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三章

2 無茶ぶり

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 州の催しでも、槍や剣の試合はよく行われている。

 騎士たちが名誉と賞金を求めて参加するものだが、どちらかと言うと国境を守る州軍の練兵を目的としている。

 外壁六州はいずれも国境を有しているからだ。

 ──戦を想定した団体戦の部まであるのだから、その規模はまるで違う。

 騎士だけではない。国内外の傭兵団や平民でも参加でき、また見物もできる。娯楽を兼ね、市民にとってはお祭りのようなものだった。

 アメレーヌ帝国、アケドマ共和国からの参加者も受け入れ、州都は開催期間中人で賑わっていた。

 州の闘技会で上位の者たちは、年に一度開催される首都での闘技会にも招待される。

 それに出場することは、全州の騎士位をもつ貴族たちの憧れであり、ザイオスもソードの部で何度か出場経験がある。

 そのミニチュア版なのだろうか。少なくとも闘技場の大きさはそんな感じだ。


「だいぶ雰囲気が違うな」

 ザイオスは、観客である貴族たちの態度に呆れた。

 皆、領内のどこかしらの荘園を任されているのだろうが、食べ物は領都の方が旨いのだろうか。

 これから試合が始まるというのに、飲み食いに忙しそうだ。

 各席に用意されたテーブルで高価なヴェネッツ地方のグラスを手に、これまた庶民では手に入らないであろう西部産の黒ワインを飲みながら談笑している。

 国や州の闘技会も確かに娯楽を兼ねているが、こんな無礼な振る舞いは許されない。

 馬上槍試合や剣によるアーマードバトルは、天父神に捧げる神聖なものだからだ。

 観客にも礼儀が必要。

 少し前までは、女が戦いを見ることすら禁じられていた。貴婦人たちは皆、礼拝堂で男たちの勝利を祈る、それしか許されなかったのだ。

 それが見てみろ。あのくされアマどもを。自分たちのドレスや髪飾りを見せ合って、これから戦うものたちに、まるで興味がない。

(ま、腹を立ててもしょうがねえか)

 ザイオスは、半地下の出場者の控え室から観客席をのぞいていた。

 首都でもやはり、古代ルーマン時代の大闘技場を修復して使っている。

 ここのはそれよりも小規模ながら、設備だけは都のそれにもまさるほど、完璧な修復がなされていた。元々の遺跡の状態がよかったのかもしれない。


 さて領主はどこにいるのだろう。

 ザイオスはトラヴィス・ド・スタンフュウスの顔を見たことがなかった。

 きっと闘技場の観客席も、州都や王都のそれと作りは変わらないに違いない。一番見晴らしがいい正面の席に陣取っているはず。

 とすれば……。

「あいつか」

 革張りの背もたれ付きの椅子に腰掛け、周りにたくさんの侍女を侍らせている青白い顔の男。

 ザイオスは背筋が凍りつきそうになった。

──似ている、あの方に。
 
 その時、観客の様子が変わった。

 みな無関心から一転し、身を乗り出すように闘技場の中心に向かって、声を張り上げだしたのだ。

 第一試合が始まったのである。

 金を賭けている観客がほとんどらしい。テンションがあがり、目が血走っていた。

 出場者は予選でぎゅっと絞られはしたが、五十人とそこそこ多い。どれもあの剣奴が選んだだけあって、なかなか骨がありそうだ。

 とりあえずは用心棒の座を獲得するのが先決である。試合で勝ち残れなければ、領主に近づく唯一の機会を逃してしまう。

(俺に限ってそんな心配はいらんか)

 ザイオスは国の開催する闘技会で優勝したこともある。



※ ※ ※ ※ ※



 ルエラが初めて見たトラヴィス・ド・スタンフュウスは、年齢よりは若く見え、またかなりの美形だった。神経質そうな細面の顔の中で、やけに目だけがキラキラ光を放っている。

 どこかの宿屋の女主人が言った通り、この男は血が大好きだった。闘技が始まると、今まで退屈そうにグラスを弄んでいた彼が、突然変わった。

 ほかの観客以上に身をのりだして、奇声を発しだしたのだ。

 奇声である。 

 調子の外れた甲高い声。

 その狂気じみた彼の姿に、ルエラはイライザとの共通点を見つけた。

 なんか、ちょっと……心に異常のある人なのかも? できればこういう人間とは関わり合いたくないのだが──。
  
 げっそりとしながら、目の前で繰り広げられている試合を少女は見つめた。

 不運だった。

 イライザの命令で貴賓席に同席するはめになってしまった。彼女のお願いとは、闘技場で繰り広げられる試合を素描してほしい、というものだった。

「簡単なのでいいのよ」

 元々クロッキーは苦手なルエラにとって、簡単なわけがない。争う男たちを刹那的に描き留めるのが、どれだけ難しいか。緻密さを売りにしているルエラにとって、動きのある表現は最大の試練である。

(絵の勉強になるからいいかしら)

 木炭を握りしめる。

 とりあえず写生帳を何枚も使って、動いている線を描きなぐって、骨格や筋肉はあとから──。

 はじめはそう思ったが、イライザの注文がやたらと多い。

「いいこと? 血をドバーッと描くのよ。ほら、今よ! 血が吹き出しているわ。ああ、素敵だわ。見て、あの筋肉を。下賎の者どもにしては、いい体してるわ。リアルに描いてちょうだい! おーい、あたくしの筋肉! あ、腕が跳んだ、はい血飛沫!」
「はあ……」

 もともと血生臭いものに弱いのか、少女の顔から血の気が引いてきた。

 闘技場の上では、それほど壮絶な戦いが繰り広げられているのだ。
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