耐えきれず、ボキッという音がして悲鳴が止んだ。トラヴィスは舌打ちをすると、部下に命じて死体を片づけさせた。
「もろいな。もっと生きのいいのを引っぱり出せ!」
赤銅色の肌の少年が選ばれた。すでに恐怖の色が彼の瞳を染めている。
他の人間が殺されるところをわざと見せるのも、トラヴィスのやり方だった。
「今日はイライザの追悼会だ。いつもより派手な声を聞かせてくれ」
トラヴィスはそう言うと、少年の腕を掴んだ。
* * * * * *
「なにぃ? 拷問室に行かれただと!?」
チャーチが眉をつり上げた。頬傷の彼に睨まれると、鍛えられた兵士でも震え上がってしまう。
「白夜はまだ捕まってないんだぞ? あまり伯爵を動きまわらせるな!」
「お止めしたのですが、白夜は外に出たからと……」
チャーチはため息をついた。確かに白夜は街に出現した。
だが、あの警備の中、簡単に外に出られたということは、再び城内に戻ってくることも可能なのではないか。どうやったかは知らないが。
城門は四ヶ所あるが、跳ね橋を上げてしまえば出られないはず。しかも城壁の堀の外側も警備隊を巡回させていた。
目的を果たす前に逃げ出すこともあるだろうと、ノエルを含む第二騎士団の主要部隊は外に残していた。
伯爵の向かう場所は常に騎士たちを待機させ、さらに密室状態の完全警備の部屋に閉じこめておきたかったのだ。
「しょうがないな。つきっきりでお守りしろ!」
「それが、あの部屋には我々も入ることができなくて――」
チャーチは舌打ちした。そうだ、前からそうだったではないか。高貴な者にしか、わからない趣味だとかで――分かりたくもないが――あのお遊びをしているとき邪魔をすれば、こちらが殺されかねない。
「あのー」
後ろから、遠慮がちな声がかけられた。
「何だ!」
振り返ったチャーチは、イラついていたのでものすごい形相だったに違いない。声の主はびくっと肩をすくめた。
水色の瞳の美少女は、確かイライザ付きの絵師だ。以前会ったことがある。だが、さらにそれ以前に市門でナンパしたことは覚えていなかった。
チャーチは少しだけ声を和らげた。
「おまえの仕事はもうない、報酬を受け取ってさっさと帰れ」
少女はおずおずと告げた。
「お願いがあります。私を領主様に会わせていただけませんか?」
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた
黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。
その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。
曖昧なのには理由があった。
『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。
どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。
※小説家になろうにも随時転載中。
レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。
それでも皆はレンが勇者だと思っていた。
突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。
はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。
ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。
※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる