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第八章

きょ……ぬぅ……

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 グロ族は、生のまま人を食べる。

 思いきり肩に噛み付かれたザッカーニャは、狂犬病を心配した。相手の腹に蹴りを入れ、なんとか引き離す。

 グロ族の戦士は笑いながら、くちゃくちゃと肉をはんでいる。

「俺の肩を食いやがって」

 ザッカーニャは吐き捨てた。

 倍にして返してやる。え、でもかじりつきたくはない。カットラスを構えながら、隙を窺った。

 思い出せ。アカリア大陸の部族間大戦争を。あれに負けたせいで、王の座から奴隷にまで落ち込んだのだ。

 後がない。そう思え。ザッカーニャは目を閉じた。相手の動きは目では追えない。ならば、気配を。感じられるもの全てを感じるんだ。相手は人じゃない。

 空気が真横に移動した。ザッカーニャは迷わずそれを切り裂いていた。

 驚いたようなグロ族の戦士の最期の顔。黒人ごときが、自分の動きについてこられると思わなかったのだろう。

「アカリア人はな、戦いの中で成長するんだ」

 遺体からカットラスを引き抜くと、周囲を見渡す。何人か、昔の動きを思い出している戦士たちが居た。

 びっしりと隙間なく座らされた奴隷船、牛馬のごとく、ただひたすら力仕事ばかりの農園生活、それから海での海賊行為。慣れないことづくしだった。

 本来は、大砲や銃など使わず、大地に根を張るように、足を踏ん張って戦うタイプの戦士たちなのだ。

「思い出せ、同胞よ。さすれば、この地の戦士たちにも負けることは無い」

 呟いたその時、どこからか物悲しい琴のような音が響いてきた。

 振り返ると、まだ肉のついている人間の肋骨をかき鳴らしながら、三メートル近くある大男がやってくる。どう見ても人間のサイズではない。巨人である。

 海賊行為を働いた船に、ばかデカい男が乗っていたが、あれは愚鈍そうだった。なのにこの男は──。

 巨人は、手に持っていた楽器──いや、人の胴体を地面に叩きつけると、目の前から消えていた。

「速いっ!?」

 あの巨体がどこに消えたと言うのだ!? ザッカーニャは周囲を見渡し、今のは幻では無いと知った。

 仲間が一人、二人と、血煙とともに消失する。地べたに叩きつけられた仲間の体は、ただの肉塊だった。

 嘘だろ、ほんとに動きが見えないぞ!?

「どけっ」

 吹っ飛ばされた。

 今まで居た場所に、巨人が降ってくる。地面が大きくえぐられた。空振りした巨人は歯噛みする。

 そしてザッカーニャを突き飛ばした男をじろりと睨みつける。

「マッチラ」

 赤い褌。ザッカーニャもその男を見つめた。

 どう見ても変態のような格好をしているのに、その美しさに目を奪われる。

 精悍というにはあまりに整いすぎた顔、完璧な肉体美。

「貴様っ、この巨人の動きが読めるのか?」
「かろうじて……な」

 インポウの額から、冷や汗が流れ落ちた。マッチラはほとんど汗など出ないのに。

 本当に、かろうじてだ。

 こんな奴らが居て、今までよく食べ尽くされなかったな、南の人間ども。

「お前らはグンタイをどうにかしろ」
「やれるのか?」

 ザッカーニャの問いに、インポウは何も言わなかった。マッチラはイカヅチの能力を受け継いでいる者が、おそらくパッチラより少ない。

 どちらかというと、異能よりも身体能力がずば抜けて高い民族であると、自負している。

 異能に頼るのではなく、肉弾戦で勝たなければならないのだ。この化物どもと。

 それでもやるしかない。刺し違えても。

 ザッカーニャは美しい戦士たちを見渡し、その表情に彼らの決意を感じた。彼はそれを受けて頷くと、自分たちの部下を連れ、その場を預けた。




※ ※ ※ ※ ※




 跳ね飛んだその体が、ロウコに覆いかぶさる。

 喉を潰されそうになったが、硬気功で首回りを包んだおかげでなんとか無事だった。

 相手の禍々しい気配に狂わされかのように、「気」がうまいこと出ない。二撃目を避けるのは、無理そうだった。

 初めて、死を覚悟した。

 白目がついには真紅に染まり、ギザギザの歯をむき出しにしたガチ族の長は、もはや完全に化け物だった。

 奇声を上げながらロウコの口に噛み付こうと、土蜘蛛の面を跳ね上げる。

(最期が男とディープキスなんてな)

 ごめんだっ。

 ロウコが足を強化させて相手に蹴りを入れる。まったく効かない。徐々に締め上げられる首。息ができず、意識が薄れていく。

 その時、化け物の肩を金色が貫く。

 特に痛そうなそぶりはせず、ただ邪魔になったのか、ガチ族の長はロウコから手を離し、その剣の鋒を掴む。

 グリンと、ふるった相手を振り返った。

 血だらけのミンチが、必死の形相で剣を引き抜こうとしている。しかし、長は鋒を離さず、そのままもう片方の手でミンチの腕を掴んだ。

「よ……せっ」

 息ができるようになったロウコだが、その腕がミンチの手首を握りつぶそうとしているのに気づき、硬気功を叩きつける。

 至近距離の容赦ない一撃だった。男の腹の肉が弾ける。だが痛みを感じないのか、ミンチの腕を離さない。

 苦痛の喘ぎをもらすミンチを救おうと、ロウコは双龍で相手の腕を切り落とそうとする。その刃を素手で掴まれた。

 構わず切り落とす。バラバラと五指が落ち、その勢いで左腕も切り落としてやった。

「やった」

 ミンチが自由になった。しかし後ろから別のガチ戦士が羽交い締めにする。

「パイオツ、おいしそー」

 化け物は──いや族長はその隙に切り落とされた腕を拾い、自分の傷口にくっつけた。

「うそだろ」

 簡単に戻ってしまった腕を見て、ロウコは呆然と呟く。背後の戦士がミンチのチューブトップを上げた。塗布剤を塗っていない豊満な胸が、やけに白く目立った。

「きょぬぅうー」

 化物が喜びとともにギザギザの歯をむき出しにし、かぶりつこうとする。ガチンガチンと歯を鳴らしながら迫ってくる顔に、ミンチは悲鳴を飲み込む。

 ロウコは咄嗟に相手の首を切り落としていた。

 血の吹き出る首の傷口が、ミンチの胸にペタッとくっつく。ミンチはおぞましさに、ついには戦士にあるまじき悲鳴をあげていた。

 背後に蹴りを入れなんとか逃れたが、息が弾んでいる。

「きょ ぬぅー 」

 有り得ない。

 族長が──いやもう化物でいいや──化物が起き上がった。そして切り取られた頭を拾い、くっつけたではないか。

 これってもう、ゾンビだよね!?

「不死身など、どう倒せばよいのだ?」

 パッチラの戦士たちも苦戦していた。

 ガチ族は強すぎた。

 何人かのパッチラ戦士は塵になり、生き残っている者も既に満身創痍だ。片腕を潰され、切り落としてもらっている者も居る。それでも、確実に敵の数を減らしていた。

 よくやった、戦士たちよ。ポークは同族を誇りに思った。そして、意を決したように言う。

「こやつは、燃やすしかないだろう。みな下がれ。私がやる」

 ミンチがセージを思い出して首を振った。

「やめてばっちゃん、死ぬ気でしょう!?」
「ばっちゃん言うな」

 ポークはバチバチッと、両の手のひらから紫の火花を上げる。

「そろそろ寿命が尽きる頃なんだ。戦って死ねるなら本望」

 ポークはミンチにそう言って笑うと、再び起き上がった長──いや、ゾンビに向かって突っ込んでいった。

「下がれっ!」

 ラムが焦って他の戦士を避難させた。

 一瞬遅れて、爆風が周囲の人間をなぎ倒した。


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