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再会編

派手な元カノ

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「魔力が無いって伺いましたわ」

 本屋で土壌改良や新肥料の文献を買い漁り、荷物を護衛兼フットマンを務めてくれているウィルフレッドに持たせ、ウィンドウショッピングをしていた時です。

 ド派手な格好の女性二人に、声をかけられました。

 侍女のクロエの「ウッ、エグいっ」と呻く声が、微かに聞こえたような気がしました。


 本日は使用人と三人で外出でした。

 新居の荷物は片付き、わたくしは暇になったのですが、ベルトラン様は予想以上に忙しいようです。

 なかなかマンションに帰ってこられませんでした。

 社交どころか、わたくしと顔を合わせる機会もないくらい。役人て大変なのですわね……。

 そこで、王都の街を散策する気になったのです。

 魔法回路を使った技術がふんだんに使われ、わたくしはお上りさん状態でした。

 ピカピカした光る文字の灯る様々な看板。演奏者もいないのに、どこからか流れてくる音楽。

 思えば、学生時代も休日に繁華街へ遊びに行く機会などほとんどありませんでしたから、王都の発展ぶりを知らなくても仕方ありません。

 ベルトラン様の溜まっていた仕事が落ち着いて、もし一緒に夜会に出ることになったら──。

 わたくしは、ドキドキしてしまいました。

 見劣りしない、ちゃんとしたドレスも揃えておきたいですわ。


 でも、目の前に突然現れた二人のレディを見て、わたくし、今の王都のファッションがよく分からなくなりました。

 三代前の国王陛下の時代くらい大袈裟な、ドレスと髪型です。パニエで膨らませたスカートで、よく並んで歩けますこと。

 そして鬘なのかしら、一メートルは高さがありそうな結った髪の上には、本物の植栽とリンゴなどのフルーツが飾られています。

 首折れそう。

 たしかに、高級店の立ち並ぶ店頭は、懐古主義の匂いが漂うドレスが置かれています。このお二方よりもっと地味ですが……。

 一方で、街中ではレザーのミニスカに、鋲打ちされたブーツを履いた十代前半の少女が、その二人に気づかれないよう舌打ちし、大きなスカートを避けて歩道から降りました。

 平民と貴族の違い? それとも、年齢の違い? このファッションのごちゃまぜ感、都では当たり前のようです。

 流行りとか無いのかしら? でしたら、イブニングドレスは持っている物で済みそうですわ。

 正直、ヘアスタイルも真似したくございません。 

「何をじっくり見てらっしゃるの? あなた、ベルトラン様とご結婚なさった方よね? 王都新聞で──婚姻欄のお写真で見ましたわ」
「わたくしたち、しばらくベルトラン様とお付き合いしてましたの」

 孔雀の羽根でできた扇子を口に当てながら、クスクス笑っております。わたくしの目線が彼女らのヘアスタイルから、今度は胸元に落ちました。

 ……爆乳です。

 わたくし、学生の頃に比べたらとても大きく膨らんだと思うのですが、悪魔のブラで寄せて上げたところで、彼女らの半分にも及ばないでしょう。

 ベルトラン様の好みは、爆乳?

 そう言えば、悪役令嬢もわりと大きめでしたわ。

 わたくしはいたたまれなくなりました。

 エミリア嬢のおっしゃってた秘儀パイズリは、わたくしではおそらく無理です。

「ですから、さっきから何をジロジロ──わたくしたちのオッパイを見ているの!?」
「言っておきますけど、本物ですからね!」

 絡んできた方が何故かひどく狼狽えています。

「あなたみたいな魔力無しと結婚するくらいなら、わたくしたちでもいいじゃない」
「そうよ、平民の方がよほど子沢山家系だわ!」

 ベルトラン様は平民との結婚も視野に入れて、お付合いしていたのですわね。

 やはり、後継者を強くお望みなのでしょう。

 しかし公爵家出身ともなると、家柄の審査も厳しいはず。王妃になる可能性がゼロでは無いのですから。

 格下とは言え、わたくしに白羽の矢が立ったのは、やんごとなき事情があるから。

 でもベルトラン様が、彼女たちとの結婚も真剣に考えていたとしたら──。

「特別な資格をお持ちの方なのですわね」

 わたくしは小首を傾げて尋ねました。貴賤結婚には、条件があるのです。

 二人は眦を吊り上げました。

「ええ、ええ、そうですとも! わたくしたち、すごいテクニシャンなの」

 テクニシャンという、爵位に相当する国家資格がございますのね。わたくしも、離婚された後のために、資格の勉強をしておこうかしら。

 平民落ちするなら、その方がいいかもしれないわ。

 またいつか、結婚したいと思える人が現れるかもしれない。その方が貴族だっら──。

 うまく想像できませんでした。ベルトラン様しか浮かびません。

 分かっているの。そんな方が現れることは無いですわね。あんな素敵な人に出会ってしまったんだもの。

 未練たらしい! わたくしにとっては神々がわたくしにくれた、決別の期間だと言うのに!



 ウィルフレッドの手がプルプルしてきたので、その場を辞することにしました。わたくしは元カノと名乗った二人の前から「ご機嫌よう」と言って立ち去りました。

「ドレスはご覧にならないのですか?」

 クロエに聞かれ、わたくしは曖昧に微笑みました。

 魔鉱石板の感光材料で撮った写真が載る新聞には、貴族の結婚を報告する欄がございます。

 公爵家の結婚となれば、さすがに国民にお知らせしないわけにはいかないそうで、さえないこの姿が多くの方に見られてしまったと思うと、申し訳なさでいっぱいになります。

 ただ、ドレスや髪型では、どうにも修正のしようがない悲しさ。

 ウィルフレッドが可哀そうだし、わたくし本日はこれ以上のショッピングを諦めました。

「重かったわね、うちの馬車から離れてしまいました。そこまで辻馬車を使いましょうね」

 手を挙げて呼び寄せようとすると、目の前に最新式魔鉱石動力車が停りました。

「お嬢様、いかがですか? ぜひパスカル社の魔動力車を利用してみませんか? え? まだ一度も魔動力車に乗ったことがない!? そいつはいただけませんよ! 社交界で爪弾きにされてしまいますぞ!」

 なんということでしょう。わたくし、ベルトラン様の妻に相応しい話題を提供しなければなりませんのに!

 で、初めて乗りました。

 ウィルフレッドとクロエが二人がかりで止めるのも聞かず。

 知りませんでした。安全性は確立していても、快適とまでは言えない乗り心地だなんて。

 座席の背もたれにGがかかった感じです。三人とも、フラットマンションに着く頃にはヨレヨレになっていました。

「ごめんなさい」

 と使用人らに謝ると、苦笑いしていました。

 こんなわたくしでは、準公爵夫人は務まりませんわね。

 
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