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三章
13 スラヴォミール夜逃げを決意する
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マーリタル王国だ。あそこに保護を求めれば、領主の追手も及ばない。
かねてから、こちらの国内情報と資金を横流しして、自分の居場所の基盤を作ってある。
文献によると古代帝国時代、あの辺りは属州にあったようだが、混乱期、多くの諸侯を味方につけ、セルディアン王国に並ぶ強国となっている。
十五年前の聖地遠征で国力を削がれたが、他の国々同様徐々に力を蓄えつつ、虎視眈々と豊かなセルディアン地方を狙っていた。
当然旧教徒であり、教皇国の息もかかっている。
多くの教徒たちと同じく、スラヴォミールは天父神教会の新旧にはこだわりなどないので、逃亡先にはもってこいである。
しかも、家族を捨てることにも躊躇いはない。人生は一度きり、全力で自分のために生きる。
今まで、領主から預かった夢物語──王族に返り咲くための革命資金など、とっくにマーリタルに送られている。
(あいつはバカだ)
各警備隊を私軍扱いなのだからな。自由にできると思ってやがる。
スラヴォミールは財宝部屋を見渡して、顔を緩ませた。さらに旅の資金と忖度用の金品を物色しているのだ。
革製の袋が何個も積み上げられている。
正直、初めは自分もトラヴィスを利用して、セルディアン王国を乗っ取れないか考えたこともある。スラヴォミールが力を借りようとしていたマーリタル王も、トラヴィスを立てて国盗りを考えていただろう。
が、スラヴォミールの報告を聞いてかの王はドン引きしてしまったのだ。
「うーん、なんかガチでヤバイやつじゃん。武力も取り上げられてるし、完全に見捨てられてない? 利用価値無さそう」
あっさりそう言われてしまった。異常性を包み隠さず報告しすぎたようだ。
かの国は自力で戦をしかけ、バスクなど蹴散らし、豊かなセルディアン地方を奪う方向性でいるらしい。どうやって……?
(まあ、どうだっていいさ。勝手に戦争でもしてろ)
あんな狂人の補佐に任命して、なにが栄転だ。中央財務府の一役人のほうが、よっぽど気が楽だったというのに。
体のいい左遷じゃないか。こんな国に恩義は無い。
バスク伯スタンフュウスは、領内の財政をすべて任せきりだった。
自分の部下が搾り取った税の一部まで、こつこつと、持ち運びしやすい宝石にしてため込んでいたことにも気づいていない。
そして、領主の財宝庫には、さらなる値打ちものがある。……扱いに困るほどの。
「さて神器はどうしたものか」
サントーメの反乱で、トラヴィスが教皇軍の目を盗み、大聖堂から盗んで来た三つの宝物だ。
本人は、三種の聖遺物を持っている王族であると城内で言いふらしていたが、完全に狂人の戯言だと思われている。監視役も兼ねている自分を含め、都から同行した数人以外は、真実を知らないのだから当然だ。
加えて普段の言動。自ら狂人説を強固な物にするというバカさ加減。
壁に直打ちされた棚を漁り、厳重に梱包された大小の木の箱を二つと、麻布に包まれた長い棒状の物を引っ張り出す。気を付けながら、箱のうち、大きい方の蓋を開けた。
「おお、すごい」
際立った美しさの――虹のように色の混ざった不可思議な光を放つ聖冠。
神々しい。
持っていけるだろうか。金では無さそうだが、価値はある。無いはずはない。この光沢なのだ。王の系譜でも血の濃い者、戴冠役の聖女以外の人間が触ると、体が溶けて無くなると聞いたことがある。
トラヴィスは普通に触っていたが、スラヴォミールにその勇気はない。箱にはルーマン文字で何事か描かれている。封印されているから箱ごと持っていけば大丈夫だ、とトラヴィスは言っていたが、薄気持ち悪くてできなかった。
トラヴィスはぶつぶつ言いながら重量のある三種の神器を自分で馬にくくりつけていたっけ……。
「これだけが、やつを王族だと認定する証ってやつか」
神の力に畏怖の念が沸き起こる。やはり触るのは怖い……。
王族なら公領地にいくらでもいるが、敢えて血の濃いトラヴィスに保管させているのだから、きっと本物なのだろう。トラヴィスは確かにへドリウス王の直系だが、スラヴォミールに彼を敬愛する心情はまったく芽生えなかった。
世の中で大事な物、それは神ではない。王でもない。財なのである。
本当なら領主の奇行──反乱を起こすという妄想──は王都に報告の義務があるのだが、スラヴォミールにそのつもりは無かった。
ガサガサと、金塊よりさらに価値のある宝石漁り、当面の逃亡資金となるルーマン金貨や銀貨も詰め込む。それらはうんとボロい旅装の中にでも縫い込んで、王も領主も手が出せない国に逃げ込むのだ。
頭の中で、今後の人生設計が色々と浮かび上がった。少年時代のような冒険心をくすぐられ、年甲斐もなくワクワクした。
これだけあれば、マーリタル王国だけではなく、どの国でもやっていけるんじゃないか?
スタンフュウスの野郎はついに本格的にトチ狂った。王子だろうが、ただの狂人だ。いったいだれが奴の味方をするというのか。
王に反旗を翻せば、例え元王族であろうと今度こそ許されはしないだろう。だいたいあやつ、反乱を起こしたところで何をもって成功とするのか? だれも──確実に──賛同者がいなければ、王都に攻め込むための戦力は揃えられない。
ならば、ここの古代の防壁──領壁を利用してセルディアン王国からバスクを独立させるつもりだろうか。正当な王として。
州軍を相手に? 領内の騎士団だけで? スラヴォミールはプッと吹き出した。できると思っているのか、あの男は。ただの反逆者で終わるのが目に見えている。一度大逆罪で処刑されそうになっておきながら、またやろうというのか。ばかめ。
そんな分かりきった結果を導くために、自分の命と、この財宝を賭けるわけにはいかなかった。それらはすべて自分のためだけにあるのだ。
トラヴィスのやつ、自分で第二警備隊に話を持ちかけていたようだが、あそこの騎士団長は空気を読むため、領主の戯言を信じたふりをしている。
バスク伯が、どうやらイカれているらしい、と知っていてその責務を果たしているのだから、世渡りのうまい切れ者なのだろう。
もちろん、第二警備隊長ノエルから第三警備隊長のアルジェには、話を通してもいないだろう。第三警備隊は州軍──国軍なのだから。
武器を作らせたり、購入させたりすれば一発で彼らに感づかれ、反乱に参加するどころか捕まるのがオチじゃないか。自領の警備隊に捕獲とか間抜けにもほどがある。
鉄器の組合に大量に武器制作を依頼した発注書は作成してある。火薬職人への為替手形での支払い明細書も。
もちろん両方偽物だ。なのにあのバカ領主は、それらを見せただけで概ね安心していた。まさか本気で実行に移すはずはないと、たかを潜っていたのだが……。
「まあいい。どのみちこの国からおさらばする予定だったんだ」
中央府からの仕事も放棄させてもらうのだから、公平と言えば公平である。
「うむ。俺は中立の立場にいるだけさ」
(気がかりといえば、ドルトン郊外に残していく俺の屋敷か)
金をかけた調度類や趣味で集めた東の陶磁器。持ち運ぶのは不便だ。置いていくのは惜しいが、そればかりはあきらめるしかない。
妻や子のことは少しも考えていなかった。残していけば、あのスタンフュウスのことである。死罪になるかもしれないというのに。
スラヴォミールはそういう男だった。
「さて、もはや憂いは何もない。見つからないうちにとっとといなくなるとしよう」
嬉しそうに呟いた時、背後でノック音がした。
彼が厳選していた旅の従者たちだ。最小限の護衛と、荷物持ちは必要である。
「入れ」
同行を許したのは、金で買収したガタイの良さそうな城の衛兵数名と、御者である。三種の聖遺物の件は、彼らは知らない。このうちの誰かに荷物を持たせ、運ばせよう。
なあに、どうせ何も起こらない。ただの眉唾な伝説なのだから。
「道中重いが、無事に逃げ切ったらおまえたちにもさらなる分け前はやろう」
そう満足そうに言い放って、大きい方の箱を一番大きい騎士に、麻布に包まれた槍をその従騎士に、最後に御者に、杯の入った小箱を棚から手に取るように命じた。
念のため誰にも触らせていなかったそれらからは、三年分の埃が舞い上がる。
(ほら、何も起こらないだろう)
箱や布を通してだからだろうか。それともやはりただの伝説なのか。
命ぜられるまま手に取った彼らが、いきなり溶けたりすることはなかった。
「目立たぬよう、迅速に荷馬車に運び込――」
ドサッドサッ、と従者たちがいっせいに倒れ込んだ。
(ばかな)
これが、聖遺物の呪い……と、思ったとき、その後ろに真っ白な修道服の男が、凛然と立ち尽くしていることに気づく。呪いなどではない。彼に昏倒させられたのだ。
なんで気づかなかったんだ。大柄な衛兵の背後に居たとは言え、気配がまったくなかった……。いつ入ってきたのだろう。吸い込んだ息が悲鳴のように響く。やっとのこと声を絞り出した。
「おぉおおぉ、お、おまえ、お、まえ、まさか?」
震える声で問いかける。
真紅の目が彼を捕らえた。見れば分かるだろう? その目はそう語っていた。
「た、助けてくれ! 金ならほら、ここにいくらでもある!」
必死に訴えるスラヴォミールの言葉がまるで聞こえないかのように、一歩近づく。
「お前のことを誰にも言わないから、たたた、助けてくれ!」
白夜は、また一歩近づいた。
スラヴォミールの下半身に、生温かい感触が広がった。失禁してしまったのだ。ほとんど声にならない声で、カスカスと助命を求める。
「お願いだ、何が望みなんだ? 何でもするから……」
その時、白夜の目が床下に向けられる。明らかに驚愕の意思が白装束の中から伝わる。
箱からこぼれ落ちた聖冠。
「戴冠のミトラ──では、その他はロムゼスの槍と水の聖……杯?」
訝しげに赤い目を細める男。
「な、なぜそれを……」
スラヴォミールは驚いてそう言った。感情に乏しい声がさらに質問を紡ぐ。
「それがなんだか知ってるのか? どこで手に入れた?」
「――お、お前ただの盗賊なのか? じゃあ、神器はお前にやるから、だから助けてくれ」
とにかく何かと引き換えに彼の気を逸らしたかった。
白夜は、しかし、スラヴォミールの喉元を締め上げる。
「答えろ、あの宝物が、なぜここにある?」
「ひぃっ……い、言ったら殺さないでくれるんだな?」
白夜はちょっと考えてから、ようやく頷いた。
「いいだろう」
かねてから、こちらの国内情報と資金を横流しして、自分の居場所の基盤を作ってある。
文献によると古代帝国時代、あの辺りは属州にあったようだが、混乱期、多くの諸侯を味方につけ、セルディアン王国に並ぶ強国となっている。
十五年前の聖地遠征で国力を削がれたが、他の国々同様徐々に力を蓄えつつ、虎視眈々と豊かなセルディアン地方を狙っていた。
当然旧教徒であり、教皇国の息もかかっている。
多くの教徒たちと同じく、スラヴォミールは天父神教会の新旧にはこだわりなどないので、逃亡先にはもってこいである。
しかも、家族を捨てることにも躊躇いはない。人生は一度きり、全力で自分のために生きる。
今まで、領主から預かった夢物語──王族に返り咲くための革命資金など、とっくにマーリタルに送られている。
(あいつはバカだ)
各警備隊を私軍扱いなのだからな。自由にできると思ってやがる。
スラヴォミールは財宝部屋を見渡して、顔を緩ませた。さらに旅の資金と忖度用の金品を物色しているのだ。
革製の袋が何個も積み上げられている。
正直、初めは自分もトラヴィスを利用して、セルディアン王国を乗っ取れないか考えたこともある。スラヴォミールが力を借りようとしていたマーリタル王も、トラヴィスを立てて国盗りを考えていただろう。
が、スラヴォミールの報告を聞いてかの王はドン引きしてしまったのだ。
「うーん、なんかガチでヤバイやつじゃん。武力も取り上げられてるし、完全に見捨てられてない? 利用価値無さそう」
あっさりそう言われてしまった。異常性を包み隠さず報告しすぎたようだ。
かの国は自力で戦をしかけ、バスクなど蹴散らし、豊かなセルディアン地方を奪う方向性でいるらしい。どうやって……?
(まあ、どうだっていいさ。勝手に戦争でもしてろ)
あんな狂人の補佐に任命して、なにが栄転だ。中央財務府の一役人のほうが、よっぽど気が楽だったというのに。
体のいい左遷じゃないか。こんな国に恩義は無い。
バスク伯スタンフュウスは、領内の財政をすべて任せきりだった。
自分の部下が搾り取った税の一部まで、こつこつと、持ち運びしやすい宝石にしてため込んでいたことにも気づいていない。
そして、領主の財宝庫には、さらなる値打ちものがある。……扱いに困るほどの。
「さて神器はどうしたものか」
サントーメの反乱で、トラヴィスが教皇軍の目を盗み、大聖堂から盗んで来た三つの宝物だ。
本人は、三種の聖遺物を持っている王族であると城内で言いふらしていたが、完全に狂人の戯言だと思われている。監視役も兼ねている自分を含め、都から同行した数人以外は、真実を知らないのだから当然だ。
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「おお、すごい」
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神々しい。
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トラヴィスはぶつぶつ言いながら重量のある三種の神器を自分で馬にくくりつけていたっけ……。
「これだけが、やつを王族だと認定する証ってやつか」
神の力に畏怖の念が沸き起こる。やはり触るのは怖い……。
王族なら公領地にいくらでもいるが、敢えて血の濃いトラヴィスに保管させているのだから、きっと本物なのだろう。トラヴィスは確かにへドリウス王の直系だが、スラヴォミールに彼を敬愛する心情はまったく芽生えなかった。
世の中で大事な物、それは神ではない。王でもない。財なのである。
本当なら領主の奇行──反乱を起こすという妄想──は王都に報告の義務があるのだが、スラヴォミールにそのつもりは無かった。
ガサガサと、金塊よりさらに価値のある宝石漁り、当面の逃亡資金となるルーマン金貨や銀貨も詰め込む。それらはうんとボロい旅装の中にでも縫い込んで、王も領主も手が出せない国に逃げ込むのだ。
頭の中で、今後の人生設計が色々と浮かび上がった。少年時代のような冒険心をくすぐられ、年甲斐もなくワクワクした。
これだけあれば、マーリタル王国だけではなく、どの国でもやっていけるんじゃないか?
スタンフュウスの野郎はついに本格的にトチ狂った。王子だろうが、ただの狂人だ。いったいだれが奴の味方をするというのか。
王に反旗を翻せば、例え元王族であろうと今度こそ許されはしないだろう。だいたいあやつ、反乱を起こしたところで何をもって成功とするのか? だれも──確実に──賛同者がいなければ、王都に攻め込むための戦力は揃えられない。
ならば、ここの古代の防壁──領壁を利用してセルディアン王国からバスクを独立させるつもりだろうか。正当な王として。
州軍を相手に? 領内の騎士団だけで? スラヴォミールはプッと吹き出した。できると思っているのか、あの男は。ただの反逆者で終わるのが目に見えている。一度大逆罪で処刑されそうになっておきながら、またやろうというのか。ばかめ。
そんな分かりきった結果を導くために、自分の命と、この財宝を賭けるわけにはいかなかった。それらはすべて自分のためだけにあるのだ。
トラヴィスのやつ、自分で第二警備隊に話を持ちかけていたようだが、あそこの騎士団長は空気を読むため、領主の戯言を信じたふりをしている。
バスク伯が、どうやらイカれているらしい、と知っていてその責務を果たしているのだから、世渡りのうまい切れ者なのだろう。
もちろん、第二警備隊長ノエルから第三警備隊長のアルジェには、話を通してもいないだろう。第三警備隊は州軍──国軍なのだから。
武器を作らせたり、購入させたりすれば一発で彼らに感づかれ、反乱に参加するどころか捕まるのがオチじゃないか。自領の警備隊に捕獲とか間抜けにもほどがある。
鉄器の組合に大量に武器制作を依頼した発注書は作成してある。火薬職人への為替手形での支払い明細書も。
もちろん両方偽物だ。なのにあのバカ領主は、それらを見せただけで概ね安心していた。まさか本気で実行に移すはずはないと、たかを潜っていたのだが……。
「まあいい。どのみちこの国からおさらばする予定だったんだ」
中央府からの仕事も放棄させてもらうのだから、公平と言えば公平である。
「うむ。俺は中立の立場にいるだけさ」
(気がかりといえば、ドルトン郊外に残していく俺の屋敷か)
金をかけた調度類や趣味で集めた東の陶磁器。持ち運ぶのは不便だ。置いていくのは惜しいが、そればかりはあきらめるしかない。
妻や子のことは少しも考えていなかった。残していけば、あのスタンフュウスのことである。死罪になるかもしれないというのに。
スラヴォミールはそういう男だった。
「さて、もはや憂いは何もない。見つからないうちにとっとといなくなるとしよう」
嬉しそうに呟いた時、背後でノック音がした。
彼が厳選していた旅の従者たちだ。最小限の護衛と、荷物持ちは必要である。
「入れ」
同行を許したのは、金で買収したガタイの良さそうな城の衛兵数名と、御者である。三種の聖遺物の件は、彼らは知らない。このうちの誰かに荷物を持たせ、運ばせよう。
なあに、どうせ何も起こらない。ただの眉唾な伝説なのだから。
「道中重いが、無事に逃げ切ったらおまえたちにもさらなる分け前はやろう」
そう満足そうに言い放って、大きい方の箱を一番大きい騎士に、麻布に包まれた槍をその従騎士に、最後に御者に、杯の入った小箱を棚から手に取るように命じた。
念のため誰にも触らせていなかったそれらからは、三年分の埃が舞い上がる。
(ほら、何も起こらないだろう)
箱や布を通してだからだろうか。それともやはりただの伝説なのか。
命ぜられるまま手に取った彼らが、いきなり溶けたりすることはなかった。
「目立たぬよう、迅速に荷馬車に運び込――」
ドサッドサッ、と従者たちがいっせいに倒れ込んだ。
(ばかな)
これが、聖遺物の呪い……と、思ったとき、その後ろに真っ白な修道服の男が、凛然と立ち尽くしていることに気づく。呪いなどではない。彼に昏倒させられたのだ。
なんで気づかなかったんだ。大柄な衛兵の背後に居たとは言え、気配がまったくなかった……。いつ入ってきたのだろう。吸い込んだ息が悲鳴のように響く。やっとのこと声を絞り出した。
「おぉおおぉ、お、おまえ、お、まえ、まさか?」
震える声で問いかける。
真紅の目が彼を捕らえた。見れば分かるだろう? その目はそう語っていた。
「た、助けてくれ! 金ならほら、ここにいくらでもある!」
必死に訴えるスラヴォミールの言葉がまるで聞こえないかのように、一歩近づく。
「お前のことを誰にも言わないから、たたた、助けてくれ!」
白夜は、また一歩近づいた。
スラヴォミールの下半身に、生温かい感触が広がった。失禁してしまったのだ。ほとんど声にならない声で、カスカスと助命を求める。
「お願いだ、何が望みなんだ? 何でもするから……」
その時、白夜の目が床下に向けられる。明らかに驚愕の意思が白装束の中から伝わる。
箱からこぼれ落ちた聖冠。
「戴冠のミトラ──では、その他はロムゼスの槍と水の聖……杯?」
訝しげに赤い目を細める男。
「な、なぜそれを……」
スラヴォミールは驚いてそう言った。感情に乏しい声がさらに質問を紡ぐ。
「それがなんだか知ってるのか? どこで手に入れた?」
「――お、お前ただの盗賊なのか? じゃあ、神器はお前にやるから、だから助けてくれ」
とにかく何かと引き換えに彼の気を逸らしたかった。
白夜は、しかし、スラヴォミールの喉元を締め上げる。
「答えろ、あの宝物が、なぜここにある?」
「ひぃっ……い、言ったら殺さないでくれるんだな?」
白夜はちょっと考えてから、ようやく頷いた。
「いいだろう」
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