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再会編

学園の貴公子の苦悩と変化(ベルトラン視点)

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 ノエルちゃんが結婚してしまった。

 中等科からずっと好きだった子だ。

 でも振られた。

 と……言うか、振られることは分かっていた。

 だって、彼女は平民の天才生徒に惚れていたから。

 ベタ惚れだった。



 僕はどうやらモテるらしい。最初は、王家とも繋がりがある、この血筋のせいでモテるのかと思った。

 でも、体格や運動能力、成績、そして万人受けする顔立ち。それに器用で、なんでもそつ無くこなすところなど、総合的に僕はイケているようだ。

 あと、誰にでも優しいと言われる穏やかな性格も。

 それらは、生まれながらに持っていたものだ。

 身体的なものも性格も、自分で努力して手に入れたわけじゃない。だから自惚れたりはしない。

 運が良かっただけ。

 それに、好きな子は僕など眼中に無い。

 だったらこんなモテる要素など、何の役に立つのか分からない。



 僕は焦った。

 あの男にノエルちゃんを取られると思い、すごく焦った。

 だから、最低な手段に出た。

 ノエルちゃんを強引に、自分のものにしようとした。

 言い訳が許されるなら、当主は行方知らずで戦況は悪く、尊敬する兄が跡継ぎも残さず出陣しようとしていたからだ。

 絶望していた。

 毎晩、魔法通信で兄と大喧嘩していた。代わりに僕が行くと、何度も掛け合った。

 兄には好きな娘が居るから。僕のように望みの無い相手ではなく、告白すれば上手くいきそうな子が。

 それならば、今回は免除申請をしてくれと頼んだ。僕が志願するからと。

 でも、僕だって後継者を残したかった。自分の魔力を──この血を次世代に受け継いでから、死にたかった。

 なにもかも、焦っていた。だからノエルちゃんを……。

 ──ダサい、言い訳だ。



 そんな僕に神は罰を下した。

 後輩の女の子に、ハニートラップを仕掛けられた。

 ……いや、あれはハニートラップではないな、逆レイプだ。

 学長が不良の更正に使うという、魔鉱石の催眠術。あれと同じようなものなのだろうか。彼女はそれを使わず、僕に催眠をかけたのだ。

 僕は嫡子の兄より魔力が強い。ゆえに、魔鉱石と同等程度の魔力ではかからない。

 おそらく、学長の魔鉱石による調教は僕には効かないだろう。まあ、僕は優等生だから、更正されるようなところは無いのだけど。

 なのに、彼女の催眠にはかかった。見たところ、魔力など無さそうな地味な色味なのに。
 
 その子は、僕の取り巻き令嬢の一人だった。華奢で、高等科の生徒とは思えないくらい幼くて、一番控えめな子だった。


 僕と同じ研究をしている後輩らのほとんどが、僕目当てだった。

 質問してくるのは構わないんだ。

 きっと兄やノエルちゃんなら、得意になって面倒を見ていたと思うから。僕は意識の高いそんな二人に憧れていたからだ。

 ただ正直、卒論の提出が近くなってきた頃は、ちょっと大変だった。見かねた先生が注意してくれたが、彼女たちのベタベタは止まらなかった。

 でも、ピタリとあの子だけは来なくなった。講義には出るけど、取り巻きと一緒に僕に近づくことが無くなったのだ。

 本気で勉強していたことは分かるから、ちょっと心配になった。

 自然と、話しかけてしまっていた。

 僕には歳の離れた妹がいる。彼女の見た目の幼さに重ねていたのかもしれない。

 細い首、壊れそうな華奢な骨格、顔の輪郭からはみ出しそうな大きな目。中等科どころか、初等科に居てもおかしくないのではないか。

 だからこそ、ショックだった。

 いや、告白されたことに、ではない。

 呼び出しに気づいた時は、この子も僕に憧れているんだと思った。

 恋に恋する夢見る少女。

 微笑ましくはあったけど、気持ちには応えられない。ロリコンじゃあるまいし。

 まあ、年齢はそう変わらないのだけど、女として見られる子じゃないのは確かだ。ぶっちゃけ女児に見える。

「抱いてください」

 そう言われた時、耳を疑った。

 そして、ひどく悲しいような、がっかりした気分になった。

 一部のませた少女たちは、そうやって誘ってきた。結婚が目的じゃない平民の子たちもだ。

 同じ学年の特待生クラスに編入してきた子など、あからさまだった。彼女の場合、貴族と同等の国家研究員──役人の一種で、貴族と結婚できる資格の一つだ──になる可能性があったから、よけいギラギラ迫って来た。

 僕は、皆が思っているほど潔癖ではない。

 だから彼女たちに憎悪は感じなかった。結婚は大事だし、たとえ火遊び目的だって僕に対して向けられるその気持ちは、男として不快ではなかった。

 女子だって性欲はあるだろうし、安全そうな僕にその相手を頼んだって不思議ではないと思ったのだ。

 ただ僕は、まだノエルちゃんを諦めていなかった。女々しくも、明らかに脈の無い彼女を落とそうと、必死だった時だ。

 気持ちはノエルちゃんにしか無い。それで、みなの告白を断ってきた。

 幼い妹と重なる所があるあの少女の、衝撃的な「抱いて」発言は、それだけでショックだったのに──。

 さらに……。

 あの痩せっぽっちの幼い少女がやったことは、僕の意思を無視して僕を好きにしようとしたことだ。

 僕の心など、どうでもいいかのように。

 そして何よりそれが、まるでノエルちゃんを無理矢理抱こうとした僕自身のようで、僕は吐き気を催したのだ。

 優等生の皮を被った僕の中から醜さを引きずりだし、僕に突き付けたことに対する憎悪だった。


 僕が責任を感じて、結婚してくれると本当に思ったのなら、僕はどれだけ人がいいと思われていたのか。

 でも、我に返った僕が見たのは、自分のしたことをよく分かっていない、浅はかな少女だった。

 僕の怒りに触れ、怯えるだけのバカな子供。 

 それは、屠畜場送りにされる家畜の表情に似ていると思った。

 その瞬間、こんな子供をノエルちゃんの代わりに抱いたのかという自己嫌悪と、愚かなこの少女を断罪する権利を握ったような妙な高揚感に、僕の股間は再び熱くなったのだ。

 僕は、自分が変態なのかと思った。



 そこから、なにもかもどうでもよくなった。

 なんと言うか──。

 僕は自分が下劣な人間だと自覚したのだ。高潔な自分を演じるのが嫌になったのだと思う。しょせん僕は、兄上やノエルちゃんのようにはなれない。

 表面だけの男なのだと、あの愚かな少女によって教えられてしまったから。

 肩の力が抜けたと言えば聞こえはいいが、なまじ何でも人より優れている僕にとって、人生が乾いた空虚なものになりはててしまったのだ。

 僕は頑張らず、責任など感じず、適当に遊ぶことにした。


 
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