上 下
32 / 56
再会編

夜のお務め

しおりを挟む
 その夜、ネグリジェ姿のわたくしは、ベッドの上に仰臥しておりました。

 食事が済むと「今日は寝室で寝るよ」とベルトラン様に囁かれたのです。

 大丈夫よ、初夜の時はわたくしを懲らしめただけです。

 あれでチャラだわ。

 ただ、使用人たちの手前、わたくしたちは一緒のベッドで寝なければならないのです。

 就寝時間があまりに違うので、わたくしを起こさぬよう、いつもは別室で寝ているベルトラン様。

 久々に早く帰ったのだし、寝室は共にしないと、怪しまれてしまいますものね。

 魔鉱石による新防衛補助システムは、莫大なランニングコストがかかったと聞きます。その皺寄せは、魔鉱石を利用した多種多様の魔法回路にいきました。

 昔の燃料である石炭を再度利用することになるくらい、魔鉱石は不足してしまったのです。

 新たに産出した魔鉱石を各事業の予算に応じて振り分けるのも、ベルトラン様のお仕事のうちとか。いわゆる社畜状態だよ、と笑っておっしゃられました。

 そんな激務に追われながら、帰宅すれば好きでもない妻なのに抱いたふりをし、跡継ぎを作るふりをしなければならないなんて……。

 なんだか気の毒になってしまいました。

 カチャ、と扉の開く音が致しました。

 ベルトラン様が寝室に入ってくると、ガチガチに緊張し、目を瞑ります。

 ギシッと鳴ったベッド。

 気配からベルトラン様の場所を察し、薄く目を開けました。

「まだ、起きていたかい?」

 魔法ランプはベルトラン様の魔力を留めています。

 ぼんやりとした柔らかいオレンジ色の光が、ベルトラン様の穏やかな横顔を照らしておりました。

「はい。隅っこで小さくなって寝ますので、大丈夫ですわ」

 ベルトラン様の微笑が一瞬引っ込み、すぐに皮肉げな笑みに変わりました。

「君はそれでいいの?」
「え……」

 ベルトランさまを見上げ、首を傾げます。

「貴族でいたいのだろう?」

 わたくし、どう応えたら良いか分かりませんでした。

 わたくしには昔から魔力がございませんでしたので、貴族というくくりの中では、安らぐことはございませんでした。

 唯一──その居場所のない世界に居られる唯一の手段は、嫁いで魔力持ちの子を産むことです。

「たしかに、昔は──」
「魔力の強い貴族が良かったんだよね?」

 それだけが、全てではございませんが、それも憧れる要素ではありました。

 しかし卒業してからは、結婚する気もございませんでしたから、なんと答えればよいやら。

「欲をかきすぎたよね。何人も求婚者をはねつけて、公爵クラスが来るの待ったとか? より魔力の強い血筋を取り入れたかったのだろうけど、誰にも相手にされなくなって……。結果、売れ残りか」

 わたくしは優しい笑顔で意地悪なことを言ってくるベルトラン様に戸惑いつつ、恨み言は敢えて聞かなくては、と思いました。

 そういうつもりはございませんでしたけど、そうですわね……そう思われても、仕方がありませんわね。

 すっかり困ってしまい、ベルトラン様を上目遣いで見たその時、彼の目の下の隈に気づきました。

「もうお休み下さい。わたくし、そちらのソファで眠りますので」
「なに?」
「偽装結婚であることは、分かっていますわ。わたくしと子を成すつもりは無いと」

 ベルトラン様は、沈黙しました。しばらく、じっとわたくしを凝視しています。

「違います?」
「まあ……そうだが。なぜ怒らないんだい?」
「ですから、贖罪です」

 ベルトラン様の顔から、表情が抜け落ちました。

「そう」

 なぜかよけい機嫌が悪くなったベルトラン様。雰囲気で分かります。

 贖罪と言う言葉に、彼の声の温度が冷たくなりましたもの。

「僕は君ごときに、何も傷つけられていないよ」
「で、でも、復讐と──きゃっ」

 スルッとネグリジェが、肩を滑り落ちました。魔法でわたくしの服を裂いたその長い人差し指を、ご自分の唇に押し当てます。

「しーっ」

 わたくしは、両腕で抱き締めるように体を隠しました。

「言っただろ? そこまで恨んでないって」


しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。

桜庭かなめ
恋愛
 高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。  ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。  しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、 「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」  と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。  大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!  ※2学期編3が完結しました!(2024.11.13)  ※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

はじめまして、期間限定のお飾り妻です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【あの……お仕事の延長ってありますか?】 貧しい男爵家のイレーネ・シエラは唯一の肉親である祖父を亡くし、住む場所も失う寸前だった。そこで住み込みの仕事を探していたときに、好条件の求人広告を見つける。けれど、はイレーネは知らなかった。この求人、実はルシアンの執事が募集していた契約結婚の求人であることを。そして一方、結婚相手となるルシアンはその事実を一切知らされてはいなかった。呑気なイレーネと、気難しいルシアンとの期間限定の契約結婚が始まるのだが……? *他サイトでも投稿中

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

処理中です...